青木警視の殺人(10)

 心を入れ替えて頑張ったけど3日しか持たなかった再開4日目。←くどい。





青木警視の殺人(10)




 警察庁人事部警務部長宛てに問題の写真が届いたのは、青木の監査二週目の金曜日、北川舞が死体となって発見される前日のことだった。

 それを入手してきたのは、人事部に紛れ込ませた中園の手駒だ。親展と書かれた封筒の中身が写真らしいことに気付いた彼は、こっそりと中を確認し、中園に指示を仰いだ。写真の内容を重く見た中園は、警務部長とその愛人が腕を組んで街を歩いている様子を捕えた写真を彼に渡し、封筒の中身をそれとすり替えさせた。これで警務部長はどこの誰とも知れぬ脅迫者のことで頭がいっぱい、封を切るときに感じた些少の違和感など忘れ去ったに違いなかった。
 内田警務部長の写真は中園の手持ちのカードの中でもAクラスだったが、彼が入手してきた写真にはそれだけの価値があった。第九研究室で監査を実施している監査官と、その対象者である警視が男女の関係に陥っているという数枚の証拠写真――こんなものが警務部長の目に触れたら、青木は昇進どころか厳罰だ。

 警察官房の自室に戻り、中園は頭を抱えた。まさか、こんな写真が警務部に送られるなんて。
「なんでこうなったかなあ……」
 写真の角をつまんで持ち上げ、さまざまな角度から見上げて頬杖をつく。重要なカードを切ってまで手に入れてはみたものの、中園はその写真が偽造ではないかと疑っていた。中園には未だに理解できないが、青木は薪にメロメロだ。いくら顔が似ているからと言って、こんな軽はずみな真似をするだろうか。

「いいもの持ってるじゃない」
 考えに沈む中園の手から写真を取り上げたのは、彼の上司だった。写真を見て、ふっ、と小野田は笑った。でも眼が笑ってない。嫌な予感がした。
「おまえ、それどうする気?」
 中園の問いに答える前に、小野田は内線で薪を呼び出していた。薪は今日は第九にいるはずだが、よほど混み入った事件を抱えていない限り小野田の呼び出しには応じる。ほどなく此処に姿を現すだろう。
「まさか薪くんに見せるつもりじゃ」
「可哀想だとは思うけどさ。裏切られてるのを知らないのはもっと可哀想じゃない?」
「ちょっと待てよ。裏を取ってからの方がいい。まだ、この写真が本物かどうかも」
「こんな浮気男なんかより、うちの裕子の方がずっと薪くんには相応しい。中園もそう思うだろ」
 裕子と言うのは小野田の二番目の娘だ。まだ諦めてなかったのか。
「……おまえの差し金じゃないだろうね」
「おまえじゃあるまいし」
 そんなわけで、薪がその写真を見たのは第九に写真が持ち込まれる二日前。宇野の心配はすでに遅かったことになる。

 捜査が佳境に入っていたのか、呼び出された薪は不機嫌そうだった。口にこそしないが、玩具を取り上げられた子供のような顔をしている。しかし、この写真を見せれば事件どころではなくなるだろう。彼の弱点はメンタル、それも恋愛方面限定なのだ。
 ところが。
「この写真は僕じゃありません」
 女の身体じゃないですか、と被写体の裸の胸を指差し、
「つまらないことで呼び出さないで下さいよ。せっかく面白い画が、あ、いえ、興味深い画が出てきたところなのに」
「つまらないって。青木くんはきみの」
 部下と言うべきか恋人と言うべきか、中園は一瞬迷った。その僅かな時間に、薪がせっかちに言葉を重ねる。一刻も早く第九へ帰りたいらしい。

「知りませんよ。青木が彼女と寝たかどうかなんて、どうでもいいですよ」
「え、いいの。まあ、薪くんがそう言うならそれで」
「いや、よくないだろ。監査官と監査対象者だぞ。監査の成績目的で関係を結んだとしたら厳罰確定だ。査問会の結果次第では懲戒だぞ」
「青木はそんなことしませんよ」
 揺るがない口調で否定されて、中園は納得する。薪が取り乱さないのは、青木を信じているからか。今年の春に青木と一緒に暮らし始めてから、薪は強くなったというか開き直ったというか、こちらの方面で揺さぶりを掛けても、以前のように過剰な反応を見せなくなった。構い甲斐がなくなって、中園としては少しつまらない。
「青木は監査に合格すれば昇進できるってことを知らないんです。こんなリスクを背負ってまで、監査官におもねる意味がない」
「いくら青木くんが呑気でも、監査の結果が出世に響くことくらいは知ってるだろ」
「昇格試験に受からない限り警視正昇任は僕が認めないって言ってありますから」
 薪の言い分を聞いて、中園は青木に同情する。推薦状に判を押すべき上司が二人して不承認とは。青木の警視正昇任は遠そうだ。

「それじゃ、この写真はどう説明するんだい」
「問題は写真の真偽よりも、写真の処分と送り主への対応ではないですか。下手したら第九や官房室の責任問題ですよ」
「そうだねえ。間宮が警務部長なら、きみへのセクハラで済んだと思うけど。今の警務部長の手に渡ったら、少し厄介なことになってたね」
「警務部長? これ、人事部宛てに送られてきたんですか」
「ぼくも聞いてないよ、中園。そんな大事なこと、なんで黙ってたんだい」
「あの展開の何処に説明を挟む余地があったのか教えてほしいものですな、官房長殿」

 小野田と中園の押し問答の横で、薪は考え込んだ。官房室ではなく警務部に送られてきたのなら、それは官房室の敵の仕業だと考えるのが妥当だからだ。
 官房室の政敵と言えば真っ先に思い浮かぶのが警察庁次長の派閥だが、3年前の大捕物で、次長側の勢力は大幅に削がれた。次長の右腕だった参事官は海外に飛ばされ、彼の娘婿で警務部長を務めていた間宮隆二は長野県警に出向させられた。
 間宮は優れた情報収集能力と分析能力の持ち主で、精緻を極めた人事データを作り上げており、それを基に下される人事評価は的確かつ公正、交付される辞令は誰もが納得するものであった。人事部長としては適切な人物であったが、彼には多情という欠点があり、飛び抜けた容姿を持つ薪は集中的にその被害に遭っていたのだ。

「間宮はあれで、けっこう利用価値があったんですけどね」
 セクハラはともかく、間宮の人事データは信用できた。雪子にプロポーズしてきた法一の医者や小池を引き抜こうとした二課の課長など、職員たちの人となりを調べるためにデータを横流ししてもらったこともあった。薪を自分の愛人の一人にしたがっていた彼は、薪が頼めば大抵のデータは用意してくれた。データと引き換えに尻を撫でられたりしたけれど、別に減るもんじゃなし。それ以上仕掛けてくるようなら蹴り飛ばせばよかった。今思うと実に便利な男だった。
 間宮に代わって警務部長の役職に就いたのは、内田と言う警視長だ。身内でこそなくなったものの、やはり次長の息のかかった男には違いなかった。

「この写真が真実にせよ偽造にせよ、北川監査官は我々の敵だと思って間違いないと思いますよ。どの写真も二人の顔がはっきりと写っている。こんな都合の良いアングル、どちらか一人でも撮影側の意図を知ってないと撮れませんよ」
「じゃあ、彼女自身が首謀者の一人だと」
「僕はそう思います。それと、この情交写真。この男は青木じゃありません」
 さらりと薪は断定した。二人の上官が目を見開く。
 なるほど、街中のカフェで撮影されたらしい写真は明るい店内で顔がよく写っているが、情交写真だけはホテルの一室で明かりを落としてある。顔はそっくりに造ってあるし、その前に何枚も本物の青木の写真を見せられた後では、これだけが偽者だとは気付きにくい。上手いやり方だ。
「本当に?」
「よく似せてますけど別人です。筋肉の付き方が違う。青木はもっと」
 青木の身体をよく知る薪ならではの分析に、小野田があからさまに顔を歪める。それを横目で見て、薪は苦笑した。
「だから言いたくなかったんですよ」

 最初から薪は、情交の写真だけは青木が偽者であると見抜いていた。それで平気でいられたのだ。しかし、これが官房室ではなく警備部に送られた物だと知って、真実を明らかにしなくてはならない状況に追い込まれた。写真の送り主が青木や官房室に敵意を持っていることが分かったからだ。官房室なら本人への勧告で済むが、警務部では厳罰の対象になる。第九や官房室の責任問題にも発展するだろう。送り主の目的は、おそらくそこにある。

「誰かが何か大きな事件を起こそうとしている。これはその前座だと思います」
 その時、薪はそう予言した。その予言が現実に姿を変えるのに要した期間は、わずか3日。北川舞が監査官として第九にやってきてから、12日目のことであった。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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