青木警視の殺人(11)

 こんにちは。
 ハラハラドキドキは法十の売りですけど、それ以上にうすら寒いギャグとか脱力感とか肩すかしとかも重要な目玉商品なので~。そこんとこよろしく!




青木警視の殺人(11)




 日曜日の朝のこと。青木は都内のとあるホテルに向かっていた。
 その姿を友人が見ても、彼だとは分からないだろう。金髪のウィッグを被り、顔には大きなサングラス。そのせいで眼鏡が掛けられないから足元がおぼつかないのだが、素顔では道を歩けないのだから仕方ない。

 2時間ほど前、青木は携帯電話のコール音で叩き起こされた。時計は4時55分を指していた。知らない番号からだったが、電話に出てみると相手は薪だった。てっきりデートの誘いだと思って跳ね起きたのに、薪の言葉は冷たく、そして意外なものだった。
『おまえだとバレないように変装して、すぐに家を出ろ』
「変装? どうしてですか」
『おまえは殺人犯だ。早く逃げろ』
 なんだろう。新しい遊びだろうか。
「あ、わかりました。オレが犯人役で薪さんが刑事役で、逮捕しちゃうぞラブラブビームみたいな」
『……13階段に画鋲敷きつめて裸足で昇らせてやろうか』
 冗談ではなかったらしい。めいっぱい本気の口調で脅されて、青木はベッドの上に正座した。

『迎えをやったから彼女の指示に従え。当たり前だけど、携帯の電源は切っておけよ』
「もう少し詳しく説明してもらえますか。状況がよく」
『そんな暇はない。もうすぐそこに』
 薪の声を掻き消すように、激しくドアを叩く音が聞こえた。日曜日の朝5時に、これは只事ではない。
『青木一行! 中にいるのは分かっている、ここを開けなさい!』
 闇金融の取り立てだって8時からだ。警察はヤクザより厳しい。

「薪さん、どうしましょう。ドアの外に」
『お隣の石塚さんちを通らせてもらって表から出ろ』
「石塚さんちはハワイ旅行に行っててお留守ですけど」
『知ってる。だから窓ガラスを割らせていただいて中に入らせていただきなさい』
 お言葉は丁寧ですけど、やれって言ってることは犯罪ですよね?
 反論しようと開きかけた青木の口を、ドアを叩く音が止めた。仕方なく、急いで身なりを整えカツラを被り、布団を干すときの手摺りを利用して隣の家に侵入した。破片が飛び散らないようにあらかじめガラスにガムテープを貼るとか音が響かないようにハンマーをタオルで包むなど、犯罪者の手口を青木は、薪と付き合っているうちに自然に覚えてしまった。ワーカホリック全国大会優勝候補の薪との会話は九割が仕事の話だ。イヤでも犯罪に詳しくなってしまう。

「ごめんなさい、石塚さん」
 小さな声で謝りながら、ハンマーを窓ガラスに振り下ろす。当然のことだが、その謝罪はハワイの彼らには届かなかった。
 実はこのとき、長期の留守だからと石塚宅にはセキュリティが掛けられていた。セキュリティシステムが働いて管理人室のモニターに赤ランプが点滅したのだが、管理人は目的の部屋を解錠させようとした刑事たちに叩き起こされている最中で、それに気付く余裕がなかった。もし彼らが、管理人が起床する7時以降にマンションを襲撃したならば、そこで被疑者を捕まえることができただろう。寝込みを襲ったつもりが裏目に出たのだ。

 留守宅に侵入し、青木はそこで待つことにした。いくら変装していても、朝の5時に部屋を出て行ったら怪しまれるだろう。小一時間もすれば、休日を利用して遠出する人々にに紛れてマンションを出られる。それまでの辛抱だ。
 素早く警報装置を切り、しばらく息を殺していると、隣の部屋つまり自宅の鍵が開いて、複数の人間が中に入ってくる足音がした。「靴は脱いでくださいよ!」と注意する管理人の声も聞こえる。このマンションは完全防音が売りだが、青木は自分が窓から逃げたと思わせるために窓を開けたままにしておいた。そこから潜伏している部屋の割れた窓ガラスを通して、隣の音が聞こえてきたのだ。
 このマンションには防犯のため、ベランダがない。青木が移動に利用した布団用の手摺りは、その都度取り付けて使う。隣家に侵入した後は取り外しておいた。ついでに火災時用の梯子も下ろしておいた。青木がいた部屋は二階。この状況なら、窓から逃げたと考えるのが自然だ。
『逃げたぞ。あの窓だ』
 偽装工作が上手く機能したことに、青木は安堵する。と同時に、自分が一端の犯罪者になった気がした。

『早く追いかけないと』
『待て。逃げたように見せかけて、部屋の中に隠れてるかもしれない』
 どきりとした。家探しをされても青木はいないが、見られては困るものはある。薪とお揃いのカップとかパジャマとか、デートの時に撮った写真とか。他人の目に触れたら、たちどころに薪との関係がばれてしまう。
 5分も経たないうちに青木の予感は的中し、隣の部屋は騒然とした空気に満たされた。寝室に飾っておいた写真が発見されたのだろう。来客があっても寝室には入ってこないのが普通だからと、写真立てを並べたのがまずかった。
 青木は観念したが、隣室からの声は青木の思惑を大きく外れていた。

『見ろ。被害者と青木の写真だ』
『へええ。本当に彼女、薪警視長にそっくりだな』
 いや、それ薪さんですけど。
 なんてボケをかましている場合ではない。薪のそっくりさんと言えば、北川監査官に決まっている。青木から見れば両者の間には明白な違いがあるが、他の人間にはその違いが分からないと言うから不思議だ。
『全くだ。これが笑顔の写真でなかったら見分けがつかん』
『そうだな。鬼の警視長がこんなに可愛いはずがないからな』
 いや、可愛いんですよ、薪さんは。特にデートのときの少年ルックなんてボーイッシュな女の子にしか見えなくて、一人にしようもんならナンパの嵐で……、だから今はそれどころじゃないって。

『やっぱりデキてたんだな、あの二人。犯人は青木で決まりだな』
 あり得ない誤解だ。北川と自分が恋人関係にあるなんてデマが、薪の耳に入ったら大変だ。何かの犯人にされてるみたいだけど、どっちかって言うと浮気疑惑の方が問題――、
『こんな美人を殺しちまうなんて。もったいないことをしやがる』
 前言撤回。こっちも大問題だ。

 北川が殺された? 

 彼女を最後に見たのは、木曜の夜だった。翌日の金曜から日曜まで、監査は休みにすると彼女は言った。翌日の金曜日、宣言通り彼女は第九に姿を現さなかった。密かに青木を観察していた可能性もあるが、誰も彼女の姿を見た者はいなかった。
 もしかしたらこの週末、彼女は恋人と会っているのかも。何となく青木がそう思ったのは、木曜の夜の彼女がいつもよりはしゃいでいたのと、耳元で揺れていた小さな耳飾りのせいだったかもしれない。
 その彼女が死んだなんて。とても信じられない。

 それにしても、どうして自分に容疑が掛かったのだろう? 『やっぱりデキていた』と刑事は言ったが、「やっぱり」という言葉は前提に噂や目撃証言があって、それが証明されたときに初めて使われる言葉だ。彼女と出会ったのは2週間前。そんな短期間に、恋人どころか友人にすらなった記憶はない。
 しかしながらそれは青木の意識であって、第三者の目から見たら違ったのかもしれない。聴取が目的ではあったものの、何度も二人で食事をしていたのは事実だ。レストランやカフェの店員が、そう証言したのかも。
 だからと言って濡れ衣は困る。潔白なら自分から出頭するべきだ。逃げたりしたら余計に疑われる。警官の青木にはそのことは嫌というほど分かって、でも薪は逃げろと言った。薪は死んでも容疑者に逃亡を勧めたりしない。なにかあるのだ。

 やがて捜査員たちは家の何処にも青木がいないことを確認し、青木は窓から逃げたという結論に達した。その間に青木は石塚家から出た。折りしも世間は夏休み。日曜日ともなれば、海水浴やバカンスに出かける家族連れが早朝から通りを賑わす。楽しそうに歩く彼らが自分を隠してくれると踏んだのだ。
 廊下に捜査員はいなかったが、ロビーに一人、見張りがいた。変装してきてよかった。
 以前、第九の宴会用にと購入したパンク系のカツラが役に立った。服装もそれに合わせて派手目のものを選んだ。オールバックにスーツが定番の青木とは正反対。これならバレないだろうと思っていたが、しかし。
「ちょっと、そこのあなた!」
 急ぎ足でロビーを抜けようとした青木の背中に、捜査員の鋭い声が飛んだ。ぎくりとして足を止める。
「あなた、青木警視じゃ」
 どうして分かったんだろう。青木は焦るが、190センチの長身はそう簡単にはごまかせない。相手もプロだ。髪型や服装ではなく、体格で人を見る癖が付いているのだ。
 緊張で身を固くする青木に若い捜査員は素早く寄ってきて、しかし次の瞬間、彼はその場に凍り付いた。
「やぁン、遅いじゃない、ユッコったらあ」
 青木も凍りついた。いつぞやの地球外生命体が隣に立っている。

 長い金髪をポニーテールに結わえているのは、トレードマークのどでかいピンクリボン。真っ白におしろいを塗りたくった顔と青黒い髭剃り痕のコンボは相変わらずの破壊力で、気の弱い人間ならそれだけで失神させることが可能だ。釣り上ったキツネ目に太い眉、割れた顎に大きく張ったエラ。5分刈りにねじり鉢巻きがしっくりくる顔つきに夜の女の化粧を施せば、拳銃よりも恐ろしい生物兵器の出来上がり。それがパッションピンクのドレスを着て歩いている。地獄だ。
 薪とは真逆の意味でこの世のものとは思えない彼、いや彼女は、雪子の友人で名前を本間竜太郎、源氏名を彩華という。彼女は第三の性の持ち主、要はニューハーフだ。彼は、違った彼女は、ああもうメンドクサイ、てか妖怪の性別なんかどうでもいい。とにかくその物体は、「ユッコも一旦お店に顔出すでしょ」とか訳の分からないことを言って青木の腕に自分のごつい腕を絡ませ、
「昨夜のお客、すごかったわねぇ。アタシとアンタ、二人相手に何回も。アタシ、3回もマジ逝きしちゃったわン。アンタは? 何回イッた?」
 あなたの存在しない世界に行きたいです。

 青木に職質を掛けようとした捜査官が、ずざざっと後退りする。青木も彼と一緒にその場を逃げ出したかった。しかし、彩華の腕は万力のような力で青木の右腕を拘束していた。
 そのまま引きずられるようにマンションを出た。通りに出るや否や彩華はものすごい力で青木を引っ張り、人の群れに紛れた。大通りに出る一本手前の路地に連れ込まれる。彩華は素早く周りを見回し、人目がないのを確認すると、やにわに服を脱ぎ始めた。
「ほら一行ちゃんも。早く脱いで」
 派手な英文字が踊るシャツを脱がされ、ズボンのベルトを外された。青木のスラックスが地面に落ちる。青空の下、こんなところで二人して裸になって、彼女が青木に何をする気なのか、想像するだけで気絶しそうだ。
 ――逃げなくては。
 青木の本能の警鐘は割れんばかりに轟いたが、パッションピンクのワンピースの下から現れたボディビルダーのような腕と胸毛の生えた胸元が、青木の意識を遠のかせた。とても逃げられない。人生終った、と青木は思った。

「一行ちゃん。急いでこれに着替えて」
「え」
「カツラ替えて。それと顔も」
「え? え?」
「雪子に頼まれたのよ。自分が行きたいけど、自分は一行ちゃんと友人だってことが敵にばれてるから、警察関係者じゃないアタシにって」
「てき?」
「詳しいことは教えてくれなかったわ。知るとアタシにまで危険が及ぶからって」
 雪子も水臭いわよね、と笑って、彩華は青木の唇にルージュを引いた。
 服を取り替えてみると、彩華と青木の体格にそれほど違いはなかった。身長だけは青木の方が10センチ以上高かったが、ヒールとカツラの盛り具合で何とでもなる。後ろ姿なら身代りが務まるレベルだ。
「此処でマキちゃんが待ってるって」
 最後にホテルの名前と住所が書かれたメモを青木に渡して、彩華は表の通りに戻って行った。建物の陰からそっと見送ると、彼女はゆっくりと歩いて人混みに紛れ、どこにいるか分からなくなった。





テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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通りすがりの読者さま

通りすがりの読者さま。


>今回の物語は青木さんの殺人、、が軸なのでシリアスなのかな?と思ったら

シリアスになり切れないんですよね。根がおちゃらけてるもんで☆


>例の彼女?出てきて 青木さんの女装あり、、なのですね~?

生え抜きの捜査官から逃げるにはそれしか(笑)


>一番最初に しづさんの小説読んだ時は

ああ、そうですよね。ここまで原作から遠く離れてしまうと意味分からないですよね(^^;
5年前の話なんですけど、この小説を書き始めた理由は、「薪さんを幸せにしたい」でした。
で、どうやったら幸せにできるんだろうって考えて、薪さんに都合のよい設定を捏造している間に原作とはかけ離れた話になってしまったと。←本末転倒。
自分が殺してしまった親友の恋人と仲違いした上に恋のライバルになって苦しむのは辛過ぎだから。雪子さんにはとびきりいい女になってもらって、青木さんよりいい男をゲットしてもらおうと思ったんです。


>最初から読むと、ああ この雪子さんなら解る、と思いました。

ありがとうございます。
男爵の「雪子さん命」はともかく、雪子さんて、鈴木さんにも青木さんにも愛された女性でしょう? すごくいい女だと思うんですよね。薪さんの恋のライバルだと思うからついつい点が辛くなりがちだけど、本当はすごくいい女なんだろうなって。
そこでわたし的に「いい女」目指して彼女を書いたんですけど、いつの間にか家事能力ゼロの怪力女になってしまいました。ごめんなさい、雪子さん。


>原作を読むとしづさんの雪子さんが頭に残っているので、ああ違うんだ、、と違和感を覚えたものです。

すみません、混乱させちゃいますよね(^^;

青薪さんもねえ、本編のエピローグで終わりだと思ったから。まさか手紙の続きを描いてもらえるとは夢にも思わなかったので、好き放題書いちゃいました。鈴薪さんの過去も全然違うし。あれもジェネシスが始まる前に、設定作り込んじゃったんで。
おかげでますます原作から遠ざかってしまいました。どうか切り離していただいて、でも原作も最後にはうちの二人のように人生を共にしてくれるものと、信じて見守っていきたいです。


>無理されない様にまた素敵な作品を書いて下さい。

ありがとうございます♪
現在は、青薪さんが初詣に行く話を妄想中です。(←今頃! 年末の疲れで、今年のお正月は妄想できなかったんです~) 書き上がるといいな。
ちなみに、薪さんは振袖は着てません(笑)

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通りすがりの読者さま

通りすがりの読者さま。

>振り袖ではないのですか。残念、、嘘です。段々しづさんテイストに笑

あははは! 思わず吹いちゃいました☆
なんかですね、うちに来てくれるお客さん、面白い方が多いんですよね。ギャグ好きの方が多いせいだと思いますが、感化されることもあるんでしょうかね。


>私は 学生時代 ボロアパートに住んでいた薪さんの方が好きです。

ありがとうございます。
ビンボーな薪さんはあり得ないと思うんですけど、男爵ならアリですよね♪

原作薪さんの過去が分かった時、やっぱりお金持ちのお坊っちゃまだったか~、お金に困ったことなさそうだもんな~、と妙に納得しました。そうでないと、あの気品は出ませんて。貴族の血が流れてそうだもん(〃▽〃) や、うちのも男爵ですけど(爆)


>そして何故か深田恭子が好きな薪さん(薪さん背が同じなのに笑

そうなんですよ~、わたしが好きなんです、フカキョン。かわいい~♡


>しづさんの物語の二人は 清水さんの二人の見えない所で こうして色んな顔を見せてくれていると思っています。

そんな風に思っていただけて、感激です(;▽;)
陰で色々あっても、それを表に出す薪さんじゃないですからね。青木さんとの関係も、実は巧妙に隠してるんですねww


>今まで 読み逃げの読者でした(すいません!)が

いえいえ、読んでくださるだけで充分嬉しいですよ~(*^^*)
冬は仕事が忙しくて、ツイッターや他のブログさんに行くことができないので、かまってもらえて喜んでます。お喋り大好きです♪
次の更新は週末の予定ですが、お暇があったら、また読んでやってください☆

Kさまへ

Kさま。

>彩華ちゃん、イイですね!

マジすかww
地球外生命体とか妖怪とかさんざん言われてますけど、ていうか、温厚な青木さんにここまで言わせるの、ある種の才能ですよね(笑)

雪子さんの友人やってるくらいだから、いい奴なんですけどね。
青木さんは反りが合わないみたいです。ご愁傷さま☆

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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メロディ6月号、読みました。
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