青木警視の殺人(13)

青木警視の殺人(13)



 ウォッホン、と中園が咳払いをすると、薪はようよう青木を蹴るのを止めてソファに座り直した。澄ました顔で「青木、早く席に着け」と命令する薪の性格はあり得ないと思ったが、それに素直に従う青木はもっとあり得ない。どんな調教をしたらこんなドMが出来上がるのか、参考に聞いてみたいものだ。

「あの。本当に、北川さんは亡くなったんですか」
 青木の質問に答える代りに中園は、封筒からもう一枚の写真を取り出した。そこには彼女の死体があった。薄いブラウスの胸を真っ赤に染めて、薄汚れた路地に仰向けに転がっていた。
 青木はその写真を見て初めて、彼女が死んだことを実感した。何かの間違いではないのか、最悪、人違いではないのかと、心の隅で呟き続けた声が沈黙する。その写真にはそれだけの力があった。
「どうして彼女がこんな目に」
「きみが殺したことになってるけど」
「だから混ぜっ返すなって」
 キッと眦を吊り上げた薪を牽制するように手を振り、中園は不穏当な空気を発する二人の間に割って入った。
 小野田が余計な茶々を入れるのは、いっそこのまま青木が殺人犯として逮捕されてしまえばいいと思ってのことかもしれない。そんなことを思われずに済むよう、もっと頑張らなければと青木は思った。
 小野田は薪の親代わりのようなもの。自分がその彼に認めてもらえるような人間にならないと、間に挟まった薪が苦労する。青木が知らないだけで、薪はこの手の苦労をずっとしてきたのかもしれない。

 ショックに負けている場合ではない。青木はもう一度、北川の遺体写真を見直した。
 最後に会ったときの服装とは違う服だ。耳のイヤリングもなくなっている。あの後、すぐに殺されたわけではない。しかし、この路地の店の並びには覚えがある。
「この店、『Zen』じゃないですか?」
「え。えっと……ああ、うん。なんで知ってるの」
 薪がタブレットの画面に出した地図を捜査資料と突合する。そこは木曜日、青木が北川と訪れた店の裏の路地であった。
「裏口の上に防犯カメラがありました。それは確認したんですか」
「なんでカメラの位置まで。まさか青木くん、本当に」
「違いますよ。この店、トイレが裏口の近くにあるんですけど、ちょうどオレがトイレから出てきたとき、バイトの女の子がビールケース二つも重ねて外へ出て行こうとしてて」
 転んだら怪我をすると心配になって、青木が運んでやった。その時に裏口の風景と、通りに向けた防犯カメラを見たのだ。

「へえ。青木くんは優しいねえ」
「いえそんな」
「色んな女の子にコナ掛けてるねえ」
「はいはい、青木くんが何してもおまえが気に入らないのは分かったから。薪くんもいちいち目くじら立てない」
 腹の虫が治まらないらしい薪は、何か言おうとして途中でやめた。彼の上司に対する無礼を防いだのは、彼の上着のポケットで震える携帯電話だった。細い指に取り出された電話は薪の持ち物ではなかった。おそらく、会話を傍受されない為のプリペイト携帯だ。
「雪子さん、ありがとうございました。青木は無事です」
 電話の相手は雪子だった。薪に頼まれて彩華に連絡を取ったものの、首尾よく行ったかどうか、気になって電話を掛けてきたのだろう。
「解剖結果、もう出たんですか? あ、ちょっと待ってください。――どうぞ」

 スピーカー機能をオンにして、雪子の声が全員に聞こえるようにすると、薪は携帯電話をテーブルに置いた。映像が映るわけではないが、全員の視線が自然とそこに集中する。薄いカード型の機械は、潜めた声で語り始めた。
『死因は出血性ショックによる急性循環不全。刺されたのは一箇所で、心臓の真上。いま、傷口から凶器を特定してる。科警研の分析は今夜には出るけど、捜査本部には二日掛かるって言わせておいたから。分かり次第、この携帯に連絡入れるわ』
 さすが雪子だ。捜査レースでは情報が勝負を決めることを知っている。彼女が科警研の職員に偽りの日数を申告させた方法については、聞かない方がいいだろう。
「ありがとうございます。助かります」
『それと、あの遺体。ちょっと気になるのよね』
「遺体に何か特徴が?」
『そうじゃなくて、なんか既視感があるっていうか……』
 北川の顔は薪にそっくりだ。まるで薪の身体を切っているような、そんな錯覚を覚えたのだろう。雪子がいくら豪胆な女性でも、精神を乱されるのは当然のことだと思えた。

『詳細なデータはUNOボックスに入れておいたから』
 UNOボックスは、宇野が作った極秘の共有フォルダだ。他部署からの捜査依頼で、なのに故意的に隠されたり改竄されたりした解剖所見があるとき、雪子に頼んで原本をこのフォルダに入れてもらう。自分たちがお手上げだからと第九に事件を回し、その情報を隠匿する。彼らの矛盾は青木には全く理解できない。
 その他の機能としては、便利なアプリケーションがいくつか。容量は10TBまで増やしてあるから解剖所見に限らず、大抵のデータは受け入れ可能だ。

「帰ったら確認します。雪子さん、本当に何から何まで協力していただいて」
『青木くんが殺人犯なんて、ありえないもの』
 捜査本部が断定した青木の犯罪をまったく信じようとしない、雪子の揺るぎない信頼がうれしかった。じん、と胸の奥が熱くなる。
『間違ってやっちゃったとしても逃げたりしないでしょ。『薪さん、オレ、どうしたらいいですかぁ』って泣きながら電話してくるわよ。一人じゃ何もできないんだから、あの男』
 ……熱くなりすぎて涙出てきた。

『おい、長すぎるぞ! 中で何をしている』
 雪子の声に、電話から聞こえてきた男の声が被った。どうやら雪子にも監視が付いているらしい。青木の逃亡に手を貸す恐れありと思われているのだ。雪子は多分、監視者と距離を取れるところ、女子トイレの個室などからこの電話を掛けてきているのだろう。
 青木の想像は当たり、男に言い返す雪子の声が、
『うるさいわね! 生理中よ、タンポン替えてんの!』
 さすが先生。それを言われて引かない男はまずいません。
 女の武器を最大限に利用した雪子の言葉よりも、それを聞いて瞬時に真っ赤になった薪の愛らしさの方が青木には衝撃だった。なんなら使用済みのタンポン見せてあげましょうか、と息巻く雪子の声が聞こえ、薪は慌ててスピーカーを遮断した。

 再び電話で雪子と喋り始めた薪を置いて、青木は部屋の隅に置いてあったパソコンを起動させた。インターネットのブラウザを開き、UNOボックスにアクセスする。パスワードは暗記している。CUREMAID――宇野御用達の秋葉原のカフェの名称だ。
「どうして女ってのは結婚すると恥じらいが無くなるのかねえ」
「いや、雪子先生は結婚前と変わってないです。あの人に慎みとか期待する方が間違い、と、出ました」
 青木と一緒に画面を見ていた中園にフォローにならないフォローをしながら、ログを拾って一番新しいファイルを開くと、画面には雪子が送ってくれた検死報告書が表示された。
 検案書があると知った小野田は席を立ち、青木の右側から画面を覗き込んだ。右に小野田、左に中園。高官二人に挟まれ、緊張で肩が強張る。が、今は悠長に上がっている場合ではない。青木は画面に意識を集中し、捜査に必要だと思われる部分を素早くピックアップした。画像を切り取り、それに対する説明を添付する。薪が電話を終えるまでに書類の形を作っておかないと、また「役立たず」と怒鳴られる。

「遺体に致命傷以外の外傷はありません。心臓を一突きですから、即死に近い状態だったでしょう」
 感傷に流されそうになる自分を抑え、青木は事務的な口調を心掛ける。薪に口酸っぱく言われている、捜査には情を挟むな。被害者が欲しがっているのはおまえの同情じゃない。突然に断たれた生命の無念を、その真実を明らかにすることだ。その言葉を身体の中心に据えて、青木は検案書の要点を手早くまとめ上げた。
 百戦錬磨の中園は眉ひとつ動かさず、検案書に添付された写真を見て言った。
「女の化粧ってのは怖いね。落としたら別人だ。薪くんにまるで似てない」
「もともと北川さんと薪さんは似てないですよ」
「きみ、メガネ取り替えなさい」
 小池にも同じことを言われたが、青木には彼らの目の方がおかしいとしか思えない。薪の方が段違いにかわいい、無敵に可愛い。

「正確に心臓を刺した後、刃を捻ってますね。プロの仕事みたいだ」
 傷口に空気を入れるのは、確実に人を殺すときのやり方だ。これは殺しに慣れた人間の仕業ではないだろうか。
 青木がそれを指摘すると、二人の間に微妙な空気が漂った。緊迫したような空々しいような――青木は、自分の発言がえらく的外れだったような気分になる。
「すみません。確証もないのに、憶測でものを言って」
「いや。ぼくもそう思うよ」
 思いがけないことに、青木の解答に丸を付けてくれたのは小野田だった。青木と同様、中園も意外そうに彼を見る。二人の視線を受けて、小野田はこの場の最高階級者としての号令を下した。

「ぼくたちはそろそろ警察庁に戻らなきゃいけない。捜査本部の暴走を止めなくちゃね。その間、青木くんは此処に隠れてて。逮捕された後ではさすがに手が出し難い」
「はい」
「坂崎に連絡しておいたから。必要なものは彼に頼むといい」
 いつの間に、と思ったが、さっき中園に取り上げられた電話がそうだったのだろう。ちなみに坂崎は小野田の運転手兼ボディガードだ。彼が青木に付く間、小野田の身辺警護はSPに頼むことにすると中園が言い、小野田はうんざりした顔で横を向いた。薪と同じでSPが鬱陶しいのだろう。

 電話を終えた薪がこちらにやってきた。その深刻そうな顔つきで分かる、雪子からもたらされた情報が青木にとって不利であったこと。
「現場で発見された髪の毛のDNAが、青木のものと一致したそうです。本部内手配の許可が出ました」
 北川の胸を染めた血にへばりつくように、彼女のものではない髪の毛が発見されたと検案書に書いてあった。その髪の毛が青木のものと断定されたのだ。本部内手配の決定は法一には回ってこないから、これは彼女の夫からの情報だろう。
「拙いな。これでは写真の男が青木くんではないと証明しても、何の役にも立たない」
 写真や証言はあくまで状況証拠。物証の前には意味を為さない。そんなものを覆したところで青木の容疑は晴れない。髪の毛に負けない物証を手に入れるか、真犯人を捕まえなければ。
「青木、大丈夫だ。おまえの無実は必ず証明してやる。僕を信じて待ってろ」
 帰り際、薪に言われて頷いた。青木は身動きが取れないのだから、薪の言う通り、信じて待つしかないのだ。

 3人の上司を見送って部屋に一人になると、青木は強い疲労を覚えた。ふらふらと歩いてベッドに転がり込む。色々なことがいっぺんに起きて、青木の頭の中は飽和状態だった。
 北川舞は何者かに殺された。自分がその犯人にされ、警察に追われている。それを小野田達が助けてくれた。新たな証拠が出て捜査本部の方針が修正されるまで、青木はここに缶詰だ。
 ホテルのやわらかいベッドは気持ちよかった。青木はそのまま、深い眠りに落ちた。

*****


 と言うわけであやさん。
>案外、薪さんの指示で逃げてるとか。
 大当たりです!!

 今回のシーン、書いてて楽しかったです。
 娘婿をいびる父親に娘が「もう、お父さんたら!」的なあれですね。なんて幸せな日常の光景……! (若干、世間一般と幸せの定義がズレててすみません)

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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