青木警視の殺人(14)

「暗殺教室」がアニメになりましたね。
 松井先生はネウロの頃からのファンなのですけど、今回の話もいいですね。ギャグも鋭いけど、人間の暗部のえぐり方も鋭いんですよね。このギャップがたまりません。
 ギャップ萌えと言えば薪さんですよねっ。最近使い始めた若者言葉、たまりませんww



青木警視の殺人(14)





 第九に戻った薪を待ち受けていたのは、捜査本部から回ってきた青木の本部内手配書と、彼の身を案じる仲間たちだった。

「室長。青木は大丈夫なんですか」
 心配のあまり薪を取り囲んだ職員たちは、口々に青木の安否を尋ねた。彼らの気持ちは分かるが、本当のことを告げるわけにはいかない。本部内手配された職員を匿うと言う重大な違反行為をしているのだ。それを知りながら黙することは、やはり違反になる。彼らを巻き込むわけにはいかなかった。
「青木のことは僕が責任を持って対処する。おまえたちは仕事に戻れ」

 眉根を寄せる職員たちを残し、岡部と二人で室長室に籠って、薪は手配書を前に頬杖を付いた。向かいには、岡部の苦虫をつぶしたような顔。
「どこをどう間違えたらこんなもんが出回るんですか」
「敢えて答えるならこの辺りだろうな」
 空いた手で掴んだ指し棒代わりのボールペンの先が、とんとんと紙面の下方を叩く。薪が指摘したのは捜査本部長の名前だった。そこには次長付首席参事官の氏名が記されていた。
「本部長だけじゃない。首席管理官の緑川を始め他4名の管理官、すべて次長派閥で占められている。竹内が中に入れてもらえなかったはずだ」
「てことはなんですか。青木は派閥争いに巻き込まれたってことですか」
「おそらくな」
 くだらないことに青木を巻き込みやがって、と毒づく薪に、岡部は複雑な気持ちになる。薪が出世すればするほど、こういうことは増えていく。薪の気性を心得ている岡部には、それがどんなに彼の心を削ることか察しが付く。ましてや今回のように、大事な人がその犠牲になったりしたら。
 薪にとって警察機構の階段を昇ることは、針の山を進むようなことなのかもしれない。

「薪さん、青木と会ったんでしょう? なにか突破口はないんですか」
「現場近くの店の裏口に、防犯カメラが付いていたことを青木が覚えてた。そのカメラに犯人が映っているかもしれない」
「だったらそれを早く捜査本部に」
「中園さんが動いてくれてる。こういうのは階級がモノを言うからな」
 実質的に捜査本部を動かしているのは首席管理官の緑川卓という警視長で、薪とは同じ階級だ。敵対派閥だし、それでなくともキャリアは階級にはうるさいから、警視監の中園から話を入れないと耳を貸さないだろう。
「それに、僕はじっとしてろと釘を刺された。あまり派手に動くと、前の時みたいに捜査員たちにその」
 2年前、青木と二人で地方に出張した際ある殺人事件に出くわせ、青木は誤認逮捕された。彼の濡れ衣を晴らすため薪は奔走したが、その過程で、二人が恋人関係にあると言う決定的な証拠を捜査員たちに握られてしまった。それを力づくで中園が黙らせたのだ。
 あれは地方の所轄だったから緘黙させることができたが、今回の帳場は警察庁だ。噂の流布を抑えることなど、できようはずもない。上官たちの命令は当然のことであった。

「ところで、宇野はどうした」
「あー、今日は頭痛がするそうです」
 写真の解析について本人から話を聞きたかったのに、と薪はくちびるを尖らせ、でもすぐに納得したように肩を竦めた。
「無理もないか。宇野は彼女にお熱だったからな」
「薪さんもご存知で」
「分かるさ。僕はもともと恋愛の機微には鋭いんだ」
 初耳だ。顔がいいだけの朴念仁とか陰で言われてるの、知らないんだろうか。
「まあ宇野の場合はな。あんなにあからさまに態度に出てれば、僕じゃなくたって分かるだろうけど」
「青木もあからさまでしたけどねえ」
「ん? なんか言ったか?」
 青木が恋情を募らせていた頃、薪は彼の気持ちにまったく気付かず、青木はよく薪の無意識の誘惑に振り回されていた。今思い返すに、見事な悪女っぷりだったと思う。

『ちょっと、勝手に入らないでくださ、わっ!』
 突然、モニタールームが騒がしくなった。何事かとドアに近付いた岡部の鼻先で、室長室の扉が開く。岡部は咄嗟に身構えた。此処にノックもなしに入ってくるなんて命知らずは、第九にはいない。
 ドア口に立った男と眼が合った。
 大柄な男だった。岡部に負けないくらい筋肉質で、岡部に負けないくらい目つきが悪い。半袖のワイシャツから伸びた太い腕が岡部の襟元を掴もうとする、その手首を岡部の手が締め上げた。二人の男の眼から発せられた眼光がぶつかってスパークする、そんな光景が室長室のドア口で繰り広げられ、乱暴な来訪者によって床に転がされたと思われる第九の職員たちが立ち上がるのも忘れて床の上を後ずさる。今にも切れそうな、引き絞られた絃のような緊張はしかし、冷静な二人の男の声によって遮られた。

「やめろ、岡部」
「やめなさい、田上」
 田上と呼ばれた男の後ろから姿を現したのは、気障ったらしい銀縁眼鏡にライトグレーのスーツを着た、いかにもキャリア然とした男だった。髪をきれいに撫でつけて、右のこめかみあたりを触るのがクセらしい。決めポーズのつもりだろうか。
「初めまして、薪室長。本部で首席管理官を務めております、警視長の緑川と申します」
「なにか」
「本部を代表して事情聴取に参りました。警視正への聴取なら他の管理官に任せるところですが、あなたは警視長なのでね」
「事件解決に役立つなら巡査の聴取にも応じますよ。質問をどうぞ」
「あなたの部下のことですよ。人払いされなくてよろしいのですか」
 結構ですと薪が答えると、緑川は室長席の前まで歩いて、背中に手を組んだ。上から見下すような眼で薪をじっとりと見る。蛇のように嫌な目つきで、岡部はそこに悪意以外のものを感じ取れなかった。

「手配書はすでにご覧いただけたことと思いますが、青木一行警視に殺人容疑が掛かっています。我々が本人に事情を聞くために、彼の自宅を訪れた時にはすでにもぬけの殻でした。いち早く情報を得た誰かが彼を逃がしたのではないかと、我々は考えております」
「それで」
「その人物は彼を匿い、手配書が回った今となっても彼の居場所を本部に隠し続けると言う反逆行為を行いながら何食わぬ顔で過ごしているのではないかと、そう予想しています」
「その人物が僕だと? では第九へは、青木を探しに?」
 自分に向かって折り曲げた手首の、その先の細い指に自分の顎を載せて、薪はふっと笑った。
「どうぞ家探しをと言いたいところですが、第九のキャビネットは機密情報でいっぱいです。部外者に見せるわけにはいきません。お引き取り下さい」
「警視長の私にもですか」
「階級は関係ありません。閲覧を制限する権限は室長の僕にあります。あなたには見せられません」
 緑川の出入りをきっぱりと拒絶し、薪は彼を見上げた。薪は座ったまま、立っている緑川を見上げているのに、見られている緑川は見下されていると感じる。尊大な雰囲気とかふてぶてしい態度とか、人を見下すことにかけては薪の方が一日の長がある。

「強大な後ろ盾を持っていれば、階級など気にならないと言うわけですか」
「否定しませんよ。第九には官房室と言う後ろ盾がある。しかしそれは機密を守るための手段であって、権力でもって人を支配するためではない」
 薪は、緑川が階級を笠に着て捜査を間違った方向に導いていることを痛烈に皮肉ったあと、更に追い打ちをかけるように、
「後ろ盾があるのはあなたも同じでしょう。そちらにご相談されてはいかがですか」
 強気な態度に、岡部はハラハラする。相手は捜査本部の代表、つまりは本部長の代弁者だ。次長の指揮下にある捜査本部と表立って対立するような真似をして、薪の立場は大丈夫なのだろうか。
 しかし相手もキャリア。皮肉合戦には慣れている。ふん、と鼻先で嫌な笑い方をすると、緑川は右のこめかみに手のひらを当てた。

「上に言い付けるようなさもしい真似は致しません。私は千川次官から全権を託されております。あなたのように、仕事以外の能力で上官に取り入ったわけじゃない」
「それはどういう意味です」
「ご自分が一番よくお分かりでは? それとも薪室長は、朝になったら昨夜のことは全部忘れておしまいになる性質ですか」
 言葉尻に被せるように、ガタンと椅子が跳ねる音がした。立ち上がった薪が前に身を乗り出す、それより早く岡部が緑川と薪の間に割って入っていた。岡部の太い腕に阻まれて、薪の身体は緑川に届かない。尖った亜麻色の瞳と岡部の三白眼がぶつかり、結局は薪の舌打ちで二人の距離は元に戻った。

「現場に防犯カメラがあったはずですが。確認はされましたか」
「どうしてそのことをご存知で? まさか我々の捜査に不満で、ご自分でお調べになったとか?」
「……通勤途中、見掛けたもので」
「はて。薪室長のお住まいは吉祥寺では? 新宿の、それもあんな路地裏をどうして通られたのですか」
 ブツッと何かが切れた音がした。岡部はその音を聞き、すぐさま薪の傍を離れた。長年のカンが告げている。ここは避難だ。止めた方が薪のためだと思ったけどやっぱ無理。だって部屋の温度が下がったもん。

「余計なことはしないでいただきたい。捜査は我々捜査本部に任せ、っ」
 半袖のワイシャツから伸びた百合の若茎みたいな腕が、その先端を飾る百合のつぼみのごとき手と連動し、優雅な舞を舞うように動いた。腕の白さに緑川が眼を奪われる、その隙を衝いて彼の顎を二本の指が捕える。上向いた手のひらから突き出された二本の指、その柔らかな指先に顎先をくすぐられ、緑川は引き攣った笑いを浮かべた。
「前の夜に小野田さんと使ったホテルが近所だったんですよ。いけませんか」
 至近距離で顔を覗き込んで、キワドイ台詞で相手の度肝を抜く。もちろん薪の笑顔は氷点下。その様子を見て、部下たちはこそこそと囁き合った。
「あーあ。薪さん、キレちゃったよ」
「捜査本部全員胃潰瘍になるまで引っ掻き回すな、あれは。可哀想に」
「そっとしておけば大人しくしてたかもしれないのに」
「墓穴でしたねえ、あの緑川って人」
 薪がああいう切り返しをするときは、とっくに理性が振り切れているときと相場が決まっている。理性の無くなった彼ほど容赦のない生き物を、第九職員たちは他に知らない。
 身が竦んで動けない緑川を、どう料理してやろうかと薪の瞳が残酷に煌めく。相手を甚振る方法が悪辣になればなるほど、彼の瞳の輝きはいや増す。本当に、どうしてこんな性格の悪い男と同居する気になれるのか、薪の性格の悪さを見せつけられる度、第九メンズは青木を尊敬する。ドMもあそこまで行けば立派なものだ。

「防犯カメラは確認済みです。あのカメラには何も映っていませんでした」
 すっかり委縮してしまった緑川に代わって答えたのは、彼のお付きの田上と呼ばれた男だった。彼は絶対零度の空気をものともせず、室長席に歩み寄ると、眼に見えない呪縛に囚われていた緑川の肩を掴んでこちら側へと引き戻した。
 薪の脅しに怯みもしないなど、この田上という男は大したものだ。寡黙で無駄な動きもない。返しも的確だ。喚くしか能がない上司より、管理官の役職に相応しいのではないかとすら思えた。

「本当に?」
「なにをお疑いですか」
 金縛りから解けた緑川は、格下の田上に庇われたことにプライドを傷つけられたのか、彼の手を乱暴に払いのけて言った。
「来客に椅子も勧めず、口の利き方も知らない。薪室長は聞きしに勝る礼儀知らずですな」
「礼儀を知らないのはそちらでしょう。第九は極秘部門です。そこにアポもなしで入ってくるとは、礼儀を知らないと言うよりは常識がない……ああ失礼、あなたには『関係者以外立ち入り禁止』の文字が読めませんでしたか」
「なっ」
「守衛にも止められたはずですがね。なるほど、声は聞こえても言葉の意味が分からなかったと。では僕が噛み砕いて説明して差し上げましょう」
 薪は机の横を回り、緑川に接近した。一歩進むごとに部屋の気温は下がり、気の弱い山本などは震えだす始末。再び足をすくませる緑川を、田上は今度は助けなかった。

「ここはおまえが来るところじゃない。帰れ」
 ぐい、とネクタイを掴んで相手を引き寄せる。美人が怒るとブスの百倍怖いとか言うけれど、薪の場合はそんなレベルじゃない。背筋が凍る、心臓が止まるかと思う。この恐怖から逃げられるなら大抵のものは差しだそうと言う気持ちになる。死よりも恐ろしい何かがこの男の後ろには控えているのだと、思わせるものが薪にはある。
「僕に話を聞きたかったら本部長を連れてこい」
 吐き捨てるように言って、薪は緑川を解放した。
 巡査でもいいんじゃなかったのか、と揚げ足を取る勇気もなく、解放された緑川は我先にと室長室を出た。

「後で吠え面かくなよ」
 薪に聞こえないように、緑川はドア口で小さく呟いた。
 ヤクザ映画でさえ聞かなくなったレトロな脅し文句を聞いて、岡部はひどい疲労を覚える。今どき、こんな捨て台詞を使うとは。そんな時代錯誤の人間が上層部の一員だなんて、警察機構の明日は暗いと――、
「行くぞ、岡部」
 いつの間にか戸口まで来ていた上司の声で、岡部は思考を破られた。肩に上着を掛け、ポケットには塩飴。薪はすっかり外出の準備を整えていた。
「行くってどこに」
「現場に決まってるだろ。店にカメラのことを確認するんだ」
「しかし、薪さんは動かないようにと」
「言われただけだ。従うとは言ってない」
「ええ~……」
 今どきそんな屁理屈、子供だって言わない。
「あんなイヤミ言われて黙ってられるか。あの男、いっぺん泣かさんと気がすまん」
 ずかずかとモニタールームを横切る薪に、職員たちがぱっと左右に飛びのく。モニタールームの出口で、薪は宣戦布告するように叫んだ。
「今に吠え面かかせてやるっ!」
 あ、ここにもいた。

 警察機構の明日は真っ暗だと心の中で嘆く岡部に、二人を見送る職員たちが小さく手を振った。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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