青木警視の殺人(15)

 ご無沙汰です。

 コメントのお返事と更新、滞っててすみません。
 お義母さんが腰を痛めてしまいまして。現場とお世話のダブルパンチで、忙しい忙しい(^^;

 わたしが現場に出てたから、お義母さん頑張っちゃったんだろうなあ。それで疲れが出ちゃったんですよね、きっと。
 ゆっくり休んで、早く良くなって。5月になったら一緒に温泉行こうね。 






青木警視の殺人(15)





 勢い込んで出て行った薪だが、捜査の結果は思わしくなかった。
「Zen」の裏口には青木の証言通り防犯カメラが仕掛けられていたが、田上の言うように、そこには何も映っていなかった。店にはモニターがなかったため薪が持っていたタブレットを使用したのだが、延々と夜の路地の風景が続いており、犯行時刻の前後2時間に道を通ったのは猫が一匹だけであった。
 2度目の聴取にも関わらず、店主は協力的だった。だが、彼から得られた情報は青木にとって不利なものばかり。犯行があった時刻、不審な物音を聞かなかったかとの質問に対しては首を振り、代わりに厄介な証言をくれた。金曜日の夜、この店で青木と彼女が言い争っていたと言うのだ。

「あれだけの美人ですからね。彼女の方は見間違いようがありません。男の方は、あ、この男ですね。黒髪のオールバックでメガネを掛けてて、背が高かったです」
「それは金曜日ではなく、木曜日のことではないですか」
 青木の話では、木曜の夜この店で食事をしたのが彼女と過ごした最後だったはずだ。店主が曜日を間違えている可能性はある。しかし店主はその質問にも首を振り、
「その時間、ちょうど松瀬七海の曲が流れててね。わたし、彼女のファンなんですよ。で、聞いてたら喧嘩の声が曲に被って、せっかくのハスキーボイスが台無しに。だからよーく憶えてるんですよ」
 店主の証言は裏が取れていた。そのシャンソン歌手の歌声が有線から流れたのは22時05分。雪子が算出した死亡推定時刻は22時から24時の間。この時間、彼女と争っていた男に容疑が掛かるのは自然な成り行きだった。

「もう一度、しっかり写真を見てください。この男に間違いないですか。よく似た別の男ではなかったですか」
「おかしな聞き方をしますね。そりゃこの男に双子の兄弟でもいれば、わたしには見分けがつかないかもしれませんけど」
 怪訝な顔をされて薪は口ごもる。確かに、これは自分の聞き方が悪い。
「すみません。少し焦りました」
「いや、無理もないですよ。殺されたんでしょ、お姉さん」
「は?」
「あなたのお姉さんでしょ。そっくりじゃないですか。もしかして双子ですか?」
「だれがふた、ふごっ」
 大きく開きかけた薪の口を、岡部が慌てて押さえる。ここで薪の一喝が轟いたら、恫喝で証言させたことになりかねない。

「え、ちがう? 他人の空似ってやつですか。へええ」
 どこが似てるんだ、僕はもっと男らしい、てかお姉さんてなんだよ! 僕の方が10も年上だぞ!!
 岡部は手のひらに伝わる振動からそれらのセリフを推察し、もう一方の手で薪の肩を引いて自分の後ろに隠した。この怒りようでは咄嗟に手が、いや、足が出るかもしれない。証言に協力してくれた一般人を蹴ったりしたら間違いなく査問会だ。
「何だか自信が無くなってきました。お店の中は夜は暗いしね。あなたと彼女くらい似ていれば、見分けがつかないかもしれませんねえ」
 似てる似てると繰り返され、ジタバタと暴れる薪を引っ張って岡部は店を出た。裏口を開けるとそこは事件現場で、捜査員たちの姿はなかったが、黄色いテープにKeep Outの赤い文字が幾重にも空中を走っていた。

「あの店主の証言は当てにならないな。彼、眼が悪いんだ。僕と彼女が姉弟だなんて」
「姉妹って言われなかっただけよかったじゃないですか。……すいません」
 ドンッ、と壁に薪の手が衝かれ、岡部は壁と薪の間に封じ込められた。岡部より20センチほど小さい薪の手のひらは岡部の脇の下付近の壁を押さえており、いわゆる世間一般の壁ドンとは構図が異なっているが、その拘束力は大きい。自分の半分くらいしかない身体なのに、振り払える気がしないから不思議だ。

 下からギロッと睨み上げられる、薪の視線に微妙な誤差を感じる。気付いて上を見れば、そこには問題の防犯カメラが取り付けられていた。
「やっぱりおかしい。あの位置にあの角度でカメラがあって、犯行現場が映らないはずがない」
「どこか他の場所で殺されて、此処に運ばれたってことですか」
「それなら死体を運ぶ画があるはずだ」
「てことは」
 ここの防犯システムはカメラのみで、モニターは付いていない。泥棒避けの目的で安価に済ませようとすれば、そう言った仕組みになる。万が一の時にはカメラのメモリーを警察に提出すれば、警察の方で再生して犯人を捕まえてくれる。
 今回の場合、映像データは誰の眼にも触れず捜査本部に渡り、後に店主の元に返された。つまり。
「間違いないですね。やつらが証拠を消したんだ」

 到達した結論に、岡部は背筋を寒くする。
 警察が正義を捨てたなら、一人の人間を葬ることなど実に簡単だ。だからこそ、こんなことは行われてはいけない、絶対にいけない。
 彼らの暴挙を許すわけにはいかない。

「薪さん。北川舞にはスパイの可能性があると言ってましたよね」
 黄色地に赤文字のテープで切り取られた非日常空間を砂を噛むような思いで見つめながら、岡部は言った。
「同期のやつに聞いたんですけどね。公安部には、秘伝の特殊メイクがあるそうですよ。潜入捜査で誰かに化けるときに使うとか。そのメイクを施した男と北川が、この店で言い争いをしていたとは考えられませんか」
「おそらくそんなところだ」
 隣で、岡部と同じ場所を厳しい眼で見ながら、薪が頷く。それから薪は身軽な動作でテープの中に入り、地面に残った血の染みの傍に立った。
 量から判断して、殺害現場はここで間違いない。ならば必ず写っていたはずだ。彼女を殺した男の姿が。

「画が消されていることを証明したら、青木の無実につながりませんか」
「無理だな」
「でも、消したのはやつらです。逆説的に言って、そこに映っていたのが青木じゃなかったから消したってことになりませんか」
 それはこちら側の理屈であって、相手側にはもちろん、第三者にも通用しない言い分だ。証拠で大切なのは理屈ではない。一目瞭然であること、誰が見てもそれが明らかであること。分かりやすさの方がずっと大事なのだ。
「被害者の血に付着した髪の毛という物証が上がってるんだ。それに対抗するには、状況証拠では駄目だ」
「物証って言ったって、捏造でしょうが。そんなもの」
「捏造を証明できなければ事実と同じ――やば」

 さっと身を翻して走り出そうとする、その細い身体を鋭い声が地面に縫い止める。「薪警視長!」と階級で呼ばれて薪は、相手が怒り心頭に発していることを悟った。諦めて振り返り、自分から彼の元に歩いて行く。
 路地裏にはまったく相応しくない黒塗りの公用車で現場に乗り付けた中園は、夏の日差しの下でもピシッと決まったスーツ姿で、部下が自分に近付いてくるのを腕組みして待っていた。立ち止まって敬礼した部下に、厳しく言い放つ。
「本部長の千川次官から、官房長宛にクレームが来たよ」
「言い付けたりしないって言ったくせに。あのキザ眼鏡」
 口の中でぼそりと呟いたのは責任転嫁の証拠。言いつけを破った自分が悪いのではなく、密告った緑川が悪いと薪は思っている。
「動くなって言っただろ。相手が警戒して、僕の仕事がやりにくくなる」
 敵対派閥仕切りの捜査本部を懐柔するのは、中園の裏の力を持ってしても難しい。5人の管理官がすべて次長派で占められているのだ。方針を変えることはもとより、本部会議に意見を通すことすらできない。裏の人間を何人か捜査本部に紛れ込ませるのがやっと、という状況だった。

「お忙しい中園さんが、わざわざ僕を迎えに?」
 もちろん薪の言葉は気遣いではなく、こんなところに来る暇があったら青木の手配を解いてくれと皮肉を言っているのだが、しかし。
「小野田がね。部下を使いに出したらきみは殴り倒してでも逃げるからって」
 さすが官房長。目的のためには手段を選ばない薪の性格を見抜いている。
 薪は面白くなさそうに横を向いた。不貞腐れたように言い返す。
「心外ですね。僕はそんな乱暴な真似は」
「謝罪の言葉が聞こえてこないんだけど! 僕の耳がおかしいのかな?!」
「……すみませんでした」
 心の籠らない謝罪に、中園は大きくため息を吐く。連日の暑さでその頬は、多少やつれて見えた。
「いい加減にしてくれよ、薪くん。きみのせいで僕の白髪がどれだけ増えたか知ってるのかい? だいたいきみはね、自分の立場ってものを」
 懇々と諭されている薪の神妙な顔つき、しかし岡部は見ていた。中園の小言をじっと聞いてはいたが、薪は一度も頷かず、返事もしなかった。
 岡部が見て分かるくらいだ。真正面から見ている中園には、薪の不満はもっとダイレクトに伝わったに違いない。中園は頭痛を押さえるときのように額に手をやり、仕方なさそうに譲歩した。

「金曜日まで待てないかい」
「金曜日?」
「正直言って、捜査本部の暴走を止めるのは不可能だ。だから捜査本部を解体することにした。予定は今週の金曜日。小野田がその手はずを整えている」
 俯く振りで地面の蟻の行列を眺めていた薪が、ハッとして顔を上げる。小野田の名前が出たからだ。
「きみが下手に動くと、小野田の計画が台無しになる。あいつの立場も」
 参事官の中園ではなく官房長の小野田が動くと言うことは、官房室の公式な活動として記録に残ると言うことだ。その過程で問題が起きたら、すべて小野田の責任になる。
 今後、薪が緑川らと諍いを起こしたら。それは官房室が捜査本部に刃向ったことにされてしまうのだ。

「僕はこの事件、次長派の陰謀だと思っている」
 北川舞を殺してその罪を青木に被せ、第九と官房室を一挙に葬る。それが次長派の計画ではないかと予想する中園に、薪は表情を曇らせ、
「そこまでやりますか」
「やるよ。次長はもう後が無いんだ。権力にしがみつくためなら、人なんか簡単に殺す」
 中園の言葉を聞いて、岡部は顔をしかめた。キャリア同士の派閥抗争で殺人なんて舞台裏、ノンキャリアの岡部が知って得する事なんか何もない。
「岡部くん、悪いね。ちょっと待っててくれるかい」
 岡部の複雑な心境を慮ってか、中園は薪を車の後部座席に引っ張り込んだ。後部座席は黒いスモークガラスになっていて、中は見えない。そこでどんな会話が交わされたのか岡部には知る由もなかったが、再び車から出てきた薪の顔つきから察するに、金曜日まで大人しく待つことを約束させられたようだ。

「じゃあね、岡部くん。薪くんを頼んだよ」
 はい、と答えて敬礼する岡部の横で、薪が思いついたように身を屈め、車の窓に手を掛けた。
「中園さん。例のアレ、貸してもらえますか?」
「薪くん。余計なことはしないって今」
「分かってますよ。でも、相手が相手ですから。やりあったばかりだし、向こうから仕掛けて来られた時、丸腰ってのは心細いです」
「あくまでも護身に使うんなら貸してあげるけど」
「助かります。では後ほど」

 そんな会話を最後に、中園の車は狭い路地を走り抜けて行った。アレって何ですか、と聞いていいものかどうか岡部が迷ううち、薪がこちらを振り向いて言った。
「さて、そろそろ昼だな。岡部、蕎麦でも食って帰ろう」
 薪が食事に気を回すということは、薪の中で推理は終わっているということだ。大通りに向かってさっさと歩きだす薪を、岡部は夢中で追いかけた。
「待ってください、薪さん。中園さんの言う通り、この事件は次長派の陰謀なんですか」
「いや、僕はそうは思わない。むしろ、犯人が次長と公安を結びつけたんじゃないかな」
「それはどういう」
「岡部。知らない方がいいことも世の中にはたくさんあるぞ。特に、警察の暗部に関しては知らない方が仕事が楽しくできる」

 言いたくない素振りの薪から無理にでも聞き出すべきかどうか、岡部が再び迷う間に、薪は大通りに出ていた。追い付いた時には――、見知らぬ男にナンパされていた。
 青木と一緒に暮らすようになってから、薪はますますそういったフェロモンを撒き散らすようになって、小池たちの陰口を引用すると人妻の色気ってやつらしいがとにかく、スーツを着ていても頻繁に男に声を掛けられるようになった。本人は道を聞かれているものと信じて疑わないが、他人から見たらあからさまにナンパだからそれ。一番近いコンビニ何処ですかって真向かいにあるからね、信号渡って3歩だからね。
「じゃあ、僕が案内して」
「コンビニならおれが案内します。どうぞ、こちらです」
 岡部が案内役を買って出ると男は急に方向音痴を返上し、ひきつり笑いで去って行った。
「一人で大丈夫かな」と相手を心配する素振りの、妙なところでお人好しの上司に、岡部は夏の必須アイテムを差し出す。
「サングラスは面倒だ」
「紫外線は眼によくないんですよ。煩わしくても、外に出るときは掛けなきゃダメです」
 ナンパ避けに。

 岡部に諭されてしぶしぶ黒メガネを掛け、「これでいいか」と聞いてくる上司の顔を見て岡部は絶句する。
 眼が隠れたら異様に若く見える。鼻と口が小さくてほっぺたが丸いもんだから、まるで十代の性別不詳モデルみたいになっちゃったよ。
 ランチタイムで賑わう大通り、限られた休み時間を有意義に使いたいはずのOLやサラリーマンが、飲食店へ向かう足を止めて薪を見る。そのことに本人はまったく気付かず、蕎麦屋を探してきょろきょろと頭を動かしているのがヘンに愛らしくて、あ、あそこの顔赤くしてるやつ、要注意。あっちのカバン落としたやつはストーカー予備軍。
 ウィークディのスーツ姿でこの調子だ。休日の青木の苦労が忍ばれる。

「すいません、中園さん。もうおれでは面倒見切れません」
 青木が解放される金曜日まで、一日が一時間になればいいのにと、叶うはずのない願いを抱く岡部であった。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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通りすがりの読者さまへ


通りすがりの読者さま。

こんにちは~。
ホント、寒いですねっ。金曜日はみぞれでしたよ。
それと、イスラムのニュースですね。恥ずかしい話、わたし、毎日の生活の中でさほど意識したことが無かったのですけど、戦争って、現在もこの世にあるんですよね……平和って貴重で、難しいものなんだってこと、忘れちゃいけないですねえ。


>今回のお話 先がまだまだ見えないので どう転がっていくのだろう、、と読んでいて 作品の中の迷路にいる様です。

もうちょっと待ってくださいね。もう少しで起承転結の転に入りますので、そうしたら転がりますから。
と言いますか、ここまで長くなる予定でも内容でもなかったんですが、


>前のお話の中で、薪さんが 啖呵をきったくせに 照れる、、というのがツボでした~。恋人ならではの、、、ですね。

↑↑↑ こういうネタを仕込んでるうちに無駄に長くなっ……いつもの悪いクセですみません~(^^;


いつも励ましてくださってありがとうございます。
お義母さんの病院がね~、毎日連れて行かなきゃなんですけど、現場と両立はさすがにキツイわ(><) 痛そうで可哀想だし。早く良くなって欲しいです。
現場もお世話もブログも、全部完璧にはできないわ、って開き直って(←こら)、無理しない程度に頑張ります。
四葉のクローバー、ありがとうございました(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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