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仮面の告白(7)

仮面の告白(7)






 報告書作成の最速記録が達成されてから、2日後の水曜日。その日はとても寒い一日だった。
 まだ11月だというのに、まるで2月並みの寒さで、道行く人々は厚手のコートにマフラーが手放せない一日となった。

 夜の室長室で、薪はいつものように仕事に精を出していた。
 第2と第4金曜日には、室長会議がある。9つの研究室の幹部と所長の田城が集まって、それぞれの業務報告をする定例会だ。今はそのための資料を作成している。

「室長。過去3年の放火事件のデータ、揃いました」
 資料を片手に、青木が室長室へ入ってくる。
 最近、薪は青木に会議資料の作成を手伝わせている。
 青木はキャリアで入庁している。いずれは管理職に就く定めだ。キャリアというのは現場ではなく、こういう仕事を積み重ねて昇任していくものだ。今から覚えさせておいて損はない。
「そうか。じゃ、グラフ化してくれ」
「はい。こちらのものでよろしいですか?」
 薪が指示するまでもなく、あらかたの資料は出来上がっている。まだほんの数回しか教えていないのに、飲み込みの早さは大したものだ。青木は第九に来る前は総務部にいた。資料を作ったりマニュアル化したりといった作業は得意なのだろう。
「うん。使える。手早くなったな」
「ありがとうございます」
 人数分の資料を揃え、ホチキス止めにする。それが終わったら今日の仕事は完了だ。

 要領の良い部下のおかげで、薪の退庁時刻は以前よりいくらか早まっている。
 データの収集から入らなければならない会議資料の作成は意外と厄介な仕事で、今までは9時を回ってしまうことが多かった。
 今日は特に早い。まだ7時前だ。手伝いの礼に、メシでも食わせてやるか。
 
「青木。これから何か予定があるか?」
「大丈夫です。次は何をしましょうか」
「仕事はもういい。今日はその」
 どこかでメシでもどうだ、と言おうとしたが、何故か声が出ない。喉になにか詰まった感じだ。
 青木は自分の指示を待っている。なにか言わなくては。

「……今日は、寒かったな」
 なんで天気のはなし?
 当たり障りのないご近所の会話みたいだ。

「そうですね。今週はずっと寒いですよね」
 薪の脈絡のない会話に、青木は笑顔で答えてくれる。こいつは若いけど、人に気遣いができるやつだ。鈴木と顔が似てるだけある。
「こういうときは、あったかいシチューとか食べたいよな。久しぶりにビーフシチュー作ろうかな。ちゃんとデミグラスソースから作って」
「いいですね」
 にっこりと笑った青木の次のセリフは分かっている。『オレ、食いに行ってもいいですか?』だ。
 今までも、幾度となくこんな会話をしているのだ。薪が来るなと言ったって来るに決まっている。
 ところが青木は微笑んだまま、
「じゃ、お先に失礼します」
 肩透かしをくらって、薪は言葉を失う。絶対に飛びついてくると思ったのに。

 敬礼の角度に頭を下げて、青木は室長室を出て行った。薪のほうを振り向きもしない。ビーフシチューに未練はないようだ。
 そういえば、今週青木はずっと定時退庁している。なにか早く帰りたい理由があるのだろうか。
 別に仕事を残していくわけではないから構わないのだが、これまではいつもモニタールームに残ってシステムの勉強をしたり、データ修復の練習をしたりしていた。大抵は薪が室長室から出てくるまで、ひとりで黙々と自主訓練をしていたのだ。

「誘ってるの、分かんなかったのかな。鈍いやつだな」
 薪から食事に誘ったのは、これが初めてだ。
 いつもは青木のほうから「今日の夕飯なんですか? オレ、行ってもいいですか?」と図々しく押しかけてきていた。将来的には青木のためになることとはいえ、残業手当もつけずに資料作成を手伝わせている引け目もあって、ついついそれを許してしまっていたのだ。
 青木は、薪の家を訪ねるチャンスは決して逃さない。多い時は週に4回くらい、薪の家に食べに来る。食事の用意がないときですら、テイクアウトの夕飯を持って来るくらいだ。それなら家に帰って食べたほうがよっぽど落ち着くと思うのだが。おかしなやつだ。

 ……まあ、理由は分かっているのだが。

 薪は室長席から離れ、窓辺に立った。
 室長室は3階にあって、外の風景が良く見える。角部屋なので2方向に窓があり、その窓は第九の正門の方向と中庭の方へ向けられている。

 青木がまだ第九に入って間もない頃、よくここから青木が登庁してくる様子を見ていた。
 肩を落として足を引き摺るようにして、若いクセに覇気のないやつだと思っていた。あの頃の青木はまだMRIの画に慣れることができなくて、捜査の重要性も醍醐味も理解らなくて、いやいや職場に来ていたのだろう。
 日に日に憔悴して行く新人が、薪にはとても心配だった。昨年の夏の悲劇がまた繰り返されてしまったら……それでなくても青木は、死んだ親友にそっくりで。
 精神的に耐えられないなら、他の部署に異動したほうが本人のためだ、と思って何度も異動を勧めたのだが、見かけによらず頑固で根性もある新人は、第九の精神攻撃に耐え抜いた。自発的に自主訓練を重ね、専門書を読み解き、先輩たちとの間の絶対的な実力の差を埋めようと必死になった。
 その努力に、薪も室長として協力は惜しまなかった。
 質問にはできる限り答えてやり、MRIシステムの機器操作についても、手取り足取り教えてやった。
 これは青木に限ったことではない。昨年の夏に第九に入ってきた岡部と小池と曽我の3人には、薪が直接指導をしたし、他の誰にでも乞われればコツを伝授する。MRIシステムとの付き合いは、薪が一番長いのだ。専門的な技術の方は、近頃宇野のやつに歯が立たなくなってきたが。

 そんなふうに、春ごろから青木とはずっと時を重ねてきて、それが青木におかしな誤解をさせてしまったのかもしれない。薪としては普通にしているつもりだったのだが、それでもやはり時々、鈴木のことを思い出してしまって……。

 だって、あんまりよく似ているから。

 鈴木を見るような目で、見てしまったことがあるのかもしれない。大好きな親友を見るような眼で、昔の恋人を愛しむような瞳で―――― だとしたら、誤解が生じても無理はなかったかもしれない。

 そんなことを思い出しながら、室長室の窓から外を見ていると、やがて正門前に青木の姿が現れた。
 長身に黒髪のシルエット。定番のトレンチにバーバリ柄のマフラー。後姿は特によく似ている。少し猫背の姿勢から歩き方まで。

 正門近くで青木を待っている人影に気づいたのは、薪のほうが先だった。
 短い黒髪と赤いコートの女性。普段はアクセサリーなどつけたことのない彼女が、今日は耳元に金色のイヤリングをしている。
 青木が彼女に気づいて、軽く頭を下げる。そのまま連れ立って歩き出す。なにやら楽しそうに喋りながら、角を曲がって見えなくなった。

「……なんだ。雪子さんと約束してたんだ」
 面白いくらいに、自分の計画通りにことが進む。雪子は薪の頼みを実行してくれる気らしい。
 行動力のある彼女は、自分から青木に連絡を取ってくれたのだろう。実はどうやって青木に持ちかけるか、思案していたのだ。薪がもう一押しするまでもなく、青木は雪子と付き合い始めたようだ。

 いつだったか、岡部に言われた通りだ。男女の仲なんて、どれだけ周りが騒いでも結局は当人同士の問題なのだ。
 先月、薪があれだけ雪子との交際を勧めたにも関わらず、青木は首を縦には振らなかった。
 しかし、今はどうだ。
 だれに言われずともこうして、彼女と一緒に夜を過ごそうとしている。
 雪子さんのことだ。食事をしてからカラオケボックスで歌いまくって、きっと吐くまで飲むんだろう。鈴木がよくそう言って笑ってた。もちろん、その先はベッドで介抱してやったんだろうけど。
 雪子に任せておけば、後はもう大丈夫だ。自分が何もしなくても、青木は彼女に夢中になっていくだろう。かつて鈴木がそうだったように。

 ずきん、と胸が苦しくなって、呼吸ができなくなる。
 足元が崩れて、地の底に落ちていきそうな感覚が襲ってくる。
 鈴木のことを思い出したわけじゃない。これは今のふたりを見て、でもどうしてそれでこんな……。
 これは馬鹿げた感情だ。こうなるように仕向けたのは自分だ。
 それなのに。
 
「鈴木。妬くなよ。僕に憑依するの、よせ」
 洋書のページの間から顔を覗かせた親友に、言いがかりをつける。写真の親友の顔は、いつもどおりの優しい微笑だ。
『相変わらず、自分勝手なやつだな』
 薪の心の奥のほうから、永久にそこの住民となった親友の声が聞こえてくる。
『おまえって、昔からそうだった。友達と飲みに行けば、とか言っといて実際に行くと不機嫌になるんだから。だったら始めから行くなって言えばいいだろ』
 たしかに、そんなこともあった。けど、昔の話を蒸し返すなんて男らしくない。
「ずっとそばにいて、なんて恥ずかしくて言えなかったんだよ。そのくらい気づけよ」
『素直じゃないのもいい加減にしとけよ。大事なものまで全部失くしちまうぞ』

 その忠告は無意味だ。

「……僕にはもう、何もないよ」
 鈴木が僕のすべてだった。鈴木さえいればどんなことにも耐えられたし、何でもできた。
 そのおまえがいなくなっちゃったら――――。
「今の僕は、ただの抜け殻だよ。見ればわかるだろ?」

 写真を手にしたまま、窓辺に立つ。
 とうに見えなくなった恋人たちが歩いていった方向を、ぼんやりと眺めている。厳寒の夜空には暗い雲が立ち込めて、月も星も見えない。ひどく陰鬱な風景だ。
 その昏さを断ち切るように、乱暴にブラインドが降ろされた。中の様子は伺い見ることができない。
 
 その日、室長室の明かりは夜半過ぎまで消えなかった。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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