青木警視の殺人(22)

 発売日ですね!
 仕事があるので会えるのは夜になりますが、待っててね、薪さん♡


 最終章でございます。
 お付き合いいただき、ありがとうございました。





青木警視の殺人(22)




 警察庁の長い廊下を軍人のように薪は歩く。姿勢を正して速足で、脇目も振らず。後ろから青木が自分を追ってくるのには気付いていたが、和む気にはなれなかった。
「薪さん、歩くの速いです」
 これだけの身長差があるのだから、脚の長さは青木の方がずっと長い。それでも薪の速度に合わせると、青木は急ぎ足になる。

「一人でどんどん行かないでください。ボディガードのオレが困ります」
「自分の身くらい自分で守れる」
 前を向いたまま、薪は言った。
「安全な場所に隠れていたら何もできない。刑事にとって大事なのは保身じゃない。事件を解決することだ」
 横に並んだ部下の顔も見ず言い分も聞かず、薪は官房室で言えなかったことを無人の廊下に向かって捲し立てる。青木に言っても仕方ないことなのに、だって彼は薪の気持ちを理解してくれている。あまり無茶をしないでくださいね、と控え目に零しながらも、薪の行動を妨げたりしない。青木もまた、同じ理念の基に奉職しているからだ。

「僕に官房室の守番になれって言うのか。冗談じゃない」
 階級が上がれば上がるほど、仕事がつまらなくなる。正直、捜査一課で現場に出ていた頃が一番面白かった。
 派閥や利権やしがらみ、そういったものに囚われて徐々に身動きが取れなくなる。それが上層部入りの条件だと言うなら、出世なんかくそくらえだ。
 小野田には感謝している。自分がここまで来れたのもみんな彼のおかげだし、第九の危機を救ってくれた恩人でもある。だけど、これは捜査官としての在り方の問題で、そこを譲ってしまったら薪は警官である意味がなくなってしまう。
 警察官は、市民の安全ために存在すると薪は考える。守るべき市民よりも自分の保身を優先させるなんて、本末転倒ではないか。

 眉を吊り上げて肩を怒らせて、他人を拒否するオーラを全身にみなぎらせる。すれ違った職員が、次々と道を開ける。それも薪が3人並んで通れるほど。まるで小さな戦車だ。
 引き止めるどころか誰も声を掛けられない。氷の警視長全開の薪に、青木はにっこりと笑いかけた。
「よかったですね、薪さん」

 不意に戦車が止まった。ものすごい眼で睨まれる。青木の後ろにいた男子職員が、手に持ったファイルを取り落とす音が聞こえた。
「大丈夫ですか? はい、どうぞ」
 さっとその場に屈み、書類を拾い集めて彼に渡すと脱兎のごとく走り去っていく。青木はもう慣れてしまったが、薪の殺人光線は免疫のない人間には恐怖だろう。

「なにがよかったって?」
 薪は指を2本揃えてピストルの形にし、その場に屈んだままの青木の頬をぴたぴたと叩いた。先刻の男子職員がこれをされたら刃物を押し当てられたように感じたかもしれないが、青木にとっては愛しい人のかわいい手指だ。
 青木は薪の手に自分の手を重ね、改めて薪に微笑みかける。逆三角形だった亜麻色の瞳が、微妙に丸くなった。
「オレは嬉しかったです。小野田さんたちが薪さんのこと、あんなに大事に思ってくれるの」
 薪は一瞬、困惑の表情を浮かべた。それから青木の手をパシッと払う。それは明確な拒絶の仕草だったが、今更これくらいのことに怯む青木ではなかった。
「オレ、ずっと心配だったんです」
 廊下に片膝を着いたままで、青木は言った。
「第九で何か困ったことが起きると、みんな薪さんに相談するでしょう? でも、薪さんが困ったときは何もおっしゃらないから。薪さんの『困った。どうしよう』は誰が聞いてくれるんだろうって」

 みんながあなたを心配してるんです。あなたが大事だから。あなたの役に立ちたいと、みんな思っているんです。
 だから一人で何でも片付けようとしないで。もっと周りを頼ってください。そのために、オレたちはあなたの傍にいるんです。

「小野田さんも中園さんも。薪さんの『困った。どうしよう』をいつでも聞いてくれるって、そう仰ってるんですよね」
「おまえって」
 バカだとか能天気だとか、そういう系統の罵り言葉を青木は予期して、だけどそれはとうとう訪れず。薪はぷいと横を向いて、さっと身を翻した。青木を置き去りにして、すたすたと廊下を歩く。でもその歩みは、先刻よりずっと遅かった。

 青木が苦も無く隣に並ぶと、薪は小さな声で、
「小野田さんにあんなに怒られたの、初めてだ」
 ちょっとやりすぎたかな、とくちびるを尖らす、その様子がまるで親に悪戯を叱られた子供みたいで。青木はほっこりと胸が温かくなる。薪だって、ちゃんとわかっているのだ。自分が彼らに愛されていること。
「大丈夫ですよ、後でちゃんと謝れば。そうだ。小野田さんの好物の茶巾寿司、久しぶりに作ってあげたらどうですか?」
「宇野が五目稲荷食いたいって言ってたな。中身は同じだし、両方作って明日差し入れに行くか」
 切り替えの早い薪らしい。今はすっきりと開かれた眉のカーブの緩やかさと、澄み切った亜麻色の瞳。その柔らかさが青木に勇気をくれる。ずっと薪に言いたかったこと、今なら言える。

「薪さん」
 なんだ、と横目で聞いてくるセルフィッシュな恋人に、青木は真剣な表情で、
「お仕事のことは仕方ないですけど、それ以外のことはオレにも相談してくださいね。オレ、いつまでも子供じゃないです」
 こうして隣に並んでいても、青木と薪の立場には大きな格差がある。まだまだ薪には追いつけない、それどころか離されていく気さえする。

 それでもどうか。何でもいいからオレを頼って。あなたに頼りにされたいんです。

 薪は青木から眼を逸らし、黙って前を向いて歩いていたが、やがてぽつりと言った。
「『困った。どうしよう』」
「はい?」
「職場にいるのに。おまえにキスしたくてたまらない」
 青木はさっと辺りを見回した。廊下の曲がり角近くに女子職員の背中、奥のエレベーターは地下2階、反対側の角に人はいない。あの娘が角を曲がったら。

「そこ、座って。眼、つむれ」
 ブラボー、オフィスラブ!
 素早く床に正座して眼を閉じる。恋に落ちたばかりの少年のように、心臓がドキドキする。こんな場所でキスなんて初めてだ。恋人関係も7年、慎重な薪がスリルを求めるようになっても不思議ではない年月だ。
 青木はじっと薪のくちびるを待った。せっかくの薪のアプローチに余計な手出しをしたら、台無しになってしまう。ここは薪のリードに任せて、あれ、でも随分タメが長いな、焦らしてるのかな、その方が気分は高まるけどあんまり長いと誰か来ちゃうんじゃ。

 青木の嫌な予想は当たり、やがて聞こえてきたのは中園の声だった。
「何してるの、青木くん。お地蔵様ごっこ?」
 眼を開ければ首席参事官の怪訝な顔。慌てて周りを見れば、廊下の突き当たりのエレベーターの中で薪がニヤニヤと笑っていた。
『バーカ』
 エレベーターのドアが閉まる寸前、読み取った薪のくちびるはいつも通りの憎まれ口だったけれど。きっと、薪は警察庁の出口で自分を待っていてくれると青木は思った。


―了―


(2014.8)


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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お疲れ様です(*´∀`)

薪さん怒られたけど、青木で和む。いや、良いわぁーほんと。読みながらニヤニヤしました。
幸せな時間でした。ありがとうございます。

しづさんもう読まれましたか?
なんだろう、こちらの二人に近づいてる…ような。私はもう、腐ることへの躊躇がカケラもなくなりそうで怖いです。だって薪さんが望んでるんだもん!!←落ち着け。

通りすがりの読者さま

通りすがりの読者さま

発売日の朝に、コメントありがとうございます。
本誌が気になってソワソワでしょうに、うちのことまで気に掛けていただいて。わたしなんか朝から仕事になりませんぜ、だんな!(>▽<) 
意味不明のハイテンションに下請けさんが点目になってますけどそれがなにか? メロディ発売日のわたしに怖いものなんかありゃしませんぜ! 苦情がナンボのもんじゃいー!(あ、きちんと対処しましたよ)


>しづさんの感想お待ちしてます(´・ω・`)

感想、書こうとして別のものになりました。いつものことで(^^;
やっぱりレビューは苦手です~。

Kさまへ

Kさま。

>あー。かわいい。ちゅーしたいです!(どっちに?)

きゃー、ちゅーですか?
どっちにしても修羅場になっちゃうので、ここは中園さんでお願いします。←え。

そうだ、Kさまのブログ、薪さんに関する所だけ読んだんですよ。例の目隠しの件。
わー、同じこと考えてるー、と思いました。(コメント入れてなくてすみません)行きずりとか危険すぎですよね。近しい人を作らない、という意味でセフレも。だから、男の人が仰向けになっててもOKな職業婦人だと思ってます。ええ、お相手は女の人で……ダメ?

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なみたろうさんへ

なみたろうさん。

お返事遅くなってすみませんー!
4月号、読んだ勢いで記事書いてて、コメントが後回しになってしまいました。
ひとつのことしかできない単細胞ですみません(^^;
他のコメントも順次お返事していきます。いつの話してんのって感じですが、待っててくださいね。


>私はもう、腐ることへの躊躇がカケラもなくなりそうで怖いです。
>だって薪さんが望んでるんだもん!!

そうですね! 確定ですね!
何のかんの言って、今までは匂わせる程度に留めていたのを、はっきり言葉にしちゃいましたからね。文字に現れてはいませんけど、「すきだ」以外読みようがありませんもん。

つまり、麗しのなみ薪さんを山ほど拝見できるということですね!
期待してます!!

薪さんが望んでる……そう、そうなんですよ。それが一番大事。
うーんとね、
薪さんが青木さんを好きなことは前々から分かってたことで、そこは変わってないんですけど、今回は、これまでの薪さんとは違うんじゃないかと思ってます。

わたし個人の見解ですけど、
これまでの薪さんは、青木さんのことは好きだけど、その人生に自分が存在する気はなかったのではないでしょうか。
薪さんにとって一番大事なのは青木さんが幸せになること。そのために尽力することは、自分が殺めてしまった鈴木さんへの贖罪でもあったのではないか。エンドゲームで自分を犠牲にしてでも青木さんのお姉さん夫婦の敵を討とうとしたのは、為せなかった償いの代替行為だったのではないか。
だから「雪子さんと結婚しろ」と言い置いて旅立った。
青木さんの幸せの中に自分がいてはいけない。薪さん自身が幸福になってしまったら、償いにならないから。

でもね、今回、「すきだ」って自分の気持ちを口にしたでしょう? それもあんなに辛そうに。
「すきだ」が辛いってことは、
彼の人生に自分が存在できないことを辛く感じている、ということでしょう?
つまり現在、薪さんの心の中は、 贖罪<恋心 なのでは?

だとしたら、青木さん次第で薪さんは落ちるってことですよ!
鈴木さんへの罪滅ぼしだったら青木さんが何しても無駄だと思いますけど、薪さんの今の心理状態なら。押せば落ちるんじゃね!?

青木さん、がんばれっ!
15t級ブルドーザー並みに押しまくれっ!

今のところ、ハッピーエンドフラグしかないからね、わたしの頭の中。
来月号が本当に楽しみです♪


Kさまへ

Kさま。

そうそう、そうですよ。
N氏への愛を語った記事です。

付け足しだなんて思いませんでしたよ~。
行きずりなんて危険過ぎ、とか、同じようなこと考えてる! と思って嬉しくなったんです。

N氏のことは不勉強で存じ上げませんが、重い過去を背負ってるところは薪さんと一緒なんですね。でも表れ方が違うって。
ミステリアスという点については、N氏に軍配が上がる、と言うのもすごく納得しました。常々思ってたんですよ~。薪さんて一見ミステリアスですけど、顔がよくて言葉が少ないから謎めいて見えるだけで、一皮剥いたらただの熱血中年じゃないかと、ごぉっほごほ!

失礼しました。

かっこよかった~

やっぱりドキドキハラハラさせられましたが、青木くんも薪さんもかっこよくてかっこよくて良かったです~。2人の気持ちも安定したものになっていて、愛のあるやりとりが素敵でした。薪さんのSっぷりしびれました!

ミルキーさんへ

ミルキーさん。

コメントありがとうございます。

あおまきさん、カッコよかったですか?
よかった(#^.^#)

事件物は書いてて楽しいんですけど、読んでは退屈だろうなあと思います。
もっと恋愛模様に焦点を当てた話の方が、二次としては喜ばれるんでしょうね。シェアから言っても断然多いですものね。
しかし、わたしのようなおばちゃんになってしまうと、今更、愛だ恋だと騒ぐのもしんどくてですね(--;
気が付けば最近は事件物ばかり書いてます。年は取りたくないですね(笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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