うつくしいひと(4)

 こないだ、現場でひどい目に遭いました。
 歩道と車道を隔てる縁石ってあるでしょ。あれは正式名称を歩車道境界ブロックと言うのですけど、略して歩車道BLと書いたりするんです。
 でね、わたしが来週の工程をホワイトボードに書いておいたら、下請けさんの職長さんが「BLってなに?」て聞くんですよ。彼は来年還暦だし、アルファベットの略は使わないんでしょうね。
 わたしが説明する前に、一緒にいたオットが、
「本じゃね?」
 てな具合にあっさりとわたしの趣味をカミングアウトしやがりまして、もう明日から現場来れないわ、と思ったのですけど、そこはさすがに還暦、
「ああ、ビニール本か」
 ちがうっっ!!! いや、共通するものもあるかもしれないけど違ううう!!!!
 激しく思ったのですけど、BL本がどういうものかを説明することもできず、ぐるるるる。
 あやうくオットに(社会的に)抹殺されるところでした。


 続きです。






うつくしいひと(4)





 暖色系のネオンに照らされると、亜麻色の髪は黄金のきらめきを放つ。その輝きに目を奪われた通行人が思わず彼の後を追おうとするのを、さりげなくウィンドウを覗き込む動作で遮る。目立ちすぎて尾行には不向きだと薪に宣告された大きな体躯も、なにかを隠すにはもってこいだ。

 酔客でごった返す歌舞伎町の通りを、薪はすいすいと歩いていく。器用に人を避けて、その歩みに迷いはない。目的地が決まっているのだろう。
「この辺で下してくれ」と命じられたのは、彼が滅多に足を踏み入れない歓楽街。当然と言うべきか「お供します」との申し出は断られたが、薪の言うことを素直に聞いていたら彼のボディガードは務まらない。青木は薪の後を尾けることにした。

 薪は何度か角を曲がり、横道に入った。一軒の店の前に立ち止まり、中に入って行く。
 薪の姿が店の中に消えたのを確認し、青木は店舗に近付いた。外壁は黒く塗りつぶされ、窓の一つもない。いかにも怪しい建物だ。
 入口に小さな看板が掛かっている。『ソープランド 姫』とピンク色の文字が踊っていた。

 その文字を読んでから後の青木の記憶は、5分ばかり途切れている。気が付いたら店の廊下で、何故だか若い男が青木の足にしがみついていた。後ろを振り向くと、何人もの女の子がドアから顔を出し、不安そうな眼でこちらを見ていた。
「お客さん、待ってくださいよ! まずは受付!」
 あまりのショックに思考停止した頭で薪の後を追い、受付係の制止を振り切ってここまで来てしまったのだと知った。銀色の指輪をした手の甲に擦り傷ができている、受付の彼には何の罪もない。不安がらせてしまった女の子たちにも。悪いことをしてしまった。

「どうしたの?」
 と、奥のドアから男が顔を出した。客の一人だろうか。口髭の似合うニヒルな顔立ちの男だった。
「すみません。すぐに出ます」
 失礼しました、と本当に、青木はその場を去るつもりだった。看板を見ればこの店の営業内容は嫌でも分かって、必然的に薪が今どこで何をしているかも察しがついて、つまり店の中で彼の身に危険が及ぶことはない。ならば、店の外で彼が出てくるのを待つのが自分の仕事だ。
 辛いけれど、悔しいけれど、青木は女の子にはなれない。彼女たちが薪に与えてやれる快楽を、青木では差し出すことができない。分かってる、こんなのは男の本能ってやつで、浮気ですらないのだ。

「痛てて。ったく、勘弁してくださいよ」
 手の擦り傷に息を吹きかけながら、受付の男子は青木に文句を言い、でも途中で気遣わしげな顔で青木を見上げた。事情があることを察してくれたのかと思ったが、もっと具体的なことだった。
「――泣かなくてもいいですけど」
「うっ」
 青木は両手で顔を覆った。頭では理解しようと頑張ったけれど、悲しくて悲しくて。涙がとめどなく溢れた。
 薪を責める気は起きなかった。ただひたすらに悲しかった。

「茅場さん。なんの騒ぎで――青木」
 男性客と同じドアから、薪が顔を出した。青木は混乱した。
 ここは男の天国。男が可愛い女の子と一緒にお風呂に入って楽しいことをする店だ。そこに来ている男性客と薪が同じ部屋にいた。ということは、つまり。

「着いてくるなって言ったのに。すみません、茅場さん。この男は僕の部下で」
「ひどいじゃないですか、薪さん」
 薪が同室の男に騒ぎを起こしたことを謝る、そんなことすら許せなかった。薪の手を掴んで、彼を薄暗い廊下に引き出す。華奢な肩を手のひらに収めて、青木は訴えた。
「相手が女の子なら仕方ないってこともありますけど、ええ、どうせオレにはおっぱい無いですからね。薪さんにだって男の事情ってもんがあるでしょうし。でもっ」
 青木は冷静になろうとした。いわゆる修羅場と言うやつで、周りには他人もいることだし、自分が騒ぐと薪に迷惑が掛かる。だが、言葉にするうちに青木の感情はどんどん高まってきて、それにつられるように声のトーンも上がってしまった。
 結果、青木は自分でもびっくりするような大声を出していた。

「相手がこちらの方ってどういうことですか!? 男性じゃないですか!」
「ちがう。この人は」
「なにが違うんですか。ヒゲ生やした女の人も世の中にはいるのかもしれませんけど、この人は男の人です! オレの眼は節穴じゃありません!」
「落ち着け、青木。これは仕事だ。茅場さんはこの店の店長で」
「仕事? まさか薪さん、ソープ嬢に転職を!?」
「なんでだっ」
「つまりなんですか、店に出る前に僕に味を見せてみなさい的なアレですか。この店で働く心構えを教えてあげるとか上手いこと言われて引き込まれてこういうことは身体で覚えるのが一番だからとか尤もらしい理屈捏ねられてこれも社会勉強だなんて訳の分かんない納得の仕方で服を脱いじゃう世間知らずでもカラダは百戦錬磨のお嬢さん的な、ふごぉっ!!」
 長舌を回し蹴りで断ち切られ、青木は廊下に突っ伏した。
「AV会社の宣伝係か、おまえは」
 廊下の床より冷たい薪の声。蹴ってもらってよかった。酸欠で死ぬところだった。

 青木の巨体は3人掛かりで男と薪が居た部屋に引き込まれ、見ればそこには浴槽もベッドもなく、素っ気ない事務机が2つとスチール製のロッカーがあるだけだった。
 薪と店長は、奥の応接セットで話をしていた。薪はこちらに背を向けて、だから薪のくちびるは読めなかったけれど、店長の口髭の下で彼の唇が「辛い仕事だね」と言ったのが見えた。

 事務机の前に座らされた青木に、受付の男の子がコーヒーを淹れてくれた。インスタントだけど、温かくて落ち着いた。「さっきはごめんなさい」と青木が深く頭を下げると、彼は苦笑いして仕事に戻って行った。若い子なのに、人間ができている。今どきの子らしく髪の毛は見事な金色に染まって、耳にはピアスが3つも刺さっていたけれど、前髪に隠れた黒い瞳は優しそうだった。ドア口から彼の後ろ姿に頭を垂れて、ふと見ると、「STAFF ONLY」の立て看板を直そうと彼は悪戦苦闘していた。先刻、青木が気付かずに蹴り倒し、脚を曲げてしまったらしい。後で弁償させてもらおうと青木は、薪と話している店長の様子を伺い、謝罪のチャンスを待った。
 やがて二人の話は終わり、お願いしますと薪が頭を下げた。どうやらここへは捜査協力の依頼に来たらしい。しかし、薪のようなエリート警視長がソープランドの店長に、どんな頼み事があったのだろう。

「話は済んだ。帰るぞ」
「はい。その前に、店長さんに謝罪を」
「大丈夫だ。僕がしっかり謝っておいたから」
 でも、と言い掛ける青木を、薪は上目使いに見上げて、
「僕に内緒でそんなAV見てたんだな」
「見てません」
「嘘吐け」
 設定が具体的過ぎると言う理由であらぬ疑いを掛けられたけど、先に疑ったのは青木の方だ。素直に謝ることにした。
「すみませんでした。途中からあれって思ったんですけど、なんか止まらなくなっちゃって」

「いいんだよ。若さってそういうものだよね」
 優しい言葉を掛けてくれたのは薪ではなく、店長だった。店に迷惑を掛けた青木に腹を立てているものと思ったが、彼は心の広い人らしく、恐縮する青木に微笑んでくれた。
「でさ、君はどんな娘が好みなのかな? やっぱり巨乳? それとも色の白い娘? うちには色々揃ってるよ。おススメは」
「茅場さん。彼には営業掛けない約束でしょう」
 やけに優しいと思ったらそういうことか。これを縁に、青木に客になって欲しいのだ。
「だから謝らなくていいって言ったのに」と薪は口の中で言って、それはつまり青木を誘惑から守ってくれたのだと分かったら、妙に嬉しくなった。

 薪は信じがたいほどに淡白で、自分の気分が乗らない時に青木がしたがると「ソープへでも行ってこい」なんてとんでもない暴言を吐くけれど、あれは本心ではないのだと証明された気がして。思わず頬を緩めたら薪に睨まれた。「巨乳に鼻の下伸ばしたわけじゃないです」と目で訴えたが、「どうだか」と目で返された。それから薪は茅場に向って、やや厳しい口調で、
「ダメですよ。彼は僕と同じ警察官なんですから」
「剛くんだって若い頃は、あうちっ」
「すみません。手が滑って」
 どんな滑り方をしたら店長が椅子ごとひっくり返ることになるのか。まったく薪は、頼みごとをしている人間にも容赦がない。
 いくら青木がヤキモチ妬きでも、自分と付き合い始める前の素行にまで文句を言うほど子供ではない。薪が若い頃、こういう店に出入りしていたことは本人から聞いて知っていた。正直に話してくれたのだから、そこは寛大に許すべきだ。――今夜は眠らせる気はないけど。

「店長さんに、何をお願いしてたんですか」
 此処に来るときと同じく、後部座席で考えに沈む様子の薪に青木は尋ねた。ミラーを調整し、彼の表情がよく分かるようにする。が、ドアを閉めて1分もせずにルームライトは消えて、薪の顔を暗がりに隠した。
「おまえには関係ない」
「官房室のお仕事ですか」
「そうだ」
 官房室の名前を出されてしまうと、青木には手の出しようがない。自分に手の届かないところは潔く諦めて、自分にできることを精一杯しようと思った。

「あの、今日はすみませんでした」
 一旦は締めたシートベルトを外して、青木は後ろを向いた。
「オレ、薪さんのことになると冷静になれなくて。特にああいうことがあると、タガが外れちゃうって言うか。ガキっぽくて単細胞で、自分でもイヤになるんですけど」
 大人の薪に釣り合う大人の男になろうと努力してきた。けれどやっぱり、一足飛びに経験の差は埋まらなくて。早く追い付かないと薪に見捨てられてしまうのではないかと不安になる。その不安が焦りにつながり、青木から自信と余裕を奪っていく。今日の失敗はその最たるものだ。自分に自信がないからあんな誤解が生まれるのだ。
「お仕事の邪魔をして、本当にすみませんでした」
 低く頭を下げて、薪の言葉を待った。薪は何も言ってくれなかった。じっと自分の考えに沈んでいるようだった。
 これ以上は薪の邪魔になる。青木は前を向き、シートベルトを締め直した。スタートボタンを押し、シフトノブを握る。

 ギアをドライブに入れようとして、手を止めた。運転席のシートごと、薪に後ろから抱きしめられたからだ。
「いいよ。青木はそれでいい」
 ヘッドレストの陰で、薪が小さく呟いた。その声は微かに震えていた。
「生後3ヶ月の赤ん坊より子供でも」
 いくらなんでもそこまでは。
「ミドリムシより単純でも」
 植物性単細胞生物以下ですか、オレ。
「ガキっぽいおまえでいい。単細胞のおまえでいい。AV命のおまえでいいんだ」
 感動的なこと言われてるっぽいですけど、すみません、最後のでぶち壊しです。

「おまえはそのままでいろ」
 暗がりの中、いくら眼を凝らしても、薪の表情は見えなかった。彼はヘッドレストに顔を伏せてしまっていたから、昼間でもそれは同じだったに違いない。
 薪は青木に言えないことで苦悩を抱えていて、それを青木が知ることは薪の立場を悪くする。青木も警察機構に籍を置いて7年、それが分からないほど未熟ではない。でも。
 薪が、こんなに苦しそうなのに。自分には何もできない、話を聞いてやることすらできない。釣り合うとか釣り合わないとかのレベルじゃない。まるで話にならないじゃないか。

「そのままでいろ」と薪は言ったけれど。
 このままでいいはずがない。せめて薪が自分の胸の内を吐き出せる立場まで早く昇って行きたいと、青木は痛切に思う。
 薪の細い身体が、その重みに押し潰されないうちに。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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現場バレですか。

ひさしぶりに青薪萌えありがとうございます!!
薪さんてやっぱり色々と辛いこと、大変な仕事、全部青木のためだったり青木が癒しだったりするんだなぁきっと。ほんとに可愛いひとだなぁ。
…ヨダレ垂れそうになりましたすいません。

私も今日ひさしぶりに仕事がしんどくて、終わってしづさんの更新見つけてひきつり気味の顔がゆるみ…いやほとんど弛緩しました。
薪さんが疲れの特効薬です。
それを自分もしんどいのに生み出してくれるしづさんに感謝します。

私も…期待にそえるかわかりませんが頑張ってみてます!ははは。

No title

お知らせありがとうございます!
もしかしたら公開されてるかも?と思いにゃんたろーさんの所にオジャマしてました
牛って牛丼だったんですね?
薪さんに牛丼~、ウケる~~~
絶対ミニサイズだ!
私もすき家派、ミニサイズ
これから牛丼食べる時も薪さんと一緒です

しづさんと同じ記事に載るなんて夢みたいです
♪すっごくすっごく嬉しい♪
↑アホな子みたいなコメントですみませんf(^_^;

お忙しいところすいません。
…出来ました、無茶ブリ(笑)良かったら見にきて下さいませ。しづさんが元気になりますように。

Aさまへ

Aさま

>男同士だけど内容は同じ

いや、違いますって!
と言いますか、多分、Aさまはビニ本見たことないでしょ?
あれはねー、ただ単に股開いたおねーちゃんの写真が載ってるだけで、ストーリーも感動も皆無なんですよー。普通は女の子単品だし。
て、詳しい方がおかしいんですけどね(笑)


>青木は原作で室長になったのだから

泣いてましたね~、室長になっても。
しかも理由が
「上司に叱られたから」
なんじゃそりゃ、ごるああっ! と、タジクの呆れる気持ちも分かりますが。
いいのよ、青木さんはお姫さまなんだから♪ ←え。


>この時の薪さんの心中は

そうですねえ。
旧友が変貌してしまったことを知り、青木さんに「おまえはそのままでいろ」と言ったものの、警察機構に身を置く限りそれは不可能だと分かっていた――というところですか。辛いところですねえ。

なみたろうさんへ

なみたろうさん。

お返事が遅くなりましたが、
改めまして、『桜と抱かれる薪さん』ありがとうございました!←さりげなくお題変わっとるがな。
とっても素敵でした~!
それと、コメント欄がR炎上してて笑いました☆
わたし、Rトークは苦手なのでご一緒できませんが、あの絵に相応しいお話を妄想中です。(Rじゃないですよ(笑)) 出来上がったら公開しますね(^^)


>薪さんてやっぱり色々と辛いこと、大変な仕事、全部青木のためだったり青木が癒しだったりするんだなぁきっと。ほんとに可愛いひとだなぁ。

部下の誰が危機に陥っても、薪さんは全力で助けようとするでしょう。でも、暴走したり怪我したりするのは青木さんくらいなので~、結果、薪さんは青木さんに掛かりきりと言うことに。美味しいですね☆

青木さんが癒し、と言うのは、本当にその通りですね!
なみたろうさん曰く、「薪さんが疲れの特効薬」
わたしも同じです。どんなに凹んだときでも薪さんのことを考えると「もう少しだけ頑張ってみるか」って思える。
薪さんにとっては、それが青木さんなんでしょうね。唯一の癒しで、元気の素。生きる糧。
青木さんは薪さんにとって、希望そのものなんだと思います。


Misaさんへ

Misaさん

そうなんですよ~。
にゃんたろーさん、記事にしてくださったの。手間掛かっただろうに……お優しい方ですね(〃▽〃)

>薪さんに牛丼~、ウケる~~~

こんなバチ当たりなこと考えてるのはわたしくらいなもんです。刺されそう。


>絶対ミニサイズだ!

えっ、男の人なのに?
てか、Misaさん、ミニサイズなの? かわいらし~。


>しづさんと同じ記事に載るなんて夢みたいです

わたしも嬉しい~♪
楽しかったです。またこういう企画、やりたいですね(^^

なみたろうさんへ

お知らせありがとうございました! 
即効、元気になりましたよー!

お礼は、なみたろうさんのブログに。
SSは、……しばらくお待ちください☆
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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