うつくしいひと(5)

うつくしいひと(5)





 自分が余計なことをしたら薪に迷惑が掛かる。そのことを肝に銘じて青木は、その夜のことを忘れようとした。しかし運命は皮肉なもので、結果的に彼は最後の一幕に名を連ねることになる。

 それは週末の金曜日、夕刻のことであった。
 青木は再び歌舞伎町の店を訪ねた。客としてではなく、立て看板を弁償するためだ。あのときは薪の様子に気を取られて忘れて帰ってしまったが、青木は器物損壊の現行犯だ。店からは何も言ってこないようだが、こういうことはきちんとしておかないと。
「やあ、いらっしゃい。まだ開店には早いけど、特別に入れてあげるよ」
 ドアを壊されちゃたまらないからね、と店長の茅場は悪戯っぽく笑い、青木を中に入れてくれた。

 客として来たのではなく、看板の弁償に来た旨を話すと、あの立て看板の脚は元々曲がっていたのだと言う。気にすることはないと店長は言ってくれたが、迷惑を掛けたのは事実なのだから何かしら詫びはさせてくれと頼んでみたら、「それならぜひ」と女の子のカタログを差し出された。
「すみません。それだけは勘弁してください」
 職業を理由に丁重にお断りすると、茅場は渋い顔をして、
「剛くんもきみも、お堅いねえ。こっちは商売あがったりだ」と肩を竦めた。
「オレたちは警察官ですから」
「みんな隠れて巧いことやってるよ。きみや剛くんは不器用すぎるんじゃないの」

 当然だが、売春は違法行為。警官である青木に聞き捨てならないことを言った後、店長はふと気付いたように、
「て言うか、こないだきみが泡食って止めに来た時に思ったんだけど。もしかして剛くん、そっちの人になっちゃったの?」
「えっ」
「やっぱり。昔とは色気が段違いだったもの」
 驚きが先に立って即座に否定することができず、青木は店長の誤解(とも言い切れないのだが)を許してしまった。生存競争の激しい歌舞伎町で20年以上も店を構えている切れ者の店主は頭の回転も速く、青木が返答に迷ううちにどんどん話を進めていく。

「きみ、僕と剛くんの仲を疑って彼を諌めてただろ? てことはさ、剛くんがこれ以上そっちの色に染まらないようにきみが監視に付いてるってことじゃないの」
 すみません。薪さんをその色に染めたのは多分オレです。
「狙われやすい顔だから気を付けなよって忠告しといたんだけどねえ。あの子さあ、気が強そうに見えて意外と押しに弱いところがあるから。強引に迫られちゃったんだろうなあ」
 はい。押しまくりました。
「それできっと目覚めちゃったんだねえ。あれってヤミツキになるみたいだしね」
 そうなってくれるともっと楽しい、いやその。

「さっきもさ、剛くんと電話で話したんだけどね。彼、今日も男と会うんだって。夜通し掛けても彼を落とすって、剛くん、思い詰めてたなあ」
 口髭に飾られた薄い唇がふっと笑った。それから青木を振り返り、店長は明るい声で、
「なあんちゃって! 冗談だよ、冗談。相手は昔の同僚だって話だから、落とすって言っても引き抜きとか――あれ?」
 店長が気付いた時には青木の背中は遥か遠く。小さくなっていた。
「若いねえ」
 笑いながら店内に入って行く。その背中はいつまでも揺れていた。

 一方、衝動的に走り出してしまった青木は、本格的に混み始める前の歌舞伎町通りを100mほど走ったところで気が付いた。
 しまった。薪とその男がどこで会うのか場所が分からない。
 店主が聞いているかもしれないと思いつき、店に戻ろうとする。と、ちょうど店に出勤してきたらしい受付の男の子と出くわした。
「薪さんでしょ? こっち」
 この店にいるよ、と彼がポケットから出したのは、『N』というクラブのミチルと言うホステスの名刺だった。
「どうしてきみが薪さんの居場所を?」
「どうしてって……なんだよ、気付いてなかったの? ばっちり見られたから当然バレてるものと」
 彼は金色の頭をガシガシと掻き毟り、「あー、もういいや」と青木に先日の夜のことを話してくれた。

 青木にはまったく憶えがなかったのだが、あの夜、彼は受付にはベルだけ置いて、自分は事務所のドアの外で集音器を用いて店長と薪の会話を盗み聞きしていた。そこに突然青木が現れて、あの騒ぎになったのだ。
 考えてみたら、受付から店長がいた事務室までは相当の距離があった。細身とは言え彼は若い男だし、身体を張って止められたならその場で気付いただろう。彼が青木の脚にしがみついていたから引き摺って来てしまったのかと思ったが、盗み聞きのために屈んでいたからあんな体勢になったのだと分かった。
 しかし、集音器まで使って店長と客の会話を盗み聞きなんて。何処にでもいそうな若者なのに、やっていることはスパイみたいだ。

「きみはいったい」
 何者なんだ、との青木の問いかけに彼は苦く笑った。もしも薪に危害を加えるつもりならば許しておけないという青木の秘めた闘志を見透かしたように、軽く肩を竦める。
「一人で無茶してるように見えるけど、本当はたくさんの人に守られてる。薪さんて、幸せな人だよね」
 予想外の応えが返って、青木は再び混乱する。敵ではないようだが、薪も自分も彼を知らない。無条件に信用するわけにはいかなかった。
「安心して。僕は薪さんの――いや、あんたの味方だよ」
 そう言って彼は青木の先に立ち、歌舞伎町通りをすいすいと進んだ。器用に人を避けていく細い背中に既視感を覚える。青木が着いてきているかどうか確かめるために振り向いた、彼の金色の髪が薪の亜麻色の髪と重なった。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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