うつくしいひと(6)

 あと5日です。



うつくしいひと(6)




 受付の彼――桜井健也と名乗ったが偽名かもしれない――に連れられて青木が訪れたのは、名刺にあった『N』というクラブだった。彼は電話で名刺のホステスを呼び出し、対象にほど近い場所で、かつ相手からは自分たちの居場所が死角になるような席を用意させた。
 監視対象の席には男が3人、ホステスが2人。一人は50がらみでベージュのスーツ姿、髪の毛は短く刈り込まれている。がっちりとした体育会系の体つき。警察関係者だとしたら現場の人間だろう。他の二人は黒っぽいスーツに、髪型はかっちりとしたオールバック。そこまでは青木と同じだが、黒いワイシャツに白いネクタイとなると職種が変わってくる。警察官ではあるまい。

 案内された席に座り、色とりどりの生花が飾られた大きな花瓶の陰に身を潜めつつ、青木はがっくりと肩を落とした。
「薪さん……」
「話には聞いてたけど。見事に化けるね」
 対象の、テーブルを挟んで反対側に、銀のサテンドレスを優雅に着こなした眼が覚めるような美人が座っていた。長い黒髪を結い上げて黒い瞳をしているが、青木には分かる。あれは薪だ。

「お店に来た所を捕まえて、ヘルプに入って欲しいって頼んだんだけど。あれでよかった?」
「上出来。じゃ、次のお仕事」
 桜井は、小指に嵌めていた銀色のリングをミチルに渡した。盗聴・盗撮機能が隠されたリングを装着したミチルは、対象の隣ににこやかに座る。

「僕には読唇術なんて使えないからね」
 その口ぶりから、彼が青木たちの部署を知っていることが窺えた。
 どちらにせよ、この距離でこう薄暗くては読唇術は役に立たない。それを見越して彼は、予備の受信機を青木の耳に入れてくれた。会話が聞こえてくる。雑音は極力抑えて人の声を拾ってくれる高性能の盗聴器だ。映像はリアルタイムで桜井のスマホに送られてくる。これだけの道具を駆使しているところを見ると、やはりその道のプロなのか。
 彼は薪の変装を即座に見抜き、『話には聞いていた』と言った。薪のことをよく知る何者かが、彼に指示を与えていることになる。
 そこまで考えて、青木はやっと彼の正体に辿り着いた。薪がどうやってこの店のホステスとして紛れこんだのかと思っていたが、これも彼の導きだったわけだ。
「桜井くん。もしかしてきみ」
「しっ。黙って」
 青木の解答は聞いてもらえなかったけれど、恐らく間違いない。彼は、中園の部下だ。官房室の首席参謀として裏の仕事をこなさなければいけない中園には、何人もの秘密の協力者がいると小野田から聞いたことがある。桜井はそのうちの一人なのだろう。

 ここまできてようやく、青木にも今回の構図が見えてきた。
 調査の目的はまだ不明だが、薪には黒服の彼らと接触する必要があった。彼らは明らかに筋もの、となればそのシマに店を構える人間から情報を得るのが手っ取り早くて確実だ。
 中園はそれを見越して、あらかじめ配下の者を店に潜り込ませておいたのだろう。中園はその昔、薪の監査をしたことがある。当然、あの店のことも知っていたはずだ。薪が店長を頼るであろうことも。
 中園は陰険で意地が悪くて、小野田の前で青木との関係を当てこするから苦手だ、と薪は酒の席で零していたが。きっと小野田と同じくらい、薪のことを可愛がっているのだと思う。でなければ、書類を奪って逃げだした部下の身を案じて自分の配下の者に手助けをさせるなんて真似はしないだろう。

 桜井のスマホ画面で、黒服の一人が懐から何かを取り出した。
『佐藤さん。こないだはありがとうございました』
 これはほんのお礼です、と続く言葉の意味を、青木は何となく理解する。と同時に、薪が今回どんな仕事に就いていたのか、どうして沈みがちだったのか、察して悲しくなった。
 誰かに言えたら、ほんの少しでも彼の心は軽くなったかもしれないのに。自分が彼に協力できる立場にあったら、あるいは。

『お役に立てましたか』
『ええ、おかげさんで。また次もお願いしますよ』
 黒服の男からスーツの男に厚みのある封筒が渡される間、薪はさりげなく髪飾りに手をやり、他のホステスたちと同じように男たちの手元からわざと視線を外した。でもその親指は耳の後ろをなぞるように動いて、恐らくはそこにカメラのシャッターが仕込んであるのだろう。
 男たちの背中が目隠しになって、他の席からは封筒は見えない。ミチルが付けている指輪のおかげで青木たちには映像が送られてくるが、この決定的瞬間を捉えるには、同席しなければ無理なのだ。薪の変装は的を射ている。

 さすが薪さん、と青木は感心しきりだったが、すぐにその考えを改めた。
 シャッターを切るたび、薪の顔が、暗く沈んでいくのが分かった。美しい化粧の下で、明るい笑顔の陰で、薪が泣いているような気がした。

 彼らは1時間と店にいなかった。
 長い時間を共にすることはお互いに避けたいのだろう。先に黒服の二人が帰り、スーツの男はそれから1時間ほどミチル相手に飲んでいたが、やがて頃合いを悟って席を立った。黒服の男たちがいなくなってすぐに、薪は席を離れていた。証拠は掴んだのだ。後は写真を報告書に添付するだけ。長居は無用なはずだ。
「青木さん。どこ行くの」
「帰ります」
 薪のマンションで、彼の帰りを待とうと思った。きっと落ち込んで帰ってくる。具体的な言葉で慰めることはできないけれど、黙って抱きしめてやることはできる。今日みたいな日、薪はそうして欲しがる。
 そんなことしかできない自分が歯痒かったけれど、自分は自分にできることを一生懸命にやろう。青木はそう心に決めていた。ところが。

「何寝ぼけたこと言ってんの。これからでしょ、薪さんが無茶するのは」
「え?」
「言ったでしょ、僕は薪さんの味方じゃなくて青木さんの味方だって。僕の仕事は彼の暴走を止めることだよ」
 なるほど、手助けではなくストッパーか。中園らしい。いずれせよ、薪が帰ってしまえば此処に用はないはずだが。
「行くよ」
 そう言って彼が追いかけたのは、封筒を受け取っていたスーツの男だった。その男を見張ることも彼の仕事なのかもしれない。でも、それは青木の仕事ではない。警察では管轄外の仕事に関わるのはタブーだ。青木個人に訓戒が下るのはやむを得ないが、室長である薪に迷惑が掛かるのは困る。
「桜井くん、オレは官房室の人間じゃない。対象の取引を目撃したのも拙いくらいなんだ。これ以上は」
「薪さんのボディガードでしょ。彼を守るのが仕事じゃないの」
「でも、薪さんはとっくに」

 店を出て、男の後を追う。人ごみの中、20mも歩かないうちに、青木は見慣れたシルエットを見つけた。
 夜に溶け込むようなチャコールグレイのスーツ姿で、薪はゆっくりとこちらに歩いてきた。青木たちの前で、スーツの男が立ち止まる。
 やばい、と青木は思った。官房室の仕事に首を突っ込んでしまったことが薪にバレたら、エライ目に遭わされる。思わず自分よりも小さい桜井の後ろに隠れてしまった。
「バカ野郎」と言う鋭い叱責を、青木は覚悟した。反射的に眼をつむる。

「なにやってんの、青木さん」
 え、と眼を開けた時、薪は自分に背を向けていた。彼の隣にはベージュのスーツを着た男がいて、二人は並んで駅の方へ歩いて行った。
「あ、あれ?」
 見れば、前を行く二人はにこやかに笑い合っている。どうして薪と彼が?
「追うよ」
 呆れたような口調で言った桜井に手を取られ、青木は二人の後を追った。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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通りすがりさまへ

通りすがりさん。
いつもありがとうございます。


>よく 色々 事件を絡ませたSSをしづさんは創作されるので

え、しづの頭の中ですか?
妄想しか入ってない、ていうか原材料妄想100%で出来てますけど。
ただ、プロットを立てる第一の脳がちょっとばかり理屈屋なので、事件絡みの話が多いのかな(^^;


>薪さん女装出てきましたね~www

その麗しさについて、もっと語りたかった~。
今回は話の進行上、さらっと流してしまいました。次は語れる女装のシチュを考えます。←いい加減にしろ。


DM、ありがとうございます。
Nさん、お誘いしたんですか?
OKしてもらえるといいですね。Nさんとは、しばらくお会いしてないので、会えたら嬉しいな~。
夏が楽しみですね(^^)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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おかげさまで8歳になりました(^^♪
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