仮面の告白(9)

仮面の告白(9)








「美味しいです~!!」
 一口食べてはコメントを述べるフードライターのように、今日も青木は賑やかだ。
「オレ、こんな美味しいビーフシチュー、初めてです。最高です。感動です。めちゃめちゃ美味いです」
「おまえ、もうちょっと静かに食えないのか」
 賑やかを通り越して、いっそうるさい。

「この牛肉のやわらかさ。ほっぺが落ちそうです。こんな美味しいものが食べられるなんて、オレ幸せです。生きててよかった~」
「頬の肉が腐り落ちたら、生きてられるかどうか疑問だけどな」
 薪は頬杖をついて、青木の旺盛な食欲を諦観している。
「かなりグロイ画になりそうだな。歯茎とか神経とかむき出しになって。歯の間から舌が垂れてきたりして」
「止めて下さいよ。想像しちゃうじゃないですか」
「大丈夫だ。それは舌シチューじゃないから」
 そこで薪お得意の意地悪そうな笑顔が出る。楽しそうだ。
「まあ、少しくらいは混ざってるかもしれないけどな」
「……大丈夫ですよね、岡部さん」
 青木が不安そうな顔になっている。薪がにやにやと笑っている。いつもの風景が戻ってきたようだ。

「3杯も食っといて、いまさらなに言ってんだ」
「そうですね。毒食らわば皿まで、ですよね。お代わりしよっと」
「日本語の使い方、間違ってるぞ」
 あれだけ残っていたシチューが、半分くらいに減っている。岡部の母親への土産はなくなりそうだった。
「美味そうに食うな、おまえ」
「だって本当に美味しいですから」
 人が美味そうに食べているのを見ていると、自分も食べたくなる。TVのCMがいい例だ。
「俺ももう少し、食っていいですか?」
「僕も食べようかな」
 薪の食欲まで動かすとは、青木はCMタレントになれそうだ。もちろん食べ物のCM限定だが。
「どうぞどうぞ。まだ沢山ありますから」
「おまえが言うなよ」
 苦笑して2度目の食事にかかる。まったく、この新人はこんなに図々しい男だったか、と岡部は思う。

「岡部。おまえ今日泊まっていく?」
「いいですか?」
「うん。メシ終わったら、風呂使っていいぞ」
「オレもちゃんと、パジャマと歯ブラシ持って来ました」
「おまえには言ってないだろ」
「ずるいですよ。明日の朝の卵焼き、岡部さんにだけ食べさせるつもりなんですか?」
「なんで朝食のメニューまでおまえが決めてんだ」
 話が弾むと箸も進む。岡部と薪にとっては夜食だが、夕食よりも食の進みは良い。

「そういえば雪子さん、あのAV、本当に助手の女の子と見てたぞ。それも真昼間から法一の中でだぞ」
「さすが三好先生。女にしとくのもったいないですね」
「雪子さんはともかく、助手の女の子にびっくりだよ。女ってこわいよな。あんな大人しい顔してさ」
「薪さんには言われたくないんじゃないですか?」
「どういう意味だ?」
「いえ」
 相変わらず、薪と新人の会話はちぐはぐだ。でも、薪の笑顔が多い。
 皮肉だったり人を馬鹿にしたような顔だったり、それは決して素直な笑みではないのだが、うつむいて静かに微笑んでいる薪より、ずっと生き生きしている。薪がこの会話を楽しんでいる証拠だ。

 青木はまだ食べている。
 冷蔵庫の中の残り物まで物色して、薪の家の在庫をすべて処分するつもりらしい。
「まだ食うのか?」
「だって、今週は一度もここの料理を食べられなかったんですから。この味に飢えてたんですよ。ん~、この煮物、おいしいです」
「そういやおまえ、ここんとこずっと早く帰ってたよな。なんか用事でもあったのか」
「秘密です」
「……女か?」
「違います」
「じゃあなんだ?」
「だから秘密です」
 岡部と青木の会話を、薪は黙って聞いている。薪も気にはなっているのだろうが、はっきり問い質すことはしないつもりらしい。

 食事を終えて、岡部は風呂を使わせてもらうことにした。後片付けは一番多く食べた無遠慮な若造に任せて、ダイニングを出る。
 リビングから振り返ると、長方形の枠の中に、斜向かいに座ったふたりの様子が見えた。
 幸せそうに食べる新人と、頬杖をついてそれを眺めている上司。いつまでこの関係が続くのか分からないが、いまはとりあえず薪の目が笑っている。それでいい。
 岡部は青木への腹いせをいったん保留することにして、バスルームへ向かった。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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