うつくしいひと(8)

 今日です。

 お話も最終章です。
 読んでくださってありがとうございました。





うつくしいひと(8)






 謹慎明けの月曜日。青木は首席参事官の居室にいた。

 中園さんにも謝りに行け、と薪に言われて来たのだが、桜井から詳細な報告を受けた中園の思い出し笑いが止まらなくて、どこで謝罪の口を挟んだものか悩んでいる。
「別にいいよ。ボディガードに任命した時から、ある程度の干渉は計算に入れてたし」
 でも、と青木が済まなそうな顔をすると、中園は桜井の報告書をパシリと叩き、
「薪くんから大目玉食らった上に謹慎したんだろ。それで充分だ」
 客観的に見ても、中園は青木に甘いと思う。だって。
「ちゃんと慰めてあげた?」
 こんなことまでバレているのに。

 桜井の仲間が薪の監視を続けていたから、そこから中園に報告が行ったのだろう。薪はあれから青木の家に帰って、青木と共に週末を過ごし、今朝早くに自分の家に戻ったのだ。それじゃ謹慎にならないんじゃないの、と小野田なら突っ込みが入るところだ。小野田が青木に厳しい分、吊り合いを取っているのだろうか。
 中園の質問に、青木は首を振った。
「薪さんは、他人に慰めてもらいたいなんて思う人じゃないですから」
 確かに、と中園は頷き、報告書をまた一枚めくった。

「佐藤くんもねえ……嫌な予感はしてたんだよね。同期とはいえ、これだけ差が付いちゃうとね。薪くんはそういうとこ鈍いからなあ。当時から鬱屈するものもあったようだし」
 それは違うと青木は思っていた。佐藤は薪を手酷く傷つけて、過去にも卑劣な真似をしたけれど、あれは多分。
「佐藤さん、薪さんのことが好きだったんだと思います」
「そうくる? あの会話で?」
「雅美さんと関係ができたの、薪さんが捜一を出た直ぐ後だって聞きました。寂しくて、きっと」
 そうかなあ、と中園は首を傾げたが、青木には、人の気持ちのわからないやつだと薪を罵った佐藤の苛立ちが、少しだけ分かる。
 好きで好きで、でもその差が大きすぎて、遠くから見ているだけでいいと思っていたのに相手が無防備に近付いてきて、もしかしたらと期待させるや否や無慈悲に去っていく。薪はそれを無意識に繰り返している人間だ。この手の恨みは山ほど買っているに違いない。

 他人の眼から見て、自分がどれほど綺羅綺羅しい存在なのか自覚がない。それどころか、自分は人に好かれないタイプだと思い込んでいる節がある。
 あんなにきれいなのに、あれだけ何でもできるのに、けれど。みんなが薪を気に掛けずにいられなくなるのは、それが理由じゃない。

 薪さんは、と青木は思う。

 善い人じゃない。人徳者でもない。強がりは得意だけど実際はそれほど強くもないし、常に正しいわけでもない。でも。
 いつだって、真剣に選ぼうとする。
 天才と言われる彼が、どんな問題だってたちどころに解いてみせる彼が、全精力を傾けて悩んだ上で最善と思われる道を選び取る。そこに自分の存在はない。それによって自分の立場が危うくなるとか苦境に立たされるとか、そういうことはすっぽり抜け落ちている。
 そんな人だからきっと。みんながきっと。
 あなたを守りたいと思うんです。

 うつくしいひと。とてもとても美しいひと。彼に相応しくなりたくて、青木はずっと頑張ってきた。
 ――あの人はたぶん、それに途中で疲れてしまった。

「佐藤さんの気持ち、よく分かります。オレも同じような気持ちで薪さんを見てたことがありますから」
「そう? でもきみは、佐藤くんみたいにはならないよ」
 中園はそう言ってくれたけど、それは分からないと青木は思った。
 少数精鋭の第九で、いつも薪に気に掛けてもらえた自分と。大所帯の捜査一課で、その他大勢の一人にしかなれなかった彼。
 自分がもしも彼と同じ立場だったら、この顔をしていなかったら。きっと相手にされなかった。そのくせ翻弄される日々が続いたら、いつしか愛情は憎しみに変わるかもしれない。
 それでもやっぱり根っこは好意。いくら捻じ曲がっても、相手を好きだという感情に変わりはない。傷つけたくて斬り付けた、けれど本気で傷ついて欲しくはなかったはずだ。だって佐藤は、一言も鈴木のことを口にしなかった。

「佐藤くんもなかなかに複雑ってことか。薪くんには全然通じてないみたいだけど」
 青木に見えるように書類を机の上に置いて、中園はぱらりと頁をめくった。そこには懲戒免職の文字。
「薪くんが免職査定にGOサインを出したのは、これが初めてだ。まあ無理もないよね。ずっと騙されてたんだから」
「ちがいます」
 つい、反射的に言い返してしまった。中園が訝しげに眉を寄せるのに、しまったと心の中で舌を打つ。
「なにが違うの。僕から書類を奪って逃げて、この結果だよ?」
「薪さんが佐藤さんの好意に気付いてないって言うのは当たってると思います。けど」

 薪の気持ちはそうじゃない、きっとそうじゃない。
 たった一枚の紙切れがその後の人生を180度変えてしまう、その書類にそこまでの威力があるのなら、せめて自分が。彼の不遇を一番悲しんでやれる、一緒に痛みを感じられる人間が、その処分を下すべきだと。
「そう思ってるんだと思います」

 弁明など薪の欲するところではないと知って、でも説明せざるを得なかった。裏切られたと知った、薪に怒りはなかった。薪が怒った時はあんなものじゃない。空気がずしっと重くなる、それが無かった。あの時あの場所にいた者でないとその感覚は分からない。薪を怒らせたことのない桜井には分からなかっただろうが。

 青木の釈明に納得したのかしないのか、中園はふうんと唸って、
「青木くん、きみさ。これからのことについて、薪くんから何か聞いてる? 春になったらどうするとか」
「いいえ。特に何も」
 いきなり話題を変えられて、青木は戸惑う。
 そう言えば、薪とは未来の話をしたことが無い。休みが取れたら何処かに行こうとか、そういう話はするけれど、例えば今年は南に旅行に行ったから来年は北海道へ行こうなんて具合に、ずっと先の話になるといつも薪は曖昧になる。まるで来年は自分が此処にいないかのように。
「そう。ならいいや」
「え。どういうことですか? 今年の春に何か」
「いや、僕の考え過ぎだ。下がっていいよ」

 青木が敬礼して去った後、中園は監査報告書を精査済の箱に入れ、電話で秘書に頼んでおいた資料を持ってくるよう命じた。
 書類が届く僅かな空き時間、部下の心情とプライベートについて考える。
 最初の約束は5年間と聞いている。一昨年の秋、中園が茶々を入れたとき、「約束は守る。もう少し猶予をくれ」と薪は小野田に言ったらしいが。
「いくら薪くんが天然記念物でも、自分をあれだけ理解してくれる人間を切るなんて。まず不可能だろうな」
 早く諦めた方がいいよ、と進言したら、上司はどんなにか怒るだろう。薪も薪だ。できもしないことをできる振りして相手に期待を持たせて、決断の時を引き延ばすだけ引き延ばして。それを小野田は誠実さの表れと捉え、薪の首はどんどん締まる。二人とも全く。
「メンドクサイなあ、もう」
 我儘な上司と頑固な部下に挟まれて、中間管理職の懊悩を嫌と言うほど味わう中園であった。



*****



「わあ、すごい。美味しそう」
 宅配便の中身は採れたてのじゃが芋だった。差出人の名前を見て、青木は奥の書斎に声を掛ける。30キロのじゃが芋は重かったけれど、一刻も早く薪を喜ばせたくて、青木はそれを書斎のドアの前まで運んだ。
「薪さん。新じゃがですよ」
「うるさい、仕事中だ。新じゃがでもじゃんがらでも勝手に」
 内開きのドアを引きながら不機嫌そうに発した、薪の声が途中で止まった。足元に置かれた箱の蓋に貼られたラベル、その差出人の欄に薪の視線が落ちる。彼は一瞬、キツネにつままれたような顔をし、やがてゆっくりと箱の蓋を広げた。屈んで中を覗き込む。
「大地の匂いがするな」
「はい」
 薪と箱を挟んで膝を折り、青木はにっこりした。薪は笑わなかったけれど、きっと喜んでいると思った。

 薪の承認印が押された監査報告書で、佐藤は警察を懲戒免職になった。罪状からすれば実刑は確実だったが、長年の不正で彼はS組に関する豊富な情報を持っていた。それを差し出すことで起訴を免れた。
 佐藤が北海道の実家に帰ってじゃが芋農家を継いだことを、青木は中園に教えてもらった。「薪くんには知らせたけど、何か言ってた?」と訊かれたから、何も聞いていないと本当のことを答えた。

 薪は、思ったことや感じたことを言ってくれない。あんなに嘘が上手いくせに、本音を言うのは苦手だ。秘密主義というわけではなく、単に不器用なのだろうと思う。
 誤解されやすい人だけれど。その心はいつも弱者に寄り添っている。

「男爵ときたあかりですって。じゃがバター作りましょうか」
「僕のはバター抜きで」
「それじゃただのふかし芋でしょ」
「トッピングはシンプルに塩。明太子とか、イカの塩辛もイケる」
「薪さん、好みがオヤジくさいです」
 正直に言ったら、ピシャリと額を叩かれた。北の大地の香りの向こう側に、薪のふくれっ面。それがなんだか嬉しくて、額も赤くなるほど叩かれたのに何故か嬉しくて、青木はへらっと笑った。

 薪はそんな青木とじゃが芋を交互に見て、すっと立ち上がった。開きっぱなしだったドアを閉めて、キッチンの方向へと歩いて行く。
 よいしょ、と青木は箱を抱え上げ、薪の後を追いかけた。



―了―


(2015.2)

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Yさまへ

Yさま。
こちらにもコメントありがとうございます。


>また泣き止むことができません。グスン(;´д`)

すーみーまーせーんー!
そうなんです。ご指摘の通り、この直後に「タイムリミット」が来るんです。
目前だから、謹慎を言い渡しながらも青木さんのアパートに行く、なんて、うちの薪さんにしては甘い行動に出てるわけです。一緒に暮らし始めてからは遠慮がなくなるので、ほったらかしですね、きっと(笑)


>中園さんは全てお見通しなのですね。小野田さんは薪さんと同じ。中園さんは青木くんと同じ。だから小野田さんより中園さんの方が二人のことよく見えているんですね。中園さんがいてくれて本当によかったです\(^o^)/

中園には、大分ひどい目に遭わされた気がしますが☆(「スキャンダル」とか)
でもまあ、今は味方ですね。


>自分で悩んで考えて決めて行動する、っていうのは生きるうえでの基本だと思っています。

Yさん、えらーい。
自分の考えをしっかり持って、その姿勢を子供さんたちにも伝えているのですね。Yさんの子供さんは、自分を持っている大人になりますね。
わたしは割と人の意見に流されちゃう方で。見習いたいです。


>薪さんは優しすぎて、天才で色々見えすぎて、悩みすぎちゃう。

人間、人に間抜けと笑われるくらいの方が幸せになりやすいんですよ。自分の不幸に気付かないから。←わたしだ。



>タイムリミット後 、一緒になった後の薪さんは私の心の安 定剤です。受け入れてもらうことを受け入れた薪さんは幸せそうですから!

そおなんですよ~。
タイムリミットの後の薪さんたら、正妻の余裕かまして、相手に遠慮はなくなるわ我儘に拍車が掛かるわで、どこぞのフランス王妃かって(笑)
昔はそういうの大嫌いだったんですけど。自分はそういう妻にはならないって決めてたんですけど。最近は鈍化こそが幸せの証なのかなあと思ってます。つまり、当たり前だと思ってると改めて幸せを感じたりしないわけで……上手く言えない(^^;
今度SSで書きます。なみたろうさんの桜の話が終わったら。←いつの話。

Aさまへ

Aさま。

>6月号の薪さんもそうですけど青木の方が心のうつくしいひとだと思っているんですよね。

わたしもそう思ってます。原作の青木さんほど心のきれいな人、いないと思います。自分の肉親を殺されても相手を恨まないなんて、普通の人間にはまず不可能じゃないでしょうか?
白々しいとか嘘くさいとか、さんざん言ってごめんなさい。ジェネシスを経て、やっと理解しました。そういう青木さんだから、薪さんの光たり得たのですよね。

>6月号の感想

あー、ごめん、アンチっぽくて(^^;
だって納得できないんだもん、ぐずぐず。

Jさまへ

Jさま。
はじめまして。お花のHN、素敵ですね(^^


>始めはエロオヤジでフカキョン大好き(笑)な薪さんに少し戸惑ったのですが

すーみーまーせーんーー!
イメージ壊してごめんなさい。
仕事柄、わたしの周りにはこんな男しかいないから、つい。


>作品の根底にある薪さんの清廉さ、優しさが
>原作と全く同じだと気付いて、そこから一気に嵌ってしまいました。

え。そう? かな?
確かに、原作の薪さんは誰よりも清廉でやさしい方です。が、うちのはエセと言うかグダグダと言うか(^^;)
うちの薪さんは、最初は完全に青木さんを鈴木さんの代わりにしてて(ヒドイ)、やっと恋人同士になってからは青木さんのためを思って何度も別れようとして、でもできなくて、を繰り返すのですが、それって結局、我欲が勝ってるわけです。原作の薪さんなら一発でやってのけると思います。
なんでそんなダメ人間にしたのかと言うと、原作の薪さんはパーフェクト過ぎて、却って幸せから遠ざかっているように感じたからです。薪さんを貶めるつもりは毛頭ございません。
え。結果的にそうなってる? ううーん。


>青薪が少しずつ近づいていく過程は、読んでいて胸がギュッとなりましたし

ありがとうございます。
この時期は、原作薪さんの切ない恋模様に胸が押し潰される日々を送っておりましたので。創作にもそれが表れた、のかな。


>恋人同士になってからも二人が巻き込まれる事件にはハラハラしました。

シュミですね。これはわたしの完全なシュミですね☆
ドSですみません(^^;


>またしづさんのお書きになる美しい文章には幾度も胸をわしづかまれて……

お礼を言うのはこちらのほうです! 読んでいただいてありがとうございます!!
お褒めいただいた文章は、いや、全然。謙遜とかじゃなく、普通に本当にそう思うので。
美しい文章を書かれるのは、「秘密のたまご」のみちゅうさん! です! 一読は百聞に如かず、うちのリンクから飛べるので、ぜひ一度、ご覧になってください。

ただ、Jさんのお気持ちは分かります~。
薪さんが動いてるだけでドキドキしちゃうんですよね。わたしもそうです。ああ、薪さんがこんなことを、と想像しただけで胸がドキドキ。だからドキドキは自家発電かもしれないですね(^^


コメントありがとうございました。
Jさまのまたのお越しを、心よりお待ちしています。



プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
メロディ6月号、読みました。
一言感想 「どひゃー……」
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: