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仮面の告白(10)

仮面の告白(10)








「あ~、美味しかった。ごちそうさまでした」
 冷蔵庫の残り物がきれいに無くなって、ようやく青木は満足した。
「おまえの胃袋はブラックホールか」
「薪さんの頭は、四次元空間ですよね」
「意味がわからん」
 あはは、と笑って皿を集め、流し台に運ぶ。皿を洗い始めると薪がそばに来て、布巾を手に取った。
 いつもは食事が終わると酒の支度をして、岡部と一足先に飲み始めるのだが、今日は手伝ってくれるらしい。
 洗い上げた皿を布巾で拭いて、調理台に並べる。戸棚にしまうのは青木の役目だ。食器を入れる棚は薪の頭の高さにあるからだ。

 ここに来るのは、1週間ぶりだ。
 今週は探し物が忙しくて、来る暇が無かった。それを手に入れたのは今夜のことだ。証拠品の確認作業は済んだ。あとは確認書に室長のサインをもらうだけだ。
 格子柄のエプロンを掛けている薪の背中に、青木はその証拠をぶつけることにした。

「仮面の告白」
 青木の言葉に、薪はびくりと肩を上げて振り返った。

「日本文学界の重鎮の、幻の名作なんですってね。オレ、読んだことなかったから知りませんでした」
 皿を拭く手が止まっている。亜麻色の目が大きく見開かれて、不安げな光を宿している。
 ……かわいい。
 責めるつもりは毛頭ないが、この可愛い顔はもっと見てみたい。

「不思議なんですよ。本の中に薪さんが話してた女の子と同じ名前の人物が出てきて、口説き文句もベッドの中のことも、そっくりなんです」
 青木がその書物の存在を知ったのは、月曜日の夜だった。
 薪の大学時代からの友人で主治医代わりでもある法一の女医は、青木の恋の指南役である。薪のことなら何でも知っている、と自負している彼女は、これまでも様々な役に立つ助言を青木に与えてくれた。
 今回の薪の過去についても真偽のほどを知っているかもしれないと思って訊いてみると、ケタケタと大声で笑い「バカじゃないの」と青木の疑惑を一蹴した。
「薪くんがナンパ? 複数の女性と同時期に関係を持った? そんなことができるような人だったら、鈴木くんのことなんかとっくに乗り越えてるわよ」
 青木もそうは思っていた。
 しかし、薪のあのときの話は細部に至るまでリアルなもので、実際の経験を話しているとしか思えなかった。
 
「相手の女の名前、言ってた?」
 大学時代の友人かもしれないから、と雪子が聞いてきたので、薪が話していた3人の女性の名を告げた。悦子と由美子と、確かもう一人は……。
「京子じゃない?」
 青木が思い出す前に、雪子は訳知り顔に頷いた。
「悦子は商社のOLで由美子は看護師。京子は料理屋の女将でしょ」
 やはり雪子の友人だったのか、と青木は考えたが、その予想は大ハズレだった。
「それ、あたしも昔読んだことあるわ」

 有名な文豪の手によるものらしいが、あまりに生々しい性描写のために今は発行禁止になってしまった幻の名作だという。手に入れることは難しいが、古書店や文学部の友人や後輩に当たれば現物を拝めるかもしれない。
 青木にとってはとても重要なことだった。確かめずにはいられなかった。
 今週は、ずっとその本を探していた。友人たちにも協力を仰いで、やっと本が見つかったのは一昨日の夜だ。雪子の中学の同級生が持っていた。それを今夜貸してもらって読み、雪子の推理の裏づけを取ったのだ。
 青木は捜査官だ。確たる証拠もなしに本人の自白だけで送検はできない。雪子の協力のおかげで、青木は物証を掴むことができた。あとは容疑者(マルヒ)を落とすだけだ。

 青木の尋問に対して、容疑者(まき)は供述を始めた。
「それはただの偶然だ。こないだの話はたまたまそうだったかもしれないけど、僕の女性遍歴はそんなもんじゃないぞ。他にもまだまだあるんだ」
 薪は調理台に布巾を置くと、青木のほうに歩いてきた。早い口調でまくし立てる。嘘をついている人間は概して早口になるものだ。
「10人や20人じゃないぞ、一晩に5人斬ったこともあるんだ! ロスに行ってたときなんか、毎晩金髪美女と犯りまくって!!」
 だんだんウソっぽくなってきた。一晩に5人どころか、35年で5人というのが真実ではないだろうか。それだと青木より経験が少ないことになるが。
 
「じゃあ、今度はそのロスで引っ掛けた女性の話を聞かせてもらえます? 金髪の女性って、アソコの毛も金色なんですってね。クリトリスが日本の女性より大きいって本当なんですか? 上つきの女性が多いって聞きましたけど、実際のところどうでした?」
「そ、そ、それはその……」
 薪は言葉に詰まる。つややかなくちびるを噛んで、真っ赤になっている。
 薪くんの仮面を外すには、身構える隙を与えないことよ―――― 雪子の助言に嘘はない。
 
「答えられないんですか?」
「……忘れた」
「忘れたんじゃなくて、知らないんじゃ」
「女なんか腐るほどいたから、いちいち覚えてないんだ!」
「悦子と由美子と京子は覚えてたじゃないですか」
 青木の尤もな突っ込みに言葉が出ないようだ。亜麻色の目をさかんに泳がせて、必死で言い訳を考えているらしい。
「とにかく、僕はスゴイんだ!」
 何がすごいんだかよくわからない。もうボロボロである。

「はい。薪さんはすごいです」
「……おまえ、僕のことバカにしてるだろ」
「いいえ。尊敬してますよ」
 にっこり笑って、青木は追求の手を止めた。
「ひとりの人を十何年も想い続けるって、すごいと思います」
 それは本当のことだ。そんな薪だから好きになった。

 言葉などという消えてなくなるものに惑わされた自分が情けない。自分の直感をもっと信じるべきだった。
 確かなものはここにある。目の前にいる、この一途で純粋なひとこそが真実だ。

 薪は黙って目を伏せた。
 長い睫毛が眼下に濃い影を落とす。陰影が美しい顔を彩って、ぞくりとするほどきれいだ。
「僕はゲイじゃない。男なんかゾッとする。でも」
 薪は昂然と顔を上げた。キッと眉を吊り上げて青木を見る。
「鈴木だけは……特別なんだ」
「はい。よくわかります」
 自分も男の人を好きになったことなどないし、薪以外の男など気持ち悪くて触れるのも嫌だ。
 薪だけが特別なのだ。だから薪の言うことはよくわかる。
「鈴木だけだぞ。他の誰でもダメなんだ」
「はい」

 次に誰かに恋をするときには、このひとはきっと女の人を好きになるのだろう。そうしたら、青木の恋も消えるかもしれない。諦める方向に向くかもしれない。
 でも、それはまだ先の話だ。
『他の誰でもダメだ』ということは、女性でもダメなのだ。薪はまだ、鈴木にそのすべてを囚われている。
 だから自分も諦めない。薪が鈴木の呪縛から解放されない限り、自分も薪から目を離すことはできない。他の人を見ることなどできない。小細工をしても無駄なことだ。

 薪はついと顔を横に向けて、流し台に戻る。大きな寸胴鍋を頭上の棚に載せようと、背伸びをしている。
 思わず頬が緩んでしまう。これを言ったら確実に怒りを買うが、何とも愛らしい姿だ。
「オレがやりますよ」
「これくらいできる」
 薪は強情っぱりだ。
 指先で鍋の底を押すようにして棚に押し込もうとするが、どこかに引っかかってしまったらしく、なかなか奥に入っていかない。危ないな、と思って見ていると、つるっと手が滑って鍋が棚から落ちてきた。

「大丈夫ですか」
 とっさに鍋を受け止めて、薪を庇う。華奢な肩が竦められ、細い背中がパジャマの下でこわばっている。
 薄いワイシャツを通して、薪の体温が伝わってくる。亜麻色の髪からとてもいいにおいがする。このまま両手を下におろして、抱きしめてしまいたい。しかし、それをすると投げ飛ばされる。岡部もいるし、ここは我慢だ。
 鍋を棚にしまって戸を閉める。青木は食器の片付けに戻った。
 そこへ岡部が風呂からあがってくる。
 
「風呂、いただきました」
「オレにも貸してくださいね。岡部さん、これ。先に飲んでてください」
 冷たいビールと吟醸酒。グラスも冷蔵庫に入れておいたらしく、よく冷えている。
「薪さん。飲み直しますか」
「うん」
「どうしました?」
「なにが」
「顔が赤いですけど」
 岡部がそれを指摘すると、薪の顔はますます赤くなった。
「暖房、効きすぎだな。ちょっと暑いよな」
「そうですね。温度下げましょうか」
 壁にかかったエアコンの操作盤に近付き、設定を直す振りをして岡部は苦笑した。

 夏の最中でもきちんとスーツを着込んで平然としている上司は、なぜか苦しい言い訳をしている。
 ニアミスの様子は見ていたが、意識しているのは薪のほうらしい。このひとは年齢の割には本当に純情で、こっちまで恥ずかしくなる。
 まんざらではないのかもしれない。少なくとも薪は、青木のことを嫌ってはいない。
 男女の関係ではないのだ。そういう感情を抱かれて、それでもその相手を嫌わずにいるということは、脈があるということだ。
 ただ、その好意の大部分は青木が鈴木に似ているからだ。心から愛した親友とよく似た男を嫌うことは難しいのだろう。
 しかしこれでは、一方的に加害者(青木)を糾弾することはできない。
 いまのところ実害もないようだし、この手の事件は申告罪だ。被害者(薪)のほうからの申し出がない限り、警察(岡部)はなにもできない。

「さあ、飲むぞ。岡部、今日は朝まで付き合えよ」
「はい」
 また薪ができもしないことを言っている。いつも自分が一番先に沈没してしまうくせに、そういう記憶は都合よく消去するのが薪の得意技だ。
 楽しそうにリビングの床に酒宴の用意をする上司を見ながら、岡部は青木への判決には執行猶予を付けることに決めた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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M島さん・・・

こんばんは!

物語自体はまだまだこれから動き始めるところなのですが・・・。
全然本文と関係ないんですけど・・・少しコメントさせてください~~~!

こ・・・ここで「仮面の告白」が出てくるとは!

あの・・・
ヘンなことを言いますが・・・
(スルーして下さって結構です)


実は私・・・
M輪さんとM島さんの関係って・・・
薪さんと鈴木さんの関係みたいだなぁ・・・と
最近思い始めてきておりまして・・・

(絶対ヒナンゴーゴーだな・・・これって・・・)

お気に障ったらすみません・・・!

でも、『秘密』にオーラの話とか、カルマの法則(因果応報)とか出てくるあたり少なからず関連付けて考えちゃうんですよね・・・。




私のすずまき妄想のイメージはこんな感じ・・・?
↓↓↓

M島さんが最後にM輪さんの楽屋を訪ねたときのこと・・・
深紅のバラを抱えきれず携えて・・・

「お邪魔したね。もうこれっきり楽屋には来ないよ」
「どうして・・・?」
「君は綺麗だ、綺麗だ、なんて、君が聞き飽きたようなことを、もう言いたくないからな」

それが最後の会話だった。
(そのあと、例の事件が起こる)

---参考文献 K談社発行の書籍




すすすす・・・すみません!
全然関係ないこと書いちゃって・・・!



どんどん・・・
薪さんの中で青木君の存在が大きくなってきてますね・・・!

しづさんの「仮面の告白」続き・・・
楽しみにしております・・・!!!




Re: M島さん・・・(みひろさんへ)

こんばんは、みひろさん。いらっしゃいませ。

ああ、やっぱりみなさん、読んでらっしゃるんですね。
遥かむかしに読んだ話なので、もう内容はよく覚えていないのですが。古典的な名作ですものね。

・・・・・この題名、ヤバかったですかね?
この話は、一応青木の「告」に対する薪さんの「答」なんです。R系ギャグぶちかましですけど。
青木は素直に告りましたけど、薪さんは複雑なので、いくつもの仮面をつけないと答えが返せない、みたいな。でも、最後には仮面が剥がされて、ニアミスで赤くなるような純情な一面を覗かせてしまう、というカンジで。

あまり深く考えないでこの題名、持ってきちゃいましたけど。
なんかもっとしっくりくる題名があったら、あとで変えたほうがいいですかね?
とりあえず、最初のページに「何の関係もありません」と追記しておきます。

> 実は私・・・
> M輪さんとM島さんの関係って・・・
> 薪さんと鈴木さんの関係みたいだなぁ・・・と
> 最近思い始めてきておりまして・・・

え?そうですか?
M輪さんが薪さん、ってことですよね?

> でも、『秘密』にオーラの話とか、カルマの法則(因果応報)とか出てくるあたり少なからず関連付けて考えちゃうんですよね・・・。
>
ああ、なるほど。
たしかに、雰囲気的にも通じるものはあると思います。
ってか、もう雰囲気しか覚えてねえ。よ、読み直します・・・。

> 私のすずまき妄想のイメージはこんな感じ・・・?
> ↓↓↓
>
> M島さんが最後にM輪さんの楽屋を訪ねたときのこと・・・
> 深紅のバラを抱えきれず携えて・・・
>
> 「お邪魔したね。もうこれっきり楽屋には来ないよ」
> 「どうして・・・?」
> 「君は綺麗だ、綺麗だ、なんて、君が聞き飽きたようなことを、もう言いたくないからな」
>
> それが最後の会話だった。
> (そのあと、例の事件が起こる)
>
> ---参考文献 K談社発行の書籍

脳内変換されました。
・・・・・せつないです・・・。

> どんどん・・・
> 薪さんの中で青木君の存在が大きくなってきてますね・・・!

はい。
それをうちの薪さんは、なかなか認めようとしないので。
余計なことばかりしてしまいます。

> しづさんの「仮面の告白」続き・・・
> 楽しみにしております・・・!!!

ありがとうございます。
かの名作とはかけ離れた内容ですので、笑っていただけたら幸いです。
落ち込んだときには、R系ギャグに限りますって。(笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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