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手紙3(2)

手紙3(2)





「AVビデオのスカウトマン? あの男が?」
 鈴木が驚くと、薪は訝しげに眉を顰めた。海へ向かう電車の中である。
 ドア近くのポールに掴まり、電車特有の振動に身体を揺らしながら、薪は自分より20センチ以上背の高い友人の顔を非難がましい目つきで見上げた。
「事情は携帯にメールしただろ」
 携帯と聞いて鈴木は思い出す。そう言えば、雪子が携帯が何とか言っていたような。
「なんだよ。読まなかったのか」

 仕方ないな、とぼやいた薪の説明によれば、薪が鈴木たちを待っているとき、あのスーツの男が視界に入った。最初は休日出勤するサラリーマンだと思った。自分たちも3週間ぶりの休みだが、忙しいのは何処も一緒だと、薪はやや同情の眼差しで、しきりにスマートフォンに語りかける彼を見ていたそうだ。男にとっては不運な話だ。
『撮影の準備はOKですか? はい、駅裏の『らびりんす』、5号室ですね。分かりました、任せてください。モデル事務所の名刺を出せば簡単に引っ掛かる女はけっこういますよ。ええ、ビデオさえ撮っちまえばこっちのもんです。ネットに晒らすって脅せば、2回目からは素直に脱ぎます』
 初めからそんなつもりではなかったのだが、条件反射と言うか職業病と言うか、薪は無意識に男の唇を読んでしまった。それで男が普通のサラリーマンではなく、大人向けビデオのスカウトマンだと解った。
 薪は、犯罪が行われようとしていることを記し、道を訊いてきた2人組の女の子に渡して交番に持って行ってもらった。スーツの男が電話で確認していたホテルの名前と場所もその紙に明記し、念のために自分の名刺も挟んでおいた。
 警官が到着するまでの間、自分が男を見張るつもりだった。それまでに女の子が連れて行かれるようだったら、後を尾けようと思っていた。それで事情を鈴木たちにメールで送ったのだ。
「あの男が僕に話を持ちかけてきたのは驚いたけど。好都合だと思ったから」
 だから本当は、薪は現場を押さえたかったのだ。ホテルの部屋に入って、そこで待ち受けていた撮影班もろとも一網打尽にするつもりだった。それを鈴木が邪魔してしまったわけだ。

「まったく。鈴木はぼうっとしてるんだから」
「いやだって。薪が自分からあの男の手を握ったりするから、焦っちゃって」
「……なんで知ってるの」
 男の特徴とホテルについてはメールしたが、そんなことまでは書いてない。薪の方から手を握ったなんて、その場で見ていなければ知り得ないことだ。
「鈴木。いつから見てたんだ」
 亜麻色の眼がギラリと光る。先刻の捕り物騒ぎで、捜査官モードに入ってしまったらしい。
「いつからだ」
 質問が鈴木を追い掛けてきたが、本当のことは言えない。仕事中の薪は「鬼の室長」と呼ばれるくらい怒ると怖い。約束の時間までの30分の間に薪が何人にナンパされるか、雪子と賭けをしていたことがバレたらどんな目に遭わされるか――。
 そうだ。雪子は。

「しまった。雪子、忘れてきた」
 鈴木が意識的に話題を変えると、薪は眉間の立て皺を一層深くし、それでも雪子に対してだけはいつでも気遣いを忘れない彼は、ふいと横を向いて、代わりにスマホの画面を鈴木に見せた。Re、とあるから薪が雪子に送った事情説明への返信らしい。
『先に行ってる。海に着いたら電話ちょうだい』
 雪子らしいと思った。無駄に待つことをしない、仕事への理解もある。こういうことがあっても根に持たないし、付き合いやすい女だ。

「ったく、彼女ほったらかしにして。今日だって、雪子さんは本当は、鈴木と二人で来たかったんじゃないのか」
 横顔を後ろ頭に変えて、薪は電車の外を見た。地熱で蜃気楼が立ちそうな都会の夏景色に、亜麻色の髪が揺れていた。
「そんなことばかりしてると、雪子さんに愛想尽かされるぞ」
 薪はドア窓から外を見たまま、だから鈴木には薪の髪の毛と、ほっそりした顎から首の線しか見えない。だけどその細い肩が固く強張っているのを感じて、鈴木は彼の肩を軽くしてやりたいと考える。
「いいもん。そしたら薪に慰めてもらうから」
「は。だれが、あ」
 電車がカーブに差し掛かったのだろう、ぐん、と身体が振られた。遠心力に突き飛ばされたように、薪の身体が鈴木にぶつかってくる。ちょうど携帯を鞄にしまおうと手摺を手放していた彼の身体は、力学の法則に従って面白いくらいにバランスを崩した。
 転びかけたところを抱きとめる。鈴木の腕の中で、細い身体が小さく震えた。

「ご、ごめん」
「なにが?」
「あ、いやその……足、踏まなかった?」
 踏むどころか触りもしなかった。薪は前に倒れる形になったから、むしろ足の位置は遠ざかったのだ。
「踏んでないよ。踏んでも薪、軽いから。痛くない」
「あ、そう」
「これが雪子だと指の骨折れるけどな」
「ぷ。雪子さんに聞かれたら怒られるぞ」
「だっておまえ、雪子にピンヒールで踏まれてみ? トゥシューズ履いたお相撲さん並みの集中荷重だぞ」
「あはは。なんだよ、それ」
 やっと笑った親友に、鈴木は胸を暖かくする。それからは仕事の話は止めて、同僚の噂話やこれから訪れる海の話をして過ごした。

 やがて目的の駅が近付き、電車は失速する。薪はもう一度ドアの外を見て、でも今度はすぐに振り返って「着いた」と笑った。
 薪の笑い顔の後ろで、ざわめきと共にドアが開いた。



*****




 夏休みに入っていたこともあり、海は海水浴客でごった返していた。
 水面を蹴立てて走り回る子供たち、ビーチバレーに興じる若者たちとそれを観戦する女の子たち。のんびりと浮き輪で波に浮く女性と、それを口説くためのサーフボードを抱えた男性。それぞれにそれぞれのやり方で、みなが海を楽しんでいた。

 海に着いてすぐ、鈴木は雪子に電話を入れたが、彼女は電話に出なかった。雪子のことだ、着信音に気付かないほど水遊びに夢中になっているのかもしれない。
 防水ポーチに携帯と屋台で使う予定の現金を入れて蓋を閉めた鈴木に、薪がパーカーのフードを直しながら、
「この人数だ、闇雲に探しても見つからないぞ。電話はかけ続けた方がいい」
「メールしておいたから。気付けば雪子の方から電話くれるだろ。それまで二人で遊ぼ」
 薪は眼を丸くして、ついでに口も丸くして、何故だかしばらく自失する風だったが、突然ものすごい勢いで首を横に振った。
「やだよ。男二人で海なんて、何が楽しいんだ」
「じゃ、女の子調達する?」
「なに言ってんだよ、バカ。雪子さんに殺されるぞ」
「なら薪に遊んでもらうしかないじゃん」
 パーカーのポケットに入っていた薪の手を引き出して引っ張った。手首の突起が目立つ、細くて骨っぽい手。小さくて、鈴木の手のひらにすっぽりと収まってしまう。

「ちょ、鈴木。放せ」
 子供じゃないんだから、と喚くのを無視して、砂浜の上をどんどん歩いた。焼けた砂が熱くて、足の裏がヒリヒリする。荷物が増えるのを嫌ってビーチサンダルを持ってこなかったのが悔やまれた。
「あちち。早く海に入らないと火傷しそうだ。薪、パーカーどっかに置いて来いよ」
 振り返ると、薪は日焼け防止のためかパーカーのフードを目深に被っていた。鈴木の目の高さからは鼻から下しか見えない。暑さで赤味を増したくちびるが妙に艶めかしくて、普段の薪とは別人みたいだった。
 そのくちびるが苦笑の形に歪む。薪はもう、鈴木の手を振り払おうとはしなかった。

「いいよ。このままで」
「泳がないのか」
「うん。少し歩きたい。でも鈴木が泳ぎたいなら」
「オレもいいや。波打ち際を歩いていれば、足も冷やせるし」
 薪の提案に従って、波に洗われた砂の上を二人分の足跡を残しながらてくてく歩いた。手をつないだまま、小さい子供や元気な男の子をよけながら。
 一歩歩くたび、二人は波の洗礼を受ける。足首にぶつかった波が割れて、でもすぐにまた一つになって協力し合い、二人の足元の砂を攫って海へ帰って行く。しばらくの間、二人は無言で歩いた。砂と一緒に言葉も持って行かれてしまったみたいに。

 やがて薪が言った。
「鈴木。もう」
 薪の言葉が終わらないうちに、007のテーマソングが響いた。雪子からの着信だ。鈴木がパッと薪の手を放す。
 電話に出た鈴木は、海とは逆の方向に足を向けた。海の家の、焼きトウモロコシを売っている屋台の列に並んだ雪子が手を振っていた。
「雪子のやつ、あんなところに」
 ぼやきながら鈴木は、焼けた砂浜に逆戻りする。海水で足が冷えたせいか先ほどよりは歩きやすい。
「まだ10時だぜ。まったく雪子ときたら、食べに来たんだか泳ぎに来たんだか……薪?」
 気が付けば薪は未だ波打ち際にいて、まるで無邪気な子供が無秩序に遊ぶような波の動きの中に、その白い足を浸していた。ついさっきまで手の触れあう距離にいた彼は、今は鈴木と友人の距離を保って、鈴木が間合いを詰めようと一歩進めば半歩下がるその様子に、鈴木は心の隅に刺さった棘のような微かな痛みを感じる。

「薪、どうした?」
「雪子さん、綺麗だなと思って」
 薪の言う通り、オレンジ色のビキニ姿の雪子は眩しかった。ハリウッド女優みたいな抜群のスタイル。圧巻だ。前方の女子高生たちの弾けるような色気も、後方の若妻のしっとりした艶っぽさも敵じゃない。
「いいなあ、鈴木。自慢の彼女だね」
 そう言った薪の顔は、フードの下に隠れて見えない。でもその口元は穏やかな微笑を浮かべており、だから鈴木はその痛みを黙殺する。
 薪がやろうとしていることを、オレが邪魔するわけにはいかない。あの時、この道を選んだのはオレの方なんだ。
「薪も彼女作ればいいじゃん。おまえなら選り取り見取りだろ」
 ことさら明るい声で鈴木が言うのに、「そのうちね」と薪は静かに応えてフードを外した。現れた薪の顔は鈴木の予想に反して、楽しそうに笑っていた。

 ああ、どうして、と鈴木は思う。
 どうして薪がいつまでも、昔のことに囚われているなんて考えたのだろう。警察庁に入庁して6年、第九の室長に就任して1年。キャリアも実力も自分より遥かに上のこの男が、そんなつまらないことに拘り続けるはずもない。見た目だけはあの頃と変わらないけれど、中身はすっかり大人の男になったのだ。
 思い知らされて鈴木は、誇らしさと同時に一抹の寂しさを味わう。
 鈴木の胸の片隅に。
 思えば面倒ばかり掛けられた友人の、その成長を心から喜べない自分がいる。
 彼が一人で立って歩くことに。自分の手を必要としなくなることに、惧れを抱く自分が。

 自分の中の、そんなつまらない部分を消したくて、でも自分一人ではどうにも消せなくて、鈴木はこの場に存在するもう一人の人物の名前を口にした。
「早く行こうぜ。雪子にトウモロコシ奢ってもらわなきゃ」
「男だからって全額出せとは言わないけど」
 最初から彼女の財布を当てにするのは男としていかがなものかと薪が咎めるような口調になると、親友かつ上司の前で男を下げるわけにはいかないと、焦った鈴木がついボロを出す。
「逆だよ。あれなら昼メシより安いだろ。雪子はオレたちより2年長く学生やってたからな。いくら勝負とは言え、奢らせるのは可哀想だ」
 雪子は医学部を卒業している。よって同じ年でも、法学部の自分たちより職に就いたのが遅いのだ。

「勝負?」
「あ、いやその」
「……隠れて様子を見ていただけならまだしも、人の不幸を賭けの対象にしてたのか」
 あれだけの情報で真実を見抜くのか。天才の面目躍如、てか、いっそニュータイプじゃないの、こいつ。
「ナンパされるのは不幸じゃないだろ。嬉しいことだろ」
「男の方が多くても?」
「や、それはなんて言うかその、ゆ、雪子が待ってるから! 早く行かないと」
 急かされてもいない恋人の元へ泡を食って駆け出していく、そんな情けない男を演じることで、鈴木は自分の中に未練がましく居座り続けるもっと情けない男の存在をカモフラージュする。

 これはオレのトップシークレット。誰にも知られちゃいけない。
 特に、苦笑いしながらも自分の後ろを着いてくる、勘の良い親友には。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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