蛇姫綺譚(3)

 日曜日、横浜の原画展に行って参りました!
 土曜日の夜に行けることが決まったので、お友だちに声を掛ける暇もなく、今回はオットと一緒です。

 1巻の原画は初見でしたが、10年以上も前の作品とは思えないクオリティの高さでした。
 大変失礼ですが、漫画家さんの中には、「最初ひどかったけど上手くなったなあ」とか、「昔はよく描き込んでたのに最近デフォルメ強すぎて残念」という方もいらっしゃると思うのですけど、清水先生の場合はそれが全くないのが素晴らしいと思います。
 10年前から、てか、デビュー当時からレベル100で、最近はもう人間のレベル超えたんじゃないかってくらい美しい絵を描かれて、しかもアングルや構図なんかどうやって思いつくんだろうって不思議になるくらいカッコよくなってきて、この人あれだ、
『進化する神』
 オットにはそう説明しておきました。

 原画の並びは順不同でございました。
 秘密未読のオットが、「これ、どっちから読むの?」と訊くので、番号順に指差して行ったら「覚えてるの?」てドン引かれましたけど。聞いておいて引くってどういうこと?

 
 店員さんに聞いたら、原画展は9月一杯やってるそうです。
 コミックス2,3巻同時購入特典のクリアファイルも在庫有り、でしたので、まだの方はぜひ!

 *開催会場を追記しておきます。
  有隣堂書店 横浜西口ザ・ダイアモンド店
  地図はこちら  (ぽちると案内図に飛びます)




 さて。
 お話の続きです。
 本日もよしなにお願いします。



蛇姫綺譚(3)






「すごい田舎ですねえ」
 運転席の感心したような声に、薪は書類から眼を離して顔を上げた。少し気分が悪い。砂利道を跳ねる車内で細かい文字を追っていたせいか、車に酔ったらしい。
 窓を開けて風を入れる。閉塞感は緩和されたが爽快感は得られなかった。顔に当たるのは夏の盛りのむっとするような空気。今日も文句なしの真夏日だ。

「オレの田舎よりすごいです。30キロ走って車一台通らないなんて、本当にこの先に町があるんですか?」
「心配するな。道は一本道だ。方向音痴のおまえでも迷いようがないはずだ」
 青木の疑問に皮肉を返し、薪は小さく呟いた。
「捜一の資料が正しければな」
 捜査一課から預かった資料を封筒に戻し、薪は物憂げに車窓を眺める。捜一から資料は借りられたものの、捜査協力は得られなかった。抽出できたMRI画像が曖昧過ぎたのだ。

 もとより、MRI画像には証拠能力がない。MRIに映っている容疑者を逮捕するためには裏付け捜査が必要だ。宮原さつきの事件も、工務店の男を探し、彼の同僚や家族から話を聞き、アリバイを確認し、任意同行の上で自白に追い込んでいる。MRIだけでは犯人を見ることはできても捕まえることはできないのだ。
 その理由は、MRI画像が人間の脳から生み出された映像であることに尽きる。
 MRI画像は当事者の主観が強く表れるため、現実とは違った映像になることがある。例えば酷い暴力を受けた時など、相手の顔が本物の鬼のように映るのだ。これではモンタージュが作れない。
 そう言った一面が、MRI捜査全体の証拠能力を引き下げている。最先端の科学技術を駆使して人間の脳から取り出したMRI画像が、科学的根拠に乏しいと言う理由で証拠にならない。何とも皮肉なことだ。

 幻覚と現実の見極めは捜査官の力量に掛かってくるわけだが、人間のすること、絶対はないと言われてしまうと否定はできない。これを改善するには法から制定しなければならない。
 現行の裁判制度では、有識者の意見を付与することによって様々な状況証拠が物証に劣らない威力を発揮する。医療裁判における医学者の証言、精神鑑定における精神科医の診断等がその例だ。それに追随する形で、MRI捜査官による検証制度を作れないかと薪は考えている。その際、第九の捜査官に検証させたのでは身贔屓を疑われるから、アメリカやフランス等、利害関係を生じない第三国者に検証してもらう。他国のために誰がそんな面倒を、と失笑されそうだが、何処の国のMRI捜査でもこの問題は付いて回るはず。他国に出向く必要はなく、データのやり取りをするだけだからそれほどの手間は掛からない。互いに協力体制を整えれば実現可能な話だし、双方の利になるはずだ。
 ただし、今回のように熟練した捜査官でも判断が難しい場合には、やはり現場での検証が必要となる。その場合の規約をどのように定めるかは今後の課題であるが、まずは裁判で確かな証拠としてMRI画像が認められる道を作ること。それが自分にできる、第九室長としての最後の仕事だと思っている。

 それはさておき。
 捜査一課の協力が得られないとなれば、自分たちで行動するほかはない。積極的に行使することは少ないが、第九には独自の捜査権が認められているのだ。
 そんなわけで、被害者、宮原さつきの生まれ故郷、N県K市に二人は来ている。

 例の殺害シーンが映っていた5年前、捜一の調べに依れば宮原さつきはN県の田舎に住んでいた。東京に出て現在の会社に就職したのが4年前。21歳まで、彼女は地元で暮らしていたことになる。
 親兄弟もいない彼女が、20年以上も住んでいた土地を離れるからにはそれなりの理由があったはずだ。それもまた、あの画が真実である可能性を高める。何よりも青木が。
 初めて、捜査官としてのカンを働かせて掘り当てた事件なのだ。他の誰も気付かなかったのに、青木だけが彼女の異常性に気付いた。調べもせずにお蔵入りなんて、そんなことはできない。強い決意のもと、雹のごとき中園の厭味を潜り抜け、小野田の冷たい視線を黙殺し、3日間の猶予を捥ぎ取って来たのだ。

 そこまで考えて薪は、はたと気付く。
 もしかして、これって公私混同? いや、第九の誰が言い出したことでも調べたさ。岡部はもちろん今井でも小池でも、あ、曽我はちょっとビミョーかな……。

 軽く首を傾げた瞬間、何かに突き飛ばされたように薪の身体が前に振られた。下腹にシートベルトがめり込んで、思わず呻く。
「すみません、大丈夫ですか」
「なんだ。曽我の呪いか」
「は? 曽我さんがどうかしましたか」
「いや、なんでも……お」
 車の運転なら総理大臣の運転手にも引けを取らない青木が急ブレーキなんて、どうしたことかと思えば砂利道の上に障害物。それは一匹の蛇であった。右の草むらから左の草むらへ移動中だったらしい。ノンブレーキで轢いてしまったと見えて、細長い身体が2つに轢断されていた。

「砂利道が保護色になって。見えませんでした」
「白蛇か。珍しいな」
 舗装道路なら白い蛇は目立っただろうが、砂利道、それも再生材を使用した白っぽい砕石道路で白蛇を見つけるのは、自転車でも難しかろう。
 青木は路肩に車を停め、道に降り立った。交通の障害になる死骸を片付けるつもりらしいが、果たして。

「ふわっ、ひっ、ひゃっ」
 情けない悲鳴が聞こえてくる。青木は蛇が苦手なのだ。その証拠に、動物園の爬虫類ブースではいつも無言になる。蛇特有のぬめるような肌質に生理的恐怖を感じる人間は多いが、彼もそうなのだろう。見かねて薪は車から降りた。
「おまえはサル以下か」
 青木は素手で蛇の死体を動かそうとしていた。その辺に落ちている棒切れか何か使えばいいものを。
「でも。この蛇はオレが轢いたんですから」
 まったく青木らしい。苦手な相手にも誠実を尽くそうとする。薪にはできない芸当だ。
 薪は「やれやれ」と大仰に肩を竦め、長々と地面に横たわった白蛇の死骸を両手で持ち上げた。慌てて青木が手を差し出す。
「薪さん、大丈夫です。オレがやります」
 薪に被害が及ぶとなれば、生理的嫌悪など消えてなくなる。こと薪に関してだけ、青木は時々人を超える。
「僕も乗ってたからな。同罪だ」
 もう半分を持って来い、と薪が命じると、青木は、目を背けながらではあったが、半分になった蛇の尾っぽの方を子猫でも持ち上げるようにそっと両手に乗せた。

「で。どうするんだ」
「この辺りに埋めてあげましょう」
 言うと思った。交通の邪魔にならない場所に捨てておくとか、そういう発想は青木にはない。
「穴はおまえが掘れよ」
「はい。――あの樹の下にしましょう」
 田舎道の両側は我が物顔でのさばる雑草と、その花の小さな紫色に覆われていたが、5メートルほど先に1本だけ、大きな樹が佇んでいた。樹が養分を吸い上げてしまうのか、その周りだけ草が少ない。墓も作り易そうだった。

 穴は青木が掘ったが、土をかけるのだけは手伝ってやった。白く細い身体を渦巻の形に丸くして、暗い穴の底に収まった姿を見れば、青木ほどではないが可哀想なことをしたと思う。彼の仲間たちは今この瞬間も夏を謳歌しているのに、こいつには微生物に分解される未来だけが待っているのだ。
 隣で、簡素な墓に向かって屈み、汚れた手を合わせる青木の横顔に、少しでも白蛇の魂が救われてくれることを願った。

「青木、そろそろ」
 薪は立ち上がって出発を促したが、青木は一心不乱に蛇の冥福を祈っている。まったくもって青木はやさしい。こんな行きずりの爬虫類にまで、それは自分には持ちえない美徳だ。職務中の寄り道だということも忘れて、惚れ直してしまいそうに――。
「青木?」
 青木の唇が小さく動いていることに気付いて、薪は再度屈んだ。顔を寄せ、じっと耳をそばだてる。すると、
「祟らないでください、呪わないでください、お願いします、お願いしま、痛っ」
 自己保身かよ! 惚れ直して損した!

「なに非科学的なこと言ってんだ。それでもおまえは第九の捜査官か」
「だってっ。白蛇は神さまの使いだって昔から」
「ああん? アクマの間違いだろ」
 エデンの園で、アダムとイヴを唆して知恵の実を食べさせた。どちらかと言うと悪いやつだ。
「白蛇は特別です。ご神体として祀ってる神社も、だから蹴らないでくださいよっ」
「白蛇に特別な能力なんて無い。白化現象を起こしてるだけで蛇は蛇だ。祀り上げられて、できもしないことを期待される方も迷惑だ」
 行くぞ、と厳しく追い立てると、青木はようやく腰を上げた。車に戻り、汚れた手をウェットティッシュで拭う。車をスタートさせると、5分も走らないうちに市境界の印の立札を見つけた。珍しいことに、今どき木札だ。大分古いものらしく、「ようこそ」と書かれた文字の下にはK市の名前があったのだろうが、風雨に晒されて消えてしまっていた。

 やがて、点在する民家が見えてきた。
 立札に相応しいレトロな風景で、揃いも揃って年代物の民家の周りは一面畑だ。胡瓜やトマト、南瓜などの夏野菜がたわわに実っている。夕飯の野菜料理が今から楽しみだ。
「なんだ、すぐ傍まで来てたんですね。その割には人の姿が見えなかったけど」
 これだけ田畑が広がっていれば、住民たちはその殆どが農業人で、昼間は畑仕事で忙しいのだろう。天気の良い日にふらふらしている者などいないのだ。

「あれっ?」
 青木が訝しげな声を出したかと思うと、アクセルを緩めた。蛇を轢いた時ほどではないが、前方へと身体を振られて、薪は足を踏ん張った。
「どうした」
「いえ、急にナビが消えちゃって。どうしたんだろう」
「故障だろ。公用車だからな。予算的にも車検が精一杯でナビの整備まではなかなか、――うん?」
 車のナビゲーションの代わりにスマホの地図アプリを起動させたが、『ページを表示できません』とエラーが出た。見ると、右上に圏外の文字。これではルート検索が使えない。
「嘘だろ」
 海の中でも携帯電話が使えるこの時代に、圏外って。

「困りましたね。道を訊こうにも人の姿は見えないし。どっちへ行けば」
 二人が目指しているのは地元の警察署だ。管轄外の場所で勝手に捜査をするわけにはいかないから、電話で話は通しておいた。先方に自分たちが行くことは伝えてあるから、電話さえつながれば道を訊くことも迎えに来てもらうこともできたのだが。
 困惑する青木に、後部座席から薪の落ち着いた声が聞こえた。
「そこ、右だ」
「え」
「5キロ走ったら左。川を渡って12キロ先に消防署。その裏手が警察署だ」
 目を丸くする青木に、薪はルームミラーの中から話しかける。
「昨日、地図を見ておいた。道の形状と大体の距離しか覚えてないけど、何とかなるだろ」
「薪さんの頭の中ってどうなってるんですか」
「頭蓋骨の下に髄膜、大脳に覆われるように脳梁と脳弓、その下に間脳、更に下に脳幹があって」
「いや、脳の構造についてレクチャーを受けたいわけでは……もういいです」
 人に質問しておきながら答えを途中で遮った青木に薪は些少の苛立ちを感じたが、何も言わずに引き下がった。我ながら現金なことだが、久しぶりの現場で機嫌がよいのだ。薪は微笑さえ浮かべて背もたれに寄り掛かり、どこまでも広がる田畑の風景を眺めた。

 しばらく走ると、畑で働く男たちの姿が見えてきた。意外なことに若者の姿が目立つ。今や第一次産業に従事する若者は絶滅寸前だと聞いていたが、この地域では率先して農作業に臨む若者が大勢いるらしい。頼もしいことだ。
 逆に、女性はひどく少なかった。
 特に若い女性は皆無で、背中の曲がった老婆しか見かけない。えらく偏った人口ピラミッドだが、地方では珍しくない。農家の嫁は重労働だ。成り手がいないのだろう。
 こんな処に竹内が来たら30分と我慢できまい。老婆たちが集団で豆をむしっている大豆畑の真ん中に放り込んでやりたいものだ。想像して薪は、薄く笑った。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Bさまへ

Bさま

>原画展

こちらもお役に立てて良かったです(^^)
もう、ご覧になりましたか?
1巻の頃の薪さんて、幼くて可愛いですよね~!


>チューリップのコサージュ

コサージュ手作りしちゃうんですか?
すごい~!
そう言えばBさん、編み物で薪さんを作ってらっしゃいましたよね?
手先、器用なんですね。いいな~。女の子らしくて素敵です(〃▽〃)



>コミックス、二冊目になってしまいますが

わたしも実は、2冊目買っちゃいましたよ(^^;
薪さんと蝶の組み合わせは世界最強だと思います。



>二人での出張に、無意識に薪さんワクワクしているのを小野田さんと中園さん達に見破られていたんですね笑

そうなんですね、きっとww
うちの薪さん、分かりやすいから、あ、でも、
滝沢さんはじめ敵陣営にまで「薪室長を黙らせるなら青木を攻めろ」と思われていた原作薪さんには敵いませんけど(^m^)

Aさまへ

Aさま。

>横浜

Aさまも行かれましたか?
薪さん、お綺麗でしたよ~!
ぜひぜひ、足を運んでみてください♪


>白蛇は夢にみると金運が上がるっていいますね。

はい。調べてみたら、金運祈願の神社が多かったです。
中には子宝祈願の神社もありましたので、今回はそちらを使わせていただきました。


>MRI捜査は絶対的証拠にはならない

あ、どうなんでしょう?
うちではそういう設定にしてますが、(薪さんが官房室に行くのは法律制定の基礎を作るためです) 原作ではそうじゃないのかもしれないです。ジェネシスの終わりで、薪さんが鈴木さんの見つけた画像を見て、「これで送検できる」みたいなこと言ってらしたので、物証と同等に扱われているのだろうと思ってました。


>新作で薪さんが桜木を退場させたのも青木のプレゼンだからではなく純粋に続きを聞きたかったからなんですよね(笑)

や、あれ、曽我さん辺りだったら放っておいたんじゃないかと、いえその、
……何でもないです(笑)

Kさまへ

Kさま。


>春先には轢いてくれといわんばかりに

やっぱりですか?
うちの方も、夏になると彼らの死骸がアスファルトの上でミイラになってます(^^;


>むかし法事で

そ、それはすごい現場を見ちゃいましたね(^^;
そうか、獲物を襲う時には締め上げるんだ~。薪さんにやらせればよかった。←え。
叩いても離さないとは、ものすごい執念ですね(@@)
鶏もショックだったんですね。それで卵を産まなくなってしまって、結局……せっかくみんなで協力して蛇の凶牙から救ったのに~。虚しい経験をしちゃいましたね。

わたしは子供の頃、白蛇を見たことがあるんです。
道の際まで山が迫っているような道路に、ひょっこり出てきたんですよ。白い蛇がいるなんて知らなかったので、とてもびっくりしました。でもそんなに怖くはありませんでした。綺麗だな、と思ってぼーっと見てたような気がします。



>お話は「横溝的」というか「トリック的」というか

おおっ、Kさん、するどい!
実は横溝正史の古ーいドラマを見て書きました。
(実写はまた別物かもですが) Kさんのお好きな、金田一耕介シリーズです。

「トリック」は大好きです!
奈緒子かわいい! 上田とのコンビもいい! ツッコミサイコー! 他のキャラも濃くていい! ギャグのテンポもいい!
ストーリーは、最初のシリーズが一番捻ってあって好きです。映画も全部見ましたけど、ラストも良かった~。



捏ね回した割にあまりいい出来じゃなくて、お目汚しするのも申し訳ないのですが、
楽しみにしてくださって光栄です。
生温く見守ってやってください~。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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