蛇姫綺譚(4)

 5連休ですね。みなさんはいかがお過ごしですか?

 うちは、
 仕事です! 5日とも!!
 だって……あんなに雨が続いたら工期に間に合わないよ……。

 てなわけで、シルバーウィークも通常運転でございます。
 本日も広いお心でお願いします。





蛇姫綺譚(4)





「あれっ。あれあれ?」
 川を渡って5分ほど走った頃、またもや青木が騒ぎ出した。
「どうした」
「いや、エンジンの調子が……あ」
 プスン、と車は空気の抜けるような音を出し、ガクンと車体を揺らして止まった。今度は竹内の呪いだろうか。
「おかしいなあ。ちゃんと点検済みのものを借りてきたのに」
「整備したやつがいいい加減だったんだろう。帰ったら整備部に文句を言ってやる」
 ちょっと見てみます、と青木はボンネットを開けた。車オタクの青木は車のメカ構造にも詳しい。エアロパーツの取付けはもちろん、ドライブレコーダーやナビは自分で配線するし、簡単な故障なら自分で直す。こと車に関して、薪の出る幕はない。

 薪が車の中から様子を伺っていると、青木はトランクから工具を取り出し、本格的にエンジンをいじり始めた。これは時間を食いそうだ。
 薪は車から降りた。
 見渡す限りの広大な畑が広がっている。土と草の匂い。明るい日差しの中、人々は農作業に勤しみ、空ではヒバリの声がする。のどかな農村の風景であった。

 薪は小石を踏み分けながら砂利道を進み、目に着いた畑の、一番近くで畝を作っていた男に話し掛けた。
「お仕事中にすみません。警察に連絡を取りたいのですが、お宅の電話を貸していただけませんか」
 車の故障で約束の時間に遅れそうだから相手方に連絡をしなくてはならない。しかし、携帯電話は使えない。公衆電話も無いから誰かに家の電話を借りるしかない。
「警察? なにか、困りごとかね」
 金でも落としんさったか、と心配そうに尋ねる男に薪は顔をほころばせた。一般に田舎の人は警戒心が強く、余所者を歓迎しない傾向がある。以前、青木が誤認逮捕された町などはその典型で、薪は大層辛い思いをした。
 ここの住民は余所者にも親切でやさしい。こんな風に思いやりの心に満たされた土地柄なら、あの孤独を絵に描いたような宮原さつきも、きっと孤独ではなかったはずだ。荒れた生活をしていたようだが、それでも彼女はこの町を出るべきではなかった。

「僕は東京から来た刑事です。こちらの警察の方と約束がありまして」
「東京の刑事さんが、こんな田舎になんの用ね」
「宮原さつきさんと言う女性について調べています」
「宮原?」
「5年ほど前まで、こちらに住んでいたはずですが。ご存じありませんか」
「知らんなあ」
 宮原さつきの家は、この近所ではないらしい。
「では、5年ほど前に事故、あるいは行方不明になった子供に心当たりはありませんか。3、4歳の、男の子だと思うのですが」
 二番目の質問にも、男は首を振った。それほど期待して訊いたわけではなかったが、幸先の悪いことだ。
 薪が少しだけ眉を寄せると、男は持っていた農具を畝の傍らに置き、手に付いた土を落とすためにパンパンと手を叩いた。
「駐在さんには俺から連絡しちゃるけん。あんたら、車がエンコしたんやろ。迎えに来てもらえるよう頼んじゃるわ。そこで待っとって」
 そうしてもらえると助かる。薪は素直に礼を言った。

「ひゃあっ!」
 男が自宅に戻りかけた時だった。青木の悲鳴が聞こえた。
 驚いて振り向くと、青木が飛びのくように車から離れるのが見えた。さては焼けたエンジンを触って火傷でもしたのかと、薪は慌てて彼に走り寄った。

「怪我をしたのか」
「あ、違います。ちょっと驚いただけで……でも、こんなことって」
 口に手を当てて眉をしかめる青木の様子に、薪もエンジンルームを覗き込む。ラジエーターやバッテリーの周りを埋め尽くすコードやチューブに混ざって、そいつらはいた。
 それは3匹の蛇だった。青、緑、赤とそれぞれ色が違う。焼けたエンジンルームの中で、それらは息絶えていた。肉の焦げる臭気が辺りに漂う。
「どうやって入ったんだ」
「ボンネットは割と隙間がありますから、それほど珍しいことではないんです。ただ」
 3匹って言うのはちょっと、と青木は語尾を濁し、困り果てた表情で薪を見た。ここにきて4匹目の蛇だ。夏だから蛇が出てくるのは自然だが、その悉くを死なせてしまっているのだ。少々、気味が悪い。

 とにかく、この死骸を取り除かねばならない。焼けた部品に触らないように気を付けて、彼らを外に出した。先ほどの白蛇同様、埋葬してやりたいところだが、周りは畑ばかりだ。誰だって自分の畑に蛇の死骸を埋められるのは嫌だろう。
 ひとまず、ここへ来る途中に立ち寄ったコンビニの袋に入れた。障害物が無くなったから車も直るかもしれない。青木はスパナを握り直し、薪は蛇の死骸をトランクに入れようと車の後部に回った。
 トランクには、3日分の着替えを詰めたボストンバックが2つと、私服に着替えた時のための薪のスニーカーが置いてある。その横にビニール袋を置いた。
 と、そこに人影が差した。振り返ると先ほどの男だった。警察署と連絡が取れたのだろう。親切な男に薪はにこりと笑いかけた。

「ありがとうございます。先方は、なんて?」
「警察は来ん」
「え。それは何故」
「あんたたちは蛇姫さんの使いを殺した。このまま帰すわけにはいかん」
「は? 一体なんのこと」
 周りを見ると、いつの間にやら囲まれていた。農民たちは怒りに眼を赤く濁らせて、手に手にショベルやら鍬やらを持っている。たった今まで農作物に命を吹き込んでいた農具が人の命を奪う武器になるのだ。農村てこわい。

「みなさん、落ち着いてください。僕たちは何かあなた方の気に障ることをしてしまったのかもしれませんが、決して悪気があったわけでは、わ!」
 言葉半ばで、薪の足元に鍬が振り下ろされる。こいつら、目がイッちゃってるぞ。
「申し開きは儂らではなく、蛇姫さまにしろ」
「ヘビ? 蛇がなんだって?」
「なんてバチ当たりな。蛇姫さまを知らんのか。あのありがたい神さまを」
「神さま?」

 これは厄介だ、と薪は思った。
 田舎に良くある土地神信仰と言うやつだ。この辺では蛇姫とやらが神さまで、蛇はその使いだと信じられているのだろう。それをいっぺんに3匹も殺してしまった余所者――本当は4匹なのだか――に対する制裁を、彼らはこの場で加える気なのだ。
 相手は5人。武器を持っているとはいえ、全員素人だ。2、3人投げ飛ばせば恐れをなして引き上げてくれるかもしれない、と薪が構えを取って腰を落とした時。

「薪さん、乗ってください!」
 ラッセル車のように突っ込んできた青木は、一気に3人の男を跳ね除けた。タイミングを逃さず、薪は車の中に逃げ込む。体格と腕力に物を言わせ、青木は更に2人の男を薙ぎ倒し、運転席に乗り込んだ。
 砂埃を立てて車が急発進する。さすがに、追いかけてくる者はいなかった。

「ああ驚いた。田舎って怖いなー。たかが蛇が死んだくらいで」
「だから祟りですよ! さっきの白蛇のタタリ!」
「あれは祟りって言わないだろ。完全に人災だろ」
 蛇を崇め奉っている前時代的な村で、たまたま運悪く蛇がボンネットから侵入して死んで、それを土地の者に見られただけのこと。帰りは別の道を通れば済む話だ。あの暴力的な教義は問題があるが、それこそ余所者が口を挟むことではない。
 小心者の青木が小声で白蛇の成仏を祈り続ける横で、薪はさっさとその事件を頭の中から追い出した。

 が、後から振り返るに、これは青木の方が正しかった。
 この時、彼らはすでに捕えられていたのだ。人智を超えた恐ろしい蛇姫の呪いに。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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