蛇姫綺譚(5)

 新しいお話を書いてるんですけどね。(わたしだけが)面白いのよ、これが。
「破壊のワルツ」や「破滅のロンド」みたいな事件もので、滝沢さんも出てくるし。←生きてるの、ごめん。
「題名は『モンスター』って言うのよ」てオットに話しましたら、
「ありきたりだな」て返されました。
 どーせネーミングセンスないわよ。ふん。





蛇姫綺譚(5)





 目的の警察署には、午後の3時に到着した。

 薪の道案内は途中までは合っていたが、川を渡ってからは少し違っていた。目印の消防署が見当たらず、一度は通り過ぎてしまったのだ。橋を渡って20キロ走っても着かなかったので一旦引き返し、すると青木が小さな交番を発見した。車を停めて聞いてみれば、地元の警察はここだけだと言う。
「薪さんにも記憶違いってあるんですね」
「悪かったな。いいだろ、着いたんだから」
 なんだか妙に嬉しそうな青木の横顔を見上げながら、薪は心の中で首を傾げる。
 記憶が飛ぶことは結構ある。したたかに酔ったときとか、その勢いで青木と、まあそのなんだ、朝になると自分が何をしたか憶えていないことが殆どだ。しかし、記憶違いはしたことがない。何年も前の記憶なら他の記憶と混じることもあるかもしれないが、地図を見たのは昨夜のことだ。それなのに。

 交番のギイギイいうパイプ椅子に並んで腰かけて、年老いた巡査が淹れてくれた麦茶を啜りながらこそこそ話す。巡査は田崎と名乗った。
 田崎巡査は二人に背を向けて、しばらく電話を耳に当てていたが、やがて二人を振り返り、申し訳なさそうに口を開いた。
「すまんの。相方が聞いとったんやろうけど、電話に出んけん」
 警察官たるもの、非番の日でも連絡は取れるようにしておくものだ。他部署の指導に口を挟む気はないが電話にも出ないなんて、と思いかけて気付いた。この土地では携帯電話が使えないのだった。となると彼からの定時連絡を待つしかないが、時刻は午後3時。すぐに捜査に取り掛からないと、今日の進展はゼロだ。

「電話では、宮原さつきさんの資料を用意しておいていただけると」
「預かっとりませんねえ」
 随分無責任な話だが、地元警察の協力なしに捜査をするのはご法度だし、現実的にも無理がある。田舎の人間ほど余所者に対する警戒心は強い。薪は経験上、そのことを知っていた。顔見知りの巡査の紹介でもなければ、話も聞いてもらえないだろう。
「なあに、安心してつかあさい。わしが協力しますけん」
 田崎巡査は皺だらけの顔をくしゃりとほころばせ、とん、と自分の薄い胸を叩いた。
「わしゃあ、この村の駐在を勤めて40年になる。この蛇神村のことで知らんことはない」

 薪は思わず椅子から落ちそうになった。すでに町の名前から間違っている。この巡査、少々ボケが始まっているらしい。
「オレたち、町村合併の前の時代にタイムスリップしちゃったみたいですね」
「あほか。単なるボケ老人だろ」
「薪さん。そういう直接的な言葉は各方面からの反感を買いますよ」
 SF仕立てに皮肉る方がよっぽど嫌味だと思うが。

 認知症とまでは行かずとも、警察官としては完全にアウトだ。市名と同じく、彼は自分の勤務年数についても思い違いをしている。いくら地方の交番とは言え、警察は40年も同じ人間に一箇所の交番業務を預けたりしない。地元業者との癒着が起きるからだ。
「治安の良い田舎の交番勤務とは言え、こういう人が担当で大丈夫なんでしょうか」
「あの年じゃとっくに定年だろ。代行のシニア巡査じゃないのか」
 シニア巡査と言うのは元警察官で、県警本部が認めた交番業務の代行要員だ。今日は正規職員の巡査が非番で、彼が留守を預かっていたと思われる。

「宮原さんの家なら村外れじゃが。今は誰もおらんよ」
 天涯孤独の身の上だと聞いていたから、それは承知の上だ。それでも、近隣の者に彼女の話を聞くことはできるだろう。
「ここからじゃと来た道を戻るようになるの」
 簡単な手描きの地図を渡されて、二人は顔を見合わせた。この地図に従うと、トラブルに巻き込まれた畑の道を通ることになる。
「他の道はありませんか」
「あるにはあるが。遠回りになるけん」
「多少遠回りになっても構いません。そちらの道を教えてください」
 懇願する青木に、老巡査は疑わしげな視線を向けた。無理もない。これから捜査に向かうのに、わざわざ時間の掛かる回り道を尋ねられたのだから。

「実はここに来る前に」
 青木は畑であったことを正直に話した。厳密に言えば村人たちの行為は暴行罪に当たり、巡査は勧告なり厳重注意なり何らかの行動を起こすかもしれない。すると捜査がやりにくくなる。だから黙っていたのだが。
「そりゃあ災難だったの」
 話を聞いた老巡査が苦笑したのを見てホッとした。事件にする気はないらしい。
「蛇姫信者の中には血の気の多い者もおるけん。大層美人の神さまという話じゃからの。男衆には人気があるんじゃろ」
 一見して、若い女性の少ない村だ。神さまが美女と言うのは納得できる話だ。
「蛇神のご利益は金運が多いみたいですけど、美しい女性神なら恋愛のご利益もあったりします? ――痛っ」
 意気込んで尋ねた青木の足を、薪は机の陰で蹴り飛ばす。もしもあれば参って行こう、そう考えているのがバレバレの顔だったからだ。涙目で見られたから、僕は行かないぞ、と睨みつけた。

「蛇姫は子宝の神さまじゃよ。蛇姫に祈れば、長年子供のできない夫婦はもちろん、女の機能を失った女、果ては男でも身籠ることができるそうじゃ」
「へえ。それはなんと言うかその、強烈なご利益ですね」
「言い伝えでは、蛇姫は元々は男神での」
 老巡査が語った伝承によると、この村は昔から女性が少なかったそうだ。そのために何年もの間赤子が生まれない年が続き、村の存続が危ぶまれた。そこで村の衆が蛇神さまに相談したところ、神さま自ら女になって何人もの子供を産み、村を救ったと言う話だった。
 世の中には色んな神さまがいるものだ。その多くは困窮した人々が作りだした自分たちに都合の良い夢物語。女性が少なく、子宝に恵まれ難かったこの村の、それが願望だったのだろう。

「なんでもありですね」と失笑する薪を、巡査は老人特有のやや横柄な目つきで見た。それから「よっこいせ」と立ち上がり、作りつけの戸棚から古い地図を取り出した。
「普段使わん道だでの。あんた、見てくれんか。細かい字はよう見えんけん」
「田崎さん。こちらの方は」
 警視長をあんた呼ばわり。焦った青木が思わず口を挟むと、
「かまわん。年長者には敬意を払わんとな。僕たちの大先輩だ」
 薪は飲んでいた麦茶のコップを静かに机に置き、田崎から地図を受け取った。捜一の資料に書かれていた被害者の住所を索引から調べる薪に、田崎は小声で、
「余計なお世話かもしれんがの。あんた、もう少し口の利き方に気を付けた方がええよ」
 しまった。小さい声で言ったつもりだったが、ボケ老人発言を聞かれていたか。ここは謝ってしまった方がいい。

「すみません。失礼なことを言いました」
「わしに謝ることはねえ。あんたの上司に言いなせえ」
「は?」
「いけんよ。上司にはもっと丁寧な言葉を使わんと」
 こらクソボケジジ、いやその、誰が誰の上司だって?
「あの上司も悪い。わしの若い頃は、上司にあんな口をきいたら拳が飛んできたもんじゃ。要は、上のもんが甘やかすから若いもんが付け上がるんや」
 上司と部下の適切な言葉使いを理解しているくせに、僕が上司となぜ気付かない!
 カチンときたが、ムキになって誤解を解きにかかるほど薪も子供ではない。相手は70過ぎの老人だ。老眼もだいぶ進んでいるようだし、多少のカン違いは仕方ない。
「あちらさんの気持ちも分かるがなあ。おまえさん、可愛い顔しちょるけん」
 とうに40を超えた男を捕まえてカワイイとは何事、いや、相手は自分の親のような年齢なのだ。子供扱いされても仕方ない。
「女子(おなご)は得じゃの」
 その干からびた体、交番の窓から外に放り投げてやろうか。
 目的地までの道筋を地図に書き込む巡査の後ろで、薪はこっそりと呪詛の言葉を吐いた。

「この道じゃと、車使うても30分くらいはかかるかねえ」
「結構広い町なんですね」
「田舎だで。土地だけはあるさあね」
 老巡査の言葉通り、その道は大きく迂回している分距離はありそうだ。街中を抜けるルートらしく、役所や文化センターなどの公共施設が道沿いにあった。目的の家の近くには浄水場もあり、それらが目印として役立ちそうだった。
 設備投資の少ない田舎の交番で、コピー機なんて便利なものはないから地図を携帯のカメラで撮影することにした。ついでに確かめたが、電波は圏外のままだった。

 それから二人は、田崎巡査から宮原さつきについての情報を得た。両親は彼女が20歳の時に亡くなったこと、翌年の春、21歳の時に上京し、それきりここには帰ってこなかったこと。多くは一課の資料の確認であったが、中には有益な情報もあった。彼女の出生についてだ。
「さつきちゃんは、宮原の実の娘じゃなくての」
「養女ですか。本当の親は何処に」
「分からん。そこまでは知らんよ」
 この村のことなら何でも知ってるんじゃなかったのか。
 まあいい。その辺りのことは近隣への聞き込みで判明するだろう。

「もうひとつ。5年ほど前、この町で子供が行方不明になったことはありませんでしたか」
 宮原さつきの故郷の事件は、昨日のうちに調べてきた。5年前、子供が被害者になった事件は無く、誘拐事件もなかった。可能性があるのは事故として処理された事件と、行方不明者だ。これは地元の警察でないと分からない。事件にならなければ公式記録には残らないからだ。
「子供?」
「ええ。3、4歳くらいの男の子だと思うんですが」
 田崎巡査は首を横に振った。こういう田舎町で子供がいなくなれば大騒ぎになるはずだ。5年前とは言え、駐在の記憶にも残っていないのではこの線も薄いか。
「さつきちゃんとその男の子と、何か関係があるんかい」
「それは言えません。すみません」
「いや、捜査上の秘密なら仕方ない。しかし、さつきちゃんは特に子供好きということもなかったと思うがなあ。物静かで、家にこもって本ばかり読んでる娘じゃった」

 それ以上、巡査から得られる情報はなかった。
 薪は念のために地図をもう一度見てルートを頭に叩き込み、二人は交番を後にした。


 二人がいなくなった後、田崎巡査は1本の電話を掛けた。
「今、こっちを出たところじゃ。後はよろしくの」

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。


>ネットの怖い話でも旅行中とかタイムスリップしたり異次元の世界に迷い込んじゃう話ありますね。

へえ、火を点けると元の世界に戻れるんですか。知らなかった~。
でもなんで火なんだろう??


うん、まあ異次元みたいなもんです。
なんかこの話、捏ね回し過ぎて自分でもわけ分からなくなっ……すみません。サクサク更新終わらせて次の話に移りたいです、でもまだ10章以上ある~~(><)


>そして、次回作の「モンスター」

この話、むっちゃわたしの好み(=ドS)です!
あのね、「蛇姫」は1ヶ月以上捏ね回してたんですけど、
「モンスター」は半月で書き上がりました。しかしページ数は後者の方が15Pも多いんです。
萌えって大事ですねww


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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