仮面の告白(11)

仮面の告白(11)







 雪子からかなり一方的な連絡があったのは、日曜日の夕方だった。
『8時にレストランの予約を取ったから、先にお金を払い込んでおいて』
 その日もかなり肌寒くて、薪は外出するのが億劫だった。もう少し早く連絡して欲しかった。そうすれば昼間のうちに支払いに行ったのに。
 まあ、仕方がない。こちらから頼んだことだ。

 会食用のスーツに着替えて、家を出る。
 お金を払いに行くだけなのだから、格好はどうでもいいと思うのだが、店の中に入る以上はこれが礼儀というものだ。場の雰囲気を壊すのは忍びない。
 雪子が指定したフレンチレストランは、赤坂にあるジュエルタワーの25階だった。眺めが良く夜景がきれいで、恋人たちのディナーにはもってこいの店だ。
 こんな店を選ぶということは、やはり雪子は青木のことを憎からず思っている。
 ムードたっぷりのレストランで、豪華なディナーと美しい夜景。ドレスアップした彼女。ここで決めなかったら男じゃない。
 がんばれよ青木、と心の中で応援しつつも薪は不安を覚えている。
 青木はどうも頼りない。仕事もいまひとつだが、色事も一人前の男とはいえない。AVを見て腰砕けになってしまうくらいだ。一応女性経験はあるようだが……まあ、雪子は年上だからうまくリードしてくれるだろう。

 古風なシェードが掛かった明かりの下で微笑んでいる案内係に、予約の確認と料金の支払いに来た旨を伝える。見事な営業スマイルで、彼女はそれに答えた。
「はい、三好様2名様ですね。お連れ様は待合室のほうへご案内致しました」
 薪はびっくりして時計を確認する。まだ7時前だ。
「予約は8時からではなかったですか?」
「いえ。7時からご予約頂いておりますが」
 雪子らしからぬミスだ。予約の時間を間違えて覚えていたらしい。
 青木はもう来ているみたいだから、急いで雪子を呼び出さなくては。相手がいくら青木でも、1時間もここで待たせるのは可哀相だ。

 携帯電話の使える場所に移動して、薪は雪子に連絡を入れた。雪子の携帯は2回のコールで留守番電話に切り替わり、彼女のハキハキした声が聞こえてきた。
『ただいま三好は解剖中です。御用の方はメッセージをお願いします。なお、このテープは30秒後に自動的に消滅します。健闘を祈る』
「なんですか? その最後のセリフ」
「雪子さんはスパイ映画が好きなんだ。てっ!」
 気がつくと、青木が後ろに立っていた。店員に薪のことを聞いたのだろう。
 青木も今日はオシャレをしている。
 普段は公務員らしく紺やグレーのスーツが多い青木だが、今日はダークな縦縞のスーツにシルバーのネクタイでビシッと決めている。髪も少し遊ばせて、きっちりと撫で付けず自然に流してある。なかなかいい男に仕上がっている。これなら雪子も満足してくれるに違いない。

 薪は青木に事情を説明することにした。
 何の説明もなしに1時間もレストランに放って置かれたら、この食い意地の張った男が待ちきれずに一人で食べ始めてしまうことは十分に考えられる。そうなったら今夜の計画は丸潰れだ。
「雪子さん、時間を間違えてるみたいなんだ。1時間くらいしたら来るはずだから、それまで待って」
「あれ? どうして三好先生が来るんです?」
「どうしてって」
「試験合格のお祝いに、薪さんが夕食をご馳走してくれるんじゃなかったんですか? オレ、三好先生にそう聞きましたけど」
「僕が? 雪子さんがそう言ったのか?」
 青木はこっくりと頷いた。薪が雪子に頼みごとをした件については、何も知らされていないようだ。

 …………やられた。

 判定勝ちを狙ってちまちま小技を仕掛けていたら、一本背負いで返された気分だ。
 雪子の頭の良さとカンの鋭さを甘く見ていた。雪子は自分の企てに気づいていたのだ。
 もう、お金は払い込んでしまった。返してもらうわけにもいかないし、こいつを一人でここに置いていくわけにもいかない。こいつのことだから2人分のフルコースくらい軽く平らげるだろうが。
 やっぱり雪子には敵わない。自分が手を出すと、ロクなことにならない。本人たちに任せたほうが良さそうだ。

 フロア係が案内してくれた窓辺の席に、二人は向かい合って腰を下ろした。まだディナーには早い時間だが、店内は約半数の席が埋まっていた。
 そのうちの何人かの客は、ちらちらとこちらを見ている。彼女たちが何を言っているのか気になるところだが、どうしようもない。こういう店は、男ふたりで来る店ではないのだ。

 せっかくの雰囲気を損ねてしまって、この店には悪いことをした、と薪は思っているが、店側の思惑はまるで違っている。
 薪たちが案内されたのは店内に入ってきた客から一番良く見える、いわばショーウィンドウの役割を持った席だ。店側としては、優雅で品のある客をそのテーブルには座らせたい。男同士だろうが年寄り夫婦だろうが、店の品格を上げてくれる客なら大歓迎だ。

 料理に合わせてワインを選び、薪はにっこりと店員に微笑みかける。
 申し訳ない気持ちからの愛想笑いだが、その笑顔が他人をとりこにする威力を持っていることに、果たして気づいているのかどうか。
 薪が向かいの男に視線を戻すと、明らかにそわそわしている。あちこちに視線を巡らせて、落ち着かない様子だ。
 こういう店は慣れないうちは緊張するものだ。周りの雰囲気に呑まれてしまう。そんな人間を落ち着かせるには、安心するものを見せることだ。
 
「きょろきょろするな。僕のことだけ見てろ」
「……はい」
 薪の言葉に、青木はうれしそうに笑う。

 窓から見える夜景がとてもきれいだ。寒さのせいで空気が澄んでいるのだろう。光が滲まずに、美しく輝いている。
 数限りない明かりを見ながら、薪は優雅にアペリチフを飲み始めた。



 ―了―




(2009.1)

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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