蛇姫綺譚(8)

 先週の入札、めでたく落札いたしまして。書類作成に追われる毎日となりました。
 多分、来月の頭には現場に出ることになると思います。そうしたらまた月の更新回数は一桁になってしまうと思いますが、どうか気長にお付き合いくださいませ。

 この話、あと10章くらいなので今月中に終わらせ、られるといいなあ。
  


蛇姫綺譚(8)





 家の中は外観を裏切らない造りで、それは大いに薪を喜ばせた。なんと、部屋の中に囲炉裏がある。山間のホテルに泊まった際、ラウンジで囲炉裏のオブジェを見掛けたがそれは飾りに過ぎず、こうして実際に湯を沸かしたり汁物を温めたりして使うのは初めてだ。薪が興奮するのも無理はない。
 夕餉の膳は庭の野菜と、森の中で採れた山菜を中心とした質素なものだったが、これまた薪は大満足だった。煮付けや和え物と言った料理法のため色合いはカラフルとは言い難いが、素材は新鮮で滋味に溢れており、街中のレストランよりよほど美味しく感じられた。

 残念ながら、肉が好きな青木には物足りないようだったが――いや、実は老婆は肉も出してくれたのだ。しかしそれは青木の口に合わなかった。正確には、途中までは喜んで食べていたのが、
「このお肉、美味しいですね。鶏肉ですか?」
「それはカエルの肉じゃ」
 という会話の後、箸が止まってしまったのだ。
 森の中、老婆が一人で自給自足に徹すれば、動物性たんぱく質の摂取ルートは限られる。話を聞くと罠で野鳥や野兎を捕えることもあるそうだが、運と天気に左右される。ここ2,3日、森は雨続きだったそうで、その中で貴重な肉を客人のために出してくれたのだ。食べないのは申し訳ないと思い、薪も勇気を出して口にしてみた。意外と旨い。鶏のささみ肉のような食感で、鶏よりも舌触りが滑らかだった。
「ダメですよ、薪さん。お腹壊しますよ」
「おまえ、さんざん食っておいて今更。カエルはフランスでは高級料理だぞ」
 とはいえ、部位によっては少々生臭い。一切れ食べて箸を置き、薪は「ごちそうさまでした」と頭を下げた。

「お世話になっておきながら、自己紹介もまだでしたね。僕は薪と言います。東京で公務員をしています。こちらは青木。僕の部下です」
 食事の後、口の中を白湯で流して、落ち着いて考えてみたらちゃんと挨拶をしていなかった。遅れた自己紹介に老婆は、「わしはハツじゃ」と名前だけを名乗った。
「東京の人かいの。こんな田舎まで、何しに来んさった」
「宮原さつきという女性について調べています」
 薪は恩人の質問に素直に答えただけで、老婆からの情報を期待したわけではない。しかし老婆は意外なことを言い出した。

「さつきがどうかしたんか」
「え。ご存知なんですか」
「さつきは森の子じゃ。20年間、わしが育てたんじゃ」
「森の子?」
 森の子、つまり捨て子ということらしい。さつきが養女だったことは田崎巡査から聞いたが、宮原家はさつきの戸籍上の親になったに過ぎず、彼女は森に住む老婆に育てられたのだった。本当の親が分からないわけだ。

 この森は『迷いの森』と呼ばれるほどに迷いやすく、そのため自殺者が後を絶たない。その中には親子心中の目的で訪れる者もいる。が、どうしても我が子を殺すことができず、自分だけが死んでしまう親も少なくない。さつきはそういう身の上の子供で、幸運にもこの老婆に保護されて生きることができたのだ。25年と言う短い人生ではあったが、目も開かない赤ん坊のうちに野犬に食われてしまうよりはずっと幸せだったはずだ。

「そんな恐ろしい森だったのですか。ハツさんに助けてもらえて幸運でした」
 今になってゾッとする思いで、薪は礼を言った。
「僕たちが見つけたご遺体も、やはり自殺だったのでしょう。すでに白骨化していましたが、白いワンピースを着ていました。頭部に長い黒髪が残っていて……若い女性だったのでしょう。惨いことです」
「ほう。おぬしら、あれを見たのか」
 あの白骨死体は老婆も知るところだったらしいが、自分には関係ないと捨て置いたのだろう。ここで世捨て人のような生活を送っている彼女には、人間の死体も動物の死体も同じようなものなのかもしれない。

 が、自分で育てた娘となれば話は別だ。
 薪がさつきの死を告げると、何かしら予想はしていたのであろう老婆は沈痛に目を瞑り、深々と息を吐いた。
「そうか。あの娘は死んだんか」
 そう言って開いた老婆の目に涙はなく、しかし。
「バカな娘じゃ。この村におれば長生きできたものを」
 平坦な声音の中にも老婆の哀惜を感じる。幼い頃の宮原さつきはきっと、老婆の心の糧となったに違いない。彼女が世話になった老婆を此処に残して上京した経緯は不明だが、他に頼る者とていない厳しい森の暮らしの中で、実の母娘以上の絆が二人の間に培われたであろうことは察しがついた。
 だから断れなかった。

「一献、付き合うてくれんかの。さつきの通夜じゃ」
 薪は、ハツの盃を受けた。
 ひどく生臭い酒だった。
 小さな盃をなんとか飲み干したが、ひどい悪心に襲われた。頭がガンガンする。昼間の熱中症がぶり返したみたいだ。

「ハツさん、これは」
 なんの酒ですか、と薪の質問は声にならず。思いがけなく床に横たわった薪を、青木が抱き起した。その姿が暗く霞んでいく。
 意識を手放す直前、森の中で見つけた白骨死体の幻が見えた。骸骨は、宮原さつきの顔をしていた。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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