蛇姫綺譚(9)

 おはようございます。
 続きです。




蛇姫綺譚(9)





 酷い頭痛で眼が覚めた。
 痛む箇所に手をやろうとして気付く。身体が動かない。手だけではなく、脚も腰も。手首と足首に違和感がある。口にも。どうやら口にテープを貼られ、手足を縛られて床に転がされているようだ。
 暗さに目が慣れてきて、ようやくそこが物置であることが分かる。客間に布団なんて贅沢は言わないが、この扱いはひどくないか?

 薪は口封じのテープの下で苦しい呼吸を繰り返しながら、身体を丸めた。高い柔軟性を活かし、後ろ手に縛られた両手を足下を通して前に持ってくる。指先だけで口のテープを苦労して剥がし、手首を拘束する布紐に噛みついた。幸い、老人の力で縛ったらしい紐はすぐに解けた。
 身体の自由を取り戻し、起き上がって頭を振った。縛られていたせいで固まっていた身体を動かしてみる。酒を過ごしたときのような酩酊感は残っているが、他に怪我はしていないようだ。
 脱出を試みたが、当たり前のように扉に鍵が掛かっている。スライド式の木の扉は、いくら力を入れても開かなかった。

 やられた。
 薬を盛られて、縛られて、閉じ込められた。証拠はないが、あれだけの酒で悪酔いするはずがない。何らかの薬物が混入していたと考えるべきだ。

「ふー」
 一息吐いて、薪はぎゅ、と拳を握りしめた。脚を開いて腰を落とす。目前の扉の板部分に、大嫌いな男のいけ好かない顔を思い浮かべた。
 くん、と身体を回し、回転のエネルギーを足先に込める。ドゴッ、と鈍い音がして、扉がレールから外れた。もう一丁、と薪は大嫌いな男の顔をガンガン蹴り飛ばす。やがて扉は、盛大な音を立てて外側に倒れた。
「思い知ったか、竹内! 早く雪子さんと離婚しろ!」

 薪が大いに勝どきを上げた時、幾つもの足音が廊下に響いた。扉を破るのに遠慮なく音を立てていたから、異変に気付いてやって来たのだろう。
 その面子には見覚えがある。昨日、畑で薪を襲った農夫たちだ。では、ハツは彼らの仲間だったのか。
 見かけによらない薪の強さに驚いたのか、農夫たちは眼を丸くして、
「あっ。手足を縛っておいたのに、なぜ」
「どうやって扉を」
「「「竹内ってだれ?!」」」
 なんで3番目の質問が一番多いんだよ。
「こう見えても空手は黒帯でな」
 どの質問に答えるべきか迷ったが、この場面で効果的だと思えた2番目の質問にだけ答えて残りは黙っていることにした。特に3番目はメンドクサイ。

「ハツさんは、あなた方の?」
「婆さまは蛇姫の巫女じゃ。おまえらは婆さまの術に掛かったのじゃ」
 巫女だの術だの、薪には男たちの言っていることが分からない。方言てむずかしい。
「どうして僕がこんな目に遭わされるのか、分かるように説明していただけませんか」
「なにを白々しい」
「そうだ、あれだけのことをしておいて」
 彼らの顔触れからして、思い当たることは一つしかない。ボンネットの中で死んでいた蛇の件だ。

「要するに、僕たちが蛇を殺してしまったことが原因なんですね? わかりました。後で同種の蛇をプレゼントします。それで勘弁してください」
 地域信仰を余所者に強要して暴行を加えた上に監禁するなど犯罪に限りなく近い、というか犯罪そのものだと思うが、薪は謙虚な態度を崩さなかった。ここで権力を振りかざすような真似をしたら捜査協力が得られなくなる。
 そこまで下手に出ても、彼らの怒りは静まらなかった。「ふざけるな!」と薪の提案を一蹴し、だん! と廊下を踏みならす。昨日のように農具で脅されることこそなかったが、家の中でなければ鎌が飛んできそうな按配だ。

「大丈夫ですよ。東京のペットショップなら種類も豊富です。色もサイズも選び放題で」
「使いの蛇は、蛇姫が御自ら選ぶんじゃ!」
「そうだそうだ! 人間が選ぼうやなんて思い上がりも甚だしい」
 怒らせてしまった。安易に代わりを手配しようとしたのが逆鱗に触れたようだ。ここは素直に謝ってしまうに限る。
「皆さんのお怒りは尤もです。十分反省していますから、どうか穏便に」
 頭を下げた、薪の視界の右奥に色褪せた畳が映った。そこに青白い顔で仰向けに横たわった男の姿。それを見た途端、薪の態度は一変した。

 声にするより早く身体が動いた。
 彼のもとへ走る動線で、邪魔になった男を二人、足払いを掛けて転ばせた。薪を止めようと肩に手を掛けた男には、一本背負いを喰らわせた。
 突然人が変わったように乱暴になった薪に、男たちは怯んだ。所詮は農民の集まりだ。武道に精通した警察官に勝てる道理がない。

 薪は素早く彼の傍らに膝を付き、彼の顎の下に手を当てて脈を確かめた。力強く、規則的な律動。気を失っているだけだと分かってホッと胸を撫で下ろす。
「青木、起きろ」
 声を掛けたが、青木は眼を覚まさない。揺すっても起きない。面倒になってひっぱたいた。
「あ、薪さ……(パン!)ちょ(パパン!)い、痛っ(パパパン!)」
 うえええん、と青木の泣き声がして我に返った。
「どうした青木。どこか痛むのか」
 頬を押さえて涙を浮かべる青木の様子に、薪の怒りは瞬く間に甦った。振り向いて叫ぶ。
「おまえたち、彼に何をした!」
「「「ええー」」」
「青木は僕のボディガードだ。おまえらごときに遅れを取る男じゃない!」

 鋭い叱責と共に薪が勢いよく立ち上がると、上方からガラガラッと大きな音が響いた。重量を感じさせる音に、咄嗟に身を引く。
「な、うわっ」
 ズウン、と重い地響きを伴って、鉄製の格子が薪と村人たちを分断した。ハッとして周りを見れば3畳ほどの狭い部屋。三方は石造りの厚い壁。
 しまった。閉じ込められた。

「ほほほ。ネズミがネズミ取りに引っ掛かりおった」
 悠然と男たちの前に現れたハツが、憎々しげに言い放つ。昨夜と同じように家の中でも杖をついている彼女はしかし、昨夜の割烹着姿とは打って変わって白い羽織に赤い袴の、いわゆる巫女の出で立ちであった。
 ギリッと奥歯を噛み、薪は射殺すような目つきで彼女を睨んだ。
「もう一度訊く。彼に何をした」
 こう見えても青木は強い。特に剣道は4段の腕前で、猛者揃いの武術大会でも3位入賞を果たすほどなのだ。殴られたか薬を盛られたか、何かされたに違いない。
「おまえを人質にしたら、儂らの言いなりになった。バカな男だ」
 他ならぬ自分が彼を窮地に陥れたのだと、聞かされれば薪の怒りは易々と沸点を超え、心のリミッターを粉砕する。俗に、堪忍袋の緒が切れた、と言う現象だ。

「バカはおまえらだ」
 ふっ、と薪は笑った。
 その微笑は暗く、冷たく。瞬時にして周りの空気が凍りついていくような錯覚を人に与える。海千山千の捜一の連中すら震え上がる第九室長のブリザード。純真な農民など瞬時に凍る。
「これがなんだか分かるか」
 薪は上着の襟に付いているバッジを親指と人差し指で挟み、つまみ上げて村人たちに見せた。
「これは緊急用の発信機でな。これを押せばすぐさま、警官隊がこの村を包囲する。そうなったらおまえら全員犯罪者だ。一生地下に閉じ込めて強制労働だ」
 嘘八百にゼロを3つほど割増して、薪の二枚舌が軽快に動く。こういうときの薪は実に生き生きとしている。

「う、嘘だ。そんなことできるわけが」
 畑で警察手帳を見せているから、薪が本物の警官であることはみな知っている。警察の人間が嘘を吐くと思わないのが農民たちの良いところでもあり、残念なところでもあった。
 ハッタリを武器に、薪は傲慢に腕を組む。他人を見下す王者の視線で、
「そのためのSITだ」
 SITは傭兵部隊ではない。
「おまえたちを強制連行した後、村ごと焼き払ってこの村を日本地図から消してやる」
 テロリストでもない。

 眠りから覚めたばかりでしばらくの間ぼうっとしていた青木が、ようやく自分の役目を思い出したのか、完全な悪役と化した薪を慌てて諌めた。
「薪さん、ちょっと落ち着いて」
「おまえは黙ってろ」
 薪は一旦キレると手が付けられない。こんな脅迫まがいのことをして後で困るのは薪の方だと、耳打ちする青木の言葉など耳に入るわけもなく。細い指先がためらいもなく発信機のボタンを押下するのに、村人たちがハッと息を飲んだ。

「もう我慢ならん。こんな連中はまとめて刑務所に、……あれ?」
 不思議そうな顔になって、薪はそのボタン電池のような装置を見つめた。平面に埋め込まれた粟粒大の赤ランプ、救難信号が発信されればこれが点灯するはずなのだが。
「発信機が動かない」
 ここは携帯電話も使えない村だが、この発信機は衛星通信だ。アンテナは関係ない。
 押しても押してもランプが点かない救援グッズに、薪はちっと舌打ちし、
「肝心な時に」
 普段から作動テストをしておけばよかった、と小さな声で零した。

 どうやら応援は来ないと分かって、村人たちが俄然勢いを取り戻す。薪の脅すような態度に反発を覚えたのか、彼らは口々に荒い口調で喚き始めた。
「天罰じゃ。蛇姫さまの怒りを買ったのじゃ」
「これでおまえらもおしまいじゃ」
 憤る村人たちを代表して、ハツが厳かに告げた。
「おぬしらには裁きを受けてもらう。この村で蛇殺しは重罪、それも3匹とあっては刑は免れん」
 彼女が森で薪たちを助けてくれたのは事実、しかし身柄を拘束されたのも事実だ。村人たちの言が本当なら、あの森で迷ったのも彼女の仕業ということになる。巫女の神通力とやらをそこまで信じる気にはなれなかったが、彼女が青木を何らかの手段で強制的に眠らせたことは間違いない。彼女は敵だ。

「4匹だ」
 薪は鋭く言い返した。
「この村に入る前に、白い蛇を一匹轢き殺した。合わせて4匹だ」
「な、なんじゃと!」
 ぎょっ、と老婆は眼を剥いた。白髪を振り乱し、わなわなと手を震わせる。その狼狽が伝播したように、男たちも騒然となった。思わず廊下に膝を着くもの、両手を組み合わせて天に祈る者、中には泣きだしてしまった者もいる。面白いからもう2、3匹轢いたことにしておけばよかった、などと薪が意地の悪いことを考えていると、ハツが突拍子もないことを言い出した。
「なんと言うことじゃ。おぬしのような余所者が次の蛇姫とは」



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま。


>やはり薪さんが蛇姫に!

お約束です(笑)


>でもきっとしづさんだから、抱腹絶倒な展開にしてくれてるに違いない(笑)

そうなの~。
もっと色っぽい話になるはずだったんですけどね、
なんか、ぬらぬらした話書いてたら途中で気持ち悪くなっちゃって。年のせいかしら(笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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