蛇姫綺譚(10)

蛇姫綺譚(10)





「なんと言うことじゃ。おぬしのような余所者が次の蛇姫とは……しかし、これも蛇姫の神意」
 次の蛇姫? え、だれが?

「認めませぬぞ、婆さま!」
 薪が疑問を口にするより早く、周りの男たちによってハツの言葉は否定された。口火を切ったのは、畑で薪に鍬を振り下ろした若者だった。他の者たちも怒りに顔を紅潮させ、次々と老婆に詰め寄った。
「そうじゃ。この者は余所者ではないか」
「天命を授かった者が為すべきことを、この者が横取りしただけじゃ。こいつが、生まれるはずだった蛇姫を殺したんじゃ」
 殺すとか殺されるとか、蛇の話でしょ? どうしてそんなに目を血走らせてるの、きみたち。

「こいつを殺してしまおう。さすれば正しい蛇姫が誕生なさるに違いない」
「その通りじゃ。殺してしまおう」
 なんでそうなる!!
「コロセ!」
「殺してしまえ!」
 村人たちの剣幕に、捕虜たちは顔を見合わせる。先刻の薪のフカシに対する言葉の暴力だと思いたいが、それにしては鉄格子の間から突き殺せだの、そのための槍を取ってこいだの、脅し文句にしては内容が具体的過ぎた。
 喧々囂々と物騒な言葉が飛び交う中、竹の先端を斜めに切って尖らせた竹槍の束を抱えて一人の男が廊下を走ってきた。思わず後ろの壁にへばりつく。あれで刺されたら超痛い、てか死ぬだろ。

「青木、おまえのせいだぞ。なんとかしろ」
「え、オレのせいなんですか? どこらへんが?」
 大袈裟な脅し文句で必要以上に村人たちを追い詰めたのは薪のはず。いったい自分の何処にこの状況を招いた原因があるのかと、首を傾げる青木に薪は強い口調で、
「一般人に簡単に拉致られるおまえが悪い」
「いえ。彼らに拉致されたわけじゃなくて、オレは」
「うるさい、捕まっておきながら熟睡しやがって。僕がどれだけ心配したと思ってんだ」
 村人たちの剣幕に焦るあまり、ぺろっと本音を喋ってしまった。慌てて口を手で塞ぐが、言葉も時間も戻せない。薪の失言に、もしも隣の男がニヤけた面をしていたら記憶が飛ぶまでぶん殴ってやろうと拳を固めて横目で見れば、青木は、青白い顔で穏やかに微笑んでいた。

 薪は妙な気分になった。
 自分たちは殺されようとしている。この状況で顔色が悪いのは当たり前かもしれないが、青木は意外と図太いのだ。今まで何度も死地を潜り抜けてきた、そんな中でも、零れ落ちた薪の好意にはこちらがドン引くほど感動する青木を見てきたせいか、少し拍子抜けしたのかもしれない。
「ていうかおまえ、本当に身体大丈夫なのか。顔色悪いぞ」
「この状況で青くなるなって方が無理ですよ」
「違いない……さて、どうするかな」
 薪が悩んだのは3秒ほど。次の瞬間には彼はもう堂々と胸を張って、鉄格子の向こうの村人たち相手にネゴシエイトを始めていた。

「みなさん。私なら蛇姫を生き返らせることができます」
 どよどよとざわめき出す村人たちの目を盗み、青木がこっそりと薪に尋ねる。
「そんなことできるんですか?」
「簡単だ。東京から似たような蛇を買ってくればいい」
「それは生き返らせるとは言わないんじゃ」
「青木。信仰と言うのは人々の心の中で生き続けるものだ」
 尤もらしいことを尤もらしい口調で語る薪には、朴訥な村人たちを騙る罪悪感の欠片もない。彼には目的のためには手段を選ばない、冷徹な断行者の一面もある。

「嘘を吐け。そんなことができるものか」
 薪の二度目の交渉は簡単には進まなかった。先刻の暴言もさることながら、最初の交渉で、代わりの蛇を用意すると手の内を晒してしまったことが失敗の原因だった。しかし、これくらいで引き下がる薪ではない。
「嘘ではありません。蛇姫を信仰するみなさんなら、蛇の生命力が強いのはご存知でしょう。彼らは頭を潰されても数時間生きることもあるそうです。つまり、死んで間もない今なら最先端の医療技術をもって彼女を生き返らせることが可能なのです」
 顔を見合わせ始める村人たちの死角で、青木がまた薪に耳打ちする。
「可能なんですか?」
「できるわけないだろ。なに寝ぼけてんだ」
 嘘を吐いた数だけ、人は地獄で舌を抜かれるそうだ。それが本当なら何回責め苦を受ければいいのか想像もつかない、だけど青木の命が懸かっている。良心などクソクラエだ。

「彼女の遺体は私たちが埋葬しました。その場所は我々しか知りませんし、この辺りの地理に疎い私には言葉で説明することもできません。蛇姫を救うためには一刻も早く私たちをここから解放し、彼女の蘇生措置をさせることです」
 時間の制約を付けて相手を焦らせる、詐欺師の常套手段に村人たちの態度が変わった。万が一、相手の言うことが本当だったら、自分たちが蛇姫の復活を妨げてしまうことになりかねないのだ。
 どう思う、おまえはどうだ、と他人の意見を求める声が上がる中で、試しにやらせてみては、と誰かが言い出す。薪は表面は深刻な表情を取り繕い、心の中でほくそ笑んだ。
 そのとき。

「嘘です」
 弾劾する声は、薪の隣から発せられた。信じられない思いで恋人を見る。
「似たような蛇を買ってきて、代わりにするつもりだそうです」
「な」
 何を言う、と薪が言葉にするより早く、村人たちの怒号が津波のように押し寄せた。殺気立って竹槍を構える男たち。薪は咄嗟に青木の前に出て、彼を奥へと押しやった。

「待てい! この者は次の蛇姫ぞ!」
 逸る男たちを諌めたのは、巫女姿のハツであった。彼女の一声で男たちは一歩後ろへ退く。身体は小さくともさすがの威厳だ。山姥そっくりの顔立ちも、彼女のカリスマ性を引き立てている。
「しかし婆さま。こいつは」
「黙らっしゃい。この者は白蛇の死に立会い、次に使いの3匹の死に立ち会った。それが何よりの証拠じゃ」
 言っていることの意味は全然分からないが、彼女が薪の命綱であることは分かった。絶体絶命の薪の前に垂らされた蜘蛛の糸。薪は心の中で彼女に賛辞を送った。こうして見れば山姥なんてとんでもない、気品に溢れたご婦人じゃないか。
「白蛇は蛇姫の化身。後続の前にのみその姿を現し、自ら命を絶つ。お供の蛇たちは、あの世で蛇姫の世話をするために後を追って死ぬ。その際、次の蛇姫の前に後事を託しに現れると言う」
 話し方も落ち着きがあって、声にも張りがある。背中もそれほど曲がってないし、90才との話だったが70、いや、60代でも通る。独り身らしいし、ここをうまく乗り切れたらお礼に男性を紹介してもいい。部下の中から選ぶなら見た目年齢が近い山本とか、あ、山本は奥さんいたんだっけ。じゃあ年上好きの小池辺りで。

「すべて言い伝えの通りじゃ」
 ハツの説得は功を奏し、男たちは無言になった。そうか、なるほど、などと頷く者も出てきている。これで上手く行けば自分たちは助かる。彼女は命の恩人だ。
「それに」とハツは意味ありげに薪を見る。その視線に薪は彼女の温情を感じた。なんなら竹内に頼んでスペシャルな一夜を経験させてやってもいい。あんな奴に頭を下げるのは業腹だが、この場を凌げれば彼女には2度も命を助けられることになるのだ。大恩に報いるためにそれくらいのことは、
「村の娘ではないが、大層美しい女子ではないか」
「ちょっと待てクソババア。だれがオナゴだ」
 ぶち壊し。

「薪さん。ここはひとつ、ハツさんの言うことを聞きましょう。それ以外にオレたちが助かる道はありません」
 女子に間違われて頭に血が上った薪を、青木が冷静に諌めた。確かに青木の言う通り、ここでハツが垂らした糸を切ってしまってはデッドエンドが待つばかりだ。
 青木は一歩前に出て、それでもう鉄格子の前に立つ。歩幅の広い彼にとって、この部屋は狭過ぎた。
 鉄格子の隙間から、青木は村人たちを見渡した。彼らの顔つきは未だ険しく、ハツの手前抑えているものの、崇拝する神の化身を殺した罪人を許す気はなさそうだった。
「そう睨まれてはこちらも素直になれません。とりあえず、みなさんは帰ってください。後はハツさんとの話し合いで身の振り方を決めます」
 顔を見合わせる村人たちを、青木は重ねて説得する。
「オレたちはハツさんの決定に従います。嘘は吐きません。さっきも本当のことを言ったでしょう?」
 その言葉で、村人たちは納得したようだった。二人の処分が決まるまで奥の部屋で待機を、とハツに命じられ、廊下の奥に消えて行った。青木が薪の嘘を暴いたことが結果として吉と出たわけだが、薪はなんだか腑に落ちなかった。薪を悪者にするなんて、そんなやり方は青木らしくない。

「青木。おまえ」
 言い掛けて、薪は口を噤んだ。見上げた青木の横顔には表情がなかった。いつだって脳内思考ダダ漏れの男が、どうしたことかと驚いたのだ。
 薪に言葉を失わせたことを知ってか知らずか、青木はよく通る声で老婆に話しかけた。
「やれやれ、やっと静かになりましたね。ハツさん、お話の続きをどうぞ」


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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あれっ…

あ、青木くん?何かに取り憑かれちゃってませんか?このパターンは…なんか不安(笑)

薪さんが何やっても、男爵が暴走しても、青木がいるから安心感があったのだな~。薪さんの繊細な揺れる心に対して(ブレない人だから、恋に関してだけ)一見頼りないけど薪さんを想う気持ちはどーんとしてる青木。あー。
デコボココンビカップル、愛しい…
↑結局萌えるのか

なみたろうさんへ

なみたろうさん


>あ、青木くん?

や、憑かれてるのはこの青木さんじゃなくて薪さんの方です。
この青木さんはちょっと、うん、まあおいおい。←なんだ、この日本語は(^^;


>薪さんが何やっても、男爵が暴走しても、青木がいるから安心感があったのだな~。

そうですねえ。
うちの青木さん、ブレない人でしたからねえ。て言うか、薪さん以外の人を見るなんざわたしが許さん(笑)

うちの二人、その辺はずっと変わらないので。
ご安心ください(^^
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薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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