蛇姫奇譚(11)

蛇姫奇譚(11)






 鉄の格子を挟んで、座敷牢に囚われの身となった二人と、老婆の会話は続いていた。
 先ほどまでと違っていたのは、そこに敵意を露わにして場を乱す者たちがいなくなったことだ。その分、老婆の言葉は耳に入りやすく、薪はこの村に対する理解を深めていった。

 廊下に座したハツは杖を横に置き、自分は蛇姫に仕える巫女である、とその素性を明らかにした。
 この村は蛇神信仰が古くから浸透した村で、ご神体は蛇姫と呼ばれる女神である。その縁起は、田崎巡査に聞いたものとほぼ一致していた。
 蛇は神の使いであるから、村全体で大切に保護されている。もしもこれを害した者は、その理由の如何に関わらず罰を受けなければならない。罰と言っても命に関わるようなことではなく、一定期間の労働力の提供、つまりは畑仕事に従事すれば許されるそうだ。
「じゃあなんですか。僕たちはあの3匹の蛇を畑の隅にでも埋葬して、その場で冥福を祈ればよかったわけですか」
「そういうことさね。あんたらは余所者やし、村のもんも見逃したかもしれん。畑仕事ができるようにも見えんしの」
「いいや。あの鍬には殺意が籠ってた」
 すっかり疑り深くなった薪はブチブチと愚痴り、胡坐の膝に肘を置いて頬杖をついた。いわゆる、ふてくされのポーズだ。
 あの状況で大人しく捕まるやつなんかこの世にいるか、と薪は思う。しかしそれは何度も修羅場を経験してきた猛者の言い分で、普通の人間は5人もの男に囲まれれば委縮してしまうものだ。
「じゃがの。白蛇を殺めたおぬしらに、それは通じん」
 死をもって償うか、蛇姫の勤めを果たすか。どちらか選べと巫女は言ったが、どう考えても答えは後者しかない。

「あの。蛇姫の仕事って、具体的に何をすれば」
「村の男たちの夜伽の相手じゃ」
 なんだそのエロ神設定は。
 まあ正直なところ、薄々は感づいていたのだ。ハツが薪を「美しいおなご」と称えた時から、そっち系の宗教かもしれないと思っていた。蛇はセックスシンボルとして有名だし、畑に若い女性が一人もいなかったことから、この村では女性が非常に貴重であることは察しがついた。

「もしかして、さつきさんも?」
「そうじゃ」
 それでさつきはこの村を出たのだ。男の相手を強要される日々が辛くて。
 しかし、ハツにとってさつきは我が子同然ではなかったのか。自分の娘がそんな立場に追いやられたら、親ならきっと。
「あなたがさつきさんを、この村から逃がしたんですか」
「この村は昔からおなごが産まれにくくての。そうでもせんと子孫が絶えてしまうのじゃ。蛇姫の一番大事な仕事は子を産むことじゃ」
 ハツは、薪の質問が耳に入らなかった振りで説明を続けた。しかし薪は、さつきの名前を出したとき、ハツの瞳が切なく潤むのを見逃さなかった。

「残念ながら僕は男です。子供は産めません。畑仕事で勘弁してください」
「いいや。おぬしは次の蛇姫じゃ」
「人の話聞いてます?」
「おぬしはすでに、その身に蛇姫を宿しておる。巫女のわしにはそれがわかる」
「だから男なんですってば。証拠見せましょうか?」
「大事ない。蛇姫になれば男でも子を授かることができる」
「ボケてんのか、ババア」
 田崎巡査も似たようなことを言っていたがそれは単なる言い伝えで、第一、薪は神さまではないから女にはなれない。
「これまでにも蛇姫が男だった時期はある」
 そうきたか。
 女性が少ないと若い男子が代替品になる。刑務所のセックス事情と同じだ。

 薪が苦虫を潰したような顔になると、ハツはやや首を傾げて、
「とはいえ、おぬしは余所者じゃ。長くこの村に留まるわけにもいくまいの」
 巫女の神通力などなくとも薪の心は簡単に読み取れて、するとハツはこちらの事情を慮る態度を示した。相手に歩み寄りの気持ちがあるなら協力するのはやぶさかではない。薪は正直に、残された時間を話すことにした。
「出張は3日間、土曜日までの予定です。翌日の日曜は公休日として、それを過ぎて東京に帰らなかったら上司が僕を探しに来るでしょう」
 小野田のことだ。薪が無断欠勤なんかしたらそれこそ官房長権限で、N県警総動員で捜索に当たらせるかもしれない。ここで薪がどんな目に遭ったかを知れば、ハツも村人たちも只では済むまい。薪のハッタリには多少の真実も含まれているのだ。
「わしも無益な殺生は好まぬし、この村を警官に荒らされるのも困る」
 ふうむ、とハツは皺だらけの顔に更に皺を寄せて考え込んだ。そして膝を正し、改めて薪に向かい合った。
「では3日、いや2日でよい。蛇姫になってくれまいか」
 彼女にしてみれば、これが最大限の譲歩なのだろう。蛇姫の巫女と言う立場上、また薪たちの身柄を預かった手前、このまま自分たちを帰らせたら村人たちに示しがつかない。2晩なら2人の男で済むわけだ。なるべく物分かりのよさそうな大人しい男をハツに選んでもらって事情を話し、致したフリをしてもらう。お礼に歌舞伎町ツアーに招待すると言えば喜んで協力してくれるに違いない。少なくとも薪なら乗る。40歳のオッサン相手に田舎の夜を過ごすより、夜の蝶たる彼女たちと戯れた方が楽しいに決まってる。
 2日間、ハツと示し合わせて蛇姫の仕事に勤しんだ振りをする。ハツにとっても自分たちにとってもベストな選択だ。
 薪は心を決めた。

「わかりました。2日でいいなら」
「2日間、ぶっ通しで励めば村の男たちに一通り行き渡るじゃろ」
 ざけんな。死ぬわ。

 再び凶悪な顔つきになった薪を見て、ハツは首を振った。たるんだ顎に手をやり、ため息交じりに、
「どうしてもおぬしがそれを断ると言うなら」
「言うなら?」
「下に落とすまでじゃ」
 下、と言われて視線を落とした薪を、青木が手招きした。端により、真ん中の畳を持ち上げる。現れた敷板を1枚外すと、5メートルほど下方にうじゃうじゃとうごめく大量の蛇が。
「おぬしらの血肉がこやつらの血肉になり、新しい蛇姫が誕生するであろう」
 ハツが立ち上がり、鉄格子の左側の壁に手を付いた。おそらく、そこに座敷牢の床を抜くスイッチがあるのだ。
 思わず青木を見た。このままでは2人とも殺されてしまう。青木は反対するだろうが、ここはひとつ――。

「薪さん。言うことを聞きましょう」
「えっ?」
 それ以外の選択肢がないことは分かっていた。でも。
「……いやだ」
「お気持ちは分かりますが、殺されるよりはマシです」
「い・や・だ!」
 薪は拒絶の言葉を繰り返した。
 それは自分から言い出すことで、青木から言われることではないと思った。彼の命が係っているのなら他の男と寝ることなんか今更なんでもない、だけど。
「青木、おまえ本当におかしいぞ。やっぱり、何かされたんじゃないのか」
 恋人の貞操に命を懸けて欲しいなんて思ってない。それは利口な人間のすることじゃない。薪が逆の立場なら同じことを言ったはず。なによりも相手の命を救うために。

 ただ、青木なら。
 違うことを言うんじゃないか。

 こういう場合、薪が考え付かないような答えを導き出すのが青木で、それは時に常識外れで実現不可能な狂人の妄言と何ら変わりのない夢物語であったりするのだけれど、彼のそんな飛び抜けた発想が天啓となって、薪の頭に完璧な計画が下りてくる。今まではいつもそうだった。だから納得できない。追い詰められて、薪が尤もだと思うことを言う青木なんて。

 ぷいと横を向いた薪に青木は少し困った顔をして、それでも薪が背を向けたままでいると、果たして鉄格子の向こうにいる人物に呼びかけた。
「ハツさん、二人きりにしてください。オレが説得しますから」
 説得だと?
 ますますおかしい。薪が、言って聞くような人間かどうか青木が一番解っているはずだ。言葉なんかで薪の心は動かない。その限界を、虚しさを、残酷なまでに見せつけられてきたから。

「2時間もすれば最初の相手が此処に来る。それまでに納得させるんじゃな」
 ハツが奥へ引っ込んだのを確認し、青木は薪の背中に語りかけた。
「二晩だけ我慢すれば、後は自由になれるんですよ」
 そう言いながら薪を後ろから抱き締める、恋人をまるで別人のように感じる。
 僕は青木を見損なっていたのか? いや、そんなはずはない。では青木も成長したのだろうか。成長して、なにが大事なのか見極められるようになった。付き合い始めたときには20代前半だった青木も30近いのだ。恋にのぼせあがる時期もとうに終わって――。

「お願いですから。聞き分けてください」
 なんだ、その言い方。僕が頭悪いガキみたいじゃないか。
 今日の青木は可愛くない。あれって本当だ、バカな子ほどかわいいってやつ。
「いいのか。僕が他の男に」
「大丈夫ですよ。あなたが誰に抱かれても、その後でオレがこうしてあなたを愛してあげます。そうすればあなたはオレのものでしょう?」
「モノ?」
 かちん、ときた。なんだか青木の言うことがいちいち引っ掛かる。あれかな、倦怠期ってやつかな。

「薪さん。愛してます」
「よせ、こんなところで。んっ」
 強引にくちびるを奪われた。手で顎を掴まれ、口を開けさせられる。捻じ込まれた舌先は、粘液に包まれた軟体動物のように薪の口の中で動いた。
「んうぅ、――」
 混ざりあった二人分の唾液が喉奥に流れ込む。こくりと薪の喉が鳴った。

 シャツのボタンを素早く外して胸元に滑り込んできた指先が、迷いもなく突起を捕える。捏ねられて、じんと腰の辺りが痺れた。固まった隙に上半身を剥かれる。露出した肩から首の周辺を青木の舌が濡らしていく。蛇がくねるように、快感が薪を這い上がってくる。
 自分でも信じられないくらい。急激に昂ぶった。
 彼の舌の動きはいつも薪を夢心地にさせたけれど、今日のそれは普段とは比べ物にならなかった。他のことを考えることができない。いま自分が置かれている状況とか、こんな場所でことに及ぶことの愚かしさとか、いつも薪を縛るそれら理性的な判断が暴力まがいのスピードで霧散した。平たく言うと、勃った。
 布の上から触られるのがもどかしくて、自分でベルトを外した。前を開いて彼の手を導く。彼の手で自身を擦り立て、最後は彼に抱きついて果てた。吐精後の倦怠に包まれながらも、薪の中に生まれる絶大な違和感。
 おかしい。まだ昼間、しかも他人の家。こんな状況下で欲望が抑えられなくなるなんて。
「この話、期間限定公開だっけ」
「は?」
「いや。こっちの話」

 力の抜けた薪の身体を、青木は畳の上に延べた。ズボンを脱がせ、脚を抱え上げる。
「薪さん。いいですよね?」
「待て。やっぱりなんかおかしい」
 青木がムッと眉を顰める。ここまできてお預けはないだろう、と言いたげだ。
「自分はイッたくせに。ずるいです」
「そんなの、今に始まったことじゃないだろ」
 一回抜いたら頭が冴えてきた。
 絶対におかしい。何がおかしいって、自分の旺盛な性欲もさることながら、青木のこの強引さは何だ。確かに青木はケダモノみたいなやつだけど、本気で嫌がる相手を押し倒したりしない。絶対にしない。
 力で自分を抑えこもうとする恋人に、薪は必死で抵抗する。でも身体に力が入らない。秘部に宛がわれたものの熱さは青木の焦りを物語っていたけれど、それを受け入れることは容易かったけれど、膨らんだ違和感が薪を躊躇わせる。

 ――この男は本当に青木なのか?





テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Nさまへ

Nさん。


わたしと同じ病気の方がここに!(笑)
や、わたしも同じですって! さすがにうなされはしませんでしたケドww

そういう作品は昔からありましたよ~。
作品の内容とか、それに対するわたしの意見とか、ここでは控えますが、
もしも突っ込んだ話がしたかったら、メールアドレスかツイッターか、何かしら非公開でお話しできるアカウントを教えてください。
しづの裏の顔にびっくりされちゃうかもですけど(笑)


にゃんたろーさんの岡薪+青木さんは、
ケッサクですよね~(>m<)
コメントにも書いたんですけど、薪さんにしては乱暴すぎませんか? 
なんてわたし好みの薪さんなんだー! もしかしてにゃんたろーさん、わたしのために?(ちがう)



>薪さんが愛してるのは青木!薪さんの幸せは青木!

秘密読んで、わたしの中にそれ以外の解釈が生まれなかったので、うちの話はそういう話になりました。
鈴木さんと言う過去があって、そこに青木さんと言う人が現れて、あれだけのエピソードが綴られたなら、それ以外ないだろうと。わたしは小説家じゃないので、自分が本当に思ったこと以外は書けないんです。

だからSSも正直に言うと、お話を創ってるというよりは、レビューを書いてる感覚に近いんですよ。男爵部分は別にして、薪さんてこういう人なんじゃないか、と言うわたしなりの薪さん像を語ってるんです。
わたし、自分が思ったことを文章にするのがとても下手なんです。言葉にした段階で、「ちがうな」って思う。言葉の限界と言うよりは、わたしの場合は国語力が残念なので、単にボキャ貧と文章力の問題なんですけど、
でもSSなら、難しい言葉使わなくていいし(いいの?)、高度な文章力も要らないでしょう?(要らないの??) (←読む人に内容が伝わればそれでいいと思っている。素人の二次創作に、誰もそこまで求めないよね?)
「こういう状況に陥った時に薪さんならこうするんじゃないか」とか「こんな風に感じるんじゃないか」とか「こんなことを言うんじゃないか」とか、客観的視点で薪さんを語ることができれば、読んだ人に「この人の薪さん像はこうなのね」と感じてもらえる。その方がわたしの気持ちは正しく伝わる気がするの。
男爵は別です。(大事なことなので2回言いました)



薪さんのピンチは、
大丈夫! こんなの何てことないですよ、次の話に比べたら。
次の話は楽しいよ! 保証するよ! 胃薬用意しておいてねっ!←え。

しづの「楽しい」は世間と若干のズレがあるみたいです。
やっぱり言葉では伝わらないよねえ?(笑)



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Eさまへ

Eさま。


>虫やら爬虫類やらからきしダメなので

わたしもです。
レッサーパンダとかプレーリードックとかカピバラとかの動物系は匂いも気にならないくらい大好きなんですけど、芋虫や爬虫類は苦手です。昆虫もダメ。Gブリが出たらとりあえずオットを呼びます。で、退治してもらって、台所仕事が終わるまではその場に待機してもらうの。そうしないと身体が竦んで動けないくらい、苦手です。

で、なんでこんな話を書いたかと言うと、ものすごく衝撃的な体験をしまして。
キッチンに、黒いストローがあったんですよ。一回使ったものかもしれないけど、洗い上げてあるから大丈夫だろうと思って、それでジュースを飲んだんですね。そうしたら、なんか、口の中に小さなビニールみたいなものが飛び込んできて、あ、これ、ストローを包んであったビニール袋かな、とそれを口から出したら、
百足だった。
ものすごい悲鳴を上げて飛び退きました。比喩じゃなく、椅子から飛び上がりましたよ(^^;
百足って言ってもストローに入るくらいだからせいぜい1センチ程度の大きさで、それでも怖かった~!!
その体験がこのSSになりました。ので、当然薪さんにも落ちてもらいます。(どういう理屈)


>そして性欲旺盛、蛇姫化しちゃった薪さんも実はちょっと見ていたいところなのですが(^^;;、
>とりあえず戻ってきてくれて良かったです。

予定では、そういう話になるはずだったんですけどねえ。青木さん、精魂尽き果てるまで搾り取られる筈だったんですけどねえ。
なんですかね、わたしも年なんですかね(笑)


>期間限定記事発言に吹いちゃいました(笑)

ありがとうございます。
基本はギャグなんで、笑っていただけると嬉しいです(^^



>今回青木の微妙なズレへの違和感を察知する薪さんにすごく愛を感じちゃったのですが、

愛……あるのかなあ……あればこうはならない気もするんですけど……


>当の青木は暗示でもかけられちゃったんでしょうか…?(なんとなくすぐかかっちゃいそうで心配…)

このからくりは次回で解明します。
大したネタじゃないんで、心配ご無用でございます。

ありがとうございました♪

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Aさまへ

Aさま。

>いくら、死ぬよりマシとはいえ今迄の青木だったらそれ以外の方法を考えると思うんですけど(・・?

やっぱりそうですよね。
青木さんて、そういう人だと思うの。
発想が柔軟で、ものの見方も多角的。アイディアマンで着眼点も良くて、
なのになぜ「男じゃ好きになれない」んだ、青木一行!!←ついさっきまで褒めてたのに。


>このまま、蛇姫になって村の男達の相手することになるのは嫌だなあ(:_;)

そんなんわたしが許しません。(誰が書いたんだ)


>Gのお話

だってっ! 身体が動かなくなっちゃうんだもんっ!
Gが出没するたび、オットに先立たれたらどうしようと思います。(オットの立場は)

蛇も苦手です(><)
動物は好きなんですけど、爬虫類はちょっと~。理屈抜きでコワイです。
蛇は益獣なんですけどね。見た目で損してますよね(^^;

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
メロディ6月号、読みました。
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