蛇姫綺譚(13)

蛇姫綺譚(13)





「そら。開発責任者が営業に来たぞ」

 鉄格子の向こうから、ぬうと姿を現したハツに、薪は剣呑な視線を送る。お年寄りにはやさしく、と言う道徳はこのさい無視だ。
「蛇姫の巫女だかタコだか知らんが、よくも騙してくれたな。二度と同じ手は食わんぞ」
 催眠術は、猜疑心に凝り固まった人間には効かない。薪はもう、この屋敷の中で一瞬たりとて気を許すつもりはなかった。
「バカもんが。せめてもの情けと思うて、一人目はそやつに似た男を選んでやったのに」
「どこが。青木の方がずっとカッ、――蚊がいるなっ」
「え。そうですか? どこに?」
 危なかった。青木が鈍くて命拾いした。
 そんな二人の様子を見て、ハツは苦笑いした。周りに集まってきた男衆に向かって、力なく首を振る。
「おぬしのような強情な男は初めてじゃ。今回ばかりは蛇姫の人選ミスじゃの」
 リーダーのハツが敗北宣言をしたことで、村人たちも観念したようだった。黙ってハツの周りに腰を下ろし、謝罪のつもりか深く頭を垂れた。
「どうやら諦めるしかあるまい。下半身も残念だしの」
「うるさい!」

「しかしのう、蛇姫はすでにおぬしの中におるのじゃ」
 さっきもそんなことを言われたが、薪に自覚症状はない。とぐろを巻きたくなることもないし、昨夜のカエルも正直口に合わなかった。
「こちらもできるだけの譲歩をするゆえ、おぬしも納得してくれぬか。おぬしが嫌なら村の男と交わらずともよい。子を産んでくれるだけでよいのじゃ」
「全然譲歩になってないんだけど」
 男が子供を産むって処女懐妊よりすごいことだよ? キリストどころか神さま生まれちゃうよ? あ、蛇姫は神さまだっけ。
「蛇姫の血さえ途絶えなければそれでよい。もう贅沢は言わん。その男の子供でよい。産んでくれぬか」
 だから無理だって!
「薪さんが……オレの子を……」
「なにドリーム入ってんだバカ! 産めるわけないだろ!」
 おまえが説得されてどうする!
「子供ったって何処から出てくるんだ、ケツの穴からか?! それただのウン」
「言っちゃダメです!!」
 薪さんにそんなセリフ喋らせたらこのブログ閉鎖されちゃいます、てこいつの言ってること意味わからん。

「う」
 急に下腹に痛みを感じて、薪は患部に手を当てた。左下腹に重い鈍痛。いくらか目眩もする。思わずその場に膝を着く、薪の前にポイと投げられたのは、テレビのCMが流れるたびに男は目のやり場に困る、女性のための月に一度の必需品。
「月のものが始まったようじゃの。使いんさい」
「要らん! 始まってたまるか、そんなもの!」
 出たとしても男の場合は下血だから。必要なのは生理用品じゃなくて大腸検査だから。

「おぬしの身体は子が産める体に変化しておる。痛みはそのせいじゃ。蛇姫のありがたい神意を受けておきながらそれを無にするような真似をしてみろ。天罰が下ろうぞ」
 脅しつけるようなハツの物言いに、薪は鼻先で嗤いを返す。天罰なんて非科学的なものが、第九の室長に通用すると思ったら大間違いだ。
「この村は蛇が異様に多いと思わんか。あれらはみな、蛇姫の祟りを受けた者どものなれの果てよ。元は同族、哀れと思うゆえ保護しておるのだ」
 もともと蛇と言うのは生命力が強いのだ。その上に人間が保護したり餌を与えたりしたら増えるのは当たり前だ。

「薪さん、大丈夫ですか? まさか本当に身体に変化が」
「アホ。昨夜のカエルだろ」
 痛みは徐々に増して、薪の額には冷や汗が浮いた。動ける時間は少ないと判断し、薪は行動を開始した。
「おい、ハツ」
 年長者を呼び捨てにするのはポリシーに反するが、今はそんなことに構っていられない。腰の曲がった老婆を下から睨み上げるようにして、低い声で言い放った。
「僕の身体に蛇姫の魂が宿っているなら、おまえは僕のなんだ。僕に仕える巫女だろう。だったら僕の言うことを聞け。僕らをここから解放しろ」
 てか、トイレ行かせて、おねがい!

 薪の切実な訴えに応えたのは、果たしてハツではなかった。
 最初に気付いたのは、上を向いていた薪だった。それは真っ暗な高い天井の、その上から下りてきた。

「薪さん、あの子」
 薪の表情の変化に気付いた青木が、驚きの声を上げる。梁を伝い柱を滑り、やがて皆の前に姿を現したのは真っ白い肌をした小さな男の子。薪と青木はその肌の色に見覚えがある。宮原さつきのMRIに映っていた男の子だ。
「し、始祖さま」
 ハツがうろたえた声を出す。その男児はゆるやかに床に降り立ち、驚きのあまり腰を抜かしたらしいハツと右往左往する村人たちに向き合った。

「逆さまになってたのは吊るされてたんじゃなくて、天井から下りてきてたのか」
「事件じゃなかったんですね」
 薪たちの会話が耳に入ったのか、男児は細い足先をこちらに向け、すたすたと歩いてきた。その白い身体は鉄の格子を難なく通り抜ける。全裸に見えた彼に性器は付いておらず、しかし女児のそれでもない。不謹慎にも、青木が薪に囁いた。
「全身白タイツみたいですね」
「どこぞのお笑い芸人か」
 信仰心に欠けた二人を責めるでもなく、痛みに呻く薪に手を差し伸べる。不思議なことに、薪の腹からすうっと痛みが引いて行った。
 痛みが消えて元気になった薪が、勢いよく立ち上がる。それを横目に男児は、再び鉄格子の向こうに戻った。
「なるほど、この鉄格子は立体映像だったんだな。出るぞ青木、痛っ!」
「どうして体当たりする前に手で確かめるとかしないかな」
 したたかにぶつけたおでこを擦る薪の前で、男児はハツに向かって歩き、彼女と重なり合い。彼女の腹に消えて行った。

「薪さん……今の」
「解った、あの男の子が立体映像だったんだ。防犯システムのオプションだ、きっと」
 見たものをそのまま信じる青木と超常現象を認めない薪の間で、ズレた会話が交わされる。その先ではハツが、自分の腹に手を当てて呆然としていた。
「始祖さまが……わたしに……」
「なんと。婆さまが次の蛇姫になられた」
 騒然となる村人たちの真意を汲み取って、薪が意地悪く微笑む。40過ぎのオッサンと90過ぎの老婆、究極の選択ってやつだ。どちらにしても男を立てるには根性がいる。

「面白いことになったぞ、青木。あの婆さんが男たちの相手を……え」
 老婆のしなびた身体が二つに割れた。まるで蛇が古い皮膚を脱ぎ捨てるように、中から若く美しい女性の姿が現れる。漆黒の髪に輝くような白い肌。蛇姫と言うだけあって、顔立ちはややきつい。強気な瞳は白蛇のそれと同じ赤色、ぽってりとした唇もまた紅を引いたように赤く艶めいていた。
 村の男たちがわっと歓声を上げる。新しく誕生した姫の周りを囲み、口々にその美しさを褒め称えた。
「なんと美しい」
「やはり村の血じゃ。余所者の比ではないわ」
「いいえ、薪さんの方がずっときれいです! ――っ、なんで叩くんですか」
「黙ってろ、バカ」
 
ハツは自分の身体を見下ろしたり、顔に手を当てたりしていたが、伝承に生きた女性らしく落ち着いてその変化を受け入れた。身長も伸びたのか、サイズの合わなくなった巫女の衣装を身に着けると、裾からはみ出たしなやかなふくらはぎが実に色っぽかった。男たちが別の意味で騒然となる。
「これが本来の蛇姫伝説だったんですね。すごいなあ」
「騙されるな、青木。あれはペテンだ、トリックだ。若い女性が黒い服を着て物陰に隠れてたんだ」
「『伝説は本当だった』じゃダメなんですか」
「僕は第九の室長だ。科学で証明できないことは認めん」
 青木の言い分を全否定して、薪は、だん! と床を踏み鳴らした。村人たちの注意を引くためだ。

「よく分からないが、僕は用済みと言うことでいいのかな」
 盛り上がっている村人たちにわざと水を差すように、薪は冷ややかな声で言った。信じられないものを見たショックからか、下腹の痛みは消えていた。
「そうじゃった。いや、すまんの」
 男たちの輪から脱け出して鉄格子に近寄ってきたハツが、薪を見て申し訳なさそうに言った。「いいえ。よかったですね」と微笑む青木を、お人好しもいい加減にしろと蹴り飛ばし、薪はぶっきらぼうに答える。
「謝罪はいい。早くここから出してくれ」
「いや。本当にすまんの」
「……おい。なんのつもりだ」
 ハツが壁のスイッチを押した。てっきり鉄格子が上がるものと思っていたのに、動いたのは二人の足の下、つまり床板だった。
 廊下の板が真ん中から分かれて、徐々に左右の壁に吸い寄せられていく。5メートル下には、座敷牢と同じように蛇の大群が。

「それはないだろ!!」


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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