蛇姫綺譚(15)

 メロディ12月号で再びエセあおまきすと疑惑が浮上したしづですが、ガセでございますのでご安心ください。
 不肖わたくし、骨の髄までがっつりあおまきすとでございます。青木さん、がんばれ。






蛇姫綺譚(15)






 タイヤが1回転するたびに、バックミラーがパシリと枝を弾く。ボディコーティングの上にどれだけの小傷がついたことだろうと、想像して青木は憂鬱な気分になった。自分の車でなくても心が痛む。車好きのサガだ。
「完全に迷ったな」
 助手席で薪が呟く。申し訳なさそうに青木が言った。
「すみません。オレの頭には薪さんみたいにGPS搭載されてないんで」
「僕の頭にだって入ってない。……止めろ。これ以上は燃料の無駄だ」
 青木は車を停めてエンジンを切った。危険予知のために少しだけ窓を開けておく。窓からは森の夜気と、季節を先取りした虫の声が聞こえてきた。

「おまえの言う通りだったな。あの老女は罠を張っていた」
 フロントガラスを埋め尽くす闇の中に何かを探すように、亜麻色の瞳が強く輝く。こんな状況にあっても強気な薪の横顔は、青木に安心と勇気をくれる。その瞳をふっと細めて、薪は微笑んだ。
「他人を信じやすいおまえが、よく気付いたな」
「そりゃ気が付きますよ。あのお婆さん、顔がヘビでしたもん」
「またそんな失礼なこと」
 クスッと笑って、でもすぐに思い直したらしい。そう、青木は他人の外見について悪く言うような人間ではない。
「もしかして、比喩じゃなくて本当に?」
「はい」

 薪はぽかんと口を開け、次の瞬間大声で叫んだ。
「なんで言わなかったんだよ、そんな大事なこと!」
「言ったじゃないですか。人間じゃないって」
「バケモノならバケモノって言えよ!」
「薪さんに見えてないとは思わなかったんですよ」
 青木の言うことにも一理ある。薪が青木の言っていることを理解できなかったように、青木も薪の行動が理解できなかったのだ。視覚が違っていたなら当然のことだ。
 しかし、青木は薪の後を着いてきた。そして老婆の家で食事をごちそうになった。相手が人外の者と分かっていたら、そんな行動を取るだろうか。

「だって。お腹空いてたから」
「化け物が用意したメシだぞ。食うか普通」
「助けてくれたし。善い化け物かもしれないと思って」
「いるか、そんなもん」
「そんなことないですよ。ハツさん、オレたちを逃がしてくれたじゃないですか」
 どうしてあの非常事態に、青木が薪の口を塞いだのか分かった。青木はハツが村人たちの手前、二人を殺す振りをしていると考えたのだ。その真意を村人たちに気付かれないよう、薪を黙らせる必要があった。
「ハツさんが言ったんですよ、薪さんの中に蛇姫様の魂があるって。だったら、蛇は味方になってくれると思ったんです」
 青木は何処までもお人好しだ。ハツのことも人間ではないと分かっていながら、結局は信じてしまっている。
「その割には、穴に落ちた時にパニクってなかったか」
「生理的嫌悪に負けました。オレ、しばらく鰻はいいです」
「僕もだ」

 青木の性善説に呆れつつ、会話を終わらせた薪は、闇の中でふうむと腕を組んだ。
 それにしてもおかしい。どうして青木に見えたハツの正体が自分には見えなかったのか。
 青木にしか見えなかったものは他にもある。4匹の蛇を埋葬した時、薪の周囲に現れたと言う白蛇の姿。暑さによる幻、或いは太陽光のハレーション、そんなものだと決め付けていたが、まさかあれも。
『おぬしはすでに蛇姫を宿している』
 あり得ないと思いつつも考えてしまう。もし、ハツの言葉が事実だったとしたら。

 ふと。
 頬に添えられた青木の指先が、薪の思考を中断させた。暗闇の中で運転席に顔を向ければ、青木の手に薪のくちびるが夜露に濡れる花びらのように触れる。手のひらでその位置を確認した青木は、何の前置きもなく薪にくちづけた。
 貪るようなキスだった。息をすることさえ容易く許してくれなかった。
 狭い車の中で、きつく抱きしめられた。耳元にかかる青木の熱い息。薪がそれに身を任せようと眼を閉じると、不意に身体を離された。
「すみません。さっきの男のこと、思い出しちゃって」
「悪かった。その、薬を」
 言い掛けてやめた。不貞の現場を目撃されたのだ。何を言っても言い訳にしかならないと思った。
「薪さんは悪くないです。ただ、くやしくて」
 青木が自分を抑えているのが分かった。きっとすぐにでも確かめたかったに違いない、恋人に自分が愛されていること。でも青木はこういう場所で愛を交わすことを嫌う薪の性質を知っている。だから身体を離した。

 薪は青木の手を取り、その指先に口づけた。人差し指を口に含み、濡らした指を自分のワイシャツの中に招き入れる。
「薪さん」
「まだ薬が残ってるみたいでな。そんな状態の僕はいやか」
「大歓迎ですっ」
 思わず吹き出してしまう。相変わらずバカ正直だ。
「公用車だから、汚さないようにしろよ」
「気を付けます」
 青木のことだから泊まりがけの出張となれば夜の用意も万全だったと思われるが、荷物はトランクの中だ。車の後ろに回って取って来て、車内灯の微かな明かりで準備を整えるには、二人の気持ちは逸り過ぎていた。
「僕の中に出していいから」
「え。でも」
「薬のせいかもしれないけど。そうされたいんだ」
 正直に言えば薬の効果は完全に切れていた。薬のせいにでもしないと、口に出せなかっただけだ。
 薪は暗闇を助けに願いを口にし、そしてそれは与えられた。

 もしも本当に僕に蛇姫の魂が宿っていたなら。これで彼の子供ができるかもしれない。

 女になりたいなんて思ったことはない、彼の子供を産みたいなんて思ったこともない、でもでもでも。
 もしも僕に子供が産めたなら、青木と別れなくて済むかもしれない。誰に憚ることなく、彼の子を生した人間としてこの先もずっと彼の隣にいられるかもしれない。
 自分の浅ましさに耐え切れなくなって、薪は泣いた。死にたくなるくらい自分が情けなかった。
 何を考えているのだろう。これじゃ、子供を盾に男に結婚を迫る女みたいじゃないか。

「薪さん」
 押さえていたつもりでも、肌を合わせている相手にそれを隠すのは不可能で。快楽の余韻による震えだと言い通すには、青木は薪の身体を知り過ぎていた。
「ごめんなさい。無理をさせて」
 ちがう、そうじゃない。おまえは何も悪くない。悪いのは。
 行為を終えて身を引こうとした青木の腰を、薪は脚で抱くようにして押さえた。自分から腰を浮かして、彼を深い場所に感じる。
「薪さん」
「本当に。なんでもないんだ」

 嘘だ。大ありだ。
 ずっとずっと気に掛かっていたのだ、自分たちに子が生せないこと。未来に命をつないでいけないこと。それは人として、いや、生物として間違った行いではないのか。
 彼と出会って愛し合ったこと、それが間違いだったとは思いたくない。でもやっぱり、僕らはどこかで誤ったのだ。だからこんなに苦しいのだ。自然の理に反しているのだと、認めることが苦しい。それでも。
「青木。愛してるよ」
「……おかしいですよ、薪さんっ」
 ちょっと待て。今のセリフのどこがおかしいんだ。
「もしかして、世界の終わりが近いんですか? それで泣いてたんですか?」
 セックスの後に恋人に愛してるって言っただけでどうしてそこまで言われにゃならんのだ。僕はノストラダムスか。

「やっぱり薬のせいかな。安静にさせなきゃいけなかったのかも。ああ、どうしよう、オレのせいで薪さんがおかしくなっちゃったら、あ痛っ」
「なんだその態度! 人が真面目に悩んでるのに」
「なにをですか」
「いやその……蛇姫の呪いに掛かったら、僕はヘビになるのかなって」
 本当のことは口が裂けても言えない。薪は咄嗟に嘘を吐いた。
「そんなこと心配して泣いてたんですか? 薪さん、かわい、や、すみません、もう言いませんから許してください潰さないで」
 青木が仕掛けてくれた冗談に紛らせて、この話は終わらせるつもりだった。悩んでも仕方のないこと。猶予は来年。1年後にはこの悩みも強制終了だ。

「いいんじゃないですか」
 握力計でも握るように自分の秘部を握った薪の手をやさしく包んで、青木は言った。
「オレもう、薪さんなら何でもいいです。ヘビになっても薪さんは薪さんでしょ?」
 ついさっきまで自分を痛めつけていた薪の手を、それをまるで大切な秘宝のように、大事に大事に両手で持ち上げて、青木はその桜貝のような爪にキスをする。青木のしっとりとした唇が、薪の指先をそれこそ蛇のようになぞった。
「薪さんがヘビになるならオレも一緒にヘビにしてもらって、ていうか薪さん、知ってます? 蛇の交尾ってすごいんですよ。合体したまま何日も続くんですって。薪さんとならそういうのもやってみたいで、痛たたたたっ!!」
 痛がる青木が面白かった、それは事実だったけれど、そのとき薪が青木の股間に蹴りを入れたのはそれが理由じゃない。

 卑怯だと思った。
 自分は彼にそう言って欲しかった、青木の口から聞きたかった、自分が彼の唯一無二の存在であると。聞いて確かめたかった、そしてそれを、別れを決意しながらも彼の愛を受け入れることの免罪符にしたかった。
 ずっと心苦しかった、彼に一生寄り添えない、そのことを知りつつ泡沫の幸福を手放せないでいること。潰える運命の愛に彼の貴重な時間を使わせていること。一刻も早く彼に彼の人生を返してやるべきなのに、それができないまま気が付けば長い時間が過ぎてしまった。一時の夢と呼ぶには長すぎる時間が。
 それらをすべて自分の罪と、認めるにはあまりにも重すぎて。自分は彼の望みを叶えてやれる、彼を喜ばすことができる、だからこの不毛な関係を続けているのは自分だけが悪いのじゃないと思いたかっただけだ。
 最低だ。彼の純粋な気持ちを、自分の罪を軽くするために使おうとした。

 薪は助手席から手を伸ばし、薪に蹴られて泣きながら身繕いをする青木の手を握った。
「合体は無理だけどな」
 闇の中、何も見えずとも。青木が尻尾を振る犬のように喜ぶのが分かった。








テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。


>梅図かずおの蛇少女

あれ、怖かったですよね!
子供の頃に読んだものから余計に怖い。あれがトラウマになって蛇嫌いの人、けっこういるかも?


>薪さんの顔も蛇にならなくてよかった

そうですねえ。でも、
薪さんがマジで蛇姫になったら、ハツなんか比べ物になりませんて。

イメージは、
銀の髪に白い肌、赤い瞳。それに、蛇姫の白と赤の衣装と錦の帯、です。
そうなるはずだったんですけど、なんでこうなったかなあ……


>青木やっぱり傷ついてたんですね(笑)

そりゃそうですよw
状況が状況だったので嘆いてる暇もありませんでしたけど、なんで間違っちゃうんですか、て言いたかったでしょう。わたしだって思いましたもん(笑)


>同性愛のネックは子供がつくれないということですけど。

うーん、子供が作れないことはやっぱりネックなのかなあ……わたしはそうは思わないんですよねえ……
男女間でも、最初から子供が産めないことが分かっていて結婚するカップルもいるでしょう? 同性愛も同じだと思うんですよ。最初から承知の上で、だから引け目に感じることはないし、埋める必要もないと思う。
ただ、当人にとってはそれを悪いことみたいに思ってしまう時期と言うのはあるんです。わたしがそうでしたから。


>でも、そこを埋めるために原作では舞ちゃんがいるんだと思えます。

ごめんなさい、わたしの中ではまだ、舞ちゃんと薪さんが繋がらないんですよ(^^;)
どうもあの薪さんが子供の相手をするイメージが沸かなくて。原作で、1度でも二人のショットが見られれば考えも変わると思うんですけど。


>舞ちゃんがいなかったら青木は雪子と別れなかった気がします。

ど、どうだろう?
婚約破棄の理由の中に、「健康な女性である雪子さんに(自分の子供を持つなとは言えない)」と言うのがありましたものね。舞ちゃんがいなかったから、「おれのそばにいたら危険なのでほとぼりが冷めるまで距離を置きましょう」となっていたかもしれませんね。


>こちらの青木は薪さんしかいらないヤツですから安心です(*^-^*)

その分、社会人失格になってますけど(^^;
ギャグ小説なんで、そのへんは勘弁してください☆

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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おかげさまで8歳になりました(^^♪
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