モンスター(1)

 こんにちは。

 6万拍手ありがとうございました!
 ご新規さんも常連のみなさんも、どうもありがとうございます。特にご新規さんは、過去作から読んで行こうと思うと記事数が多いから大変でしたよね。お疲れさまでした。

 感謝を込めまして、こちら、お礼のドSSS、です。
 なんか白い目で見られてるような、何回恩を仇で返せば気が済むんだとか思われてる気がしますけど、ごめんなさい、自分が面白いと思うものしかわたしには書けません~(それがドS話って人としてどうよ?)
 てか、自分が書いてて面白いと思えないものは人が読んでも面白くないと思う、きっとそうだと思う!(だからそれがドS話って以下略)

 どうか広いお心で、よろしくお願いします!
 ほんのちょっとでもお楽しみいただければ幸甚でございますっ。
 
 

 


モンスター(1)





 母が、ごぼりと血を吐いた。咄嗟に押さえた右手の骨ばった指の間から、母の生命が零れ落ちていた。
 ナースコールのボタンを押そうとして止められた。いいの、と血塗れの手でシャツの裾を掴まれた。
 私のお気入りのシャツが黒ずんだ血で汚れた。母の中は病魔に荒らされて、真っ黒に腐ってしまったのだと私は思った。だからこんなに血が黒いのだ。赤いはずの血が黒い。
 だけどそれは私の思い違いだった。

「母さんはもう長くない。だからあなたが」
 母は患者衣の袂から一枚の写真(それは雑誌の切り抜きであった)を取出し、いつものように私に見せた。
「あなたが、きっと仇を討って。この男を和也と同じ目に遭わせて」

 悪いのは病ではない。病は人に苦しみを与えるが、悪ではない。
 母の中身を腐らせたのはこの男。夜ごと母が恨み言を向けていた写真の男だ。

 私は母から写真を受け取った。力強く頷いて見せる。
 母は、それでやっと落ち着いたようだった。ベッドに横たわり眼を閉じる。やせ細って顔色は青白く、口の周りを吐血で赤黒く染めた母は、まるで北欧の霧の夜を彷徨うモンスターのようだった。

 私はナースコールを押し、駆け付けた医師たちに母を任せた。母の治療をするのは私の仕事ではない。私の仕事は別にある。
 私は廊下に出て、病棟の端まで歩いた。周りに誰もいないのを確かめて、母に託された写真を見る。
 繰り返し母に突き付けられたその画像は、もはや見るまでもなく私の脳裏に焼き付いていた。亜麻色の短髪に亜麻色の瞳の美しい青年。仕立ての良いダークグレイのスーツに臙脂のネクタイ、やや襟の立った真っ白いワイシャツ。インタビュアーに向けて微笑みを浮かべる、その白い頬に母の吐血が、彼女の怨念そのままにべったりと付着していた。

 この男を、兄の和也と同じ目に遭わせる。殺人鬼の手に落ちて、弄ばれ慰み者にされ、二目と見られない姿になって死んだ兄と。そっくり同じことをこの男に。
 それが怪物の子供である私の仕事だ。



*****



 静かな熱意に満たされた執務室に、派手な衝突音が響いた。思わず全員が振り返る。自動ドアの傍に転がった資料箱、その隙間から覗いた29.5センチの靴。どうやら捜査一課から資料を運んできた青木が、書類棚にカートごと突っ込んだらしい。

「大丈夫か、青木」
「すみません、お騒がせして。大丈夫です」
 書類の下からマッコウクジラが海面に上がるみたいに、やや乱れたオールバックが顔を出す。散らばった書類を拾う彼に手を貸しながら、でも言葉は辛辣に小池は笑った。
「おまえじゃなくて書類だよ。転んだはずみに一枚でも破損してみろ。ブリザードが吹き荒れるぞ」
「安心しろよ、青木。薪さんなら外出中だから」
「あ、バカ」
 小池の横で彼と同じように書類を集めながら青木にフォローを入れた曽我の、30才を超えたあたりから筋肉と脂肪の割合が逆転してきている脇腹を、こちらは一向に太る気配の無い小池の尖った肘が軽く突く。それから小池は、曽我にしか聞こえないように声を潜めて、
「あの新人に薪さん取られて、青木が落ち込んでるの知ってるだろ」
 ぴくりと青木のこめかみが震える。だがそれはメガネのフレームに隠されて、小池たちの目には映らなかった。青木が何も言わないのをいいことに、二人の会話は非情に続く。

「今だって、そいつをお供に連れての外出中じゃないか」
「そんなの考えすぎだよ。薪さんはただ仕事に支障が出ないように、まだ新人で、単独で事件を持たせられない職員を同伴してるだけで」
「他の事ならともかく、薪さんのことだぞ。青木に理屈なんか通るかよ」
 青木は第九の捜査官だ。声のトーンを落としても口元を隠さなければ、内緒話は意味がない。てか小池さん、だんだん声大きくなってませんか?

「目の前で他の男が薪さんの横にべったりくっついてんだ。青木が冷静でいられるわけがない」
「俺も小池が正しいと思う。青木、このごろ元気ないし」
 あの、今井さん。書類拾ってくれるのは嬉しいですけど会話には加わらなくていいですから。て言うか放っておいてください。
「わたしも同感です。見落としようもない目前の書類棚にカートごと突っ込んだのは、その証明とも言えます」
 山本さん。証明いらないです。
「昨日なんか青木、昼メシ弁当1個だったんだぜ。午前中、薪さんが新人に付きっきりでMRIシステムのレクチャーしてたから」
「おやつのドーナツも1個しか食べてませんでしたよ。よっぽど思い詰めてるんですねえ」
 小池さん、山本さん。オレの精神状態、食欲だけで測るのやめてくれませんか。
「青木が人に自慢できることって言ったら身長と食欲だけなのにな」
『第九で一番温厚なのは今井さん説』を否定するつもりはありませんけど、時々ぐっさり刺しますよね。
「もう少し取り柄があればな。岡部さんみたいにSP顔負けの強さとか、小池みたいに語学に堪能とか、山本みたいに法律に強いとか、宇野みたいにハッキングが得意とか」
 曽我さん、最後のは犯罪です。
「「「「青木ってなんか、全部中途半端なんだよな」」」」
 余計なお世話です、てか誰も声抑えてないし!

 微妙な問題に土足で踏み込んでくるような同僚たちの態度は、しかし彼らの気遣いだと青木には分かっている。プライベートの悩みを表には出さないつもりでいたが、みんなに心配を掛けていたのだと知った。
「すみません、みなさん。本当に大丈夫ですから」
 青木が健気に笑顔を取り繕う、その努力を吹き飛ばすように若者の明るい声が響いた。

「荒木翔平、ただいま戻りましたー!」
 カラッと晴れた青空のような声が執務室に爽風を運んでくる。9月に配属になった第九の新しい顔は、24歳のキャリア組。現場慣れしていないキャリアの新人はあまり採りたがらない薪が二つ返事で受け入れを承諾した、希少なケースだ。面談時に聞いた彼の配属希望動機が『薪室長に憧れて』と言う聞き覚えのある事由だったことも、気難しい室長の首を縦に振らせる要因になったのかもしれない。

「あ、青木さん、すみません! 捜一から資料取って来てくれたんですね。ありがとうございます。後、おれがやります」
 素早く床に屈み、箱に戻し切れていない書類をサササッと集める、荒木はまるでコマネズミのようだ。くるくると実によく動く。
 身のこなしもさることながら、外見も良く似ている。小動物、それも動きが素早いハムスターとかウサギとかのイメージだ。小柄で細身の体躯がその印象を助長し、黒目がちのくりくりした眼に八重歯がかわいいと、庶務課の女子職員の間でも評判である。
 その仕事ぶりは見ていても気持ちがいいくらい溌剌としている。今、荒木が行っているのは捜査資料の用意であって、特段面白いものではない。それでも彼は意欲的に、楽しそうに仕事をする。そんな彼は徐々に、第九の新しいムードメーカーになりつつあった。

 薪から聞いた話だが、「新人にとって一番重要な仕事はなんだと思う?」と言う薪の問いに荒木は、「先輩方の補佐です」と迷わず答えたそうだ。その時点で薪は彼の採用を決めていたらしいが、わざと意地悪な質問をしてみたと言う。
「えらく消極的だな。手柄を立てる気はないのか」
「ありますけど。それが一番の近道だと思いますので」
「それはなぜ」
「教えてもらうより盗んだ方が、高いスキルが身に付くからです。受け身ではなく、能動的に探して盗む。おれはずっとそうしてきました。それには補佐の立場が最適なんです」
 その言葉に偽りはなく、荒木が第九に来てから青木の仕事は半分になった。買い出しや資料作りなど、今までこなしていた雑用の殆どを、彼がしてくれるようになったからだ。同じ後輩でも青木より年上の山本と違って、雰囲気が軽くてノリもいいから仕事が頼みやすい。手早で、何をやらせても器用にこなす。今まで研究室の中で名前を呼ばれる回数は青木がダントツで多かったのだが、今は荒木が取って代わっている。

「荒木。後でいいから、僕の部屋にコーヒー持ってきてくれ」
「はい室長! すぐにお持ちします!」
「あ、いいよ、荒木。続けて」
 スキャナーのトレイに資料を差し込む手を止めて給湯室へ向かおうとする荒木を、青木は引き止めた。荒木の仕事は急ぎだ。この資料をハードディスクに転送しないと捜査が始まらない。だから薪も「後でいい」と付け加えたのだ。
「室長のコーヒーならオレが」
「青木」
 呼びかけられた、薪の声にどきりとする。あまり好意的な声ではない。
「周りのことも考えろ。警視のおまえにいつまでも雑用をやらせておけるほど、第九は暇な部署なのか」
 厳しい言葉だけを残して去って行く薪に、青木は素直に返事をすることができなかった。薪の言うことは正論だが、最近の薪はあまりにも。

「薪さん、あの!」
 室長不在の間の報告を岡部から受ける薪の背中に、青木は走り寄る。室長と副室長の会話を遮るなど、よほどの大事でなければしない青木だが、そのときは何故だか言いようのない不安に襲われていた。
 なんだか薪が、自分から離れていくような気がして。

「今日のお帰りは何時になりますか」
 振り向かせたものの、緊急の用事があるわけではなかった。結局青木は半日も先の予定を確認すると言う行動に出て、それは自分でも不自然だと思ったが、薪は事務的に答えただけだった。
「送迎はいい」
「お仕事ですか?」
「いや。今日は荒木の家に行く」
「えっ」
 青木は思わず、岡部と薪の間に割って入った。自分の身体で薪を岡部から隠すようにしてコソコソと話す。こうしないといくら声を潜めても、岡部に唇を読まれてしまう。
「ど、どうしてですか」
「どうしてって……じゃあ、荒木を家に入れてもいいのか?」
「それはダメです!」
「だったらこっちが出向くしかないだろ」
 行かないと言う選択肢はないのか。

「室長。コーヒー入りましたけど」
 青木さんもどうぞ、と声を掛けられて気付く。トレイに8つのコーヒーを載せた荒木が、後ろに立っていた。仕事の早い新人は、ついでにと全員分を淹れたらしい。
 後でいい、と室長は言ったのに。コーヒーを持ってきたのが青木だったら「人の話はちゃんと聞け」とお小言を食らうところだが、
「室長のは大盛りにしておきましたね!」
 これが荒木のキャラクターだ。
 白いボーンチャイナには、縁切りいっぱいにコーヒーが注がれている。よくこぼさずにここまで持ってこれたものだ。

 薪は苦笑して自分のマグカップを取り、その場で一口飲んで量を減らすと、岡部を伴って室長室へ入って行った。その後ろ姿を眼で追いながら、荒木が呟く。
「まだまだだなあ、おれ」
 青木の肩の下で、荒木の薄茶色の頭が軽く振られる。荒木の身長は薪と同じくらい。見下ろせば、くりっとして愛嬌のある眼が、尊敬を湛えて青木を見上げていた。
「やっぱり違うんですよねえ。青木さんのコーヒー飲んでるときと全然」
 荒木は本当にいい後輩だと思う。仕事は一生懸命だけど、決してでしゃばることはない。さっきだって薪が口を挟まなかったら、素直に青木の言葉に従っていただろう。みんなにも可愛がられているし、薪だって。

「青木さん。今度また、コーヒーの淹れ方教えてくださいね」
「ああ」
 無邪気な笑顔に微笑みを返しながら、青木は自己嫌悪に胸を焼かれる。自分は荒木に嫉妬しているのだ。みんなに眼を掛けてもらえる第九の新人、かつて自分がいたその場所で、たくさんの愛情を受けて成長していく彼に。



*****
 
 不吉な書き出し、薪さんは若い新人と浮気中。これをどうやって楽しめと……どうもすみません……。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Cさまへ

Cさま。

>もうオープニングからして

ありがとうございます~(^^
マッコウクジラとか脂肪と筋肉がとか、いっぱいお褒めいただきましたけど、そんなことないですよ~。当たり前ですけど、プロはもっと上手です。

先を期待してもらえるの、嬉しいです。
ただこの話の薪さんの行動はちょっと・・・自分でも間違ってるよなあ、と思いながら書いてたのですけど、どうしてもこうなってしまって・・・
叱られる予想MAXなので今から謝っておきます、すみません。

COさまへ

COさま。

拍手コメントありがとうございます。

>薪さんは若い新人と浮気中!?まじで???

や、冗談ですw
うちの薪さん、浮気とか不倫とか大っ嫌いなんで。間違っても自分からそういう事しません。
ただ、
誤解されたり襲われたり物陰に引きずり込まれたりは日常茶飯なので可能性が無いとは言い切れませんが、そこはわたしが止めるんで! ご安心ください。

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Jさまへ

Jさま、こんばんは。
お返事遅くなってごめんなさい。


>ご紹介

いえいえ、つたないご紹介でスミマセン(^^;
リアルの文章苦手なんですよ~。思ったことを言葉にするのが不得手で、だから読書感想文とか超苦手でした。


>小説より考察の方がお好み

あれっ。そんな風に読めちゃいます? 
そんなつもりもなかったんですけど、言われてみればそうですね、Jさんの考察、好きですね。
読むと、「この人わたしと同じこと考えてるー!」ての、多いです。コスプレの回とか、真面目に語ってるのが返って可笑しくてww

でもやっぱり小説の方が好きなんで、つづきお願いします。特に「NO WAY OUT」。
Jさん、あれ、とんでもないところで切ってる自覚あります? 待ってる方はたまんないですよ☆ 
サーバー直ったら、絶対にお願いしますねっ。

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Jさまへ

Jさま。

最初にごめんなさい。
レス不要とありましたが、お返事していい? て、しちゃうけど。

お喋り大好きなのと、
同じSS書きさんと語れるの、すごく嬉しいので♪



>うわー、マジですか!

本当ですよ! 爆笑してますよ!
Jさん、言ったら怒るだろうな、と思ってたので黙ってましたけど、わたし、あれ読むたびPCの前で、
「あーっはっは!! なにこのひと、こんなこと、なに真面目に語ってんの、ヘン!!(爆笑)」 ←ものすごい失礼。
薪さんのコスプレ遍歴とかね、笑いながらも頷きまくりです。
仕事着のスーツがまずコスプレってあーた、それじゃ薪さんなに着てたらいいの、彼シャツに生脚ならいいの、それ最高! とか一人でツッコミ入れながら楽しんでます、わたしも充分ヘンです、ごめんなさい。


更新、待ってますよ。
サーバー、まだ直らないの? うーん、こればっかりはねえ……あそこまで作ったHPを引っ越すのも不本意でしょうしねえ……待つしかないのか……。

お話の続き、書いてくれてたんですね。
わーい、ありがとうございますー!
2本完結、すっごい、進みましたね!
褒めてって、わたしそんな立場じゃ(笑)、うんでも、Jさん、頑張ってるの、エライ! です!

完結したお話、早く読みたいです。
ピクシブの方にも上げてないですよね? 
早く読みたいなー。


それと、わたしは別に偉くないですよ~。
途中になってる話、たくさんありますよ。完結してない話は公開しないだけです。
話が途中だと、読む方はもやもやするでしょ? 例えそれが、わたしの作品のような拙いものでも、薪さんのこととなれば気にせずにいられないのがファン心だと思うんです。読んでくださる方に、そういう思いをさせたくないなあって。
小説は、書き手と読み手がいて、初めて成立する文化だと思います。だから作品を読んでくれる人はとても大事。
完結した作品のみを公開するスタイルは、わたしなりの、読み手さんへの感謝の気持ちなんです。

とか言いながら更新もレスも遅くて、ホントこの女、口ばっかだよ(^^;


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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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