モンスター(3)

 映画の追加キャストが発表されましたね。
 鈴木さん。期待を裏切らない爽やかイケメンくんですね。薪さんの初恋の人として魅力十分です。生田さんと並ぶと攻守が逆転しそうですけど、そこはご愛嬌。
 奈々子ちゃん。ご出演、おめでとうございます。好きなキャラなので嬉しいです。天然ぶりが楽しみです(^^)
 岡部さん。出演なさると信じてました。ワイルドさがめっちゃ素敵です。遠慮なく主役食っちゃってください♪
 今井さん。ご愁傷様です。<おい。
 いや、最初貝沼役かと思っ、……なんでもないです、すみません。大倉さんファンの方にもごめんなさい。






モンスター(3)





 参考書のページをめくる指が中途で止まり、指先の力がふっと抜けた。ページが自然に下に落ちるのに指は空に取り残されたまま。青木の頭の中には暗記の最中だった刑事訴訟法第81条とは何の関係もない、上司と後輩が楽しそうに話す光景が浮かんでいる。
 ハッと我に返って参考書に眼を落とすが、何処を読んでいたのかも思い出せない始末。机の上の時計は11時を回っている。独りの夕食を終えて直ぐに始めた学習時間は3時間にもなるのに、進んだのはたったの1章だ。捗らないにも程がある。
 学習効率の悪さに嫌気が差したか、青木は参考書を投げ出し、椅子の上で伸びをした。
「あー。きっと今年もダメだあ」
 青木が取り組んでいるのは、警視正昇任試験のための参考書だ。キャリア用に作られた、それもふるい落としが目的の試験だからひどく難解で、意地の悪い問題ばかりが出題されている。はっきり言って、警視の昇任試験とは比べ物にならない難しさだ。

 警視の試験の時には薪がノートを作ってくれた。でも今回は何もしてくれない。簡単なアドバイスすらも。
 それは怠慢ではない。薪曰く、
「他人に試験の手伝いをしてもらうようでは警視正の仕事は務まらない」
 例え試験に通っても役目が果たせなくては意味がない。実力を身に付けなければ後々苦しむのは当人だと、それは正論だと思うが、ぶっちゃけ青木は寂しい。
 なにもしてくれなくていいから、がんばれよ、と一言励まして欲しい。試験は来月に迫っているのに、家で青木が参考書を開いていても薪は横目で通り過ぎるだけだ。

 以前の薪はもっと、青木の出世に積極的だったように思う。「早く警視正の試験に受かれ」と事あるごとに言われていたのに、最近は聞かなくなった。何故だろう。
 薪の変化に理由を求めて、青木は恐ろしい可能性に行き当たる。
 薪は自分に見切りを付けようとしているのではないか。だから何も言わなくなった。こいつには期待しても無駄だ、と。
「……やばい」
 新人にヤキモチを妬いている場合ではない。頑張らなければ。薪に置いて行かれるどころか捨てられる。

 気持ちを切り替えようと、青木はキッチンでコーヒーを淹れることにした。ドリッパーを出そうしたが、時刻を考えたら面倒になった。自分用だし、インスタントで充分だ。
 滅多にないことだが、薪にインスタントを飲ませるときはまず少量の水で粉を溶いてからお湯を注ぐ。こうすると滑らかで丸みのある味が出る。知識はあったが自分のためとなるとそれも億劫で、湯を注いだ後にかき混ぜる作業すら放棄して、するとカップの内側に溶け残った粉が付着したままの何とも不格好なコーヒーが出来上がった。第九のバリスタが聞いて呆れる。

 シンク左手の調理台の前で無様なコーヒーを飲みながら、青木は効率的な学習計画を頭の中で組み立てる。……つもりだったけれど。
 どうしても考えてしまう。今も一緒にいるであろう二人のこと。

 今日は定時退庁の水曜日。研究室は6時に閉めたのだから、もう5時間にもなる。食事をしてから一杯飲んだとしても少々長すぎやしまいか。そもそも平日の門限は夜の10時だ。別々に住んでいた頃、翌日の仕事に差し支えるからと、青木は何度マンションを追い出されたことか。それが11時を回っても帰ってこない。
 薪が荒木を気に入っているのは分かっている。小器用で仕事の飲み込みが良く、応用が利いて、一つ教えれば十をこなすタイプ。青木はそうではなかった。不器用で、仕事を覚えるのも遅かった。鈴木に顔が似ていると、ただそれだけで薪に眼を掛けてもらえたのだ。最初から自分の実力で薪の眼鏡に適った荒木とは違う。
 薪は本当は荒木のような部下をこそ望んでいたのではないかと、そう思うと、7才も年下の後輩に対する羨望が沸き上がってきて、それが青木の心を乱れさせる。自分でも情けないと思う、でも止められない。薪が絡んだ時の青木の嫉妬深さは折り紙つきだ。長いこと、死んだ人間にまで嫉妬していたくらいなのだ。

 あと30分待って、帰ってこなかったら薪に電話をしてみようかと、思いかけた時に玄関のロックが外れる音がした。薪が帰ってきたのだ。
 走って行きそうになる脚を根性で止める。少し落ち着かなければ。こんな気持ちで薪の顔を見たら責め立ててしまいそうだ。しかし。
「いい匂いだな。一口飲ませろ」
 こんな場面では必ずと言っていいくらい、薪は青木の努力を裏切ってくれる。薪自身、こちらの方面に於いてはトラブルメーカーの資質があるのだ。
 そのときも薪は鞄だけをリビングの床に置き、上着も脱がずにキッチンにやって来た。調理台に向かう形で立っていた青木の横に、それとは逆のダイニングの方を向いて、青木の手からカップを奪い、飲みかけのコーヒーを口に含んだ。
 肩越しに見える、薪の小さな頭と長い睫毛。亜麻色の髪から立ち上るコーヒーと微かな百合の香。飲酒はしていない。風呂にも入っていない。そこまでは考えないつもりでいたけれど、ささくれていた心が一瞬で凪いだのは、心のどこかで疑っていた証拠かもしれない。

「……マズイ」
 しまった。あのいい加減に淹れたコーヒーを薪に飲ませてしまった。青木は慌てて薪からマグカップを取り上げ、赤点の答案用紙を親の眼から隠す子供のように彼の眼に届かない場所に置いた。
「座っててください。ちゃんとしたの淹れますから」
「いや、いい。今日はもう休む」
 時刻は11時20分。確かに、コーヒーを飲むには不適切な時間だ。
 だが、それはあまりにも素っ気ない口調だった。こんな時間に家に帰ってきて、一緒に暮らしている恋人の顔を見て、遅くなったことを謝るでもなく独りにした恋人の機嫌を取るでもなく、いつもとなんら変わりない横柄な態度。一言でもフォローを入れてくれたら、青木だってそんなことを聞かなかった。
 軽やかな足取りでリビングに戻る薪の背中に、青木はその質問を投げつけた。

「荒木の用事はなんだったんですか」
 キッチンの入り口で足を止め、肩越しに薪が振り返る。形の良い耳と右の頬がやっと見える角度。このアングルだと薪の睫毛はことさら長く見える。
「荒木は一人暮らしでな。食事がレトルトと外食ばかりだと言うから、簡単な料理を教えてやったんだ」
「そんなことですか?」
「そんなことって、大事なことだぞ。食生活は健康管理の」
「オレが行きますよ!」
 訪問の目的に驚いた青木が薪の言葉を遮ると、薪は心外そうにこちらを向いた。眉間に縦皺が寄っている。不快の証だ。でも青木はもっと不愉快だった。
「そんなの、忙しい薪さんがわざわざ家に行ってまで教えることじゃないでしょう? 警視のオレが雑用するのはおかしくて、警視長の薪さんが料理を教えに行くのはおかしくないんですか」
 絶対に自分が正しいと思った。職場での薪の世話を荒木に任せた、そのことで青木がどれだけのストレスを抱えているか、少しは察して欲しい。仕事だから仕方がないと自分に言い聞かせているのに、プライベートまで新人に奪われたら青木の理性なんか簡単にぶち切れる。

「もう二度とこんなことは」
「おまえが新人の頃」
 今度は薪が青木の台詞を奪う。やられたことはやり返す主義の薪は、青木の無礼にきっちりと報復を、意見には隙のない反論を返してきた。
「僕はおまえを家に招いて、料理を基礎から教えてやった。それと同じことをしているだけだ。おまえに責められる筋合いはないと思うが」
 言われてみればその通りだ。図々しく薪の家に押しかけて、それはもう数えきれないくらい夕飯を食べさせてもらった。それに比べたら家に訪ねて来ないだけ、荒木は遠慮深いのだ。
「でも、こんな時間まで」
「おまえ、よく僕の家に泊まって行ったじゃないか」
 それも薪の言う通り、でもでもでも。
「あなたが好きだったからですよ! 少しでも長く一緒にいたくて!」
 青木が怒鳴ると、薪はぽかんと口を開けた。
 鈍い人だと思った。いま初めて薪は気付いたのだ。青木が怒っていることに、そしてその理由に。

「悪かった。少し話し込んでしまってな。荒木の家族の事とか」
 薪は青木に歩み寄り、遅くなった理由を説明した。荒木の家は確か荻窪。職場からは30分、ここからは地下鉄で2駅。移動時間が1時間に満たないのに、「少し話し込んだ」だけで5時間は長すぎる。
「本当に、食事をしただけなんですよね?」
 その質問が薪を激昂させたのは分かった。周りの空気がズンと重くなったからだ。それでも取り消す気にはなれなかった。荒木が第九に来て1月余り、溜めに溜めたストレスだった。

「何を考えている。荒木はおまえの後輩だぞ。山本と同じだ」
 違います、と青木は心の中で激しくかぶりを振る。
 立場は一緒でも、山本と荒木では全然違う。山本は青木の気持ちを知っている。薪との関係も。荒木以外の職員はみな知っているのだ。ただ薪にはそれは言ってない。薪の性格を考えると、知らせることはマイナスにしかならないからだ。
 薪も誰も気付いていないけれど自分には分かる。荒木は薪が好きなのだ。同じ人に恋をしている者同士、言われずとも分かる。ずっと昔の話だが、竹内のこともすぐに分かった。
 その眼はいつも薪を追っている。その耳はいつも薪の声を拾おうとしている。薪に呼ばれれば喜び勇んで馳せ参じ、仕事を頼まれれば何よりも優先してそれをこなす。新人の頃の青木と同じだ。
 だから心配で堪らなくなるのだ。荒木はまだ24才。その若さで好きな人と二人きりで5時間もいて、何のアクションも起こさないでいられるか?

「そんなのは青木らしくない」
 らしくない? じゃあ「らしい」ってなんだ。
 薪が考えているより、自分はずっと低俗な人間だ。薪の関心が自分以外の人間に向けられるのが面白くない、他の人間が薪に触れるのが許せない。いつもいつもそんなにキリキリしているわけじゃないけれど、でも今夜は天使になれそうもない。
 ――だめだ、こんなんじゃ。仕事で神経擦り減らして帰ってきた薪を癒せない。

 俯いてしまった青木が、あまりにも打ちひしがれているように見えたのだろうか。薪は後ろ頭に手をやって髪を掻き上げると、青木のシャツの裾を軽く引っ張った。
「風呂に入るけど。おまえ、どうする?」
「……オレは後で入ります」
 それは薪にしてみれば精一杯の譲歩だったのだろうけど、青木にはそれを受け取る余裕がなかった。
 薪の誘いに乗って一緒に風呂に入ったら、露呈してしまうと思った。いくら抑えても、目が勝手に探してしまう。薪の身体に情事の痕跡を。青木以外の男と触れ合った徴を。
 そんなものは探しても見つからないと、薪の態度が物語っている。身の潔白を証明するためにも風呂に誘ったのだと思う。だが青木は、自分がこれ以上最低の恋人に成り下がるのが耐えられなかった。

「そうか」と薪はあっさりと青木のシャツを放し、キッチンを出て行った。
 やがてシャワーの音が聞こえてくる。青木はそれでようやく忘我から解放され、すっかり冷たくなったコーヒーをシンクに捨てた。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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