モンスター(5)

 雨で現場中止になりました。
 更新しますー。




モンスター(5)




 薪が密かに計画していた週末の予定はお流れになった。土曜日の朝早く、所長の田城から薪と岡部に、捜査依頼の電話が掛かって来たのだ。

 週半ばに起きたその殺人事件は、プロファインリングから劇場型の犯人像が浮かび上がったため再犯の可能性が強いと判断され、火急の対応が望まれた。事件が起きれば捜査官に休日はない。すぐさま連絡網によって第九職員全員が研究室に呼び出された。
 熟練した捜査官たちの的を射た捜査により容疑者は特定され、その日の夕方には捜査一課に事件を引き継ぐことができた。犯人を探して捕まえるのは一課の仕事で、第九の仕事はここで終わりだ。

 その日は3連休の初日で、それぞれに計画していたこともあったはずだが、一つの事件を解決に導いた高揚感は、取り消されたプライベートの予定を補って余りある報酬であった。そんな浮かれ気分の中、帰って休むにはまだ早いし、事件解決の祝杯を挙げよう、と曽我が言い出した。
 飲み会とイタズラはすぐにまとまるのが第九の特徴だ。段取りも仕事以上に手際がいい。5分も経たない間に曽我が店の予約を入れ、次は予算の確保だが。
「室長もぜひご臨席を」
「悪いが野暮用でな」
 誘いを断りながらも薪が差し出した、封筒の中身は休日手当を遥かに上回る。
「「「「ありがとうございまーす!」」」」
「あんまり飲み過ぎるなよ」
 薪の気前の良さの前には、お小言すら耳に心地よい。室長を除く全員が、ホクホク顔で週末の飲み屋街に繰り出した。

 みんな揃っての飲み会は久しぶりで、それと言うのも宇野が入院中だから自然と集まる回数が減っていた。遠慮ではなく、単なるメンツの問題だ。宇野の怪我は災難だとは思うが、自業自得の要素も大きい。オタクが二次元以外の人に恋をすると、色々な弊害が生まれてくるのだ。
「まったく、宇野のやつ。いつになったら退院するんだか」
「ホント迷惑な話だよ。おかげでメンテが当番制になるとか、マジ勘弁して欲しい」
「もともと体力無いからな、宇野は。家の中でコンピューターばっかりいじってるから」
「宇野さんはもう少し身体を鍛える必要がありますねえ」
「「「「おまえもな、山本」」」」

 そうやって宇野を非難しながらも、曽我が選んだ店はいつもの『どんてん』であった。店には少々失礼だが、薪からもらった軍資金が余ってしまいそうな庶民的な店だ。
 そこに青木は曽我の宇野に対する気遣いを見つけ、さらには他の職員が誰一人として軍資金と店舗の格差を指摘しないことに、みんなも曽我と同じ気持ちなのだと知る。
 そしてこれは青木の穿ち過ぎかもしれないが、皆が声高に宇野の自業自得を主張するのは、青木への心配りかもしれない。宇野が怪我をした夏の事件は、青木が殺人容疑で本部内手配された事件なのだ。宇野の情報収集は非合法且つやり過ぎであったが、青木を救うためだったことに違いはない。だから彼らの宇野への非難は、当然青木が感じるであろう宇野の怪我に対する罪悪感への不器用なエールなのかもしれない。

 席に着いて冷たいビールで乾杯した後、初めに口を開いたのは荒木だった。
「室長、今日もすごかったっすね!」
 第九に来て日の浅い荒木は、薪の人間離れした推理能力に絶賛感動中だ。先刻の捜査でもその天才性を垣間見たのだろう、興奮冷めやらぬ様子だった。
「ああ。今日も鬼だったな」
「あの人見てると本当の地獄はこの世にあるんだって納得できるよな」
「いやあの、確かに怖かったですけど」
 先輩たちのシビアな反応に苦笑いしながらも、荒木は室長を称賛する姿勢を変えない。

「室長の噂は警大でも聞いてましたけど、評判以上です。あんなすごい人、初めてですよ。憧れちゃうなあ」
「「「「荒木、もしかしてドM?」」」」
 違いますよ、と笑って荒木はおでんに箸を付けた。好物なのか、自分の皿にはんぺんばかり3枚も取り置きしている。こういう時、いつも最後に手を出す青木とは対照的だ。
 薪への賛辞もそうだ。青木が新人の頃は先輩に気兼ねして本心を口に出せなかったが、荒木は違う。堂々と薪を褒め称え、それが決して点取り虫の厭らしさに繋がらない。青木は開けっぴろげに室長を礼賛できる荒木のキャラクターを羨ましく思ったが、寡黙ながらも薪のイヌに徹してきた青木の姿勢の雄弁さには誰も敵わないと先輩たちに思われていることは知らない。

「室長が怖いのって仕事中だけですよね。こないだなんかおれの家に、むぐっ?」
 薪のトップシークレットが暴露されそうになり、焦った青木は荒木の口に揚げだし豆腐を突っ込む。「それ言っちゃダメ」と小声で注意をすると、荒木は少しだけ不思議そうな顔をしたが、何も聞かずにこくんと頷いた。
 これが荒木の特徴だ。理由が分からなくても先輩の言うことには素直に従う。主体性が無いのではなく、彼は自分を弁えているのだ。基本的に、先輩の判断は自分よりも正しいと彼は思っている。だから言われたことはとりあえずやってみて、そこから自分で答えを見つける。後輩としてはとても扱いやすい。一つ一つ説明してやって、それを自分自身が納得しなければ先に進もうとしない山本とは真逆だ。その代わり、山本は青木が舌を巻くような完璧な仕事をする。

「もちろん、すごいのは室長だけじゃないっすよ。先輩方もみんなすごいっす。あの室長に付いていくだけでも、並みの能力じゃ無理ですよね」
「あの皮肉に耐えるのは並の神経じゃ無理だな」
「青木くらいドMじゃないとな」
「だから違いますって」
 薪のイヌが進化して住み込みのボディガードに行き着いた青木を、酔った勢いで小池が揶揄する。薪と一緒に住み始めてから、小池には割とチクチク刺されるようになった。

「最高の部署ですよね。第九って」
 歓談するメンバーを見渡して、荒木は満足げに嘆息した。事件解決の達成感からかアルコールの影響か、今日の荒木は殊更に楽しそうだ。
「室長はカッコよくてやさしいし」
「「「「どこの室長の話?」」」」
「先輩たちはみんないい人たちばっかだし」
「「「「それほどでもあるな」」」」
 合図など何一つなくても声が揃ってしまう、先輩たちの無駄なチームワークの良さに、荒木はクスクスと身体を揺らしながら、
「おれ、第九に来てよかったあ」
 酔って赤く染まった顔で幸せそうに笑い、こてんとテーブルに突っ伏した。沈没したらしい。

「3時間か。新人にしちゃ持った方じゃねえの」
「山本は開始30分で寝たからな」
「あの時は少し緊張しておりまして」
 下戸を否定しつつも、山本の今日のオーダーはウーロン茶。後輩にみっともないところを見せたくないという先輩の気概だろうか。
「青木は強かったよな、始めから」
「そういやそうだな。6時間飲み放題コース、ケロッとした顔で付いてきたよな」
 曖昧に笑ってごまかしたが、青木の飲酒歴は中学生からだ。就職した頃には一端の酒飲みになっていた。
「「「「よかったな青木。荒木に自慢できることがあって」」」」
 あまり自慢にならないと思う。

 眠ってしまった荒木を壁際のスペースに寝かせ、青木は彼に自分の上着を掛けてやる。飲んでいるときは暑くても、眠ると急激に体温が下がる。10月ともなれば夜は冷える。そのまま寝せておいたら風邪を引かせてしまう。荒木は身体が小さいから、青木の上着なら充分掛け布団の代わりになる。
 夢でも見ているのか、眠りながらも微笑む様子の荒木の肩の辺りを、青木は子供を寝かしつける母親のようにぽんぽんと軽く叩くと、仲間たちのテーブルに戻って行った。



*****




 今日、母が死んだ。

 母の死に顔を見ても、悲哀や喪失感は感じなかった。母はやっと楽になれたのだ。その重荷を命と共にすべて下ろして。
 駆けつけてきた幾人かの親戚が、病気の時は寄りつきもしなかったくせに今になって涙を流すのを横目で見ながら、私の中には一つの計画が生まれていた。その計画が完成形となって私の前に姿を現したとき、私は母から、彼女の人生の大部分を占めていた最も重要なものを受け継いだのだと知った。

 私は怪物の子供から、真の怪物になったのだ。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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