モンスター(9)

 こんにちは。

 明日は例の花屋の社長に物置を動かしてくれるよう交渉に行くのですよ。やっとアポが取れたんで。
 上手く行くよう、祈っててくださいね。



モンスター(9)






「薪さんが行方不明に」

 岡部と青木の顔色が変わる。二人が室長室に籠っている間に帰って来たらしい新人が、泣きそうな表情で職員たちの後ろに立っていた。
「どういうことだ、荒木」
「すいませんっ!」
 現在捜査中の連続放火事件で捜査担当者に直接確認したいことがあるからと、日本橋の中央警察署に出向いた帰り道、荒木は薪に、これまでに何度かあったようにパーキングで待機するよう命じられた。
「いつものように後を尾けたんですけど、今日はまかれてしまって」
 仕方なく車で待つことにしたが、1時間の約束が2時間経っても帰ってこない。心配になって携帯に電話をしたが、繋がらなかった。朝の一件もあることだし、早急に報告すべきだと考え、急いで戻って来たのだと荒木は言う。

「まだ行方不明と決まったわけじゃないだろ。薪さんは推理に夢中になると、よくふらっといなくなっちゃうし」
「そうそう。捜査が佳境に入ると電話にも出ないし」
「なに呑気なこと言ってんだ! 猫の首が送られてきたばかりだぞ。その状況で部下を出し抜くようにいなくなって電話にも出ない、そんなことをしたらおれたちがどれだけ心配するか。それを察せない人じゃないだろ」
 今井の言う通りだと誰もが思った。薪は自分勝手で我儘で、捜査に夢中になると部下の人権を蔑ろにする最悪の上司だけれど。そんな常識を弁えないことはしない。今井が懸念するように、薪の身に災難が降りかかったと考えるのが妥当だ。

「そうだ。救難信号は」
「点いてません」
 小池が思いついた可能性を、青木がすぐに否定する。一番狼狽えるだろうと思われた青木は意外と冷静で、それは彼がこれまで薪を救うために潜って来た修羅場の数を職員たちに慮らせた。

 小池と青木の短いやり取りの後、荒木が控え目に尋ねた。
「あの、救難信号って?」
「そうか。荒木にはまだ教えてなかったな」
 青木は執務室の隅にある受信機の前に荒木を連れて行き、右上のランプを指差して、
「薪さんは官房長命令で、常に発信機を付けてるんだ」
「ええっ、発信機!?」
 薪の特別待遇に、荒木はひどく驚いたようだった。第九の職員たちはもう慣れてしまったが、官房長と言えば警察庁のナンバー3。その大物が、たった一人の警察官の安全をそこまで考慮すると言うのは普通ならあり得ないことだ。

「じゃあ、官房長に訊けばいつでも室長の居所が分かるってことですか」
「いや、それはさすがに。プライバシーの問題があるし」
 そこまで締め付けられれば薪のことだ、プライベート時には発信機をわざと家に忘れていくに違いない。縛られることを嫌う薪の性格を、小野田は心得ている。
「スイッチを押すと救難信号が出て、このランプが点灯する。これが赤くなったら薪さんが助けを求めてるってことだ」
 ランプが点くと同時に警備部にも連絡が行き、都内の場合は警備部が、地方の場合は連絡を受けた県警が、組織をもって速やかに薪を救出する。また、これと同じ機械は官房室にも設置されており、そちらでも有事に備える体制ができあがっている。
 それらのことを簡単に説明すると、荒木は目を丸くして、感心したように息を吐いた。
「室長って本当に特別なんですね」
「室長の頭には、明るみに出たら世界地図が描き替わるような秘密が幾つもしまわれている。だから室長は、いつもだれかに狙われていて」

 ああそうだ、と青木は沈痛に目を閉じる。
 今まで、なんて甘い気持ちで薪の傍にいたのだろう。滝沢が言ったことは冷やかしでもなんでもない、厳然たる事実だ。いつ誰がどこから襲ってきてもおかしくない、薪はそういう境遇に立たされた人間なのだ。
 なのに自分は、彼に恋するあまり彼のボディガードと言う重責を、24時間彼の側にいられる大義名分を手に入れたと、それくらいにしか思っていなかった。任命書を拝するとき、中園には、あくまで二人の関係を秘匿するためのカモフラージュだと説明を受けたし、視界に入らずとも薪の身を守る人間は他にもいるからそんなに気負わなくていい、とも言われた。だからと言って、それを鵜呑みにして警戒を怠っていいわけがない。
 甘かった。もっともっと、自分は必死に薪を守らなければいけなかったのだ。

「そうですか。では、緊急配備をお願い致します」
「山本。おまえ、だれと」
 皆が深刻な顔で薪の身を案じている傍らで、山本は誰かとしばらくの間電話で話し、先のセリフを最後に電話を切った。不思議がった小池が電話の相手を尋ねると、山本は平然とした顔で、
「中園主席参事官に報告をいたしました。首席参事官から薪室長に電話をしてもらいましたが、返事はありませんでした。室長が参事官の電話を無視することはあり得ないと判断し、参事官に緊急配備をしていただくよう要請しました」
「おまえそれ、早とちりだったらどうす」
「クビにでも何でもしてください! 室長の命の方が大事です!」
 そのあまりの剣幕に小池は息を呑む。冷静さではマイペースの分だけ今井の上を行く山本の、おそらくは初めての恫喝であった。

「そう申し上げました」
 山本は一瞬で激昂を胸に収め、いつもの慇懃無礼な口調で、
「言っておきますけど、第九全員のクビを掛けましたので。懲戒免職の辞令が出た時はみなさんもご一緒ということで」
「はあ?!」
「なにしてくれてんの、おまえ!」
「仕方ないでしょう。『君一人のクビなんかじゃどうにもならない』と参事官が仰ったのですから。あとはもう頭数で補うしか」
 多分中園は警視監である自分のクビくらい懸けなきゃ政敵の警視総監を動かせない、そう言いたかったのだろう。それは何となくみんなにも察しがついて、そうしたら俄かに希望が見えてきた。官房室のブレインと呼ばれる首席参事官がそれほどの覚悟を持って薪の捜索に当たってくれるのだ。きっとすぐに保護してもらえる、そう思ったら自然と口も軽くなった。

「困りますよ、山本さん。オレ、まだ車のローンが」
「飲み屋のツケが!」
「大阪食い倒れツアーの予定が!」
「彼女との結婚資金が!」
「「「今井さん、それ、どうでもいいです」」」
「なんでおれだけ?!」
 ばっさり切り落とされて今井が嘆く。やはり青木が小池、曽我のコンビに加わると第九は賑やかになる。さすが元祖三バカトリオだ。
 などと、冗談にかまけている場合ではなかった。

「救難信号がないってことは、薪さんの意識がないってことだ。誰かに襲われて昏倒してるとしたら……やばいな」
 青木が確認したばかりの受信機を自分の目で確かめ、岡部は険しく眉を寄せる。何よりも、薪の身体が心配だった。
「今朝の郵便物と、同じ人間の仕業でしょうか」
「いや。さっき青木にも言ったんだが、ああいうものを送りつけてくるタイプの犯罪者ってやつは――待てよ」
 岡部は何かに弾かれたように顔を上げると、室長室へ駆け込んで行った。断りもなく上司の机を漁り、目的のものを見つけ出す。それは最下段の引き出しの奥、鍵の掛かった黒いシークレットボックスの中に、亡くなった親友の写真と共に入っていた。

「くそ。やっぱりか」
 10枚を超す封書の束。「死」や「殺」など、物騒な文字が踊る便箋の末尾には判で押したように『モンスター』のサインがあった。後を追ってきた青木が、それを見て悲痛な呻きを洩らす。
「初めてじゃない。あの猫は最終通告だったんだ」
 怒りに証拠物件の保全も忘れ、握りしめた拳の中でくしゃくしゃになった手紙ごと、岡部は渾身の力で室長の机を殴った。
「まったく、あのひとは!」
 わらわらと寄って来た職員たちが、大急ぎで手紙を集め、鑑識の手配を整える。そんな中、今井は古巣の警備部に、山本は検事局に、それぞれのコネクションを利用して室長の身柄を保護しようと連絡を始めた。
 その熱気に押されたのか、現場経験のない新人は皆から一歩退き、今にも倒れそうな青い顔をして室長室の入口に立ち尽くしていた。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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