モンスター(16)

 本日、2個目の記事です。
 痛い薪さん平気な方は(15)から、地雷の方はこちらからどうぞ。




モンスター(16)






 2ヶ月前――。

 アクリルボードの外側で腕を組み、薪はパイプ椅子にふんぞり返った。来てやったのだからそちらから喋れと、15分しかない面会時間を無駄にする気かと、さらに背中を反らしたら椅子ごと引っくり返りそうになった。このパイプ椅子の不安定さはどうにかならないものか。
「相変わらず危なっかしいな、薪は」
 ふっと鼻で笑われて盛大に舌打ちする。帰る、と席を立つと、相手は一層笑いを深めた。

「おまえは相変わらず偉そうだな。滝沢」
 薪は歪んだパイプ椅子に座り直し、安定性を確保するため、開いた足をしっかりと床に付けて背筋を伸ばした。
「て言うかおまえ、全然変わってなくないか? なんで?」
 当たり前だが、刑務所の中は犯罪者だらけだ。荒くれ者も多く一瞬たりとも気が抜けない。特に滝沢のような元警察官は、彼らに目の敵される。事あるごとに暴力の洗礼を受けるのが暗黙のルールだ。そんな生活を3年も続けていれば、もっと顔つきが荒んだり、やつれたりするものではないか。
 見た目の変化の無さを薪に指摘された滝沢は、「おまえには負けるよ」と吹き出すように笑って、
「ここは案外快適でな」と穏やかに言った。
「そんなはずがあるか。警察官がム所に入ったら五体満足で出て来れないって」
「入ったばかりの頃、親切な連中が入れ替わり立ち替わり挨拶に来てくれてな。おかげで使い走りには不自由しとらん」
 全員シメたのか。なんてやつだ。
 どうやら刑務所内の皇帝に収まったらしい滝沢は、その力でもって塀の中に居ながら外界を探れる情報網を構築したと言う。現に、幾人かの刑務官も丸めこみ、こうして記録に残さない面会も可能になっている。まったく呆れた男だ。

「で。僕に何の用だ」
「おまえのかわいい顔が見たくてな」
「写真でも差し入れて欲しいのか。――げ」
 滝沢はニヤリと右頬を歪め、灰色の作業服のポケットから一枚の写真を取り出した。そこには、ツインテールにフリルまみれの衣装を着けた女の子、もとい自分の姿が。
「ここの壁は意外と薄くてな。こんなものも通り抜けてくる」
 何年か前、ゴスロリ好きの変態科学者を捕まえたことがある。薪は個人的な恨みから、その犯人に自分で手錠をかけたかった。犯人を捕まえるための罠を考えたのは薪だが、その要となる少女役を自分が務めることになったのは誤算だった。確かに危険性の高い役柄だったが、捜査一課があそこまで強く女子職員の起用を拒否するとは思わなかった。それでいて薪の作戦を支持した彼らの真意がこの写真の姿にあったことは、事件に隠されたもう一つの真実と言うか知らぬが仏と言うか。

「写真はそろそろ飽きたんでな。現物が拝みたくなったと言うわけだ」
「目玉潰してやろうか」
 薪の渾身の脅し文句なぞどこ吹く風、滝沢はニヤニヤと笑いながら、
「この写真、刑務所内で何に使われてるか知りたくないか」
 薪も男だから大方の予想はつく。と言うよりそれ以外の用途が思いつかない。
「このボードがなかったら撃ち殺されてるぞ、おまえ」
「おいおい、看守の前でそんな冗談を言うもんじゃない。する気もないことを真面目な顔で言う、おまえのそういうところはおれの好みだがな」
 何か強烈な皮肉を言い返してやろうと口を開きかけて、止めた。滝沢のセクハラ癖は今に始まったことではない。どうせこいつには何もできないのだ。ムキになるだけ損だ。

 腕を組んでパイプ椅子にもたれかかった薪に、滝沢は何気ない口調で、
「青木と暮らし始めたんだって?」
「大きなお世話、っ、誰にその話を」
 滝沢が自分に会いたがっていると、無記名の封書が第九に届いたときには驚いたが、この男にはそういった協力者が何人もいるのだろう。薪の周りを探っている人間もいるに違いない。
「道理で肌艶がいいわけだ」
「叩き殺す……! 表に出ろ!」
「薪、落ち着け。あまり看守を困らせるな」
 いきり立つ薪を滝沢が諌める。どちらが服役囚だか分からない。

「本当に帰るぞ! おまえにからかわれるために小菅くんだりまで来るほど暇じゃないんだ、僕は!」
「貝沼事件の捜査中。おれは一人の女に捜査情報を漏らした」
 びくん、と薪の身体が硬直した。唐突に突き付けられたのは、10年前の惨劇。
『貝沼』というキーワードで、薪の脳裏には瞬く間に事件の全貌が浮かぶ。連鎖する記憶は悲劇に次ぐ悲劇。折り重なった少年たちの死体。何度も夢に見た、ひとつとしてまともな身体はない、狂人の緻密さでもって切り刻まれたその惨たらしい姿。
 ぐにゃりと周りの風景が歪む。さっきまで真っ直ぐだったアクリルボードが、うねうねとのたくっている。パイプ椅子は今や、出来損ないのロッキングチェアのようだ。

「おまえは上野の家に謝罪に行っていた。鈴木はあの調子で、特捜の部屋に籠って一人で貝沼の画を見ていた。あの女が訪ねてきたとき、第九に対応可能な職員はおれしかいなかった。それでおれがあの女の相手をした」
 滝沢の声が、引き潮のごとく引いて行く。カタカタと音を立てて震える足元から、黒いものが這い上がってくる。
「女はつばの大きな白い帽子に大きなサングラスを掛けていて、顔は殆ど見えなかった。正門の警備員が追い払おうとしていたのを、おれが引き止めて中に入れてやった。
 その女はおれに、どうして自分の息子が被害者になったのか、訳を教えて欲しいと言った。それでおれはその女に」
 黒い霧のようなものは次第に薪の視界を塞ぎ、耳孔を塞ぎ、喉を塞ぐ。見えない手に首を絞められる感覚。

「――ちゃんと聞いてるか、薪」
 ごん、と額のすぐ側で音がして、薪は我に返った。光が戻ってくる。目の前のボードに内側から叩きつけられた滝沢の拳があった。
「大丈夫だ……大丈夫」
 込み上げてきた吐き気を抑えるため、手で口元を覆った。唾を飲もうとしたが、口の中がカラカラに乾いて為せない。深く息を吸い、委縮した肺を必死にこじ開けた。
「悪かった。続けてくれ」
 室長の仮面を着けたつもりだったが、もしかするとそれはひびだらけだったのかもしれない。滝沢がほんの少しだけ眉をしかめたから。

「貝沼は」
 それでも滝沢は薪の望み通り、話の続きをしてくれた。
「貝沼は第九の薪室長のことが好きで、彼に会いたくて人殺しになった。あんたの息子は薪室長にほんの少し似ていたから殺されたんだと、そう言ってやった」
 なぜそんなことを、と薪は言わなかった。言えなかった。それは本当のことだった。
「息子は苦しまずに死ねたのか、と訊かれたから、殺される前にどんなことをされたのか、詳しく教えてやった。他の被害者と同じように、その女の息子も酷い殺され方をしていた」
 ナイフで身体中を傷つけられ、その傷口を鞭で叩かれていた。性器に針を突き立てられ、後孔を責め道具で犯されて、彼の泣き叫ぶ声を聞いて貝沼は楽しんでいた。最後は喉をジャックナイフで切り裂かれて息絶えた。それが彼にとっての救いであるとさえ、見る者に思わせる凄惨さであった。

「おれはその頃、第九を壊滅させるために送り込まれた次長側のスパイだった。この女がマスコミにリークしてくれれば、格好のスキャンダルになると思った」
 滝沢の職務違反に薪は一切の弁明を求めなかったが、滝沢は自分からその理由を述べた。釈明ではなく、事実の伝達であった。
「ちょっと待て、滝沢。おまえ、貝沼の最期を」
「見た。あの女が使えなければおれが自分であの画像をリークするつもりだった」
 貝沼の画像が、鈴木の守った秘密が、MRIデータから削除されたのは鈴木が死んだ日。その前に、滝沢はそれを見ていた。しかし。
「おまえが鈴木を撃ち殺して。その必要はなくなった」

 貝沼事件被害者の遺族に、殺害動機の真実を知った者がいる。もたらされたその事実は薪の恐怖と当時の罪悪感を引き戻し、彼の面を蒼白にした。前髪に隠れた額に、じっとりと脂汗が浮かぶ。いくら唇を噛みしめても、顎の震えは止まらなかった。
「薪。ひとつ忠告しておいてやる」
 滝沢の眼に憐れみが浮かぶのを見て、薪はかぶりを振った。おまえに慰められるくらいなら死んだ方がマシだと心の中で毒づいた。でも本音では。
 もう、何も聞きたくなかった。

「これ以上、自分の中に秘密を増やすな」
 かぶりを振り続ける薪に、滝沢は言った。
「腹の中ぜんぶ晒け出せないようじゃ、一緒に暮らしてても意味がない」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Aさまへ

Aさま。


>なるほど、犯人は貝沼事件の被害者の家族だったのですね。

そうなんですよ。だから薪さん、抵抗できないの。


>原作の薪さんは吹っ切れた感じだけどもし、同じように被害者の家族が現れて呼び出されたらやはりついて行ってしまうかも

いや、話し合いには応じるでしょうけど、こんな風に暴挙を許すことはしないと思いますよ。
だってこれ、犯罪じゃないですか。ただでさえ辛い思いをさせてしまった被害者遺族を、その上犯罪者にしてしまうなんて、原作薪さんはそんなことしませんよ。(自分で書いておいて!!)

いやあのね、原作薪さんの中にこういう気持ちが残ってるんじゃないか、そこを克服して欲しい、と思ってこの話は書き始めたんです。
でも2月号読んだら、薪さん、鈴木さんのこと言われて動揺は見せたものの、その後すぐに攻撃に転じて相手を追い詰めてるじゃないですか。ああ、ちゃんと戦えるんだ、強い人なんだ、この話、要らなかったなって(笑)
2月号、読んでたら公開しなかったのにねえ(^^;


>ていうか、滝沢のせいじゃないか!

そうですね。あの頃、滝沢さんは薪さんの敵だったから。
恋人が死んだ真相を隠してる汚い奴らの一人だと、殺したいくらい憎んでたのでね。第九を瓦解させることが当時の彼の任務だったし、これくらいはやりそうだなって。


>同じ目に合うことで薪さんの罪悪感は軽くなるのだろうか・・

自己満足っすね。
自己満足で死ぬのは勝手ですけど、それで相手を殺人者にしてしまうことの罪を、この時の薪さんは考えていない。自分のことでいっぱいいっぱい、それじゃダメなんです。(←自分で書いておいて2)
繰り返しますが、原作薪さんはこんな愚かな真似は絶対にしません(←自分で、以下略)
これじゃ、自分も相手も誰も守れない。警察官が犯罪者を生んでどうするって話ですよ(←自分……)

実は今回の話で、この命題はクリアされていないのですが、次の話で完遂する予定です。
でもその前に、原作薪さんがどうやらクリアされてるみたいだってことが分かっちゃったからなあ……書いても無駄な気がしてきました(苦笑)

Hさまへ

Hさま。

はじめまして。
コメントありがとうございます。

この度は、痛々しい薪さんを読ませてしまってすみません。
それでも非難の言葉も一つもなしに、「せめて最後にはうんと甘やかしてあげて欲しい」とのお言葉、やさしい方ですね(*^^*)
一応、いつものように、
あとがき代わりの後日談SSを用意してありますが、そちらでご希望に添えるといいな、と思っております。
あ、
いつものふざけた座談会も書いてある。わたし的にはそっちの方が癒されるんですけど、ダメかしら。


>原作漫画では殺された少年たちの家族は出てきませんが、
>もしも殺害動機や遺体の詳細を知ってしまったら

絶対に秘密でしょうね。
情報漏洩など、あってはいけないことですし。

でも、ご遺体は遺族のもとへ返されるでしょうし、その中には五体満足で返らなかった被害者もいるのではないでしょうか。
それでも殺害の動機が分からなければ、犯人の貝沼は死んでいる訳ですし、諦めるしかないのでしょうね……。
動機の詳細が分かって新たな犯罪の火種になってしまうより、その方が幸せかもしれません。知らなくていい秘密、暴かなくていい秘密は確かにこの世に存在すると、わたしは思います。

コメントありがとうございました。
Hさまのまたのお越しを、心よりお待ちしております。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: