モンスター(17)

モンスター(17)






 薪が姿を消して3日目。
 第九室長失踪事件は大きく動いた。薪の救難信号が発信されたのだ。

 ビーッ、とけたたましいブザーが第九に鳴り響いたのは朝の8時15分。その時刻には荒木を除く全員が出勤しており、引き続き容疑者の絞り込みのため資料箱を広げたところだった。
 慌てて駆け寄った受信モニターには、薪の居場所を示す赤い三角形が、地図の上を速い速度で移動していた。マークの軌跡が道路上に残されていることから、車に乗っているものと思われた。
「岡部さん!」
 職員たちがすぐさま岡部に知らせ、その判断を仰ぐ。岡部はいかつい顔に緊張をみなぎらせ、しかしその口調は極めて冷静であった。
「捜査本部に連絡だ。我々は捜索に加わることはできない。自分たちに与えられた仕事をするしかない」
 岡部の厳格な指示に小池と曽我は少し鼻白み、今井と山本は黙って自分の席に戻った。
 青木はと言えば、資料箱を抱いたまま、受信機に点る赤ランプから目を離すこともできず、傍目にはまるで金縛りにあったように立ち尽くしていた。しかしその心中は嵐のごとき葛藤のさなかであった。すぐにでも捜査本部に駆け込もうとする己が脚を留めるのに、渾身の力を振り絞らねばならなかったのだ。

「おはようございます。――何かあったんですか?」
 それから30分ほどして出勤してきた荒木は、ただならぬ緊迫感に首を傾げ、しかし誰からも答えをもらわないうち、救難信号の受信モニターに気付いた。
「これ、薪室長の?」
「捜査本部には受信機の映像をリアルタイムで送ってる。もうすでに、200人からの捜査官が254号線を北上している」
「おれたちは行かなくていいんですか」
「荒木、おれたちは捜索には行けないんだ。本部の人間以外は現場の追跡に加わることを許されない。おまえたちも、絶対に第九から出るな」
 薪を連れ去った犯人がどのような人間か、どんな武器を所持しているか、まるで分かっていない状態で、職員たちを現場に投入することはできない。ましてや第九職員はデスクワークが基本である。現場捜査に慣れていない素人が現場に混乱を招く危険性を考えれば、捜査本部の指令はしごく正当な措置であった。

 残念そうな顔をする荒木の横で、青木もまた拳を握りしめる。
 みんなが我慢しているのだ。自分ひとり、勝手な行動を取ることはできない。春の事件のとき、単独で薪の救出に向かった青木は、後からやってきた岡部にこってり叱られたのだ。
 薪が心配で居ても立ってもいられず、上司に何の断りもなく探しに来てしまった青木とは違い、岡部はあらゆる状況を想定した捜査計画書を提出し、その読みの深さと完璧さでもって捜査権をもぎ取って来た。それが警察官のやり方だ、おまえのはただの暴走野郎だ、と怒鳴られて、一言も言い返せなかった。
 それに、春先の事件とは状況が違う。あのとき薪は森の中をさ迷っているものと思われていたが、今回は薪を拉致した人物がいるのだ。例え青木が薪の居場所を探し当てたとしても、不用意に近付けば犯人を刺激し、却って薪を危険に晒すことになりかねない。追跡、探索、交渉術のプロが揃っている捜査本部に任せた方が安心なのだ。

 ――そう、いくら自分に言い聞かせても、青木の心は薪の元へと飛んでいく。
 薪がいなくなってもう三日。青木が、こんなに長く薪の存在を感じ取れないのは初めてだ。

 先日岡部にも言われたが、春先の事件でも冒頭、青木は薪がこの世の何処にもいないと感じていた。後に薪から聞いた話と繋ぎ合わせてみれば、その頃の薪に意識はなく、あったとしても完全に記憶を失くした状態で何一つ心に思うことが無かったらしい。青木と会うまで薪の記憶は失われたままだったが、その間も薪は、誰かが自分を探しに来てくれると言う希望は捨てなかった。
 思うに、青木が薪の居場所を探り当てられるのは、そうやって薪が発信したパルスを辿っているのではないか。非科学的な話になってしまうが、自分を見つけて欲しいと願う薪の気持ちが強いほどに青木のレーダーも精度を増すような気がするのだ。

 だがそう仮定すると、今回の状況は甚だ恐ろしいことになる。
 見つけて欲しいと願う意識もない、つまり既にこの世にいない。或いは、薬物等で意識が朦朧としたまま囚われの身となっている。
 救難信号が発信されて、青木が一番恐れていた前者の可能性はなくなった。薪は生きている。それだけでも心に明かりが灯った。
 しかしそうなると、薪は後者の状況にある可能性が高い。あくまでも仮定の話だが、そうでもなければ、薪自身が救出を望んでいないということになってしまう。常識的に考えてそれはおかしい。

「青木、ちょっと来い」
 ちっとも書類に集中できず、何度も同じファイルを繰っていた青木を、岡部が執務室の外に呼び出した。エントランスまで歩いてやおらに振り返り、誰もついてきていないのを確かめる。
「おまえは薪さんのボディガードだ。官房室からの正式な任命書がある。捜索に加わる権利があると進言したら中園さんがOKしてくれた」
「岡部さん」
 行け、と親指を立てられて、青木は走り出す。
 一刻も早く薪のところへ。モンスターから彼を奪い返し、この腕に抱きしめたい。

「て、なんで着いて来てんですか?」
 第九の正門を出てから気が付いた。岡部が隣を走っていた。
「おれはおまえの助手だ」
「みんなには絶対に第九を出るなって言っておいて」
「仕方ないだろう。刑事の鉄則は二人一組だからな」
「岡部さん……薪さんに似てきましたね……」
 夫婦は似るって言うけれど、薪の女房役の岡部もすっかり屁理屈が上手くなった。

 捜査本部は警視庁の中に設置されている。最短距離である中庭の地下通路からそちらへ向かおうとして青木は、岡部に呼びとめられた。
「青木、そっちじゃない」
「え、でも。捜査本部に行って情報をもらわないと。無線機も」
「いや。おれたちは別口だ」
 ポイと車のキィを投げられた。岡部の私物だった。
「少し、気になることがある」


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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ひー、ひー、ふー。

息、してます!( ;∀;)
薪さんを助けて下さいしづさま…

青木と生きていくって決めたんだから、愛されてるんだから!
なんか信号がフェイクな気がするけど。
岡部さんの勘が当たりますように。

なみたろうさんへ

なみたろうさん。

……生まれる?(笑)

>青木と生きていくって決めたんだから、愛されてるんだから!

ねえ!
決めたんじゃないんかい、われ!男がいったん決めたことを簡単に放り出すなや! て感じですよね!!

や、誰が書いたの、て、
文責の在り処とか難しいことしづ分かんない。(と、薪さんのように都合よく子供になってみる)


>なんか信号がフェイクな気がするけど。

うん、そう。これ、捜査陣を遠ざけるための偽信号。(←ネタバレとか気にしない)

ここからクライマックスですから♪
お楽しみに(^^)

Aさまへ

Aさま。

>今になって救難信号が押されたというのも不思議ですが。
>ほとんど全裸に近い状況なのにどこに隠してたの?

そうですね、無理ですよね。
だからこれは囮です。
捜査陣をおびき寄せて、その間に、てことですね。


>ずっとあの虫のいる場所にいるよりいいけどもっと酷いことになっても嫌だしなあ(;´Д`)

もっと酷いことって……どこまでSだと思われてるんだかww 本望っすねwww


>薪さんがこれ以上、犯人に罪を犯させてはいけないと気づいてくれてたらいいなあ。

そうですね。早く気付いて欲しいですね。

薪さんが鈴木さんを手に掛けてしまったことは、現実には事故で、仕方のないことだったのですが、
それを割り切ってしまえるような人だったら、こんなに好きにならなかったわけで、
そう思うと彼が背負った罪悪感は大きな魅力にも思えるのですが、今回のように、それに飲み込まれてしまってはダメなんですね。
我ながら、勝手な好みだなあ。
薪さんに聞かれたら「どうしろってんだ」と逆ギレされそうです。

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Sさまへ

Sさま。

>これは夢に違いないという私の希望が脆くも崩れた今、頼りになるのは岡部さんでございます。

はいっ。
今回、活躍するのは岡部さんです。
て言うかこの話、青薪さんじゃなくて岡薪さんかも。


>この前なんて、うっかり朝ごはん食べながら読んでたので、

ごめんっ! ホントごめんね!! 
せっかくのチーズトースト、台無しにして申し訳ないです(^^;)

しづist はともかく、(ありがと~(^^)
Sさんのお気持ち、分かります。薪さんと名が付くだけで、気になっちゃうんですよね。
わたしなんか、アニメまで完全制覇しましたよ。なんだこれ! とか怒りながら全部見た(笑)


>体の傷はやがて癒えますが、心の傷はなかなかに癒えるものではありません。読んでてそんな気持ちになりました。

そう、そうなんですよ。
Sさんのおっしゃる通り、

>解決しても、心の中で澱のように沈殿したものが、時々沸き上がってきて、またよどんでしまう

薪さんも、正にそういう状態なんです。
繰り返すのは良くない、前を見なきゃ、って思いますよね。でもそれって、当人にとってはとても難しいことだと思うの。
それが人の弱さであり、ダメな部分だとは思う、でもね、そういう弱さを持っているからこそ人は他人の痛みを分かることができるんだとも思うのよ。いつまでも過去に囚われているダメな人だから、犯罪者の気持ちが分かるんだと思うのよ。前向きな犯罪者ってあんまりいないでしょ(笑)

だからって、いつまでもこのままって訳にもいかないからねえ。
折り合いの付け方が、難しいところですねえ。

本当、生きるのって大変だよね。



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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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