モンスター(18)

 映画の影響でしょうか、最近、「はじめまして」の記事に拍手をいただいてます。ここ1ヶ月で20ちょっと。きっと新しいファンの方が増えたんでしょうね。喜ばしいことです(^^)
 うちのブログ、そのうち何人の方にドン引かれたのかとか、考えない考えない。
 そしてこの話、常連さんのうち何人の方に「しづのヤロー」と舌打ちされたのかとか、考えない考えない。




モンスター(18)





 車のトランクと言うのは荷物を積む場所であって、人間が乗る所ではない。然るに、乗り心地は非常に悪い。
 路面の僅かな段差を拾ってタイヤが跳ねるたび、その振動がダイレクトに伝わる。窮屈に折り曲げられた身体が金属製の内壁にぶつかって、ガムテープの下になった口唇がくぐもった呻き声を上げる。
 後ろ手に掛けられた手錠は、擦られて破れた皮膚から流れる血液で黒ずんでいた。これまで何度も容疑者に手錠を掛けてきたけれど、こんなに痛いものだとは思わなかった。逮捕された彼らが何日もこの状態でいることはまずないが、それでも人権に配慮して内側にクッション材を取り付けるべきだと次の部長会議で提起を――。
 ――もういい。この痛みも、もうすぐ終わるのだ。

 早朝、背中を蹴り飛ばされて起こされた。服を着せられ、相手の肩を借りる形で外に出た。薪の右腕の、傷口から流れた血が細い筋状に固まっていて、動くとそれが剥がれて大層痛かった。新しい血がワイシャツを汚し、白い袖に美しい、赤い花びらのような模様を描いた。

 相手は行き先を言わなかった。聞きもしなかった。どこから旅立っても行き着く先は同じだと思ったからだ。
 ガタガタと揺れていた車が止まり、短いドライブが終わった。ふわりと車体が浮き上がる感覚の後、バタンと車のドアが閉まる音がして、運転者が車から降りたのが分かった。
 カツカツと靴音が響く。どうやら地面はコンクリートのようだ。どこかの駐車場かもしれない。
 薪はトランクの蓋が開くのを待ったが、それは一向に訪れなかった。聞こえていた靴音は遠くなり、やがて消えてしまった。

 まさかここに放置?
 勘弁してくれ、と薪は思った。まあ、それでも充分死ねるが。

 暗い中でじっとしていると、疲労と空腹ですぐに意識が遠のく。捕えられてから何日経ったのか、もう分からなくなってしまった。食事は一度も与えられなかった。水だけは飲ませてもらえたが、生命を保つ最低限の量だった。軽度の脱水は頭痛と悪寒を伴い、薪から冷静な思考力を奪っていた。

 深い闇の中に沈んでいく意識の中で、青木の声を聞いたような気がした。なんだかとても懐かしく感じる、愛しい声。誰かと何か話している。相手は岡部か。なにやら楽しそうだ。
 よかった。僕がいなくても、青木は笑えるんだ。
 安心したせいか、薪は急速に意識を失った。限界を超えたその細い身体が、微かに痙攣していた。




*****




 細かい文字がぎっしりと書かれた書類を机の上に放り投げ、小池はううんと伸びをした。
「あー、疲れた。青木、コーヒー……あれ、青木は?」
「青木さんなら岡部さんと一緒に外へ出ました」
 小池の問いに山本が答える。山本は検事時代に、書類を読み上げながら被疑者の表情や無意識の動きを観察していた時の癖で、モニターに集中しながらも周りの動きを同時に見ている。おかげで彼は同僚が何処にいるか、大抵は把握しているのだ。
 それを聞いて小池は、ちぇ、と眉を寄せた。右肩を揉みほぐしながら、ふん、と鼻から息を吹く。
「なんだよ、青木は特別扱いかよ。ズルイなあ」
「仕方ないだろ。青木は薪さんのボディガードだし。第九の中じゃ、今や岡部さんの次に強いぜ、きっと」
 不機嫌丸出しの小池の声に、隣の曽我がのほほんと答える。尖った槍の先をふんわりと包む真綿の鞘のような口調だった。
 小池は第九の中で一番薪への文句が多いが、それはポーズで、本当は薪のことをとても尊敬している。だから今この瞬間にでも、捜索隊に加わって彼の救出に尽力したいに違いない。小池の親友は、そんな小池の心理と素直になれない性格を理解しているのだ。

「それもそうだな。じゃ、荒木、頼むわ……あれっ? 荒木は?」
「トイレじゃないのか」
 新人の応えがないことに気付いた曽我が一緒になって探したが、執務室の中に荒木はいなかった。目の利く山本ですら、荒木が出ていくのに気付かなかったと言う。
「荒木のモニター、30分前で止まってます」
「車のキィが1つありません」
「それは岡部さんたちが乗って行ったんじゃないか」
「いや、昨夜から無かったぞ。誰か使ってるんじゃないのか」
 第九の鍵類は、各々の机の鍵からキャビネットに到るまで、すべてキィボックスに格納されている。もちろん車のキィも。取り外すには自分のIDを打ち込まなければならない。

「IDの記録は……荒木だ」
 新人が研究室の車を勝手に借り出し、何処へ行ったのか。職員たちは一様に眉を寄せ、顔を見合わせた。
「昨夜も寝てないみたいだったし。あいつ、仕事終わってから薪さんのこと探してるんじゃないのか」
「薪さんがいなくなったの、自分のせいだって思い詰めてたからな」
 薪が行方不明になってからの荒木の落ち込みようは、見ているこちらが気の毒になるくらいだった。こういう事態に慣れていない分、その憔悴ぶりは、薪のイヌと揶揄される青木よりも酷かった。
 あの明るかった彼が、まったく笑わなくなった。真っ赤な目をして、寝不足にむくんだ顔をして、常に何か考え込んでいた。食事も喉を通らないらしく、誰かが食事に誘っても遠慮がちに首を振った。それが3日も続いた今では、もともと小柄な体が更に一回り小さくなったようだった。

「今も多分、発信機を追いかけて行ったんだ」
 たとえ何もできなくても、じっとしていられない。自分たちだってそうなのだ、失踪の責任が自分にあると思えば尚のこと。その気持ちはよく分かった。青木のことを「特別扱い」と皮肉った小池ですら、荒木の行動を責める言葉は持たなかった。
 室長、副室長共に不在の折、室長職を代行する今井が結論を出す。
「岡部さんに知らせておくか」


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

>やっぱり、映画化が決まって良かったと思います^^

そうですよね!
きっかけはどうあれ、秘密の魅力を知る人が増えるのは嬉しいです。
かく言うわたしもアニメがきっかけでハマったクチですからね。文句は言えませんww


>しかし、新規の方がこの話を最初に読んだらかなり凹むかも^^;

あははー!
すみませんー!!


>3日も少量の水だけで拷問され

や、大丈夫ですよ。
参考のために魔女狩りの資料を読んだんですけど、水だけでも1週間くらいは生きてますって。あそこまで酷いことされてるわけじゃないしね。
だから薪さんは、身体的苦痛よりも、精神的に参っちゃってるんですよ。そっちの方が重傷です。

て、酷いことに変わりないですね。
ごめんなさいー!


>小池がイケメンな名前

穂高さんでしたっけ?
似合わねえww
曽我さんはしっくりきますね。孝より合ってると思うな。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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