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真冬の夢(3)

真冬の夢(3)








 自宅から徒歩20分の場所に、薪のお気に入りのカフェがある。
 店内は明るく、ほどよく暖房が効いている。平日の午前中にしては客足が多く、なかなかの盛況ぶりである。
 窓に向かうカウンター席に青木と並んで腰を下ろし、モーニングセットを注文する。先に運ばれてきたコーヒーを飲みながら、何とはなしに外を眺めている。
 花束を置くために一度家に帰った薪は、スーツ姿に着替えてきている。スーツの下は休日らしく白いタートルネックのセーターを着ているが、ジャケットとズボンはダークグレイの細い縦縞模様だ。
 
「なんで着替えちゃったんですか? もったいない」
「もったいないって、なにがだ?」
 青木の質問は、時々訳が分からない。
 また『新婚さん』に間違われたら堪らないからな、と心の中で返事をして、薪は椅子に深く座り直した。
 カウンターの高いスツール椅子は、実はあまり好きではない。座りづらいし、足が床に届かないからだ。途中に足を置くバーがあるが、なんとなく落ち着かない。
 ふと隣に目をやると、薪より30cm近く背の高い新人は、手も足も身長に合わせて長くて、ちゃんと床に足が着いている。何を食えばそんなにでかくなるんだ、と同性ゆえの嫉妬を覚える薪である。

 注文の品が運ばれてきて、コーヒーのお代わりが注がれる。このカフェはとてもサービスが細やかだ。
 トーストが2枚とゆでたまご、生野菜のサラダ。薪はいつもこの一番シンプルなセットを選ぶ。ベーコンやソーセージの類はどうも苦手だ。
 青木のほうはさすがに若いだけあって、朝から旺盛な食欲だ。卵2個分のスクランブルエッグとソーセージ、ハッシュドポテトまでついて、見ているだけで胸焼けしそうだ。

「朝からよくそんなに食えるな、おまえ」
「おいしいですね、このお店。パン、もう一枚追加しようかな」
「……食うか?」
「いいんですか? ありがとうございます」
 薪の胃には、2枚目のトーストは少しきつい。たいていは皿に残ったまま固くなってしまうのだ。

 青木は幸せそうに食べている。まったく、よく食うやつだ。
 ……そういえば、鈴木も。
 鈴木もよく食べるやつだった。僕の食べ残しまで食べてたっけ。
『薪は食が細いな』
 ――― おまえが食べすぎなんだよ。
 あの時はそう言ったけれど、本当は違う。鈴木の前だと胸が一杯になって、あまり食べられなかっただけだ。

 青木は、鈴木によく似ている。

 顔立ちもさることながら、雰囲気とか素直でやさしい性格とか。裏表のない笑顔とか、悪気のないツッコミとか。花の好みまで。
 白い百合は、鈴木が好きだった花だ。だから薪も、この花が好きになった。
 一時が万事で、いま薪が好きなものは親友の影響によるものが多い。好きな人の好みが自分の好みになる――― そんな経験はだれにでもあるだろう。

 カウンターに頬杖をついて、隣の食事風景を横目で見る。薪の視線に気付いて、青木はにっこり笑う。その邪気の無い笑顔がまた、彼のひとを思い出させる。
 無意識のうちに見つめてしまう。相手の笑顔につられて微笑んでしまう。
 こんなふうに誰かと一緒に朝食を摂るのもたまにはいいか、などと考えてしまう。
 
「おまえ、ほっぺたにケチャップついてる」
「え? どこですか?」
「ほら、ここ」
 使い捨てのおしぼりで拭いてやる。子供みたいなやつだ。
 昔、鈴木ともこんな風に……。

 カフェの店員が、コーヒーのお代わりを聞いてくる。薪のカップにはまだ半分ほどのコーヒーが残っていたが、若い女性の店員はそれを新しいものとカップごと交換してくれた。こういうところが気に入っている。
「サービスいいですよね。ハンサムは得ですね」
「僕が常連だからだろ」
「そんなによく来てるんですか?」
「休みの日はたいてい、朝はここだな」
 熱い落としたてのコーヒーを楽しみながら、この店で誰かと食事をするのは初めてだな、と気付く。
 店の人間は、自分と連れの関係をどんな風に見ているのだろう。ちゃんと上司と部下に見えているだろうか。
 いや、今日は大丈夫だ。ちゃんとスーツを着てきた。
 休みの日だからといって下手な服装をすると、とんでもない誤解を受ける。特にこいつと一緒のときは油断できない。ジャケットは肩が凝るから本当はあまり好きではないのだが、あんな赤っ恥は二度とごめんだ。
 夏に2人でスーパーに行った時のことは、薪の中で結構なトラウマになっている。女性に間違われるだけならたまにあるが、あれは初めてのパターンだった。同じ轍は踏まない。

 コーヒーを飲み終えて、席を立つ。二人分の伝票を持ってレジに向かうと、青木が慌てて後を付いてきた。
「薪さん、オレが払います。オレの方がたくさん食べましたから」
「心配するな。こんなカフェのモーニングなんかじゃなくて、もっと高いものを奢ってもらうから」
 薪は悠然と振り返って、意地悪な笑顔を後ろの部下に向ける。
 青木はまだ社会人1年生だ。そうそう自由になるお金はない筈だが、それを知っていてこういうことを言うのだから、薪はやっぱり人が悪い。
 ところが、青木は嬉しそうな顔で「はい」と頷いた。
 ヘンなやつだな、と首を傾げる薪に、レジにいた顔見知りの店員が釣銭を返しながら、リップサービスを添えてきた。

「いつもありがとうございます。お連れの方はお兄さんですか?」
「は?」
「ご兄弟、仲がいいんですね」
「僕の方が年上っ……!」
 怒鳴りたかったが、それをするともうこのカフェに来れなくなる。お気に入りの店を見つけるのは、案外たいへんなのだ。
 
「……どうも」
 店員の誤解はするに任せて、薪は財布をポケットにしまった。
 笑いを堪えている青木を思い切り突き飛ばし、振り返らずに出口へ向かう。後ろから店員と青木の会話が聞こえる。
「大丈夫ですか?」
「ええ。反抗期で」
 誰がだ!
 付き合いきれん、とばかりに薪は青木を置いて店を出た。
 
「本当にかわいい弟さんですね」
「はい。可愛くて仕方ないです」
 悪意のない誤解で『反抗期の弟』を怒らせてしまった店員に向かってにこやかに会釈して、青木は薪の後を追った。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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