モンスター(23)

 以前、下請けさんの現場担当者のお名前が、「滝沢さんと鈴木さんだったw」と言うお話をしたことがありました。で、今回新しい現場で、その滝沢さんと再び一緒に仕事をすることになったのですけど、なんと、
 I 市役所の監督員さんの名前が「青木さん」!! マジかww
 いやー、こんな偶然、あるんですねえ。びっくりしました。





モンスター(23)





 その日のうちに荒木翔平は逮捕され、監査官による聴取を受けた。荒木の身柄が捜査一課ではなく官房室の息の掛かった監査官預かりになったのは、薪のスキャンダルを恐れた中園の判断であった。一課長の苦い顔が目に浮かぶようだったが、身内の不祥事であったこと、捜査陣がまんまと裏を掛かれて偽の信号に飛びついた事実を不問に付したこと、監査課の監査が終わった後は警視庁に身柄を引き渡すこと、つまり送検と手柄は捜査一課のものとしたことで、表立った騒ぎは起きなかった。
 一課での取り調べが行われる前、荒木の犯罪計画について、監査室では一つのストーリーが作られた。それは荒木が薪に横恋慕し、交際を迫ったが拒否されて拉致監禁、暴行、殺人未遂に到った、と言う若者にありがちなドラマであった。それが荒木の自供調書になった。貝沼事件との関係は、一文字も記載されなかった。

「なんだ、その三文小説みたいな筋書きは」
 アクリルボード越しに投げつけられた言葉に、青木は鼻白む。その言い方はあまりにも尊大で、自信に満ち溢れている。どう聞いても囚人の言い草ではない。
「誰が書いたんだ。センスねえな」
「おれだ」
 滝沢のダメ出しに、岡部が低い声で答える。俗なストーリーが岡部のイメージに合わなかったのだろう、滝沢は意外そうに眼を見開いた。
「中園さんと二人で色々考えたんだが。それが一番通りがいいだろうってことになって……まあ、薪さんだからな」
「なるほど。薪だからな」
「薪さんですからねえ」
 似たり寄ったりの感想は三者三様の口調で、しかし3人は申し合わせたように遠い眼をする。一時下りた沈黙を破って、滝沢が尋ねた。

「薪はまだ病院か」
「ああ。今日、やっと医者の許可が出た。おれたちはこれから病院だ」
 運び込まれた警察病院で、薪は丸一日眠り続けた。彼の体力が回復し面会が許されたのは、薪が助け出されてから3日後の午後。その日はちょうど滝沢に約束した面会日と重なっており、岡部と青木は小菅に寄ってから薪の病室へと赴くことにした。
 滝沢が看守を追い出した面会室で、青木は滝沢に事件の詳細と顛末を語って聞かせた。今回の事件には滝沢も一枚噛んでいた、というか、薪に危険が迫っていることを知らせてくれたわけだし、彼にも知る権利はあると判断したのだ。

「動機だけはこちらで用意しましたが、犯行の詳細について、荒木は全面自供しました」
 自分が第九入りを希望したのは、病床の母親を元気付けるためだった、と荒木は言った。
 全身を病に蝕まれた母親の、生きる気力は薪に対する復讐のみ。母親に少しでも長く生きて欲しくて、荒木は自分が復讐を代行している振りをした。

 ――今日は階段からあいつをを突き落としてやった。鈍くさいあいつは足を挫いて、松葉杖のお世話になっている。
 コーヒーの中に下剤を混ぜてやったら、トイレが間に合わなくて粗相をしてしまった。今では警察中の笑い者だ。
 ビタミン剤だと偽って飲ませていた母親の抗癌剤(病院には失くしたことにしていた)の副作用で髪が抜けて、若い頃の美貌は見る影もない。毎日、鏡を見ては溜息を吐いている。いい気味だ――。

 母親に求められるがまま、荒木は薪に様々な嫌がらせをしていると話したが、現実に荒木がしていたのは、母親の手紙を他の郵便物に混ぜて薪に届けたことくらい。それ以外は何もしていなかった。
 薪は手紙を読んでも感情を表に出すことはなかったが、それについても荒木は母親に嘘を言った。
 母さんの手紙のせいで、あいつは恐怖に怯えている。殆どノイローゼになっている。計画は順調に進んでいる、このまま追い詰めていけばあのオカマ野郎は自殺するに違いない。もう少しで恨みを晴らせる――そう、嘘を吐き続けた。あの男の死に様をこの眼で見るまではと、母もそれに応えて病と闘い続けた。

 その母がとうとう病に負けて、この世を去った時。荒木の中で何かが壊れた。
 崩落による隙間を埋めるように、そこに母親の遺志が注ぎ込まれた。その瞬間に殺意が生まれたのだと、決して最初から薪を殺す気だったわけではないのだと、犯行の計画性を否定した。

「まさかおまえ、それ、信じたわけじゃないだろうな」
 荒木の自供内容に不可を付けられた青木は、少し考え込んで、でもきっぱりと言った。
「オレは荒木を信じます」
 さもバカにした眼で滝沢が青木を見る。視線に形があったらきっと、「バカ」と書かれている。おそらく強調太文字で。それでも青木は自分の意見を曲げなかった。
「『第九に来てよかった』って、荒木はオレに言ったんです。室長のこともオレたちのことも大好きだって」
 酔いに任せて調子の良いことを、そんな解釈もできたかもしれない。しかし青木には、そうは思えなかった。
「あれが演技だったとは、オレは思いません」

 青木が口を噤むと滝沢は、あの人を値踏みするような目つきで青木を見やり、はあ、とため息を吐いた。
「おまえが鈴木くらい腹黒けりゃな」
 一部では第九の神さまと呼ばれる鈴木でさえ、滝沢フィルターに掛かるとこの始末。裏返せば、その滝沢ですら青木にはおよそ悪の要素を見い出せないと言うことになる。
「オレ、善い人じゃありません。お芝居とは言え、滝沢さんが薪さんを押し倒したって知った時には、すっごいヤキモチ妬いたし」
「当たり前だ。それが目的だったんだ」
 あれには別に目的があったのだが、滝沢は敢えて嘘を吐いた。青木もまた、その事実の裏側を薪から聞かされていたにも関わらず、知らない振りをした。
 工作員として訓練を受け、人の表情を読むことに長けた滝沢は、一目でそれを看破する。薪クラスのポーカーフェイスならともかく、青木のそれはお粗末すぎるのだ。

「薪がなんでおまえに何も言えなかったのか、分かった気がする」
「オレにだって分かってます。……オレが頼りないから」
「それは否定せんが」
 青木に話したら全部顔に出る。そうしたら周り中に知られてしまう、荒木が貝沼事件被害者の遺族であること。
 その危惧もあっただろう、しかし。
「たぶん、違うな」
 話せば青木は、必死で薪を慰める。あなたのせいじゃない、あなたはオレが守る、オレのためにもみんなのためにもあなたは胸を張って生きてくださいと、そんな言葉で彼を包むだろう。それに身を委ねてしまいそうになる、自分が薪には許せなかった。
 そんな薪の気持ちを見抜いて滝沢は、薪が「過去の亡霊に囚われている」と言ったのだ。

 もうとっくに終わった事件の、そもそも自分にはない責任を勝手に背負いこんで、誰も自分を責めないからと自分で自分を責め続け、それだけでは飽き足らずにこんな事件を引き寄せた。滝沢が自由の身なら、病院に飛んで行って平手の2,3発もお見舞いするところだ。
 自分が行けなければ誰かに託すしかない。立場的には恋人の青木が適任だが、この男にはまず無理だ。
 なぜ話してくれなかったのかと、青木からは薪に対する怒りがまるで感じられない。もちろん打ち明けてもらえなかったことを寂しいと思っている、でもそれは薪が悪いのではなく、己の未熟ゆえだと凹んでいる。
 こういう人間に、あの頑固な薪を矯正することはできない。

「どうやらあんたの出番だな。副室長殿」
「おれは他人のプライベートには口を挟まん」
「しかしこいつには無理だ。薪に尻の毛まで抜かれちまってる」
 ふうむと腕を組み、考え込む様子の岡部に、青木は慌てて言った。
「嘘ですよ、岡部さん。オレ、薪さんにそんなことしてもらってません」
 瞬時に居室に敷き詰められた微妙な空気。次の瞬間、アクリルボードの向こうで爆笑した滝沢に、岡部が苦い顔をする。
「滝沢さん、いい加減なこと言わないでくださいよ。薪さんに無駄毛の始末なんてさせられるわけ、あ、でも、耳掃除はこないだしてもらって、それが気持ちよかったのなんのってうごっ!」
 青木が座っていたパイプ椅子の脚が岡部に蹴り飛ばされてダリの絵のように歪んだのと同時に、面会は終了時間を迎えた。

 そんな一幕を経て、二人は病院を訪れた。時刻は3時を回っていた。
 薪はベッドに横になり、茫洋と窓の外を見ていた。毛布の上に投げ出された細い腕に、亜麻色の前髪が被さる額に、幾重にも巻かれた白い包帯が痛々しかった。

 見舞いに訪れた二人を認めると、薪は困ったように微笑んで見せた。その顔は「またおまえらは余計なことをして」と言わんばかりだった。
 衰弱が激しかった薪は、入院初日はICUにいた。昨日は一般病棟に移されたが、面会謝絶の状態だった。青木はスタッフを口説き倒し、看護師立会いの下で薪の寝顔を見ることだけを許してもらった。
 起きている薪を見ることができたのは5日ぶり。まだ頬は青白く笑みはぎこちなかったが、森田家の墓前でこの腕に彼を抱いたあの日より幾分も、その瞳は生ある人間に近付いていた。

「薪さ」
 青木が薪に近付こうとすると、岡部がそれを手で制した。驚く青木に岡部は、さらに青木の度肝を抜くようなことを命じた。
「青木、外で見張ってろ。誰も病室に入れるな」
 すぐにでも薪の手を取ってその無事を確かめたかったが、ここは我慢だ。青木は聞き分けよく、病室の外に出た。岡部は副室長として、室長の薪に事件の顛末や仕事の報告をするつもりなのだろう。それで秘密保持のために青木を見張りに立てたのだ。

 青木はそう推測したが、それは大きな間違いだった。
 ドアの前に立って5分もしないうち、青木は病院の廊下に信じられない人物を発見した。捜査一課の大友と西田、そして彼らが連れているのは。
「荒木……!」
 荒木は両手を前で揃えて、その上にタオルを巻いていた。腰には猿回しの猿のように青い紐を結わえ付けられ、その先端は西田の手にしっかりと握られていた。まだ取り調べ中だから囚人服こそ着ていないが、その扱いは完全に犯罪者のそれであった。

「薪室長の病室はここですか」
「そうですけど、大友さん。室長はまだ、面会謝絶が解けたばかりです。事情聴取はもう少し後にしてもらえませんか」
 病室に入る前、担当医に、患者に無理をさせないようきつく言い渡された。
 薪の怪我は全治2週間。実はこれは大した怪我ではない。時間を掛けて養生すれば、跡形もなく消える程度の傷だ。だから、医者が心配しているのはそこではない。
 誘拐事件の被害者にとって一番深刻なのは心の傷だ。例え無傷で助け出されてさえ、被害者に危険がないとは言い切れない。ほんの些細な共通点、例えば犯人がしていた腕時計と同じものを街で見つけた、監禁場所で嗅いだ潮の匂いがした、聞こえてきた時報のメロディが同じだった――たったそれだけのことで、監禁された時の恐怖が甦り、パニックになって自殺した者もいるのだ。聴取目的だろうが荒木を同伴するなんて、1課は何を考えているのか。

 怒りが顔に出ていたのか、大友は焦った様子で首を振り、「青木さんでもそんな顔するんですね」と苦笑した。
「聴取は室長が退院してからで充分です。自白調書も、その裏付も取れましたから」
「じゃあどうして」
「竹内さんから電話があって。岡部警視に頼まれたんだそうです。荒木を連れてきて欲しいって」
 驚きのあまり、青木は声も出なかった。
 岡部が荒木を薪の病院に呼び寄せた? いったい何のために?

 改めて荒木の様子を見れば、彼の太陽のような明るさはとっくに消え失せて、罪人特有の陰鬱な空気をまとい始めている。虚ろな視線を床のタイルに淀ませ、誰とも眼を合わせないように誰の視界にも入らないようにひっそりと息を殺して、その姿は出会った頃の薪を青木に思い出させる。あんなに華やかな人なのに、当時の薪はそんな気配を漂わせていた。見ていると不安を掻き立てられるようで、青木は彼から眼が離せなくなった。

「これ、課長にバレたら今度こそおれクビですからね。ぜったい竹内さんちにパラサイトしてやるー」
 仲が良いのか悪いのか、いま一つ不明瞭な竹内の後輩は、荒木の腰紐を青木に譲り渡し、サッと敬礼した。
「見張りはおれたちが代わります。青木さん、荒木を連れて中に入ってください」
「え。でも」
「『理由は分からないけど、岡部さんは薪室長に何か大切なことを伝えたいんだと思う』 そう、竹内さんが言ってました。あのひと、そういうの鋭いから」
 信じて間違いないと思います、と大友に言われてようやく青木は滝沢の言葉を思い出す。自分には預けてもらえなかった滝沢の伝言を岡部はちゃんと受け取って、薪に伝えようとしているのだ。
 青木は紐の取っ手をぐっと握りしめ、スライドドアを横に滑らせた。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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ちょっと警察病院行ってくる。

いやっいっそのことナースに化けて30分に一回バイタルチェックしに行って手握って寝顔写真撮って、青木が来たら「なんなら泊まってく?自分」とか勧めます。
いえ、私薪さんにそんな、あんなことやそんなことする気はないんです、あんなことやそんなことされる薪さんなら見たいです。
そして回復して起き上がれるようになったらとりあえず鮭色のセータープレゼントします。あっチクチクしないやつ探します。ユニ〇ロで全部ほおずりして探します。

すいません、気になさらず続きをどうぞ。

なみたろうさんへ

なみたろうさん。

警察病院潜入レポww


>30分に一回バイタルチェックしに行って手握って寝顔写真撮って、青木が来たら「なんなら泊まってく?自分」とか勧めます。

ナースの仕事最初だけじゃん!(爆)
そこから後は腐女子の仕事、でもグッジョブ! 特に最後!!

原作で薪さんが爆弾騒ぎのとき運び込まれた病院に、ナースに化けて潜り込みたいと思いましたでしょう? わたしも考えましたよ!
わたしは医療知識皆無だから、清掃のオバちゃんになろうと思いました。そして薪さんが飲んだコップを持ち帰る!!(はあはあ)
てかね、もう第九の清掃のオバちゃんになりたい! 薪さんの椅子に頬ずりして、座面にキスして、机を撫でまわして、そして机周りの床から薪さんの髪の毛を拾うの。うっとり。←だれかとめて。


>いえ、私薪さんにそんな、あんなことやそんなことする気はないんです、あんなことやそんなことされる薪さんなら見たいです。

わたしも、わたしもです! 自分が薪さんとどうこうなんて、ぶるぶるぶる、恐れ多くて胃に穴が空きます。
でも、青木さんに愛されまくる薪さんは見たいです~(〃▽〃)


>そして回復して起き上がれるようになったらとりあえず鮭色のセータープレゼントします。

「おかわいらし」かったですねw
中学生みたい、って、青木さん。そりゃ、(初対面の時)スーツ着てても高校生にしか見えないなら、セーター着てたら中学生にしか見えませんよね。ワルイコトできませんね(>m<)


>ユニ〇ロで全部ほおずりして探します。

なんて迷惑な客ww
いや、愛ですね、愛! お気持ち、分かりますよ!
でもユニクロなんだwww

Aさまへ

Aさま。


>青木はやっぱり、優しいですね。

例え実の姉を殺されても犯人を憎まない青木さんなら、薪さんがこうなってしまったのは自分が薪さんを守れなかったからだと自分を責めて、荒木を憎まないのではないでしょうか。縁もゆかりもないグラサンハゲが相手でもそうだったのですから、可愛い後輩だった荒木のことは、余計に憎めなかったと思います。


>薪さんを怒らないと駄目なのですよね。
>きっと、その為に荒木が連れてこられたのでしょう。

そうです。
薪さんには自分のしたことを、しっかり見てもらわないと。て、書いたのわたしです、薪さん、ごめんなさい。

原作薪さんは、ちゃんと乗り越えたんだなあって、4月号読んで思いました。
そうでなきゃ、青木の家になんか来れませんよね。申し訳なくて合わせる顔がない、その気持ちは残ってると思いますが、そこから逃げないで、しっかり現実と向き合ってる。うちの男爵にも見習ってもらわなきゃ。
と言うことで、
この後、もう一本、モンスター関連のSSを書きます。お楽しみにっi-237

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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