モンスター(25)

 岡部母さんのお説教、その2です。長いな、おい。




モンスター(25)





「あんたが青木の気持ちに鈍くなったからですよ」
 岡部の怒りを確信して、薪の眉が寄せられる。岡部が薪を『あんた』と呼ぶ時は、ものすごく腹を立てているときなのだ。

「気付いてるかどうか知りませんけどね、あんたが青木のサインを見失うのは、あんたの過去が関係してるときだけなんですよ。
 それはあんたがまだ昔の事件を自分の罪だと認識していて、自分には誰かと共に人生を歩む資格はないと思い込んでるからじゃないんですか」
 一気にまくしたてる岡部に、薪は一言も言い返せない。ひたすらに眉を曇らせて、小さく開けた口を小刻みに震わせていた。
「だから青木の気持ちが掴めなくなっちまうんですよ。無意識に、青木を見ることを避けてるから」
「岡部さん」
 岡部の舌鋒を止めようと呼びかけた青木の声に耳も貸さず、岡部は言い募る。
「あんた昔おれの前で『自分は正当防衛だ、みんなに死なれて迷惑だ』と言いながら泣いてた。本当はあんた、あそこから一歩も動けないでいるんじゃないですか」
「岡部さん!」
 薪の瞳が驚きから悲しみの色に変わって行く。何もそこまで、鈴木や死んだ仲間のことまで引き合いに出す必要があるのか。岡部に対する不信が青木の中で膨れ上がり、2度目の制止はやや咎めるような声になった。しかし岡部の言葉は止まらない。

「あれから10年も経ってるんだ。いい加減前を見たらどうです」
 岡部は薪の細い肩を掴み、すると薪は痛みに顔をしかめた。まだ荒木につけられた傷が癒えていないのに、いくら岡部が薪の女房役でも、怪我人にこんなこと。
「あんたの傷の深さは分かってるつもりですよ。でも青木が可哀想じゃないですか。10年間、あんたの傍を片時も離れずにあんたを想い続けてる青木の気持ち、考えたことあるんですか」
「やめてください、岡部さん!」
 薪の肩を掴んでいた岡部の手を、強引に振りほどく。2人の間に割って入った青木は、薪を背中に庇うようにして、一言も喋れないでいる薪の代わりに岡部に言い返した。
「オレはいいんです。本当にいいんです」

 岡部が薪に言ってくれたことは、正直ありがたかった。自分の生に執着しない薪の姿勢は、青木が唯一許せない彼の悪い癖であったからだ。が、それに対する反論もまた、青木の素直な気持ちだった。
「最初に薪さんに言われました。鈴木さんのことも自分の罪も、一生忘れないって。オレはそれでもいいって言ったんです。だから」
「そりゃ最初は言うだろうさ。でも普通なら10年も経てば」
「だって薪さんですよ? 忘れないって言ったら、本気で一生忘れませんよ。天才の上にめちゃくちゃ頑固なんですから」
 青木が少しだけおどけると、岡部はふいと眼を逸らした。岡部なら分かってくれると信じていた。
「そこまで承知で、オレは薪さんの傍にいることを選んだんです」
 だからいいんです、と青木は薪に笑い掛けた。

 その笑顔に、薪はひどく哀しげな笑みを返した。
「そうやって僕は、ずっとおまえに甘えてきたんだな」
「え?」
 最後の言葉はよく聞こえなかった。薪は再び下を向いてしまい、その言葉は毛布に吸い取られたように誰の耳にも届かず消えてしまった。

「青木。おまえのアパート、まだ残してあったよな」
「あ、はい。荷物の整理が終わらないのと、家賃が1年間の前払い制なので、つい」
「ちょうどいい。おまえ、今日からそっちへ帰れ」
 病室に短い沈黙が下りた。薪が何を言おうとしているのか、察して青木は身構える。こういう薪は経験済みだ。対処法も心得ている。
「もう、家には来るな」
「嫌です」
 即行言い返した。
「こんな状態のあなたを一人にするなんて、できません」
「これは命令だ」
 毛布を握った自分の拳を見つめたまま、薪は言った。
「僕たちは少し……長く一緒にいすぎたのかもしれない」

 次の瞬間、薪の頬で、パン、と乾いた音がした。驚いた薪が青木を見る。思わず青木は自分の両手を降参の形に上げて、身の潔白を証明した。
 叩かれた頬を反射的に押さえたまま、薪が首を巡らせた。そこには鬼の形相をした岡部が仁王立ちになっていた。
「岡部さん、薪さんは怪我を」
「これだけ言ってもまだ分からないんですか?!」
 青木の控え目な抗議は岡部の怒号に掻き消された。廊下の2人にも聞こえたに違いない、ここが病院であることを忘れ去った声量だった。
「荒木を見なさい! あれはあんたのせいだ!」
 岡部の指差す方向を見やれば、薪と青木のプライベートを多分に含んだ会話に身の置き所を失くした荒木が悄然と立っている。両の手首を結わえた鉄の輪をタオルで隠し、青い細紐に腰を繋がれた罪人の姿。

「あんたの弱さがあいつを犯罪者にしたんです。それが分からんのですか」
「分かってる。元々は僕が貝沼を見逃したことが原因だ。僕の甘さが、あの事件を」
「あんた、本当にバカだな!!」
 警察庁の天才と呼ばれる薪をバカ呼ばわりできるのは、世界中探しても滝沢くらいのものだと青木は思っていたが、ここにもいた。灯台もと暗しとはこのことだ。

「そんな昔の話、今さら蒸し返してどうなるってんです。そうじゃない、おれは今のあんたの心の在り方が今回の事件の原因だと言ってるんですよ」
 悲痛な眼をして、薪が岡部を振り仰ぐ。亜麻色の瞳の中に、岡部の真剣な表情が映り込んでいた。
「ちゃんと荒木を諭しましたか? 復讐なんかでおまえの人生を無駄にするなと、上司として彼を導きましたか?
 自分の母親はおまえを呪いながら死んでいったのだと、母がそうなったのはおまえのせいだと、荒木に言われるがままに頷いて自分の罪悪感に飲み込まれて、薄っぺらい自己満足と引き換えに彼の暴挙を許したんじゃないんですか」

 岡部の言うとおりだった。薪は一切の抵抗をしなかった。
 所轄からの帰り道、「大人しくしてください」と荒木にナイフで脅され、でもそれは薪にはなんでもないことだった。岡部や青木と違って、荒木は武道を習ったこともない。構えは隙だらけだったし、簡単に押さえ込むこともできたはずだった。
 しかし、薪はそれをしなかった。諾々と荒木の言に従い、自分の手に自ら手錠を掛けたのだ。
 それから薪は、荒木が昔住んでいた家に連れて行かれた。母親が病に倒れて長いのだろう、そこは既に廃墟と化しており、近隣住民はおろかホームレスさえ近付かなかった。

 腐って虫が湧いた床の上で、薪は彼の刃を受けた。苦痛にも辱めにも、黙って耐えた。それくらい、してやってもバチは当たらないと思った。
 凶刃のひらめく間に間に挟まれた荒木の言葉で、薪は荒木の過去を知った。
 やさしかった母親が、兄の死で徐々に壊れて行ったこと。家の中はめちゃくちゃになり、嫌気がさした父親は他の女性に救いを求めて、幸せだった家庭はもろくも崩れ去ったこと。
 狂気の中で、母親は病を得た。入院費は父親が払ってくれたが、病院には顔を出さなかった。一人ぼっちの母親を放ってはおけず、荒木はずっと彼女の看病をしてきた。
 
 病床の母は、繰り返し繰り返し、薪への恨みを吐き続けた。
『和也は、あなたの兄は、あの男のせいで死んだのよ。あの男に少し似てたから、たったそれだけの理由であんなひどい死に方を』
『まだ20年も生きてなかったのに。やりたいこともいっぱいあったのに……和也ね、ライブデビューが決まったこと、真っ先に母さんに知らせてくれたのよ。それなのに』
『自分のせいで死んだ人間がいることを知りながら、のうのうとテレビなんかに出て。こんなに大きく新聞に載って持て囃されて。雑誌のインタビューまで』
『殺してやりたい、殺してやりたい、この男』
 10年間、荒木は母親の狂気と共に生きてきた。その10年の苦しみに比べれば。彼の母親を狂わせた罪人として、これくらいの罰は受けて然るべきだと思った。

 荒木の自白調書に、薪の心情についての記載はなかった。だから本当のことは分からない。でも、薪の瞳が物語っていた。
 僕は、罪を償いたかったのだと。

「それが間違いだって言ってるんですよ、薪さん」
 凄みを効かせた重低音で、岡部の糾弾は続く。彼の声には薪に対しては常に込められていた友愛の欠片もなく、心の底から薪に腹を立てていることが分かる。察して、薪の亜麻色の瞳が一層の哀しみを湛えた。
「こいつはね、おれたちを案内したんですよ。自分の兄貴が通ってた大学の近くのファミレス、もうすぐライブデビューするはずだったカフェ。バンド仲間とたむろってた喫茶店には兄貴の写真も飾ってありましたよ」
 岡部の口に青木の知らない事実がのぼり、やっと青木は理解する。岡部は事件後も、荒木の調査を進めていたのだ。そして彼の行動の真相を知った。
「荒木は本当は自分を止めて欲しかった。それをロクな抵抗もせずに唯々諾々と彼に従って、救難信号も出さず逃げる素振りすら見せず、あんたがそんなんだから」
 すうっと息を吸い込んで、岡部は薪を叱りつけた。
「荒木は後戻りできなくなっちまったんですよ!」

 薪が女性と密会していたと言うのは荒木の嘘だった。被害者となった兄に縁のある場所を回りながら、二人にヒントを与えていたのだ。
 岡部の言う通り。荒木は誰かに自分を止めて欲しかったのかもしれない。

「まだ24ですよ。こいつが、平気で人を殺せるようなやつに見えますか?」
 薪は力なく首を振った。
「僕の責任だ。僕が、彼の人生を狂わせた」
「だからどうしてそうなんですか、あんたは!」
 病室の空気が振動するような怒号。その対象ではない青木や荒木までもが一歩後ずさる。岡部が捜査一課で伝説になっているのはこういった彼の恐ろしさ、そして。
 真実を見抜く心眼。それが岡部靖文の伝説を支えている。

「薪さん! モンスターはあんただ!」



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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母さん。

母さん、愛を感じます。
薪さん耳が痛いだろうけど、大切なあなたを失うかも知れなかった人たちのことも思って下さいね。あなたが傷付けた(違うけど)人のことだけじゃなくて、あなたを愛する人のことも。

やっぱり、「薪さんと謎の女の目撃現場」回った時に岡部さん気付いてくれたんですね。誰もが振り返る美貌の人と目立ついでたちの女の組合せで目撃者がいないことの不自然に、捜査一課なら気付いてくれると思った!けど、あの場所にはそんな意味合いも含まれてたのか~。

しかし原作の岡部さんは捜査のことならこういうこと言いそうだけど(実際ひっぱたきましたね~あれは起こしたのか)薪さんのプライベートのことには…( ;∀;)手紙どうするのやっちゃん!?
今回薪さん、ご実家に挨拶したからいいのかな?
青木の実家に行った薪さんは、桜木さんの何かに感じるところがあって、大切なものに対する向き合い方を変えたような気がしたんですよ。今までは遠くで見守る、自分は関わらない主義が。ちゃんと向き合おうとした感じがしました。

しづ薪さんも怒る母さんの真意を理解して、こんなに愛されてることに素直になってくれますように!( ;∀;)

Sさまへ

Sさま。

>岡部さんのお小言(大言?)もさることながら、これを言わせてるしづさんが一番すごいや!

なるほど、お小言じゃ足りなくて、大言ですね(笑)
だって、本当に腹立つもん、こいつ。←自分で書いておいて。


今回は、自分の罪との向き合い方をテーマにしてみました。
罪悪感に囚われる薪さんは大好物ですが、それに囚われ過ぎてもダメなんですよね。
かと言って、きれいにリセットできるものでもないと思う。
その辺、シーズン0の薪さんは、ある程度折り合いを付けられたようなので、うちの薪さんも行ったれ、と思って書いたらやっぱりぐだぐだになりました、すみません。
この話では回収しきれなかったので、もう一つ、この話の後日談を書いてます。そっちで回収できる予定なんですけど、大丈夫かなあ(^^;

なみたろうさんへ

なみたろうさん。

>母さん、愛を感じます。

ありがとうございます。
愛すればこそ、言葉も厳しくなるんですよね。本気で相手のことを思ってるから。

この役は青木さんにはできないので、今回は岡部さんにやってもらいました。
前回(「青木警視の殺人」)、小野田さんにもやってもらったんですけど、全然効かなかったみたいなんで(笑)


>やっぱり、「薪さんと謎の女の目撃現場」回った時に岡部さん気付いてくれたんですね。

気付かない青木さんが アホ 、ごほごほ。



>しかし原作の岡部さんは捜査のことならこういうこと言いそうだけど(実際ひっぱたきましたね~あれは起こしたのか)
>薪さんのプライベートのことには…( ;∀;)手紙どうするのやっちゃん!?

岡部さん今更、「俺が持ってます」って言えない状況ですよね? あれから2ヶ月くらい経ってますよね?(青木さんちのカレンダーを見ると、多分今は1月ですよね)

青薪さんはなんかもう、外堀固められてるって言うか、手紙の有無に関わらず勝手に進んで行ってる気がしますが、
舞ちゃんや青木母が出てくると、(わたしの中では)まったく色気のない話になってしまうので、正直、妄想は進みません。いい話にしかならないです。それだと萌えないので。


>青木の実家に行った薪さんは、桜木さんの何かに感じるところがあって、大切なものに対する向き合い方を変えたような気がしたんですよ。
>今までは遠くで見守る、自分は関わらない主義が。ちゃんと向き合おうとした感じがしました。

自分のことが恥ずかしくなったんじゃないかと、わたしは思いました。

桜木さんは、ちゃんと戦ってましたからね。
自分と同じ境遇に生まれ落ち、自分以上に悲惨な状況にありながら。
実の母親に殺されかけるような地獄にいながら、大切な人を守るために積極的に行動し、自分の人生にも成功(出世)を求めて。
彼は懸命に、自分や自分の運命と戦い続けていた。

薪さんは、割と逃げてますよね?
アメリカに行くときも、青木さんから逃げてたでしょ。会うと辛くなっちゃうから。
日本に帰って来てからも、3ヶ月くらい避けてたんでしょ? 事あるごとに上京してた青木さんが一度も会えないの、不自然だもの。

大切な人たちを遠くから見守るだけでいいと思う、彼らの幸せに尽力できればそれで十分だと思う、それは見返りを求めない純粋な愛であると同時に、
深く関わって自分が傷つくことを恐れるが故の逃げでもあったと、気付いたんじゃないかと思います。
だから今回、青木さんの家に行って、自分の罪と向き合った。死んだお姉さんの位牌と、その忘れ形見と。

彼らの家族としての一歩は、ここから始まるんでしょうね。
すごく、すごくいい話ですよね。
いい話過ぎて、色っぽい妄想の入る余地が無いのが残念です(苦笑)



>しづ薪さんも怒る母さんの真意を理解して、こんなに愛されてることに素直になってくれますように!( ;∀;)

岡部さんの言うことなんで、今回はさすがに効いたみたいですよ。
なにより、犯罪の原因を自分が作ってしまったと、そこまで手痛いしくじりから学べなかったら救いようがないんで。
今回のラストではまだ少しいちびってますが、次の話ではちゃんと立ち上がりますので。長い目で見てやってください。

Aさまへ

Aさま。

>荒木の前で薪さんと青木の関係が分かってしまうことを言ってしまっていいのか

……忘れてた(笑)
まあ、どうせ刑務所行きだからいいかなって。<おい。


>原作の薪さんも今でも自分は幸せになっちゃいけないとまだ思ってると思いますが
>いつ死んでもいいとは思ってませんね。

シーズン0の薪さんは、生き生きしてますよね!
元々が伸びやかな魂の持ち主だったんだなあって、ジェネシスを読んだ時に思いました。
鈴木さんの事件がきっかけで翳ってしまっていた魂が、第九編を経て救済され、シーズン0で本来の輝きを取り戻したように感じました。


>薪さん自身がモンスター

岡部さんが怒るのも無理ないですよね。
原作薪さんのように、乗り越えていかないとね。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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毎日たくさんの拍手をありがとうございます。励まされてます。
おかげさまで、しづは元気で仕事してます。(10/28)
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