モンスター(27)

 ご無沙汰です。
 ブログもコメントも、放置しちゃってすみません。

 お義母さんが手術をすることになりまして。
 今週は、その事前検査でバタバタしておりました。
 家から1時間も掛かる病院に行くことになったので、朝の5時起きでオットの朝食とお弁当を作って置いていくと言う……ハードでした~。

 手術日は3月28日です。
 内視鏡でできる簡単な手術なので、心配はいりません。
 でも、その後しばらくは食べたり飲んだりしてはいけないそうで、点滴で栄養補給をせねばならず、1週間ほど入院になるそうです。じっとしてられない人なのに、お義母さん、可哀想。
 4月になって退院したら、一緒に温泉行こうね。





モンスター(27)





「もーホント勘弁して欲しいです!」
 だん、とジョッキの底をカウンターに打ち付け、はあ、と岡部は重い溜息を吐いた。隣でしきりに頷きながら焼酎のコップをスコッチグラスのように回していた中園が、奥の席にいた小野田に話を振る。
「僕もあの子のお守はたくさんだ。なんとかしてくれよ、小野田」
「まあまあ二人とも、そうぼやかないで。薪くんにはぼくからビシッと言っておくから」
「ビシッと、ねえ」
 砕けた口調で気安く話している、この二人は警察庁官房室室長とその首席参事官。本来ならば、警視の岡部が肩を並べて酒を飲めるような相手ではないのだが。

 中園からの電話は、青木と一緒に病院の自動ドアを抜けたときに掛かってきた。
『薪くんの見舞いはすんだかい? お疲れさま。一杯奢るよ』
 薪はまだ面会を制限されている。初日は1組だけ、つまり岡部たちが初めての見舞客だったのだ。薪の様子を聞きたいのだろうと思い、報告がてら出掛けてきた。
 店は任せると言われたので、自宅近所の居酒屋を選んだ。前に中園に誘われた時もこの程度の店だったし、薪の様子を聞いたら中園はすぐに引き上げて小野田に報告に行くのだと、そう思っていたからだ。ところが、縄のれんを潜って驚いた。店の粗末なカウンターに日本警察のトップに限りなく近い官僚が二人して雁首を揃えていたのだ。岡部としてはもう飲むしかない。官房長をこんな低級な店の手狭いカウンター席になんか座らせてしまって、アルコールの助けでも借りなかったら胃に穴が開く。

 駆けつけ3杯のビールと顔馴染みの店主お勧めのタコの唐揚げで、いい具合に緊張が解けてきた岡部に、中園が告げ口でもするようにこっそりと囁く。
「いつも口ばっかなんだよな、小野田は。薪くんの顔見ると、キツイこと言えなくなっちゃうんだ」
「官……小野田さんは薪さんを、息子同然に可愛がってますからね」
 その甘さを嘆くようでいて、でもどこかしら楽しそうな中園の口調に、釣られて岡部もノリよく返す。中園は小野田と同じ警視監なのだが、同じ補佐役と言う立場であることから、岡部は勝手に、彼に親近感を持っている。中園もこうして岡部に直接電話をしてくるくらいだ。似たような気持でいるのかもしれない。

「子供を強く叱れない親に育てられるとさ、子供ってダメになっちゃうんだよね」
「親バカここに極まれりですな」
「なにか言ったかい」
「「いいえ、なんにも」」
 二人で声を揃えて同時にグラスを傾ける。「なんだい、二人して組んじゃって」と拗ねたように小野田が言うから、あやうく岡部は吹き出しそうになった。昔薪から聞いたことがある、小野田が意外と子供っぽいと言うのは本当かもしれない。

「おまえもコロコロ変わるよね。こないだはあんなに怒ったくせに」
 こないだ、というのは夏に起きた監察官殺人事件のことだ。小野田や中園から絶対に動くなと命じられたにも関わらず、青木に冤罪を掛けられた上に宇野を傷つけられた薪は大暴走。その命令違反も含めて、薪は小野田にこってり絞られた。
 しかし結果だけを見れば、冤罪を意図的に画策した次長派閥の息の根を止めることができたわけで。個人的には中園は、暴走ではなく活躍と言った方が的確な表現だと思ったくらいなのだが、薪の身を案じる小野田には我慢ならないことだった。

「今回は事情が事情だからね。例の事件絡みじゃ仕方ない」
「仕方ないって、10年も経ってるんだぜ」
「そんなに経ってない。9年と2ヶ月だ」
「9年2ヶ月も10年も変わらないよ。この事件が来年起きたとしても、今回と違う結果になるとは思えないしね」
「それは認める」
 温んで汗をかいた吟醸酒の瓶を傾けて、小野田は手酌で甘露酒を注ぐ。美濃部焼のぐい飲みをくいと呷るさまは、彼が自分の後継者と心に決めた男とよく似ていた。

「きみたちは、鈴木くんを喪う前の薪くんを知らないだろ。一課にいた頃の薪くんは、あんな風じゃなかった」
 不意に、小野田は昔話を始めた。
「その頃から薪くんの捜査能力はずば抜けてた。迷宮事件を幾つも解決して、警視総監賞を何度も獲った。でも、今とは全然違うタイプの捜査官だったよ」
 昔の薪は、もっと仕事に貪欲だった。事件が起きると、彼は新しいオモチャを与えられた子供のように瞳を輝かせた。
 事件を解決することは正しいことだと信じて疑わなかった。犯罪者は悪であり、自分たち警察はそれを正す正義であると、その信念のもとに容赦なく他人の心に切り込んだ。事件被害者や遺族のことは眼中になかった、と言うのは言いすぎかもしれないが、彼の心を捉えていたのは事件の謎そのものであり、その謎を解き明かすことに快感を感じていた。

 あの事件を契機に、彼の捜査スタイルは様変わりした。
被害者は勿論、遺族、友人、加害者の肉親に到るまで、すべての事件関係者に心を配るようになった。時にその数は膨大で、普通の人間ならとてもそこまでは拾いきれない。しかし彼は天才的な頭脳でもって、それを可能にした。無駄とも思える仕事が増え、彼の負担は何倍にもなったはずだが、それでも彼はその姿勢を変えなかった。
 そして薪が未だにそのスタイルを貫いているのは、彼があの事件のトラウマから抜け出せていないことの証明でもある。そんな彼にとって今回のことは回避不能な出来事だったのだ、と小野田は言う。

 薪があの事件を乗り越えたとき、彼は初めて貝沼の呪縛から逃れることができる。「いい加減、前を見ろ」と薪を叱った自分の言葉は間違っていない、と岡部は確信する。
 ――でも。それを薪が実践していたら、荒木は殺人者になっていた。

「事件を解決することは、他人の秘密を暴露することに等しい。そこに迷いが生じれば当然、その快刀乱麻ぶりにも陰りが出る。それは捜査官にとっての停滞であり、退化であると言う者もいるだろう。ただねえ」
「世の中、進めばいいってもんじゃないんだよね」
 小野田の後を受けた中園の言は、この世の真理。
 そしてまたこの世の中は、正しければいいと言うものでもない。

 正しいことをしていても事件は起きる。それどころか、正しさに拘った分だけその悲劇は凄惨さを増していく。岡部はそういう事件を幾つも見てきた、だから知っている。
 一人一人の正しさには必ず幾ばくかのずれがあって、社会の正義は、そのわずかな共通点でかろうじて保たれているに過ぎない。各々の正しさと正しさがぶつかり合った時こそ、大きな悲劇が生まれるのだ。多くの無辜な人々を巻き込むような、災厄めいた惨劇が。

「がむしゃらに事件を解決するのではなく、個々の案件と丁寧に向き合って、事件関係者が一人でも多く救われるように尽力する。犯人を捕まえることを最終目的とするのではなく、関係者の心を、彼らのこれからの人生を大事にする。それを念頭に置いて捜査を進めていく」
 小野田は一旦口を結び、「岡部くん」と呼びかけた。
「きみがどこまでも薪くんに着いて行こうと思ったのは、彼のそう言った姿勢に惹かれたからじゃないのかい」
 岡部よりも何段階も上にいて、その分多くの人間を見てきた小野田には岡部の気持ちはとっくにお見通しで、岡部は先刻叩きつけたビールジョッキの底を今度はそっとカウンターに収め、ふう、とやわらかく息を吐いた。

「青木に怒られましたよ。『こんなに傷ついてる人を責めるのは人間のすることじゃない』って」
 苦笑しつつ、岡部は零した。
「子供みたいな言い分ですけど、間違っちゃいませんよね。やっぱり青木は、薪さんの深いところを理解してるんですねえ」
「いや、青木くんのはシタゴコロだから。薪くんに好かれたいだけだから」
「おまえってホント自分の気持ちに正直だよね」
 薪を庇った時とは別人のような冷たさで、小野田は青木の弁護を打ち捨てた。一応は二人の同居に認め印を押したものの、その胸中はなかなかに複雑らしい。

「でもさ、小野田。薪くんの暴走癖の根底にあの事件があることは認めるけど、だからって全部許すわけにはいかないよ?」
 実際に後始末をするのは僕なんだから、と中園の尤もな言い分に、小野田は岡部に注いでいた暖かい瞳をすうっと細くし、一瞬で冷徹な管理者の表情を作る。
「おまえに言われなくても。ぼくだって考えてるさ、具体的な策をね」
 ほう、と中園が空になったコップを前に置く。「親父さん、もう一杯ね」と慣れた様子で声を掛け、隣で小野田が真剣な顔でそら豆の皮を剥いているのを横目で見ながら、自分は豆皮の上部に入れた切り込みから器用に実を押し出して、ポイと口に入れた。
「それ、どうやるの?」
「ここを切るんだよ。ほら」
「なるほど。……あれ、つぶれちゃったよ?」
「相変わらず不器用だね、おまえは」
 貶しながらも豆の実だけを相手の皿に入れてやる、中園の世話女房ぶりを見て岡部は、どこのトップも似たようなものだと苦笑する。仕事はできるのに日常のことは不得手とか、仕事を取ったら只の性格破綻者とか、どうして警察の上層部にはそういう人間が多いのだろう。

「具体的な策って?」
 尋ねた中園に、小野田は彼に剥いてもらったそら豆をもぐもぐやりながら、
「来年、田城君の席が空くだろ。そこに薪くんを就任させる。科警研の所長になれば、いくら薪くんでも現場に出なくなるだろ」
 所長と言う役職を与えることで薪に自重を促す作戦らしいが、はてさて。
「そうかなあ。所長になったくらいであの子の現場主義が変わるとは思えないけど。だいたい、第九の室長が現場に出てること自体おかしいんだからね?」
「室長も所長も変わらないかもしれませんね」
「なんだい、二人して」
 またもや2対1の構図になって、小野田は憤慨する。「親父さん、お代りね」と中園を真似て空になったぐい飲みを前に置いたものの、小野田のそれは一瓶ずつ提供される冷酒で、中園の焼酎のようにグラスを取り替えるものではない。

「きっと来年も苦労するよ、岡部くん」
「中園さんも。また白髪が増えますね」
 なんとなく顔を見合わせて、かちんとグラスを触れ合わせた。同じ微苦笑を浮かべた顔で、同時にグラスに口を付ける。
「きみたち、いつの間にそんなに仲良くなったの」
 中園の透明なグラスの向こうで、小野田が不思議そうに首を傾げた。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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No title

小野田さんと中園さん、薪さんと岡部さん。立場だけではなく、性格もどこか似ていますね。
だから仲がいい反面、お互い大切なものを守るため暴走してぶつかりあってしまったり、
小野田さんと薪さん2人の行動はどこかお互い相手には言えないところがあると
感じました。
小野田さんの変わりようもおもしろいですね笑
真面目な時は冷たく感じるのに、こういう所を見ると可愛らしく思います!
そら豆をむけないところや、冷酒のぐい飲みを出してしまうような、普通知っていることを知らないというところは、
相棒の小野田官房長を感じます笑

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Aさまへ

Aさま。

>薪さんは子供の頃からミステリー小説が好きで

ミステリー小説の多くは、被害者遺族の悲しみよりも、驚嘆的なトリックやスリリングな謎解きに重きを置いていますよね。
幼少期にそういうのばっかり読んじゃうと、影響されてしまうかも。(わたしだ)

原作薪さんは、自分が犯罪被害者でもあるから、思いやりの気持ちは溢れるほどありますよね。
でもって、加害者家族でもあると言う……どこまで複雑なの、この人。


>今度のことで薪さんはもう同じ罠に嵌ることはないでしょうけど
>青木や岡部さん達の気持ちも考えて欲しいですね。

これは薪さんの短所ですよね……書き手にとっては、ネタ元なんですけど(笑)
考えてないわけじゃないんですよ。でも、吹っ飛んじゃうんでしょうね。罪悪感が大きすぎて。


>お義母さんのこと

お気遣いいただき、ありがとうございます。
Aさんに祈ってもらえて、心強いです(^^

杏桜さんへ

杏桜さん。


>小野田さんと中園さん、薪さんと岡部さん。

そうですねえ。似た者同士なんでしょうね。
考え方やポリシーに通じるものがあって、自分の理想とする姿が相手の中にある。だから守りたいし、一緒にいるんだと思います。
思いが強い分、ぶつかり合うことも多いですね。だったら別れちゃえばいいのにね(笑)


>小野田さんの変わりようもおもしろいですね笑

ふふ、可愛いでしょ。
彼はとってもお茶目さんなんですよ(^^


>相棒の小野田官房長を感じます笑

↑↑↑モデルです。
右京さんが好き勝手やってられるの、小野田さんのおかげじゃないですか。だから、そういうひとが薪さんにもいればいいのに、と思った。
ところが、小野田さんは途中でお亡くなりに(;;)
その後、右京さんの立場にあまり変化が無いことが悲しかったです。やりづらくなって、小野田さんのありがたみを知ればいいのに、って思ってました。


Hさまへ

Hさま。


>私の一番好きな「秘密」の二次創作はしづ薪さんです。

どうもありがとうございます。
イメージダウンも甚だしい欠点だらけの薪さんですが(^^;)、Hさんに、そう言っていただけて光栄です。


>岡部さんがお母さん、小野田さんがお父さん、中園さんは親戚のおじさんみたいです。

「薪さんの保護者の集い」ww
正にそんな感じですね(>m<)


>「うちのこはやんちゃでしょうがないなぁ。でもかわいいな。」

うんうん。きっとみんな、そう思ってますね。文句は言いますけどねw


>しづ薪さんは幸せだなと思いました。

薪さんを幸せにしたくて二次を書いてるので、そう思っていただけたら幸甚です。

現実にいたら、こんな迷惑な男はいませんね(笑)
社会人なんだから、他人に迷惑掛けちゃダメですよね~。
でもねえ、
原作薪さんがあまりにも、自己完結すぎるから。
もっと周りを頼って欲しい、周りの人もきっとそう思ってるはず、との考えから、保護者団体を周囲に配置したんですけど、アレですね、
「甘やかして育てると人間ダメになる」の見本みたいになっちゃって。困ったもんだ☆



先日のお話ですが、
いえいえ、迷惑なんてことはありませんよ~。
うち、割と色んなコメントもらうんですよ。
Hさんみたいな話題は珍しくないし、病気のことやご家族のことなど、みなさん、秘密に全然関係ない話も普通にされますよ。

Hさんこそ、お身体、大事にしてくださいね。
Hさんのお言葉、「休む、寝る、食べる」に加えて、「悩みは溜めない」をお勧めします。
誰かに話して楽になるようでしたら、どうぞ遠慮なさらず。コメントフォームも置いてありますので、気軽に使ってください(^^)

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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