モンスター(28)

 最終章です。
 しんどくて痛いお話でしたのに、たくさんの方にお付き合いいただきました。
 どうもありがとうございました。




モンスター(28)





 薪が退院したのは、それから3日後。澄みきった空に白い雲がぽっかりと浮かぶ、爽やかな秋晴れの日であった。
 10月もあと3日を残すばかり。今月いっぱいは怪我を治すことに専念させなさい、と小野田にきつく言い渡され、送迎役を仰せつかった青木は病院からマンションへの直行を余儀なくされたのだが、当の薪から寄り道の指令が下った。青木は小野田の厳命を薪に伝えたが、哀願する亜麻色の瞳に負けた。後で叱られるのは自分だと分かっていても、薪のこの眼には逆らえない。

 途中、花屋に寄って白い百合の花束を買った。
 一度行ったきりの場所で、青木には曖昧な記憶しか残っていなかった。どんなに複雑な道順でも一発で覚える薪の頭脳は、今回ばかりは当てにならなかった。いかに優れた情報記憶能力も、トランクの中からでは発揮しようがなかったのだ。

 方向音痴の青木が脳みそを振り絞るようにしてやっと思い出した道程を辿り、行き着いたのは、森田家の墓地であった。
 まだ内出血の引かない脚を折りたたみ、薪は石畳みの上に膝を着く。花束は石碑の前に横にして置いた。花立には新しい花が立てられていたからだ。
 こういうことをするのは多分岡部だ。その証拠に、活けられた花はあの写真に写っていたピンク色のガーベラだった。

 墓前に手を合わせる薪の横で青木も黙とうを捧げたが、薪の祈りは青木のそれよりずっと長く、きっとそれは込められた思いの深さによるものなのだろう。まだ完治していない薪の身体を、早くも街を席巻し始めた今年の木枯らしに晒すのは忍びなかったけれど。青木は薪が合掌を解くのをじっと待った。
 だが、その時は一向に訪れない。次第に青木は焦り始めた。自分がどうにかしなかったら、この人は朝まででもこの場所に居続けるのではないか。

「彼女が……荒木のお母さんがどんな人だったのか、オレには分かりませんけど」
 薪の祈りを妨げることになるかもしれない、そんな不安を抱きながらも青木は声を掛けた。そうせずにはいられなかった。
 薪の硬い表情が。人形のように動かない頑なな美貌が。
 死んであげられなくてごめんなさい。
 まるで彼女に、そう謝っているようで。

「今は、安らぎを得ているんじゃないかと思うんです。生きてるうちは難しかったけど、きっと今は、安心して眠れるようになったんじゃないかって。でもってそれは、薪さんのおかげだとも思うんですよ」
 それはどういう意味だ、と聞き返してくれることを、青木はほんの少し期待した。しかしそれは叶えられなかった。薪の様子には、何の変化も現れなかった。
 自分の声なんか薪には届かない。言葉の無力さを青木は嫌と言うほど分かって、でも言わずにはいられなかった。
 どんなに小さな光でもいい、吹いたら消えてしまうようなか細い灯りでもいい。なにかしら暖かいものを薪に届けたくて。

「だって母親なら」
 誰にも受け取ってもらえず宙に浮いた言葉を、途中にすることはできなくて。青木は静かに言葉を結んだ。
「母親なら、自分の子供をモンスターにはしたくないはずです」

 薪はなにも言わない。
 青木の言葉が聞こえなかったかのように、ただ黙って頭を垂れ続けた。冷たい木枯らしの中で、静かに祈りを捧げていた。
 青木はそんな薪から、未来への期待や生きる希望、そう言った光のようなものを何一つ見つけることができなかった。彼の俯けた美しい横顔の、供えた百合の花びらより白く透き通る頬にも、その緑色の葉に瑞々しさを添える朝露のようなくちびるにも、静かな慟哭以外のものを見出すことはできなかった、けれど。

「帰るか」
 そう言って立ち上がった薪の背中は青木を拒絶することなく。彼の隣を歩くことを許してくれた。

 もうすぐ、冬が来る。


―了―


(2015.10)

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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わー。

お忙しい中の長編、お疲れさまでした。

まずは改めて薪さん無事で良かった~( ;∀;)
岡部さんの願いと青木の愛がちゃんと心に届いたのかわからないけど、とにかく、今生きてまわりにいる人を、あなたを愛してる人達のことを思って欲しいです。
そして青木君はやっといいこと言いました(笑)

お疲れ様でした

お忙しい中、素敵な作品をありがとうございました。

私が初めて読ませて頂いた作品が、このモンスターでしたので完結に妙に一人感慨深いような気に勝手になっております。

途中から、薪さんが想像を絶する鬼畜の所業に遭いまして、そ、そんな馬鹿な…薪さんが…と手に汗握って読んだことがすでに懐かしいです笑
今はもう、なんでもござれで(←え)
とても愉しませて頂きました。

青木くんの薪さんに届けたかった
「なにかしら暖かいもの」
は、きっと薪さんが受け止められたものと希望的に読ませて頂きました。

しづさま、お忙しそうですので、どうぞお身体御自愛下さいませ。
お義母様、1日も早くご回復されるといいですね。お祈りしています。

落ち着かれましたら次の作品を心待ちにしております(*^^*)
ありがとうございました。

おつかれさまでした

お忙しい中、長編おつかれさまでした。

薪さんは自分では気づいてないのかなんなのか(^^;)アレですけどたくさんのいろんな人の愛情につつまれていることに、少しは気づいてくれたのでしょうか……。
でも今回は自ら、死にたくないって、青木くんともっと一緒にいたいって思ってくれたので、それはちょっとした進歩なんですよね。きっと。
すぐに罪の意識にかき消されていたとはいえ……。

私の好きな歌で「あじさい」っていう歌があって

どんなことでもいつしか あなたの微笑みに変わればいい
どんな些細なことでも 穏やかな気持ちあげれたらいい
なにがなくても本当は あなたの微笑みが戻ればいい

最後の青木くんの気持ちにぴったりだなあと思いました。
すみません、キモくて……(^^;)

お仕事も、ご家族のこともお忙しそうですが、あまり無理をなさらずご自愛くださいね!

そして例のお話も楽しみにお待ちしております(^0^)

通りすがりさんへ

通りすがりさん。

おお、お久しぶりです!
お元気でしたか?

色々あったんですね。お疲れになったでしょうね。
一段落、着いたのかな?
休めるときは、ゆっくり休んでくださいね。
どうか、お疲れの出ませんように。

わたしはずっとここにおりますので。
通りすがりさんの都合に合わせて、いつでも来てくださいね(^^)
お待ちしております。

なみたろうさんへ

なみたろうさん。

お風邪、大丈夫ですか?
早く治るといいですね。
快気祝いのイラスト、待ってます。(←その前にお見舞いを贈るべき)



>まずは改めて薪さん無事で良かった~( ;∀;)

いっぱい心配掛けちゃってゴメンね~(^^;


>今生きてまわりにいる人を、あなたを愛してる人達のことを思って欲しいです。

だよねえ。
むしろ、そっちの方が大事じゃね? とわたしも思うんですけど、うちの男爵がウジウジしやがりまして。
仕方ないのでもう1本書くことにしました。
題名は「プライド革命」(仮)です。
とりあえず、薪さんには滝沢さんとデートしてもらうことにしました。
お楽しみにっ!!


Aさまへ

Aさま。


>岡部さんは道に詳しい

道に詳しい男の人って、頼りがいがあっていいですよね。
女の子は、うん、地図が読めないくらいが可愛いと思いますよ(^^

ちなみに、
わたし、道はてんで覚えられなくて。
電車は得意なんですけど、バスはよく分からないです。



>薪さんがまだ自虐的な気持ちを引きずっているのが辛い

自傷行為は止みましたので、自虐的とまではいきませんが、罪悪感は相変わらずですね。
て言うかこの人の場合、それは一生ものだと思います。個人的には、薪さんは罪を背負ってナンボだと思うので。
なのでこれは気持ちの問題ではなく、どのように表に出すか、の問題です。

うーんとね、例を挙げれば、
可視光線で薪さんが、鈴木さんのことを桜木さんに突っつかれて、
一瞬怯んだものの負けずに「話をそらすな!」て言い返してたでしょう。
あれだよ、あれ! 
ああなって欲しいと思ってこれを書いたんですけど、上手く行きませんで。結果、原作薪さんに先を越されました。うちの方が年数経ってるのにな~。




BON子さんへ

BON子さんへ


こんにちは、BON子さん。
ブログ、楽しませていただいてますよ~!
寝室レポとか特集号とか、コメント入れる時間が取れなくて読み逃げしちゃってますが、いつも笑いをありがとうございます(^^)



>私が初めて読ませて頂いた作品が、このモンスターでしたので完結に妙に一人感慨深いような気に勝手になっております。

あー、そうでした。
とんでもないものから読んじゃいましたねえ。
ご愁傷様です。<おい。


>今はもう、なんでもござれで(←え)

見限られなくて良かった~。
これからもよろしくお願いします。


>青木くんの薪さんに届けたかった
>「なにかしら暖かいもの」

はい、きっと届いてます。
いっぱい感謝もしてます。表面に出ないだけ。
ポーカーフェイスの使い所、間違ってますよねえ(苦笑)


お義母さんのこと、お気遣いありがとうございます。
月曜日の手術が終われば、一旦落ち着くと思います。
3月は期末なので、工事の変更書類関係が多くて大変なのですが、それも4月になれば終わりますので。後は5月の竣工まで、余裕ができる予定です。そうしたら、BON子さんのところにもゆっくりお邪魔できると思うので、また遊んでやってください。

にゃんたろーさんへ

にゃんたろーさん。

お返事、遅くなってすみません。
お義母さんの入院やら工事の変更契約やらで、バタバタしておりました。



>薪さんは自分では気づいてないのかなんなのか(^^;)

周りの人に愛されてることは充分に分かってますけど、まだ罪悪感の方が大きい。こんな自分に愛される資格はない、って思ってる。
でもそれ、薪さんが決めることじゃないんですけどね。周りの人が決めること。
だからこういうことがあったら立ち向かわなきゃダメなんだよ、て話を書こうとして失敗しました、すみません。


>「あじさい」

まさよしさんの曲ですね?

キモくないですよ、とても素直な歌だと思います。思いがストレートに伝わる感じ。
素直な青木さんにぴったりですね。
誰かに自分の気持ちを伝えるのに、難しい言葉はいらないんですよね。
薪さんも、早くそれに気付けばいいのに。



>そして例のお話も楽しみにお待ちしております(^0^)

あ、そうだっけ。
えーと、
モンスターの逆襲は2回で終わりなんですけど、その後、後日談その2を入れておきたくて、今書いてる最中なんです。
これが多分、30ページ弱かなあ。すると記事数は6回くらいだから、「ソング」の公開は4月下旬くらい、かなあ?
ゆるゆるの工程ですみません(^^;
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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おかげさまで8歳になりました(^^♪
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