Promise of the monster(3)

 昨日は雨でしたね。
 みなさんの苦痛がまた一つ増えたのではと、陰ながら心配しております。
 避難所生活を送っておられる方、余震に眠れない夜を過ごされている方。うちのバカ話で少しでも、気を紛らわせてもらえたら、いいなあ。




Promise of the monster(3)







 買い物客で賑わう休日のデパートは、和やかな喧騒に満たされている。
 大切な誰かへのプレゼントを品定めする女の子たちの姦しい声、目的のおもちゃの前で泣き喚く子供の声、それを叱る母親の声。騒がしいものの、平和である。

 それらを漫然と眺めていた薪の隣で、女の子の手を引いた若い母親が足を止めた。母親に「一つだけね」と条件を提示されて女の子は、母親に良く似た丸い眼をキラキラさせ、小さな手で一番上の棚を元気よく指さした。
「あれ!」
 釣られて見上げて、薪はプッと吹き出す。
 なんて賢い子供だろう。彼女が選んだのは巨大な金魚鉢のような容器に満たされた大量のチョコレート。多彩な銀紙に包まれたチョコは、千個近くもあるだろうか。しかし、残念ながらそれはディスプレイ用。チョコレートは本物らしいが、値札も付いていないし、売り物ではなさそうだ。
「あれはダメ!」と母親に怒られて子供が泣きべそをかく。大きくても一つは一つ、彼女にしてみれば、母親の言いつけ通りにセレクトしたのに叱られるなんて理不尽この上ない。涙も出ようと言うものだ。
 子供に同情しながらも視線を前に戻せば、さざ波のように通り過ぎる人々の笑顔。他愛もないお喋りと、BGMのように心地よいざわめき。隣で泣いている子供の泣き声すら微笑ましい。

 いつ頃からだろう。休日の、ゆったりと流れる平穏を享受できるようになったのは。
 彼らと同じ場所に自分が存在することを、許せるようになったのは。

「薪。その箱を取ってくれ」
 連れに呼びかけられて我に返った。ちょうど目の高さにあったマカダミアンナッツチョコの箱に手を伸ばす。「それを5個だ」て、なんでマカダミアンチョコなんだよ、ハワイじゃあるまいし。
「まだ買うのか」
 薪の冷たい視線の先で滝沢は、C国からの観光客よろしく買い物カートに商品を山と積んでいた。こういうのを爆買いとか言うのだろう。
「仲間の人数が多いんだ。仕方ないだろう」
「そんなこと言って、おまえ本当はパシリに使われてるんじゃないのか」
 憎まれ口を利きながら、カートの中身を確認する。突然強張った顔になって薪は、GODIVAと書かれたチョコレートの箱を棚に戻し、同じ数の板チョコを適当に選んでカゴに入れた。

「なにをしている」
「いや、ちょっと持ち合わせが」
 カートを掴んでレジへと向かわせる。それを片手で押し留めて、滝沢は左手のウィスキーボンボンを手に取った。
「問題ない。クレジットカードを使え」
「なんで僕がそこまで」
「恩返しだと思えばいい。おまえは今回のことで、おれに借りがあるだろう」
 自分で言うか、それ。
「そもそもの原因は、おまえが情報を外部に漏らしたことで」
「おいおい。10年も前の情報漏洩なんかとっくに時効だと言ったのはおまえだぞ」
 腹立つ! 確かに言ったけど、おまえに言われるとむっちゃ腹立つ!!

「まったく、おまえは忘れっぽくて困、おうっ?」
 怒りを起爆剤に、薪は力任せにカートを押した。そのカートに寄りかかるようにして立っていた滝沢は堪らない。バランスを崩し、たたらを踏んだが間に合わず、商品棚に突っ伏すように転倒した。いい気味だ。
「ザマアミロ、――った、痛っ?」
 薪の頭に、礫のようなものが幾つも当たった。何かと思って見上げれば、ディスプレイ用の金魚鉢が横倒しになって、そこからカラフルな色紙に包まれたチョコレートがパラパラと零れてきていた。
「やば」
 パラパラだった粒チョコの雨はすぐに本降りになり、次の瞬間。
「「うおっ!!」」
 ドドドッ、と降り注いだチョコの雪崩に思わず頭を抱える。恐る恐る目を開けてみれば、周囲に積もった大量のチョコレート。えらいことをしてしまった。

 慌ててチョコを拾い集める薪に、滝沢の鋭い声が飛ぶ。
「店員が来る。逃げるぞ、薪」
「バカなこと言ってないで、おまえも手伝え」
「このチョコ、全部弁償だぞ。いいのか」
「えっ」
 ほんの一瞬、固まっただけなのに。
 滝沢に手を引かれたら、反射的に足が動いた。滝沢は元傭兵部隊、砲弾の雨の中を駆け抜けてきた脚力はアスリート級。見事な逃げ足で、それに着いていく薪もすごいが、問題はそこじゃない。
 フロア端の階段を駆け上がるとき、ちらりと振り返った事故現場では、さっきの子供が楽しそうにチョコレートを拾っていた。





*****






 10秒もしない間に、薪と滝沢は階段の踊り場に立っていた。

「逃げちゃった」
 急に脚から力が抜け、薪は冷たい床の上に膝を着く。先刻まで滝沢に握られていた自分の小さな手をじっと見つめて、
「もしこれが新聞にでも載ったら、僕はおしまいだ」
「あほか。そんな暇な記者がいるか」
「目撃者……目撃者を始末しないと。フロア中の人間を、一人残らず。一警察官として!」
「警察官としてと言うより人としてどうなんだ、それ」
 危険思想に傾いて行く薪を滝沢が諭す。どちらが監視役だか分からない。

「少し頭を冷やせ」
 そう言って滝沢は階段を昇って行く。階段は暖房が届かないから涼しいし、利用する客も少ない。頭を冷やすにはもってこいの場所だった。
 カツンカツン、と二人分の革靴の音が冷えた通路に響く。階段を昇り続ける、単調な作業を繰り返しているうちに、気持ちが落ち着いてきた。
「滝沢。もう大丈夫だ」
 落ち着いて考えれば、あれは事故だ。戻って店主に謝れば済む話だ。
「さっきの店に戻って、買い物の続きをしよう」
 弁償は痛いが、踏み倒すわけにもいかない。職員共済のカードローンで賄おう。
「滝沢? 何処まで行くんだ」
 次の階からフロアに戻るのだとばかり思っていたが、滝沢は階段を上がり続けた。仕方なく、薪も後を追う。今日の自分の仕事は、こいつの監視なのだ。

 やがて二人は、最後の踊り場に出た。
 滝沢は屋上に出たかったらしいが、そのドアには当然のように鍵が掛かっていた。ドアノブを回してそれを確認すると、彼は無言でドアを蹴り破った。
「げ」
 外側に倒れたドアを架け橋のように歩いて屋外に出る。空は青く澄んでいたが、風はたいそう冷たく、寒い。そして、薪の懐はもっと寒い。
「ドアの修理代が……」
「ケチケチするな。おまえ、金持ちじゃないか。荻窪に豪邸あるんだろ」
「それは原作の設定だろ! 僕は貧乏なんだよっ」
「いいのか? 原作と設定違ってて」
「おまえが言うな!」
 取り戻したばかりの薪の冷静はいずこにか消え去り、目の前の男への怒りでこめかみのあたりが熱くなる。ぶち切れそうだ。

「良い眺めだ」
 胸の高さのフェンスから下方を見下ろし、滝沢は微笑んだ。倣って瞳を伏せれば、デパートに出入りする人の群れ。
「『人がゴミのようだ』とか言うなよ。蹴り落としたくなっちゃうから」
 訝しげに眉を顰める彼に、出典を説明したものかどうか迷う。勘の良い滝沢はすぐに察したらしい。「生憎、部屋にはテレビが無いんでな」と肩を竦めた。

「ああ。風が気持ちいいな」
 フェンスを両手で掴み、滝沢は背中を反らした。背中を丸めて縮こまる薪とは対照的だ。寒い、と薪が文句を言うと、滝沢は苦く笑って、
「戦地の寒さは、こんなもんじゃなかったさ」
 旧第九の事件の後、滝沢が過酷な環境を生きてきたことを薪は知っている。滝沢を利用した連中に仕組まれて、外国の傭兵部隊に入れられたのだ。滝沢自身、もはや日本にはいられない身であったし、恋人と親友を立て続けに喪ったショックも大きかったのだろう。開き直りにも近い境地で日本を出て、それから6年間、死と隣り合わせで生きてきた。
「朝、眼が覚めるたびに思った。どうしておれは生きているんだろう。他人を殺してまで、どうして生きなきゃいけないんだろう。守るものも、愛する者も、この世にはいないのに」

 少しだけ。彼の気持ちはほんの少しだけ、分かった。
 薪もかつて、すべてを喪った経験があるから。

「おまえも同じだろう」
「僕は」
 おまえとは違う。僕には一緒に住んでいる恋人も、信頼し合える仲間もいる。大切な友人も、尊敬する上司も。愛するひとも、守りたいひとも、たくさんいる。
 そう言おうとした。でも、言えなかった。
 薪は、彼らを手酷く裏切ったばかりだった。

 気が付くと、滝沢の両手がしっかりと薪の左右の手摺を掴んでいた。転落防護柵と滝沢の腕に閉じ込められる形になって、薪は身を固くする。嫌な予感がした。
「滝沢。なんのつもり」
「すまなかった」
「……時効だと言ったろう」
 答えつつ、情報漏洩のことを謝られたのではないと分かっていた。案の定、「そうじゃない」と滝沢は首を振った。
「鈴木と一緒に殺してやれなくて。本当に悪いことをした」

 ――そのせいで。
 おまえは長いこと苦しんだ。そしてこれからも。
 おまえの中に穿たれた巨大な喪失。それが埋まらない限り、恋人も仲間もかりそめ。本当の充実を得ることはできない。だから簡単に過去に舞い戻ってしまう。
 そんな悲しい人生を歩ませるくらいならいっそ――。

 薪の耳元で、滝沢が低く囁く。
「おれがここで、おまえを殺してやるよ」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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ムスカ……

すみません、たまらずコメントしてしまいました。
だって、薪さんがジブリネタフリを…(笑)フリですよね?これ絶対フリですよね⁉︎滝沢さん、観てなかったんでしょうか…そして、薪さんは観ていた(笑)

滝沢さん、過去も含めて悪役として魅力的なキャラクターですよね。しづさんの描かれる滝沢さんって愛嬌あってより魅力的です。

が、殺そうと?している?薪さんを?∑(゚Д゚)

まさかの、チョコなだれ現場からの逃走からのコロスにガクブルです。
新装版11巻プロフは滝沢さんのようですし、(まだ未読です)タイムリーな滝沢さんのお話で一層楽しめます!(*^^*)
続きを楽しみにしています!

被災地への、しづさんの思い、九州の読者様にも届いていると思います。
お見舞い記事にも私、勝手に感動してました。
私も、募金以外に何かできないか考えるばかりの状況です。

Sさまへ

Sさま。

まー、Sさま、今夜は酔いどれなんですか?
たまにはいいですよね☆
明日、二日酔いになりませんように。


>そーなんだ。薪さん殺されちゃうんだ…

いやいや、納得しないで(笑)


チョコレートのコストパフォーマンスのお話、
わたしもまったく同意です。
ゴディバ、自分でも食べたけど、わたしには明治のブラックチョコで充分だな~。

リンツはね、近くのスーパーに板チョコが売ってたから、試しに1回だけ買ってみました。
おいしかったけど、500円もしたんだよ、高っ。
うちの薪さんの預金では買えないです(笑)

BON子さんへ

BON子さん。


>薪さんがジブリネタフリを…(笑)

いや、うちの薪さん、実はアニメは結構見てて。
ルパン三世大好きで、エヴァはアスカ派。子供の頃はポケモンも見てたし、大学の時は鈴木さんと一緒にハイジ見てた(笑)


>滝沢さん、過去も含めて悪役として魅力的なキャラクターですよね。しづさんの描かれる滝沢さんって愛嬌あってより魅力的です。

深みのあるキャラでしたよね。
今思えば、背負ってるものが違ったんですよね、他の人たちとは。

うちの滝沢さんは、
昔の恋人が忘れられない粘着質なオヤジですが(^^;
一途なところは薪さんに似てる、のかなあ。



>が、殺そうと?している?薪さんを??(?Д?)

こんな話ばっかですみません!
えっとえっと、うちの話は、
薪さんは危ない目に遭いますが、決して死なないし、大きな怪我もせず(したとしてもすぐ治る、傷跡も残らない)、
必ずそこから、自分が幸せになるための何かを学んでいきます。
ので、
どうぞ安心してハラハラドキドキを楽しんでください。


>お見舞い

わたしも募金以外、何もしてないです。
それだって大した額じゃなくて、本当にねえ。自分の無力を感じますよねえ。

BON子さんのところも、揺れたんですよね?
怖かったでしょう。
わたしも5年前は、余震のたび、あのテレビでみたようなのが此処に来るんじゃないかって怯えてましたもの。

早く熊本に元気が戻りますように。
BON子さんのところにも、平穏が戻りますように。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
メロディ6月号、読みました。
一言感想 「どひゃー……」
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