ソング(6)

 今年度は11月から現場に出まして、すっかり世間さま(この場合は秘密コミュ)から遠ざかって、瞬く間に8ヶ月が過ぎてしまいました。気が付けば、
 来週はメロディの発売日じゃないですか!

 新シリーズ始まるんでしたよね?
 今度はどんな薪さんなのかなあ~。楽しみだな~。




ソング(6)







「『A Whole New World』てどんな曲だっけ」
「ほら、ディ●ニー映画の、なんて言ったっけ、魔法の絨毯で空飛ぶやつ」
「ああ、あの青い魔人が出てくる……」
 密やかなお喋りは、その歌声が聞こえてくると同時に止んだ。澱みのない、透き通った音だった。ロスに住んでいたこともある彼の英語の発音が完璧なのは知っていたが、その知識は彼らの驚きを軽減してはくれなかった。
 楽器に例えるならフルートの瑞々しさ。管の中で震えながら膨らんだ呼気が澄み渡る風のように外界へと広がっていく、丸みを帯びたその音色。穏やかな旋律のメロディ部分はしっとりと葉を濡らす朝露のような奥ゆかしいきらめきに満ち、サビの高音部分は雲の上を飛び交う光の礫のように鮮烈な輝きを放つ。それが正確な音程に支えられ、さらに程よいビブラートが華やぎを加え、てか、
 なんだこれ! 普通に上手いじゃん!!

「イエー! 薪くん、さすが!」
「いえ。とんだお耳汚しで」
「懐かしいわー。この曲、薪くんと一緒に映画観に行って、あたしが唄えるようになりたいって言ったら、薪くんがその場で教えてくれたのよね。薪くん、一度聴くと覚えちゃうから」
 人間レコーダーですか。はいはい、もう何を言われても驚きません。
 そんなことより、問題は雪子だ。

「三好先生。薪さんが歌上手いの、知ってたんですか」
「知ってたけど。それがなに?」
「「「「早く言ってくださいよ!!」」」」
「ご、ごめんなさい。て、なんであたしが謝るのよ?」
 すっかりやさぐれた様子の4人に、薪の眼が訝しげに光る。ヤバい、と4人は同時に思った。あれは仕事モードの眼だ。
「おまえら。雪子さんが僕の傍にいるうちに、素直になった方が身のためだぞ」
 急に温度が下がった気がした。ヒュー、と窓も開いていないのに部屋の中を風が吹き抜ける。雪子がいるから風だけで済んでいるが、彼女がいなかったら間違いなくブリザードだ。

 どうする、どうしよう、と顔を見合わせる4人の前で、カランとドアが開いた。「遅れてすみません」と顔を出したのは背の高い新人だ。メンテナンスを終えて駆け付けたらしい。
「先生、お誕生日おめでとうございます」
 差し出された花束は鮮やかなポピー。薪よりも青木の方が、雪子のイメージを正しく理解していると言える。
 彼の後ろからは意外な人物が現れた。家の用事で帰ったはずの岡部だ。
「おめでとうございます。もしかしたら重なっちまったかもしれませんが、よかったら」
 そう言ってケーキの箱を差し出す彼に、薪は不思議そうに首を傾げ、
「岡部。用事があって家に帰ったんじゃ」
「用事なんかありませんけど。青木に誘われなきゃ知らなかったんですが、先生にはいつも世話になってるから、ケーキくらいはと思って」
 焦ったのは小池だ。岡部の不在を嘘で誤魔化していたことが、薪にバレてしまった。

「先生ー。岡部さんには内緒にしてくれって、あれほど言ったじゃないですか」
「ごめーん。青木くんに口止めするの忘れた」
 その悪びれない言い方で、青木たちの来訪は雪子の策であったことに気付く。やっぱり雪子は薪の味方だ。
 とんだトロイの木馬だ、と苦い顔をする4人の先輩たちに、事情を知らない青木は無邪気に首を傾げて、
「え。岡部さん、連れて来ちゃいけなかったんですか?」
「なにい? おれを仲間外れにする気か、おまえら」
「いや、そういう意味じゃ」
「だったらどういう意味だ。説明しろ」
「そ、そんなに怖い顔で凄まないでください。パワハラですよ」
「いいぞ、岡部。僕が許す。徹底的に絞り上げろ」
「「「「ひいー!!」」」」

 結局、彼らには白状するしか道はなかった。
 ここ1ヶ月、薪の弱点を模索してあれこれ策を弄したこと。その悉くが潰え去り、しびれを切らした彼らが最終手段に出たこと。その過程でいくつかの職務違反を犯したことまで、洗いざらい喋らされてしまった。

「音楽だけ4だったから。てっきり歌が苦手なんだとばかり」
「歌が苦手なのはおまえらじゃないのか」
 薪に恥をかかせたい一心で、自分たちのレベルを忘れていた。墓穴とは正にこのこと。
「でも、音痴じゃないならどうして」
「風邪を引いて、声楽の実技試験をパスしたことがある」
 パスですか。よく「やればできた、やらなかっただけ」て言い訳する人いますけど、あれは大抵の場合が虚勢だからせせら笑えるだけで、事実だとめっちゃ腹立ちますね。
「先生が追試を提案してくれたけど、進学に響くようなものじゃなかったから断った」
 そりゃ先生だって勿体ないと思うでしょうよ。それさえ受けてりゃオール5なんだから。

「あーもー!」
「俺たちの苦労はなんだったんだー!」
「ちくしょー! 自分に腹が立つー!」
「エコヒイキしやがって、神さまのバカー!」
「……みんな、なんでそんなに怒ってるんだ?」
 4人そろって逆ギレされて、怒っていいのは自分のはずなのに、何故だか薪は自分が悪いことをしたような気分になる。部外者の岡部と青木は顔を見合わせ、雪子だけがせっせとバースディケーキをホールのまま食べていた。

 4人の恨み言が空に消え、薪の怒りが霧散して、なんとなく白んだ空気になった居室に、小池の声がぽつりと響いた。
「薪さんて、何でもできるんですね」
「当たり前だ。僕は室長だからな」
 室長は、職員の誰よりも優秀でなければならない。苦手なものなどあってはならない。いかなるものを前にしても怯むことは許されない、彼は室長だから。

 ――でもね、薪さん。
 そうやってあなたが完璧すぎると、おれたち、手の出しようがないんです。
 部下にとって、それはとても悲しいことなんですよ。

 そんな彼らの気持ちを知ってか知らずか、薪はすっとマイクを手に取り、
「せっかく来たんだから岡部。一曲、雪子さんにプレゼントして行け」
「え。いいんですか」
 それじゃあ、と岡部は嬉しそうに薪から渡されたマイクを受け取った。慣れた手つきで選曲ナビから曲を選ぶ。どれにしようかと迷う様子もなく、入力は10秒足らずで完了した。どうやら十八番の曲らしい。
 流れてきた前奏は渋い演歌で、それは岡部の外見にぴたりとハマっていたのだが。

 唄い出し早々、ビシッと画面にヒビが入った。ような気がした。
 それはもちろん錯覚にすぎなかったのだが、彼らの鼓膜にヒビが入ったのは気のせいではなかった。内線電話で「隣の部屋から苦情が来てるので音量を下げてください」とスタッフに注意された、その桁外れの音量もさることながら、彼の音感は壊滅的だった。テンポもリズムもズレまくってるし、これを歌と称するならコンクリートブレーカーの破壊音だって立派な音楽、てかそっちの方がまだ我慢できる。とにかく聞いているのが辛い。だからと言って耳を塞いだり野次を飛ばしたりしたら、後で岡部にどんな目に遭わされるか。「やめろ」と叫べる分、宇野の歌は救いがあったのだ。
 これぞ誠の地獄。ジャイ●ンの歌をリアルで聞かされた気分だ。

 曲が終わり、青息吐息を隠すための拍手の中、岡部は照れ笑いを浮かべ、
「いや~、最初の一曲は緊張しますね。歌にパンチが足りませんでした」
 ボックスの防音壁ぶち抜いて何が足りないんですか。
「そんなことないわ、岡部さん。すごかったわ」
 すごいのは貴女の鼓膜です。どんだけ丈夫にできてんの、この女。
「歌い込んでるのね。オリジナルのカバー曲ね」
 先生、元歌と一音も合ってないのはカバー曲とは言いません。
「いつもながら岡部の歌は、アレンジが利いてるな」
 アレンジって言うよりアウトレイジですよね。

 いつもながらと前置きした、薪の言葉にふと疑惑が湧き起こる。気つけ薬の代用にと持ち上げたウィスキーのグラスを宙で止め、今井は尋ねた。
「もしかして薪さん。岡部さんと一緒にカラオケ……」
「ああ。室長会の集まりで何回か」
 道理で平気なわけだ。これを聞き慣れていれば、曽我や小池の調子はずれの歌なんて可愛いもんだろう。宇野の場合はちょっと種類が違う気がするが、室長はおかしなところで天然だから。
 飲み終えたトム・コリンズのお代りを頼んだものか、それとも腹の膨れる炭酸はやめて日本酒に切り替えようかと、ドリンクメニューを片手に思案する室長の、その優しげな風貌に隠された鋼鉄の神経に部下たちはいたく感心する。さすが室長。頭の中が瓦礫に埋め尽くされていくような音に対する免疫を培うなんて、おれたちには到底無理です。

 自分の歌のせいで、薪が妙な尊敬を集めていることなどお構いなく、岡部は軽やかに選曲ナビを操り、
「さあて、喉も温まってきたことだし。今夜は唄い倒すぞー!」
「お、岡部さんっ。残念ながら時間がっ!」
「あ、大丈夫よ。さっき延長しておいたから。カラオケパーティで2時間は短いでしょ」
 なんてことしてくれたんですか。
「さすが雪子さん。僕も今、延長掛けようとしてたんですよ」
 ご自分の基準で物事を判断しないでもらえますか。みんながみんな、あなたたちみたいに鉄の鼓膜じゃないんですよ。
「そうよね。この人数で思う存分歌おうと思ったら、あと4時間は必要よね」
 この騒音に4時間も耐えろと? ご存じないんですか、ノイジーな雑音は人間をクレイジーにするんですよ?

 発狂一歩手前まで追いつめられた彼らの心の叫びが飛び交う緊迫した空気の中を、まるで風に吹かれたシャボン玉が上手に木の枝の間をすり抜けて空に昇るように、青木がふわっと立ち上がった。
「じゃ、オレはこれで」
 待て青木、何処へ行く。自分だけ逃げる気か。
「まだメンテナンスが途中なんですよ。カウンターにエラー出ちゃって。パーティが終わる前に、プレゼントだけ渡しに来たんです」
「エラー? それなら僕も行く」
 ずるい! ずるいっすよ、室長!!
「「「「おれたちもぜひ!!」」」」
「そんな訳に行くか。雪子さんを招待したのはおまえたちだろう」
 ニヤッと底意地悪そうな顔で笑う、これぞ悪魔の奸計。悪巧みで薪の上を行こうなんて、思いつきからして間違ってたんだ。

「じゃあな、岡部。後は頼んだぞ」
「はい、任せてください」
 金曜の夜、後輩と室長が仕事場へ帰って行くのを羨ましそうに見送る、その矛盾に身を焼かれるようなもどかしさを感じながら、4人は無情に閉まるドアを見つめていた。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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通りすがりさんへ

通りすがりさん。

お久しぶりです!
そうですね、もうちょっとで1年経つんですね。
懐かしいです。あの頃は、うちのお義母さんも元気だったんですよねえ。

NさんもMさんも、更新途絶えてますね。
寂しいですけど、ブログはあくまで個人の趣味ですから、致し方ないですねえ。
かくいうわたしもそうですけど、更新の間隔、ずいぶん空いちゃってますし。
熱が冷めたというより、前ほど焦らなくなったんですよね。青木さんが余所見しなくなったから。

以前はねえ……妄想に縋らないと正気を保てなかったからねえ……ははは……。

それに今は、原作で二人が徐々に近付いていってるので。ここは見守り時かなって。
Kさんが挙げられたお二人も、同じようなお気持ちではないかと拝察します。

Aさまへ

Aさま。

わたしも決してファンではないのですが、
ディズニーアニメはキャラの動きがすっごくいいんですよ。
スピード感があるのに、滑らかできれい。特にヒロインの動きは見惚れます。
薪さんのアクションシーン(あるのか?)はぜひディズニーで作って欲しいですね。
でも、あのキャラデザはカンベンして欲し、ごほごほ。


>岡部さんがジャイアンだったなんて(笑)

や、もう、それ以外ないでしょww

うちの場合、薪さんがしずかちゃんなんで(え)、
必然的に青木さんがのび太くんでしょ。
小池さんがスネ夫くんで、今井さんが出木杉くん。
のび太くんのパパが曽我さんで、ママが宇野さん。

肝心のドラえもんは、うちの場合は雪子さん。青木さんのよき相談相手ということで。
問題は、のび太くんを苛めるのがしずかちゃんだってことだね☆



>映画も試写会があったり東京メトロのホームにポスターが出たりしてますね。

そうなんですか~。
宣伝、力入ってますね。
ヒットするといいですねえ。

映画に行く日は、お義母さんの面倒見てもらえるよう、今から義妹に頼んでます(笑)
楽しみですねえ(*^^*)

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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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