You my Daddy(4)

 髪を切りました。
 夏っぽく、思いっきりショートにしました。多分、薪さんより短いと思う(=∀=)



You my Daddy(4)




「ミハル!」
 子供の泣き声を聞きつけたかのように、モニタールームに女性の声が響いた。入口の自動ドアを振り向けば、第九付の警備員の友田巡査長を突き飛ばすようにしてこちらに走り寄る女性の姿。彼女の鼻の形はミハルのそれとよく似ており、それがなくとも彼女がミハルの母親であることは、その様子を見れば明らかだった。
 年の頃は24、5だろうか。緩やかに波打つ長い黒髪に、やや吊り気味の黒い眼。気の強そうな眉。逆三角形の小さな顔と痩せた体つきが彼女にきつそうな印象を植え付けているものの、充分美人の部類に入る。

「どうしたの。どこか痛くしたの」
 職員たちを無視して給湯室に走り込み、ミハルの身体を検めた彼女は、鋭い眼をさらに吊り上げて、傍らに立っていた青木を睨みつけた。
「ご、ごめんなさい。オレが泣かせました」
「なんで」
「だって……薪さんにキスを……」
「なに!?」
「ごめんなさいー!」
 子供を守ろうとする母親の気迫の前に、誰も青木を庇えなかった。ていうか青木が悪いよね、これ。

「お仕事中に申し訳ありません、みなさん」
 突然の来訪者に目を丸くする職員たちに、警備員の友田が頭を下げた。
「こちらの女性、笹原ヒロミさんと仰るそうですが、薪所長を訪ねて来られまして。第九は関係者以外立ち入り禁止だと警備室で問答するうちに、いつの間にか子供がいなくなってしまって」
 警備員の説明に、なるほど、と職員たちは頷いた。
 彼らが納得したのは、これが特に珍しいことではないからだ。薪の熱狂的なファンの中には、思い詰めた挙句に恋人や婚約者を偽って第九に乗り込もうとする女性もいる。もしも嘘だった場合は詐欺罪に問われますよ、と諭せば大人しく帰る者が殆どだが、たまにこういうツワモノも現れる。
「つまり、あの女性は薪さんのファンで、あの子を薪さんの子供だって言い張るんだな」
「いやそれが、今回はちょっと変わってまして」
 友田はそのいかつい顔を苦笑に歪めて、後ろ頭をポリポリと掻いた。

「自分は所長の娘で、あの子は孫だと」
「「「「まさかの男爵的中?!」」」」
「は? 男爵とはなんでありますか?」
 目を点にする友田を執務室から追い出し、薪のプライバシーを確保しながらも第九メンズは動揺する。突拍子もないことをと笑っていたが、まさか本当の孫?

 本気で第九に血の雨が降るかもしれないと、恐る恐る青木を見れば、大きな身体を丸めて自分よりずっと小さな親子にペコペコと頭を下げている。まだこの事実は青木の耳には届いていないらしい。
「ミハルちゃん、意地悪してごめんね。チョコレートあげるから許して」
「うん」
 甘いお菓子に子供はすぐに泣きやんだが、母親の方はそうはいかない。大事な娘の心を傷つけられたのだ。我が子を思う愛が深ければ深いほど、簡単には許せない。
「ふざけんじゃないわよ。慰謝料よこしなさいよ」
 て、金かよ。
「いや、チョコが慰謝料ってことで」
「なに甘いこと言ってんの」
 チョコだけに?
 なんて冗談を口に出せる雰囲気ではなかった。カカオマス99%のビターチョコみたいな女だ。

「泣いてたじゃない。精神的被害を被った証拠よ。子供を第九職員に虐待されたってマスコミに言い触らされてもいいの?」
「そんな無茶苦茶な」
「エリートなんでしょ。5万でいいわ、さっさと出しなさいよ」
「いやあの、この季節は歓送迎会等で出費が多くてですね」
「金銭の要求は恐喝罪になりますよ。チョコレートで手を打った方が身のためです」
 執務室に怜悧な声が響く。モンスターペアレントの攻撃にタジタジの青木を救ってくれたのは、警察庁に出向いたはずの薪だった。

「薪さん。定例報告は」
「小野田さんに急な来客があってな。延期だ」
「岡部さんは?」
「中園さんと話が弾んでるみたいだったから。置いてきた」
 首席参事官の中園と岡部は仲が良い。世話の焼ける上司という共通スレッドから話も合うみたいだし、階級の垣根を越えて、たまに二人で飲みにも行っているようだ。

 職員たちの質問に答えながら、薪は足早に給湯室へ近付く。追い詰められて壁にへばりついた青木と、子供を背中に纏いつかせた母親の間に割って入ると、冷たい目つきで女を見据えた。睨まれた女がぎょっとして身を引く。
「どうして」
 ミハルが持っていた写真は、母親が持たせたものだったのだろう。20年以上前に撮った写真と寸分変わっていない人物が眼の前に現れたら、誰だってびっくりする。
「あ、もしかして、薪室長の息子?」
「本人です」
 常識では彼女の方が正しくとも、薪にその理屈は通用しない。「今は室長ではなく所長ですが」と冷静に答える、だけどそのきれいな顔はバリバリに強張っている。彼女の失言に腹を立てているのだ。それを証明するかのように、彼の声は厳しかった。

「僕の部下に言いがかりを付けるのは止めてください。彼はやさしい男です。子供を苛めるなんてあり得ない」
「第九の室長だか所長だか知らないけど、聞いて呆れるわ。現場を見もしないで、自分の部下の肩を持つの」
 彼女の言い分は正しい。確かに青木は他人にやさしい男だが、それは薪にちょっかいを出さない相手に限られるという事実を当の薪だけが知らないのは、果たして喜劇か悲劇か。
「子供が訳もなく泣くと思うの」
「情緒不安定なんじゃないですか? あなたのヒステリーが遺伝して」
「なんですって。部下も部下なら上司も上司ね。親の顔が見たいわ!」
「親は関係ないでしょう!」
「ああら。今、遺伝がどうのっておっしゃいませんでした?」
「う」
 薪の呻きに、おお、と一斉に周囲がどよめく。口論で薪から一本取るとは、この女、只者ではない。
 苦い顔をして髪に手を突っ込み、ぎゅっと頭皮を押さえて薪は、ちっと舌打ちした。

「とにかく、その子を連れて出て行ってください。ここは関係者以外立ち入り禁止です。お望みとあらば、公務執行妨害で留置所に入ってもらってもけっこうですよ」
「いや、でも薪さん。その人たち、もしかしたら」
 ためらいつつも今井が、警備員の話から生まれた疑惑を口にすると、薪は、亜麻色の髪を繻子のように波打たせながら首を左右に振って、
「話は警備室長から聞いた。その女の言うことはでたらめだ」

 岡部と二人、行きは時間に迫られて、地下通路を利用した。約束がキャンセルになって時間に余裕ができたから、帰りは外を回って帰って来た。春の5時台と言えば外は未だ明るく、新芽の香りを含んだ暖かい春風なども吹いて、書類で凝り固まった目と肩をほぐすにはもってこいだと思った。
 当然、正門から第九に入った。子供の親を探すために誰に相談したものかと考えながら歩いていたら、警備室の騒ぎが耳に入った。覗いてみると、「子供が迷子になった」と警備員が庶務課に電話をしていた。そこで警備室長から彼女の言い分を聞いたのだ。
 それは薪の予想と寸分違わず合致して、しかし、彼女を目の当たりにした薪に生まれたのは絶大なる違和感。さらに青木を責める彼女を見て、その違和感は確信に変わった。

「大学の時に付き合っていた女性はいたけど、君が彼女の子供の筈はない。麻子ちゃんは奥ゆかしくて、可愛いひとだった」
「アサコ? ……ああ。なるほどね」
 薪が麻子の名前を出すと彼女は、聞き覚えがある、という顔をした。それから一人で納得したように頷き、キッと眦を上げて薪に噛みついた。
「恋人がいたくせに、わたしのママを弄んだのね。ひどい男」
「なにを」
「これが証拠よ!」
 黄門さまの印籠よろしく彼女が高らかに掲げたのは、パッションピンクの縁取りのスマートフォン。画面には、上半身裸でベッドに横たわる男女の姿が。

 刹那、シンと静まり返った執務室は、次の瞬間恐慌状態に陥る。真っ先に思い浮かんだのは全員一致のリスクアセスメント。つまり。
「「「「青木を抑えろ!!!」」」」
 野生のチーターもかくやの瞬発力で、4人が青木に飛びかかる。しかし青木の動きを止めるには至らず、それもそのはず、事態を遠巻きに見守っていた彼らとは違い、青木は薪を挟んで彼女に手の届く位置にいたのだ。か細い女の手からスマートフォンを取り上げるなどコンマ2秒の仕事だ。

「早まるな、青木!」
「薪さんに会えなくなってもいいのか!」
「福岡のお母さんが泣くぞ!」
 立てこもり犯の説得みたいになってきた。このままだと青木の実家に連絡が行きそうだ。
 職員たちの心配をよそに、青木は意外なくらい落ち着いていた。
「大丈夫ですよ。どうせ合成でしょ」
 穏やかに微笑みながらも、薪の過去の秘め事を記録したスマートフォンは時速120キロでゴミ箱にダンクシュート。言ってることとやってること違うぞ、青木。

「わたしのケータイ! あんた、壊れたら弁償しなさいよ?!」
 剛速球を受け止めたゴミ箱は衝撃で弾き飛ばされ、5メートルほど吹っ飛び、壁にぶち当たって止まった。仕事中にKYな着メロを響かせては薪に投げられていた曽我の携帯だって、こんな扱いを受けたことはない。
「どこが優しい男なのよ。ねえ、今の見たでしょ?」
 彼女は薪に問うが、こういうところは見ないのがこの二人の巡り合わせと言うか度重なる不幸と言うか、その時も薪は突き付けられた自分の過去でいっぱいいっぱい。青木の非人道的な振る舞いに気付く余裕もなかった。
 尖った顎に右手を当て、しきりに何か思い出そうとしていた薪の、亜麻色の瞳が不意に見開かれる。やがて彼の口から零れたのは、一人の女性の名前であった。

「アユミちゃん」

 え、と青木が呟いた。ぽかんと口を開ける青木の前で、亜麻色の瞳が彼女の中に誰かの面影を探すかのように眇められる。
「きみ、笹原亜由美さんの娘か」
「そうよ」
 どよよっと執務室がざわめきに満ちた。実は皆の見解も青木と同じで、てっきり合成写真だと思っていたのだ。ところが、薪の口から相手の女性の名前と思しきものが出た。つまり、相手の女性との関係を認めたと言うことだ。

「じゃあ、本当に薪さんの娘?」
「と、孫?」
「そうよ。だからお金貸して」
 青木からの略取に失敗した彼女は、その収穫先を薪に求めた。けれども悲しいかな、そこは焼野原。
「持ってない」
「嘘」
「いやホント。この人の銀行預金、254円だから」
「なんで。所長でしょ?」
 実は薪の金銭感覚は壊滅的で、あればあるだけ使ってしまう乱費家。元々が贅沢な人間ではないから無くなれば無くなったで一向に平気な上、老後の事なんか考えないタイプだから貯金が無くても気にしない。一緒に暮らし始めて青木が一番驚いたのは、薪の通帳の残高だったりする。

「じゃあパパの家に泊めて。今夜、寝るところがないの」
 彼女の次なる要望に、ハッと職員たちが息を飲む。
 若い女性が男の家に泊めて欲しいと頼む。これは血縁関係がなければ出てこない言葉ではないか。
 相手の家族構成も知らない状況で、もしも自分の貞操に危険が及んだらと、普通の女性なら心配になるのが当たり前だ。それをなんの迷いもなく宿泊を希望するとは、それこそが薪の肉親である証拠では? それとも、薪が相手ならそれもありなのか?
 女の大胆さに、第九メンズは冷や汗を流す。彼女の本心は知れずとも、青木の性質なら知っている。青木は普段は借りてきた小猫のように大人しい男なのに、薪のことになると大トラに化ける。相手が子供でも容赦しないのは、トリプルエスプレッソで証明済みだ。

 ざわめく面々に軽く舌打ちし、薪はちらりと時計を見た。
 定例報告の後は親睦会の予定だったから、時刻は定時の5分前。人事異動の季節柄、決済待ちの書類は山ほどあるが、火急を要する案件はない。どうやら、こちらの火の手を先に鎮めた方がよさそうだ。
「場所を変えよう」
「いいわ」
 いくら第九の部下たちが身内同然でも、聞かせられない話もある。すでに手遅れのような気もしたが、取り敢えず薪は彼女を外に誘い、職員たちには急ぎの仕事が無ければ退庁するようにとの岡部の伝言を伝えた。

 職員たちの前を今更の無表情で通り過ぎながら、薪は少しだけ脚を止める。宇野の前で2、3秒、言葉もなく目線を交わした。それから二人を廊下へ出した後、自動ドアを開けたまま振り返り、
「青木。おまえは残れ」
「はい」
 応じる青木にも迷いはなく。その声音にも乱れはなかったけれど。
 残された職員たちの心は不安に満たされ、さりとて所長のプライベートな問題に踏み込むこともできず。静けさを取り戻した執務室で、困惑しきった顔を見合わせるだけだった。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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