ヒカリアレ(1)
こんにちはー!
こちらのSS、ようやく書き終わりまして、推敲途中ですが再開しますだってもう我慢できない拍手70超えとか恥ずかしすぎるっ!!(←理由、聞かないで)
お約束通り、前記事は下げます。ホッ。
いただいたコメントのお返事は、当記事のコメント欄にてお返ししております。よろしくお願いします。
さてさて。
こちらの記事、最初に公開したのは5月25日でございました。
書き進めながら公開していましたが、いつもの悪い癖で、途中で伏線入れたくなったりキャラ設定変えたくなったりして、結局、一旦下げました。先にお読みくださった方には、まことに申し訳ありませんでした。
この辺はそんなに変わってないので、一読された方は読み飛ばしてください。初めての方も適当に読み飛ばしてください。(え)
初めての方のために、この下に、当初のご挨拶も残しておきます。
よろしくです。
*****
メロディ本誌で、『増殖』が完結しましたね。すっげーモヤモヤする終わり方(笑) これだから秘密は読むの止められないのよね。
物事が正しくあるべきところに収まる終わり方は、すっきりとして読後感はいいけれど、あまり尾を引かないです。あー面白かった、さ、次行こう、てなる。ところがこんな風に、ええ~、とか、ううーん、とかなる話(←もうちょっとまともな表現はないのか)は、頭から離れなくなります。モヤモヤして気持ち悪いから気になって、自分なりに落ち着き処を見つけようと、考え続けてしまうのかもしれません。
きっと先生、そこまで考えて描いてらっしゃるのでしょうね。そしてそれに見事に乗せられてしまうわたし。我ながら簡単なやっちゃ。
そんなわけでリハビリです。
もともとSSを書くことは、わたしにとって、原作で受けた衝撃から立ち直るためのリハビリ的役割を果たしていたのですが、スピンオフに入ってからは、ほぼその必要がなくなりまして。書いたのは「雨の名は沈黙」という澤村さんの話だけ。なので今回が2度目です。こないだが「澤村さんいい人計画」だったから、今回は「光くん更生プロジェクト」ということで。
以下、注意事項です。
・ あくまで個人的なモヤモヤ解消のために書いた話なので、原作の世界を大事になさりたい方にはお勧めしません。
・ ストーリーはメロディ6月号の続きになりますので、コミックス派の方にはごめんなさいです。
・ 私事で恐縮ですが、家庭の事情がありまして、以前ほど綿密に原作を読み込めておりません。原作との相違点、および矛盾点については、ご指摘いただければストーリーに影響のない範囲で訂正させていただきます。ストーリーそのものが破たんしてしまうような相違についてはすみません、見逃してください。←え。
・ 微妙に男爵が混じるときがあります。←こら。
さらに私事ですが、家庭の事情で妄想できる時間が以前より大分減りまして。これまでのように、書き終えて、一定期間寝かせて、推敲してから公開、という工程を履行しようとすると、半年くらい先になっちゃいそうなんです。それでは意味がなくなってしまうと思うし、なによりBON子さんとなみたろうさんに大見得切っちゃったので(笑)、今作に限り、フライング公開させていただきます。
わー、書きながら公開なんて初めてだわー。未完になっちゃったらごめんね~。
更新は、1週間を目安にしてみます。……大丈夫かな(^^;
本誌のネタバレになりますので、追記とさせていただきます。お手数かけてすみません。
読んでくださる方は、どうか広いお心でお願いします。
ヒカリアレ(1)
~プロローグ(1) つばき園~
ヨシ先生が言った。
「神の条件は何だと思う?」
一人の子供が答えた。
「カリスマ性があること」
そうだね、と先生は微笑んだ。
「賢いこと」
それは大事だね。それから?
「視野が広いこと」
うん、それも必要だね。あとは?
「つねに正しい」「なんでもできる」「病気を治してくれる」「願いを叶えてくれる」
子供たちは次々と神の資質について発言した。先生は一つ一つを吟味し、良い意見は肯定し、そうでない意見には苦笑で答えた。
「ミドリはどう思う?」
みなの意見が一通り出揃った後、一番後ろで床に座っていた女の子に、ヨシ先生は尋ねた。
誰かと同じことを言ってはだめだよ。もし言ったら。
その後は黙して語らなかったけれど、ヨシ先生の眼は見開かれ、口元には残忍な笑いが浮かんでいた。
ミドリと呼ばれた女の子に、全員の視線が集中した。女の子は困り果て、でも誰も助けてくれなかった。彼女は懸命に考え、ようやく誰も口にしなかった答えを見つけた。
「美しいこと」
自分では些かなりとも自信のある回答だったが、周囲の反応は良くなかった。彼女の答えを聞いて、皆は一様に眉をひそめ、クスクスと笑い合った。あいつ馬鹿だから、などとあからさまな悪口が部屋中に溢れ、女の子は恥ずかしさに泣きそうになった。
「残念だね。それは神の条件じゃない」
ヨシ先生は、ミドリの答えを完全に否定した。一緒に遊んでくれること、という的外れな答えにも微笑むだけだったのに。
「違うってさ! バーカ、ミドリちゃんのバーカ!」
みなが一斉に囃し立てる。可哀想に、ミドリは床に突っ伏して泣き出してしまった。
その様子をしばらく眺めた後に、ヨシ先生はようやく動いた。みんなを静かにさせるため、パンパンと手を鳴らす。たったそれだけで子供たちが大人しくなることを、彼はよく知っていた。
「ミドリ以外の子はおやつを食べてよし!」
わーい、と多くの嬉しそうな声が部屋に響き、少女のか細い泣き声を掻き消した。その哀れにとどめを刺すように、ヨシ先生の冷酷な声が響く。
「ミドリはだめだ。答えを間違ったんだから」
「間違ってない」
ざわっと空気が震え、部屋は静まり返った。
他の子がみな、おやつを取りに食堂へ向かうのに、発言した子は椅子に座ったまま。優雅に組んだ長い足をぶらぶらさせていた。
「それはどうしてだい、光」
「本に出てくるどの神さまも、すごくきれいに描かれているもの。中には醜い神さまもいるけどさ、完全な間違いってわけじゃないよ」
ヨシ先生の質問に、光は明確に答えた。驚いて目を剥いた先生と、彼はしばし見つめ合った。
ヨシ先生に言い返すこと、先生の言葉を否定すること。それは誰にもできないことだった。してはいけないことだった。でも光だけはいつも、それをやってのけた。
彼は特別だった。
「コウタ。光の分はおまえが食べなさい」
それだけ言って、先生は部屋を出て行った。ガチャガチャと鳴る義足の音が彼の苛立ちを感じさせ、子供たちに寡黙を強いた。
他の子供たちがプレッシャーに黙り込む中、当の光は肩を竦め、右足を椅子の上で抱え込むようにした。膝に顎を載せて、目を閉じる。長い睫毛が重なり合い、濃い影を落とした。
少しずつ、潮が引くように子供たちは食堂に移動し、部屋にはおやつを抜かれた二人の子供だけが残された。
二人の間に会話はなかった。光は彫像のように動かなかったし、ミドリからは話しかけてはいけない決まりだった。
沈黙の中、ミドリはずっと光を見ていた。そして思った。
やっぱり神は、美しくなければいけないと。
*****
~プロローグ(2) 第九~
涙が出るほどの大笑いを治めた後、岡部はハタと固まった。見る見るうちに青くなって、直属の部下を振り返る。
「いけね。薪さんにもらった褒美、机の上に忘れてきちまった」
「所長からのプレゼントを置きっぱなし天国ですか? 本人に見られたらまずいですよ。わたし、取ってきます」
すまんな、と顔の前に軽く手を上げる。波多野の軽い足音が聞こえなくなったところで、岡部は「ところで」と腕を組んだ。すうっと目を細めて青木を睨む。
「どうだ。初めて人を殺した感想は」
ズバッと切り込まれて青木はだじろぐ。
本当はまだ、胸の奥がざわざわしている。拳銃を握っていた右手が、冷たく重い鉛にでもなったような気がしている。喉の奥にみっしりと砂が詰まったようで、青木は呑んだ息を吐きだすこともできないまま、岡部の質問に答えた。
「薪さんが、あんなに気を使ってくれるとは思いませんでした」
「そっちかよ!」
岡部が必要以上に激しく突っ込んでくれたおかげで、青木はやっと息が吸えるようになる。
薪の心遣いに感謝していたのは本当だ。薪は、例え児玉のような鬼畜の命でも、消えることを望むような人間ではない。人の死を、冗談めかして語れる人間ではないのだ。
「おまえらホント、小芝居好きだよな。てかおまえ、薪さんに笑いかけられて赤くなるのやめろ。こっちが恥ずかしくなる」
「――っ、岡部さんだって赤くなってたじゃないですか!」
さっきのだって小芝居ですよね、と青木が指摘すれば、なんのことだ、と空っとぼける。その白々しさが、青木に彼の本心を悟らせる。
岡部が薪にもらった封筒を、落としやすい胸ポケットではなく、わざわざ鞄の中にしまっていたのを青木は知っていた。「置き忘れ」は、波多野をこの場から遠ざけるための嘘だ。
そしてそれは青木への気遣い。青木は第8管区室長という立場上、一職員である波多野の前で自身の怯惰を晒すことはできない。しかし、同じ室長職であり大先輩でもある岡部の前でなら、泣くことも愚痴ることも許される。
「ありがとうございます。岡部さん」
なにが? と返されるかと思ったが、岡部はもう無駄な嘘は重ねなかった。青木の肩をぽんと叩き、
「こういう日はな、酒飲んで寝るのが一番だ」
いかにもノンキャリアらしいリフレッシュ案を堂々と提唱し、次いで青木を元気にするスペシャルプランを立ち上げた。
「薪さんも誘ってこい」
「はい!」
所長室めがけて一直線に駆けていく後輩の背中に、岡部は苦笑いを禁じ得ない。
「若いなあ」
――あの手紙の返事かも――青木はそう言った。
あの慌てぶりからして、かなり期待していたに違いない。沙羅に刺された怪我が治って福岡に帰るときは、『もういいんです』などと悟ったような顔をしていたが、心の中では諦めきれなかったのだろう。
あの手紙に何が書かれていたか、岡部は知らない。知らないが、薪が返して青木が「もういい」と言った、ならば自分が蒸し返すことではないと思っていた。このまま机の引き出しの奥に忘れた振りで、定年になるまで放っておくつもりだった。だが。
青木が諦めていないのなら、そうもいくまい。どうやって薪にそのことを伝えるかだが、何も正直に自分が隠したなどと言わなくともいい。ていうかそんなん怖くて無理。
そっと薪の机に、あの手紙を返しておいたら。薪はどうするだろう。
「結局はあの人次第か」
青木も難儀な質問をしたもんだ。それもメンドクサイ相手にメンドクサイ方法で。
後輩の要領の悪さに呆れつつ、そんなんじゃ目から鼻に抜けるあの人に付いていくのは至難の業だと余計な心配をし。要領の悪さという点では、役不足の役職に就いて久しい上司もまた似たようなものかもしれないが、傍の人間にしてみればもどかしいことこの上ない。
ひとつ、今夜の飲み会で酒に酔ったふりをしてこの話題を持ち出してやるかと岡部は心に決め、しかし彼の命懸けのお節介は不発に終わる。フライングで児玉の脳を見ていた薪が、つばき園のおぞましい真実を暴いたことで、新たな事件の可能性に気付いたからだ。
薪は自分を誘いに来た青木と共に長野県の病院へ急行したが、時すでに遅く。
子供たちは夜の森をさまよい歩き、最終的に一人の少年が事故死したことで、この事件は幕を閉じた。3人の心に、澱のように淀むやりきれなさを残して。
こちらのSS、ようやく書き終わりまして、推敲途中ですが再開しますだってもう我慢できない拍手70超えとか恥ずかしすぎるっ!!(←理由、聞かないで)
お約束通り、前記事は下げます。ホッ。
いただいたコメントのお返事は、当記事のコメント欄にてお返ししております。よろしくお願いします。
さてさて。
こちらの記事、最初に公開したのは5月25日でございました。
書き進めながら公開していましたが、いつもの悪い癖で、途中で伏線入れたくなったりキャラ設定変えたくなったりして、結局、一旦下げました。先にお読みくださった方には、まことに申し訳ありませんでした。
この辺はそんなに変わってないので、一読された方は読み飛ばしてください。初めての方も適当に読み飛ばしてください。(え)
初めての方のために、この下に、当初のご挨拶も残しておきます。
よろしくです。
*****
メロディ本誌で、『増殖』が完結しましたね。すっげーモヤモヤする終わり方(笑) これだから秘密は読むの止められないのよね。
物事が正しくあるべきところに収まる終わり方は、すっきりとして読後感はいいけれど、あまり尾を引かないです。あー面白かった、さ、次行こう、てなる。ところがこんな風に、ええ~、とか、ううーん、とかなる話(←もうちょっとまともな表現はないのか)は、頭から離れなくなります。モヤモヤして気持ち悪いから気になって、自分なりに落ち着き処を見つけようと、考え続けてしまうのかもしれません。
きっと先生、そこまで考えて描いてらっしゃるのでしょうね。そしてそれに見事に乗せられてしまうわたし。我ながら簡単なやっちゃ。
そんなわけでリハビリです。
もともとSSを書くことは、わたしにとって、原作で受けた衝撃から立ち直るためのリハビリ的役割を果たしていたのですが、スピンオフに入ってからは、ほぼその必要がなくなりまして。書いたのは「雨の名は沈黙」という澤村さんの話だけ。なので今回が2度目です。こないだが「澤村さんいい人計画」だったから、今回は「光くん更生プロジェクト」ということで。
以下、注意事項です。
・ あくまで個人的なモヤモヤ解消のために書いた話なので、原作の世界を大事になさりたい方にはお勧めしません。
・ ストーリーはメロディ6月号の続きになりますので、コミックス派の方にはごめんなさいです。
・ 私事で恐縮ですが、家庭の事情がありまして、以前ほど綿密に原作を読み込めておりません。原作との相違点、および矛盾点については、ご指摘いただければストーリーに影響のない範囲で訂正させていただきます。ストーリーそのものが破たんしてしまうような相違についてはすみません、見逃してください。←え。
・ 微妙に男爵が混じるときがあります。←こら。
さらに私事ですが、家庭の事情で妄想できる時間が以前より大分減りまして。これまでのように、書き終えて、一定期間寝かせて、推敲してから公開、という工程を履行しようとすると、半年くらい先になっちゃいそうなんです。それでは意味がなくなってしまうと思うし、なによりBON子さんとなみたろうさんに大見得切っちゃったので(笑)、今作に限り、フライング公開させていただきます。
わー、書きながら公開なんて初めてだわー。未完になっちゃったらごめんね~。
更新は、1週間を目安にしてみます。……大丈夫かな(^^;
本誌のネタバレになりますので、追記とさせていただきます。お手数かけてすみません。
読んでくださる方は、どうか広いお心でお願いします。
ヒカリアレ(1)
~プロローグ(1) つばき園~
ヨシ先生が言った。
「神の条件は何だと思う?」
一人の子供が答えた。
「カリスマ性があること」
そうだね、と先生は微笑んだ。
「賢いこと」
それは大事だね。それから?
「視野が広いこと」
うん、それも必要だね。あとは?
「つねに正しい」「なんでもできる」「病気を治してくれる」「願いを叶えてくれる」
子供たちは次々と神の資質について発言した。先生は一つ一つを吟味し、良い意見は肯定し、そうでない意見には苦笑で答えた。
「ミドリはどう思う?」
みなの意見が一通り出揃った後、一番後ろで床に座っていた女の子に、ヨシ先生は尋ねた。
誰かと同じことを言ってはだめだよ。もし言ったら。
その後は黙して語らなかったけれど、ヨシ先生の眼は見開かれ、口元には残忍な笑いが浮かんでいた。
ミドリと呼ばれた女の子に、全員の視線が集中した。女の子は困り果て、でも誰も助けてくれなかった。彼女は懸命に考え、ようやく誰も口にしなかった答えを見つけた。
「美しいこと」
自分では些かなりとも自信のある回答だったが、周囲の反応は良くなかった。彼女の答えを聞いて、皆は一様に眉をひそめ、クスクスと笑い合った。あいつ馬鹿だから、などとあからさまな悪口が部屋中に溢れ、女の子は恥ずかしさに泣きそうになった。
「残念だね。それは神の条件じゃない」
ヨシ先生は、ミドリの答えを完全に否定した。一緒に遊んでくれること、という的外れな答えにも微笑むだけだったのに。
「違うってさ! バーカ、ミドリちゃんのバーカ!」
みなが一斉に囃し立てる。可哀想に、ミドリは床に突っ伏して泣き出してしまった。
その様子をしばらく眺めた後に、ヨシ先生はようやく動いた。みんなを静かにさせるため、パンパンと手を鳴らす。たったそれだけで子供たちが大人しくなることを、彼はよく知っていた。
「ミドリ以外の子はおやつを食べてよし!」
わーい、と多くの嬉しそうな声が部屋に響き、少女のか細い泣き声を掻き消した。その哀れにとどめを刺すように、ヨシ先生の冷酷な声が響く。
「ミドリはだめだ。答えを間違ったんだから」
「間違ってない」
ざわっと空気が震え、部屋は静まり返った。
他の子がみな、おやつを取りに食堂へ向かうのに、発言した子は椅子に座ったまま。優雅に組んだ長い足をぶらぶらさせていた。
「それはどうしてだい、光」
「本に出てくるどの神さまも、すごくきれいに描かれているもの。中には醜い神さまもいるけどさ、完全な間違いってわけじゃないよ」
ヨシ先生の質問に、光は明確に答えた。驚いて目を剥いた先生と、彼はしばし見つめ合った。
ヨシ先生に言い返すこと、先生の言葉を否定すること。それは誰にもできないことだった。してはいけないことだった。でも光だけはいつも、それをやってのけた。
彼は特別だった。
「コウタ。光の分はおまえが食べなさい」
それだけ言って、先生は部屋を出て行った。ガチャガチャと鳴る義足の音が彼の苛立ちを感じさせ、子供たちに寡黙を強いた。
他の子供たちがプレッシャーに黙り込む中、当の光は肩を竦め、右足を椅子の上で抱え込むようにした。膝に顎を載せて、目を閉じる。長い睫毛が重なり合い、濃い影を落とした。
少しずつ、潮が引くように子供たちは食堂に移動し、部屋にはおやつを抜かれた二人の子供だけが残された。
二人の間に会話はなかった。光は彫像のように動かなかったし、ミドリからは話しかけてはいけない決まりだった。
沈黙の中、ミドリはずっと光を見ていた。そして思った。
やっぱり神は、美しくなければいけないと。
*****
~プロローグ(2) 第九~
涙が出るほどの大笑いを治めた後、岡部はハタと固まった。見る見るうちに青くなって、直属の部下を振り返る。
「いけね。薪さんにもらった褒美、机の上に忘れてきちまった」
「所長からのプレゼントを置きっぱなし天国ですか? 本人に見られたらまずいですよ。わたし、取ってきます」
すまんな、と顔の前に軽く手を上げる。波多野の軽い足音が聞こえなくなったところで、岡部は「ところで」と腕を組んだ。すうっと目を細めて青木を睨む。
「どうだ。初めて人を殺した感想は」
ズバッと切り込まれて青木はだじろぐ。
本当はまだ、胸の奥がざわざわしている。拳銃を握っていた右手が、冷たく重い鉛にでもなったような気がしている。喉の奥にみっしりと砂が詰まったようで、青木は呑んだ息を吐きだすこともできないまま、岡部の質問に答えた。
「薪さんが、あんなに気を使ってくれるとは思いませんでした」
「そっちかよ!」
岡部が必要以上に激しく突っ込んでくれたおかげで、青木はやっと息が吸えるようになる。
薪の心遣いに感謝していたのは本当だ。薪は、例え児玉のような鬼畜の命でも、消えることを望むような人間ではない。人の死を、冗談めかして語れる人間ではないのだ。
「おまえらホント、小芝居好きだよな。てかおまえ、薪さんに笑いかけられて赤くなるのやめろ。こっちが恥ずかしくなる」
「――っ、岡部さんだって赤くなってたじゃないですか!」
さっきのだって小芝居ですよね、と青木が指摘すれば、なんのことだ、と空っとぼける。その白々しさが、青木に彼の本心を悟らせる。
岡部が薪にもらった封筒を、落としやすい胸ポケットではなく、わざわざ鞄の中にしまっていたのを青木は知っていた。「置き忘れ」は、波多野をこの場から遠ざけるための嘘だ。
そしてそれは青木への気遣い。青木は第8管区室長という立場上、一職員である波多野の前で自身の怯惰を晒すことはできない。しかし、同じ室長職であり大先輩でもある岡部の前でなら、泣くことも愚痴ることも許される。
「ありがとうございます。岡部さん」
なにが? と返されるかと思ったが、岡部はもう無駄な嘘は重ねなかった。青木の肩をぽんと叩き、
「こういう日はな、酒飲んで寝るのが一番だ」
いかにもノンキャリアらしいリフレッシュ案を堂々と提唱し、次いで青木を元気にするスペシャルプランを立ち上げた。
「薪さんも誘ってこい」
「はい!」
所長室めがけて一直線に駆けていく後輩の背中に、岡部は苦笑いを禁じ得ない。
「若いなあ」
――あの手紙の返事かも――青木はそう言った。
あの慌てぶりからして、かなり期待していたに違いない。沙羅に刺された怪我が治って福岡に帰るときは、『もういいんです』などと悟ったような顔をしていたが、心の中では諦めきれなかったのだろう。
あの手紙に何が書かれていたか、岡部は知らない。知らないが、薪が返して青木が「もういい」と言った、ならば自分が蒸し返すことではないと思っていた。このまま机の引き出しの奥に忘れた振りで、定年になるまで放っておくつもりだった。だが。
青木が諦めていないのなら、そうもいくまい。どうやって薪にそのことを伝えるかだが、何も正直に自分が隠したなどと言わなくともいい。ていうかそんなん怖くて無理。
そっと薪の机に、あの手紙を返しておいたら。薪はどうするだろう。
「結局はあの人次第か」
青木も難儀な質問をしたもんだ。それもメンドクサイ相手にメンドクサイ方法で。
後輩の要領の悪さに呆れつつ、そんなんじゃ目から鼻に抜けるあの人に付いていくのは至難の業だと余計な心配をし。要領の悪さという点では、役不足の役職に就いて久しい上司もまた似たようなものかもしれないが、傍の人間にしてみればもどかしいことこの上ない。
ひとつ、今夜の飲み会で酒に酔ったふりをしてこの話題を持ち出してやるかと岡部は心に決め、しかし彼の命懸けのお節介は不発に終わる。フライングで児玉の脳を見ていた薪が、つばき園のおぞましい真実を暴いたことで、新たな事件の可能性に気付いたからだ。
薪は自分を誘いに来た青木と共に長野県の病院へ急行したが、時すでに遅く。
子供たちは夜の森をさまよい歩き、最終的に一人の少年が事故死したことで、この事件は幕を閉じた。3人の心に、澱のように淀むやりきれなさを残して。