ヒカリアレ(8)

 蒸し暑い日が続いておりますが、みなさん、体調崩されてませんか? しづはちょっとバテてます。年です。

 このお話は『増殖』の続きですが、終了から3カ月も過ぎてしまって、手遅れ感とか今更感がハンパないです。それと季節柄、今は鈴薪だろうなって自分でも思うんですけど、今年はごめんなさい、8月いっぱいはこの話です。24章あるんですけど、新しいメロディの発売までには終わらせたいので。コミックス派の方にもごめんなさいです。
 読んでくださる奇特な方、ありがとうございます。サクサク行きますねー。







ヒカリアレ(8)











 聞き込みの結果報告と、光少年への対策が決まったことで、捜査会議は一旦お開きになった。仮眠を取ってから家に帰ると言う薪と研究室で別れ、岡部と青木は遅い夕飯を摂ることにした。

 第九に程近い、青木にとっては先輩たちと何度も訪れた懐かしい居酒屋で、岡部と二人、座卓を挟んで向かい合う。冷えた瓶ビールを傾けて、開口一番、青木が発したのはあろうことか愚痴だった。
「薪さんて、どうしてあんなに一人で先走っちゃうんですか。児玉の脳も映画も、どんだけ短気なんですか」
「あの人は、第九に居た頃からそうだろ。見るべきではないものが含まれていないか、まずは自分が精査する。おれたちのところへ画が下りてくるのはそれからだ」
 ――鈴木さんのことがあるからな。

 それは岡部の口からは語られなかったが、岡部のコップの傾け方で分かった。喉で味わう一杯目のビールをちょびちょびと口に含んで、だから青木はおどけた口調でふざけた答えを返す。
「まったく薪さんときたら。いつになったら所長らしく、お昼から出てきてハンコだけ押すようになってくれるんですかね」
「どこから来てるんだ、おまえのその所長職への偏見は」
 そう質問しながらも「田城さんはそこまで酷くなかったぞ」と前任者の名前を出してしまうあたり、岡部も十分色眼鏡で所長職を見ている。

「それじゃなくても薪さんは、上層部からよく思われてないのに」
「部長連中の首根っこ抑えて唸り回すもんな、あのひと」
 睨まれるわけだよ、と岡部はまだ暖かい枝豆を口に放り込む。茹でたての枝豆は夏の風物詩。強めの塩でビールが進む。
「その気になれば薪さん、一流のホストになれるんですよ? アメリカのレセプションパーティではみんなの人気者で、オレ、そばに寄ることもできなかったんですから。なのになんでそんなやり方するかなあ」
 ぶちぶちと愚痴りながら、青木は揚げ出し豆腐を箸で細かく切っている。そんなに細切れにしてしまったら揚げ出しだか豆腐スープだか分からなくなってしまうと思うが、そんなことより。

「おまえ、人の心配してる場合か。しばらく東京に残ること、管理官には断ったんだろうな」
「や、それがまだ。ちょっと言いづらくて」
「言ってない? それじゃおまえ、無断欠勤」
「まさか。もともと今週一杯は出張の許可を得てまして。そろそろ来週の予定を連絡しなきゃいけないんですけど」
「じゃあ早く電話しろ。今すぐしろ」
「でも秘密捜査だし。なんて言ったらいいのか」
 薪さんと離れたくないって言えば? と口から出かかったセリフをビールと一緒に飲み下す。爽快に食道を駆け降りるはずのホップはあちこちに引っ掛かって、岡部の腹の底をムズムズさせた。

「正直に話すのは気が引けるか」
 はい、と素直に頷く青木の様子は幼気で、彼は今や第8管区を率いる室長なのだと分かっていてさえ世話を焼きたくなる。こんな子供が学校をズル休みする言い訳みたいなこと、相談に乗ってやるなんて相手が青木でもなければあり得ない。
「不謹慎な言い方ですけど」
 と青木は前置きして、コップに残ったビールを一気に飲んだ。
「オレ、今回の事件、すごく楽しかったんです」
 突如として青木がとんでもないことを言い出すから、岡部は固まる。こんな後味の悪い事件を楽しいなどと、さては暑さにやられたか、それとも児玉の毒にあてられたか。

 岡部の顔つきに、青木は慌てて「すみません」と謝り、
「おかしなことを言ってごめんなさい、山城があんな目に遭ったのに。被害者もたくさん。それでもみんなと……薪さんや岡部さんたちと一緒に捜査ができて、嬉しかった」
 そう告白する青木は純真な子供のようで。青木が薪と同じ東大法学部の出身であることや、飛び級するほどの高成績を修めていることを、岡部は一瞬忘れそうになる。ノンキャリアの自分など足元にも及ばない頭脳と、最先端のシステムを運用している第8管区に於いて室長職を務め得る才覚。その経歴から言えば青木は、もっともっと居丈高になってよい。なのにこうして、奥ゆかしい後輩のスタンスを崩そうとはしないのだ。
「オレ、本当に。薪さんや岡部さんや、第九の先輩たちが好きだったんです」
 彼のその、飾らない言葉に心が洗われる。マイナス思考が消えていく。
 こんな風に、剥き出しの好意をポンと表に出すことは、実は様々な障害を乗り越えなければできないことで、それが自然にできてしまうのが青木という男だ。青木よりも年下の部下はたくさんいるが、岡部は未だに、青木よりかわいいと思える部下には出会ったことがない。

「子供の容疑者だから起訴できない。それだけの理由で捜査が打ち切られてしまった時、すごく残念でした。以前の第九なら絶対に視てた。例え起訴はできなくても、誰かがコウタくんの最期を見届けてあげることはしたと思うんです」
「薪さんは今は所長だからな。第九室長だった頃はそれこそ室長権限で強引にやれたことが、今はできないんだ。他部署との釣り合いを取らなきゃならん。それじゃなくても薪さんはMRIシステムのエキスパートで、今も捜査に加わることが多いから、所長は古巣贔屓だと非難するやつもいるしな」
「ええ、分かってます。薪さんの立場も、室長権限を使おうとした岡部さんを止めたことも。だからと言って、捜査を諦めるような人じゃないことも」
 全部全部、自分一人で背負ってしまう。非難も痛みも苦しみも、掛かる火の粉は一つ残らず被ってしまう。そういう人を放っておくことは、ひどく辛いのだ。このやさしい男には。

 故郷の九州管区に室長として就任することが決まったとき、みんなが青木に「おめでとう」と言った。
 よかったな。これからは生まれ育った家で、お母さんと舞ちゃんと暮らせるな。福岡には知り合いも多いし、心強いだろう。
 そんな周囲の言葉に「はい」と笑顔で頷きながらも、その胸には薪のことがあったのだろう。薪が日本に帰ってくれば、必ず警察の中枢に組み込まれる。その実力とそして、彼の頭の中にしまわれた数多くの秘密を手放さないために。警察は彼を自分の懐深くしまい込むのだ。それは薪本人はもちろん第九職員なら誰もが予想できることで、だから青木の心中は複雑だったに違いない。先刻も、一人残ると言った薪が心配で、第九からさほど離れていないこの店を選んだくらいなのだ。「懐かしいから」なんて本人は言っていたが、分かりやすい男だ。

「コウタ少年の脳が視られれば早いんだが。総監から捜査終了の命令を下されてはな」
「MRI捜査以前に、脳を取り出すこともできませんね。法一の人にまで命令違反させるわけにはいきませんものね」
「児玉と須田の脳を精査して、コウタ君の事故につながる画像を見つけ出すしかない。薪さんは光の関与を疑っているようだが、難しいだろうな」
「見つかったとしても、状況証拠にしかならないでしょうね」
「確たる証拠が出たところで、少年法に守られてるしな」
 上が継続捜査を許さないわけだ。捕まえられないことが分かっている犯罪を暴こうなど、労力と税金の無駄遣いだ。

「警察で上の命令に逆らうってことは、大きなリスクを背負うってことだ。できるだけ他人を巻き込まないようにしなきゃならん」
「はい」
「だから管理官にはちゃんと断っとけ」
「……はい」
「いま電話しろ。ここで電話しろ」
「え。でもオレ、飲んじゃったし」
「大丈夫だ。電話でアルコールは匂わん」
 逃げ道を塞がれて、青木はしぶしぶ携帯電話を取り出した。左手に電話を構え、ちらりと岡部を見るが、黙々と飯を掻き込む様子を見て観念したらしい。大きいけれどもどちらかと言えば事務屋の手指を、悄然と画面に当てた。

「奈良崎さん、青木です。時間外にすみません。実は来週、休みをいただけないかと……えっ?」
 休暇という名目で捜査時間を確保しようとした青木の口上は、途中で止まった。彼は驚いた顔つきで相手の言うことを聞いていたが、やがて「よろしくお願いします」と深く頭を下げて電話を切った。
 ひどく落ち込んだ顔つきで電話を見つめている青木に、岡部は心配そうに、
「そんなに怒られたのか?」
「あ、いえ」
 弾かれたように顔を上げ、青木は微笑んだ。
「薪さんが、管理官に話を通しておいてくれたみたいで。児玉と須田の余罪の捜査が終わるまで、1週間ほど出張を延期するよう手続きしてあるって」
 この捜査に参加したいと言ったのは青木の方だ。帰れと薪は言ったのに、青木が我を通したのだ。
 それでもこうして青木の立場が悪くならないように、予想される障害をそっと除けておいてくれる。これまで自分が歩んできた道に、知らぬ間に除かれた小石や木の根はいかほどあるのだろうと、思えば青木の溜息は重くなる。有難みよりも情けなさが先に立つ。庇護された子供の憂鬱。

「相変わらず、おんぶに抱っこだな」
「はい……」
 電話をする前より凹んでしまった青木にビールを注いでやりながら、困った人だ、と岡部は思う。
 手紙を突き返すほどつれない素振りを見せたかと思えば、陰に回っては世話を焼いて。これでは青木も堪ったものではないだろう。可哀想に。せっかくの懐かしい店なのに、もう味なんか分からないだろう。薪のことで頭がいっぱいで。

「そろそろ引き上げるか」
 座卓の料理はまだ3分の1ほど残っていたが、岡部の提案に青木は即座に頷いた。胸が一杯で食べられません、と顔に書いてある。
「明日から本番だ。今日はゆっくり休めよ」
「はい」
「薪さんがあれだけ警戒してるんだ。光を子供だと思って舐めるなよ」
「はい」
「先入観は禁物だ。病院で見たあの子は、いったん忘れろ」
「はい」
 素直に頷くが、青木はどこかソワソワしている。本当に分かりやすい。

「じゃあ、気を付けてな」
 店の前で別れて、青木がホテルとは反対の方向へ歩いていくのを見ない振りでやり過ごし、岡部は家路についた。






テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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