ヒカリアレ(14)

ヒカリアレ(14)









 須田のMRIから光の姿が消えたのを確認し、岡部はF-6モニターとの連動を切断した。画面を、自分の受け持ちである児玉のMRI画像に戻したとき、室長室のドアが開いて薪が入ってきた。
 むっつりとして、やや機嫌が悪そうだ。三船の正直すぎる感想が、お気に召さなかったのだろう。三船と薪のやり取りは、三船のマイクから岡部の耳にも届いていたが、あそこまで目くじらを立てなければいけないような内容でもなかったように思う。三船は自分の直属の部下だ。少しは庇ってやらないと。
「三船は口の軽いところはありますが、根は真面目ですよ」
「知ってる」

 躊躇なく返ってきた答えに、岡部は薪の怒りの矛先を知る。三船の軽口に怒ったわけじゃない。罵倒の言葉を口にしなかっただけで、心の中では三船以上に、須田洋子に対する憤りを感じていたのだ。
 それは岡部も同様であった。
 岡部が視ていた児玉のMRIには、子供たちに毒を飲ませる場面が鮮明に映っていた。殆どの子供が児玉から手渡された毒を素直に飲んで倒れていく中で、光だけはそれを拒否した。言葉による説得が無駄だと分かると、容赦なく殴りつけた。

 児玉は胸を撃たれて死亡したため、脳は完全な状態で残っていた。よって画像は非常に鮮明であり、唇を読むのも容易かった。
 解析の結果、光は、母親(須田洋子)を殺したのは児玉であると推察していた。正確には須田は服毒自殺、その後、児玉がMRI捜査を恐れて頭部を破壊したのだが、しかし。
 児玉は須田の自殺現場に居合わせており、自分なら彼女の自殺を思い留まらせることができる、それを重々理解していたはずなのに、敢えて何もしなかった。それどころか息を引き取った直後、迷いなく頭部を打ち抜いている。その冷酷さは、彼が警備員に成りすまして侵入を果たしたのも、仲間を救いに来たというよりは逮捕された部下の口を封じに来たかのようだ。
 長年、自分に尽くしてくれた幹部女性に対するこの扱い。血を分けた自分の息子に対する残酷な仕打ち。児玉良臣という男は正に鬼畜だ。性根から腐ってる。こんな男を長年野放しにしていた警察の失態に、臍を噛む思いだ。
「児玉のド腐れ具合には反吐が出ますけどね、母親のしたことも許せないですよ。見れば見るほど、光くんが哀れです」

 MRI捜査が進むにつれ、母子の過去が見えてきた。
 父親を知らずに過ごした幼少期。光は、自分は母と神の間にできた子だと言う母の言葉を本気で信じていた。成長するに従ってそれが嘘だと分かり、けれども、母にとっては嘘ではなかった。此処の神は児玉で、光はその実子だったのだから。
 ――児玉はみんなの神でみんなの父親。だから普通の家のお父さんみたいにずっと私たちの傍に居ることはできないの。
 須田は、愛息子の光に事情を説明しつつ、本音では自分に言い聞かせていた。若い原田アキの寝室へ児玉が通うことに、理系女子らしく理屈を付けて自分を納得させていた。
 でも、恋愛感情は理屈ではない。
 愛しい人を奪われる悲しみも、顧みられない淋しさも。荒れ狂う波のような激情も、心が闇に染まっていくのを自覚しながら、それを止められないもどかしさも。
 どうしようもなかった。どんな文献にも、解決法は書いてなかった。
 仕方なく、彼女はそれを、光で埋めようとした―――。

「実の母親からは慰み者にされ。実の父親には殺されそうになった上、肉の盾にされ。これでグレるなって方が」
「だからと言って、彼の罪が消えるものじゃない」
「罪と言っても子供ですからね」
 今のところ光の罪は、コウタが事故死した際の偽証のみ。しかしそれだって、助けようとした人物がいたことを黙っていただけで、結果的に助けられなかったのだから言わないほうがいいと思ったのかもしれないし、あるいは本当に知らなかったのかもしれない。
「崖から落ちそうになった人間を積極的に助けなかったことは人道的にどうかと思いますが、自分が落ちそうで怖くてできなかったと言われればそれも道理ですよ。児玉からああいう教育を受けていたこともありますし、客観的に見ても情状酌量の余地はあるんじゃないですか」

 薪はそれには答えず、岡部から譲り受けたマウスを鮮やかに操って、次々と画像を展開させた。岡部の目には早送りのような映像が、しかし薪の目にはスローモーションでもあるかのように映るらしい。その証拠に彼の細い指は要所要所で、報告書として残すべき重要な部分を保存用フォルダーに移す仕事をこなしていた。
「相変わらず手早いですね」
 毎日MRIと睨めっこしていた昔ならともかく、今の薪は所長職に就いて、MRIに触れる機会はぐっと減ったはず。なのに、指が鈍った気配すら感じられないのは、薪が異常なのか自分がトロいのか。

「ところで、今朝から青木の姿が見えないんですが。薪さん、ご存じじゃありませんか」
 第八管区の管理官との話で、青木の協力は今週いっぱいと決めている。後2日を残すばかりの今日、出勤してこないのは妙だ。
「青木には現地調査を頼んだ」
 余罪追及の方は目途が立った。もともと、時間さえ掛ければ第三管区の人員だけでも事足りた作業だ。薪が青木を手元に残した本当の理由は、こちらだ。

「長野で、何を調べさせてるんです?」
 その質問にも、薪は答えてくれなかった。確証が得られないうちは自分の推理を話そうとしない、薪の癖には慣れているが、こうして投げかけた質問をほったらかしにされるのは嫌な気分だ。だから言ってやったのだ。
「推測の段階だとしても、経緯を話してくれないと。それとも、また俺だけミストに怯えなきゃならないんですか?」
 その時のことを思い出したのか、薪はぷふっと吹き出した。手で口元を隠しているが、肩が震えている。笑われるのは嫌じゃない。むしろ薪の笑顔は歓迎、でも説明はして欲しいから、岡部は眉間に込めた力を緩ませない。
 笑いを収めた後、果たして薪は言った。

「ガードレールの高さの基準を知ってるか」
 脈絡のない質問に面食らう。道を歩けば当たり前に目にするものだが、基準なんて考えたこともなかった。
「地表からビーム取付位置までの高さは60センチ以上と、国土交通省の施工基準に定められている」
 薪の知識の幅広さには恐れ入る。岡部は、ガードレールに付いている波型の横板をビームと呼ぶことも知らなかった。
「実際は、幅350ミリのビームの半分が取付位置から上側に出るから、約78センチ。コウタ少年の身長は108センチ。誤って越えられる高さじゃない」

 岡部の心臓がぎくりと高鳴る。薪はこの事件を殺人事件と見ているのか。
 子供たちの誰かが、道から落ちたコウタ少年を、咄嗟には掴んだものの力不足で落としてしまった。その子は自分が原因で彼が死んだことが恐ろしく、コウタは一人で死んだ、周りには誰もいなかったと嘘を吐いてしまった。岡部はそんな状況を想像していた。事故であることまでは疑っていなかった。それが殺人だとまでは、あの子供たちの中でそんな恐ろしい犯罪が行われたとは、考えもしなかった。

「コウタは誰かに突き落とされたと? でも、それが光だとは限らないんじゃ」
「100%ではない。誰かにやらせたとも考えられる。しかしそこに光の意思があったことは間違いない。だから周りの子たちは手が出せなかったんだ」
 薪の蒼褪めた頬に、彼の怒りのボルテージが表れる。岡部の脳裏にフラッシュバックしたのは、蒼白な顔で強く机を叩いた薪の姿。あれは病院からの聞き込み結果を報告したとき。あの時すでに薪は、この結論に達していたのだ。

「コウタを死に追いやったのは光だ。そして光は」
 固く拳を握りしめ、薪は言った。
「殺人より、もっと許されないことをした。僕はそう考えている」
「殺人よりも許されないこと? それはいったい」

 ピー、と軽い電子音が、卓上電話の着信を知らせる。岡部が受話器を取り上げると、また三船からだった。光の画を見つけたらしい。
「流せ」
 岡部が号令を掛けると、画面には光の姿が映った。
 光は森の中のような場所を急ぎ足で歩いていた。両手で隠すように、小さな紙の包みを持っている。きょろきょろと辺りを見回すが、視覚者の須田に気付く様子はなく、やがて目的のものを見つけたらしい彼は、一目散に走っていった。
「見えなくなっちゃいましたね」
「いや待て。ここ」
 通信を切ろうとした三船を、薪が鋭く止める。
「左下の茂みを拡大しろ」

 範囲指定の四角形が広げられるたび曖昧になる画の解像度を5段階上げて、やっとそれは姿を現した。
 葉と葉の間に写り込む栗色の巻き毛と、黒髪のおかっぱ頭。少女が広げている包みは、少年が隠すように持っていたあの包みだった。
「薪さん。これは」
 岡部の問いに、薪は答えなかった。口元に右手を当て、ぎゅ、と眉をしかめていた。
 それはいつもの秘密主義ではなく。画面に展開される物語をどう解釈すべきか、考えあぐねているように見えた。



*****

 ガードレールの設置高の許容値は、設計高さ±3.0cm以内。長野県で工事をしたことはありませんが、うちの県も国交省の出来形管理基準を準用しているので、同じくらいだと思います。違ったらゴメンね。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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