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ヒカリアレ(16)

ヒカリアレ(16)
















 聞き込み調査の結果は、青木を不安にした。
 あの女性のカンを信じるなら、光は息子からだけでなく、後妻からも虐待を受けている可能性がある。虐待の内容は違っても、子供が受ける心的苦痛は同じくらい大きい。一刻も早く光少年の現状を確かめる必要があると思った。

「こんにちは。光くんとミドリちゃんのアフターケアに伺いました」
 チャイムを鳴らし、門を開けてくれたお手伝いさん風の女性に、にこりと笑いかける。子供たちが在宅しているのを確認すると、後は案内を待たずに中に入った。ずかずかと廊下を進む青木を、お手伝いさんが慌てて追いかけてくる。
 本来なら電話でアポイントメントを取ってから訪問するのがセオリーなのだが、それでは実態は浮かび上がってこない。多少強引でも、1度きりの訪問で真実を見極めようと思えば、こんな方法を取らざるを得ない。

「光くーん。ミドリちゃーん」
 大きな声で二人の名を呼びながら、片っ端からドアを開ける。子供を探す振りをして、中の様子を確認して回った。
「どこかなー?」
 ずらりと並んだドアの向こうは、高価な調度品が飾られた客間になっていた。子供部屋には不自由はなさそうだ。その気になればつばき園の子供たち、全員引き取れるんじゃないか。
「警察のおじさんだよー」
 ここだよ、と廊下の奥の方から声がした。光の声だ。
「そちらは奥さまの部屋で」とお手伝いの女性が青木を引き留めるのを、気付かない振りでドアを開ける。果たして光はそこにいた。

「ちょっと早すぎない? 助かったけど」
「え?」
 光は呼びかけに答えておきながら、ドア口に立った青木に顔も向けず、じっと前を見据えていた。白い頬が僅かに震えている。長い睫毛が際立つ横顔の美しさが、モニターに向かう薪を思い出させた。
「いま、電話するところだったんだよ。なんで分かったの」
 問い質されて、青木は光の視線を辿る。青木が息を呑むより早く、青木の後ろから部屋を覗いたお手伝いが鋭い悲鳴を上げた。

 床に飛び散った花の中に、うつ伏せに倒れた男。後頭部からはおびただしい血が流れ、色とりどりの花を赤一色に染め替えている。花と一緒に割れた瀬戸物の欠片が散らばっていることから、部屋に飾られた花瓶で殴られたものと思われた。
 それだけでも大事件、しかしその部屋には更なる問題が起きていた。事件は正に、現在進行形であった。
「ミドリちゃ……!」
 しっかりと両手に持ったナイフを構えて、ミドリが立っていた。目の前には、ボロボロに切り裂かれた白いワンピース姿の女性。左の腹を押さえ、床に蹲っている。細い指の隙間から滲み出す液体は、床に倒れた男の頭部から流れ落ちるのと同じ赤。

「奥さま! 崇坊ちゃま!」
 お手伝いの叫びで理解する。倒れているのは西園寺家の放蕩息子。ミドリが襲い掛かろうとしているのは、病院長夫人だ。
 ミドリの顔と手は血に塗れ、服は返り血で汚れていた。ミドリが二人を襲撃したことは明らかであった。
 状況は理解したが、何故こんなことに?

「なにボサッと突っ立ってんの。早く止めてよ」
 光に言われて我に返った。そうだ、今は理由を考えている場合じゃない。
「おまえの仕事だろ。さっさとやれよ、この税金ドロボー」
 なにこの子、てかだれ!? 薪さん並みに口悪いよ! 光くんはこんな子じゃなかったよね?
 突っ込みたいのは山々だったが、それどころじゃないのも事実だった。青木は素早くミドリの背後に回り込み、「やめなさい!」と大きな声で叱責した。
 大人に大声で叱られれば、普通の子供は委縮する。舞ならすぐさま泣き出す。ところがミドリは、青木の声が耳に入らないかのように、こちらを振り向きもしなかった。細い腕がナイフを振り上げる。

 咄嗟に青木は、ミドリの肩を掴んだ。初めてミドリの目が青木を捉え、眼鏡越しに二人の視線がぶつかった。
 その、驚くべき虚無。
 およそ光と言うものが感じられない、ブラックホールのように果てしなく深い闇が、幼い少女の両眼に穿たれていた。
 青木は思わず立ち竦んだ。ミドリが、少女の姿をした何か恐ろしい怪物のように見えた。

 ほんの少し足を止めた、それが命取りだった。気が付いた時にはナイフが太腿に刺さっていた。痛みに倒れそうになるのを必死にこらえる。
「ミ、ミドリちゃん。ナイフをこっちに、痛ったぁ!」
 青木の悲鳴の原因は太腿の刺し傷ではなく。突如として飛来し、後頭部に当たって落ちた男物の革靴であった。
「こんなの、どこから飛んで――薪さん!」

「なにをグズグズしている! この役立たずのウスノロバカ! さっさと捕まえろ!」
 刺し傷より後頭部より、薪の罵倒の方が痛かった。殆ど致命傷だ。
「その子を殺人犯にするつもりか!!」
 怒鳴られながら、ああ、やっぱり薪さんだ、と青木は思った。
 非情さも冷静さも見かけだけ。中身はとんでもなくホットで、誰よりもやさしい。

 勇気百倍、青木の身体は水を得た魚のように動いた。訓練された警察官の動きで、振り回されるナイフの切っ先を避けつつ、対象の腕を捕える。手首を捻り、難なく刃物を取り上げた。
「すみません。救急車お願いします」
 ミドリを拘束した青木の言葉に、お手伝いの女性が転びそうになりながらも廊下を駆けて行った。入れ替わりに薪が駆け寄ってきて、意識のない被害者の傍らに屈み、喉に手を当てて脈を確認した。薪が無意識に息を漏らす、その柔らかさで崇が生きていることが分かった。

「きみ、ここを押さえて」
 薪は自分のハンカチを被害者の傷口に当て、光に命じて止血をさせた。そうしておいてからジャケットを脱いで丸め、それを夫人の患部に当てがった。
「安心してください、傷は浅い。これをお腹に当てて、しっかり押さえて」
 その場に夫人をゆっくりと横たわらせ、手近なクッション等を利用して膝屈曲位の体勢を取らせる。腹部の痛みを和らげるその姿勢は、上を向くことで髪の毛が払われ、泣きじゃくる夫人の顔を顕わにした。
「泣くのをやめなさい。腹部を振動させないように。すぐに救急車が来ます。がんばって。――きみも、彼に呼び掛けて」
「呼んだって聞こえないよ」
「意識が無くても呼び続けろ! またこの子に人を殺めさせるのか!」

 弾かれたように、光は顔を上げた。
「卑怯者。きみはどれだけこの子の手を汚す気だ」
 驚愕の表情で薪を見つめる。薔薇の蕾のような唇が、わなわなと震えている。青ざめた幼い頬が、乱れた呼吸が、薪の言葉が真実であると物語っていた。
 ミドリは過去に人を殺している。薪が知り得る情報に限れば、それはコウタしかいない。ミドリは血のつながった弟を、それも光に命じられて殺したと言うのか。

「ちがう。選んだのはわたしよ」
 薪に責められる光を庇うように、ミドリが声を上げた。青木の拘束を解こうと身をよじる。子供とはいえ、暴れる人間を押さえるのは骨が折れる。踏ん張ろうと脚に力を込めるたび、刺された太腿に激痛が走った。
「今度のこともそう。わたしは、ディンダル様に害を為す者を取り除こうとしただけ。この二人は許されないことをしたの。ディンダル様にあんな、あんな汚らわしいこと」
「頼んでない」
 光の鋭い声が、ミドリの言葉を遮る。ミドリはぴたりと動きを止め、固唾を飲んで光の顔を見つめた。

「ミドリ。ぼくはそんなことは頼んでないよ」
 自分の行為を光に否定され、ミドリはくしゃっと顔を歪めた。青木の叱責には眉ひとつ動かさなかった彼女の、黒い瞳からは大粒の涙が溢れ出し、丸い頬を伝って滴り落ちては高価そうな絨毯に吸い込まれていった。
「余計なことをして。せっかく上手く行ってたのに、台無しじゃないか」
 光の声は冷たかった。自分のために殺人まで犯そうとした、そんな相手に対する同情も憐れみも、彼の声からは聞き取れなかった。
「ご、ごめんなさい、ディンダル様」
「ホーム以外でその名前を呼ぶな」
 絶対拒絶のオーラが、光を包んでいた。それは薪もしばしば人を遠ざけるために使うスキルだったが、光の年齢を考えると末恐ろしい限りだ。

「ごめんなさい」
 打ちひしがれるミドリには見向きもせず、光は薪に言われたとおり、崇の頭部を圧迫止血しながら彼に呼び掛けた。
「崇さん、しっかりして。死なないで」

 光に拒絶され、完全に力を失って頽れんばかりのミドリを支える青木の耳に、救急車のサイレンが聞こえてきた。





テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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