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ヒカリアレ(17)

ヒカリアレ(17)













 家政婦の通報で駆けつけてきた所轄の警察官が、事情聴取のためにミドリを別室に連れて行った。通常であれば傷害の現行犯。即逮捕で連行、取り調べに入るところだが、ミドリはまだ12歳。少年法の厚い壁が、幼き犯罪者を手厚く守っていた。

 光にも話を聞きたいとリーダーらしき巡査長は言ったが、光はそれを断った。ショックが大きくて立っていられないくらいです、と自室のソファに横になった彼の、大きな瞳からはらはらと零れ落ちる涙を見て、巡査長は聴取を先送りすることにした。救急隊からの連絡で、病院に搬送された被害者2名はいずれも命に別状はなく、応急手当が適切だったこともあり、回復すれば問題なく聴取が可能であることが分かっていた。ならば、泣いている子供から無理に話を聞き出すことはない。
「家政婦と、他の人にも話を聞きたいが。この子をお願いできますか?」
 縄張り意識が強い地方警察は、管轄外の刑事が現場に入ることを嫌がる。体のいい厄介払いだったが、青木は巡査長の頼みを快く引き受けた。

 子供部屋に3人きりになると、薪はすぐに言った。
「怪我をしたのか」
 やっぱり気付かれていた。今日はたまたま紺色のズボンを穿いているから見過ごしてくれるかもしれないと淡い期待を抱いていたが、やはり無理だったか。

 薪は青木を椅子に掛けさせると、自分は床に膝を付き、患部に顔を近付けた。裂けて血のシミができた箇所をじっと見つめる様子は真剣そのものだったが、上から見下ろす青木には、そのまま薪が自分の膝に顔を埋めそうに見えて、心臓がバクバクした。
 ジャケットのガンホルダーを探られた時といい、こないだの射撃訓練の時といい、薪は不用意に他人のテリトリーに入ってくる。そのたびに青木の心臓は破裂しそうになるのだ。意識しすぎなのは分かっているが、こう何度も繰り返されると、そのうち心筋梗塞でも起こすのではないかと真面目に考えてしまう。

「見せてみろ」
「大したことないです」
「いいから見せろ」
「いや、だって太ももだし。ズボン下ろさないと見えな、ちょ、薪さん何を、きゃー!」
「女みたいな声出すなよ、バカ。僕が襲ってるみたいじゃないか」
「読者も期待してると思いますけど管理人の原作に対するイメージが悲しいくらいにプラトニックなんで無理だと思います」
「何言ってんだ、おまえ」
「すみません。なんか自分でも境界線があやふやに」
「とうとう脳にまでバカが回ったか。周りに伝染すなよ」
 薪は屋敷の使用人を呼び、救急箱を借り受けた。中から生理食塩水を取り出し、傷口を洗い流す。血で汚れた液体は、太腿の下に敷いたバスタオルに吸い込ませるようにした。
「ドンくさいやつだ。相手は12歳の女の子だぞ。この怪我のこと、誰にも言うなよ。恥ずかしいから」
 心無い叱責の言葉が、暖かいシャワーのようだ。口では酷いことを言いながらも、薪の手つきはやさしさに満ちている。

「いいね、おじさんたちは。楽しそうで」
 皮肉っぽい声がして、見れば光が起き上がっていた。腕を広げて背もたれに預け、優雅に脚を組んでいる。その頬に流れていたはずの涙は、跡形もなく消えていた。
「こっちはお先真っ暗で、これからどうしようか悩んでるって言うのに」
 言葉通り光は額に手を当て、考えすぎて頭が痛くなった時のように深いため息を吐いた。

「ミドリのやつ、余計なことをして」
「そんな言い方はひどいよ。ミドリちゃんは光くんのことを、本当に大切に思って」
「それが余計なことだって言ってんだよ」
 ピシャリと言われて青木が黙った。光のきれいな顔で凄まれると、その威力は絶大だ。子供とは思えない。大人の青木でさえ緊張するのだ。つばき園の子供たちが誰も逆らえなかったわけだ。
「おかげで台無しだ。苦労してお膳立てしたのに」
「それはどういう」

 青木は尋ねたが、光はそれには答えず、腕を組んで目を閉じた。彼に語る気はないようだった。察して薪が解答を示す。
「夫人と息子、二人と関係を持つ。それから息子の嫉妬を煽り立て、もともと反りの合わなかった夫人を殺させる。そうすれば息子に相続権は無くなる。老齢の病院長が死ねば、この家の財産と病院がそっくり自分のものになる」
「まさか。光くんはまだ子供」
「仲の悪い被害者2人が同じ部屋で重傷を負ったことと、ミドリの証言を重ね合わせるとそうなる」
 青木の手当てをしながら、薪は淡々と説明した。驚いた青木が光を見ると、光は面白いおもちゃでも見つけたかのように目を輝かせた。
「ご名答。おじさん、頭いいんだね」
 邪気なく笑って、光が薪の解答に丸を付ける。青木は言葉も出なかった。あんぐりと口を開いたまま薪を見れば、薪は慣れた手つきで医療用のラップにワセリンを塗っていた。

「ズボン穿いていいぞ。血で汚れてるから、これでも挟んでおけ」
 そう言って薪は、傷口をラップで塞ぎ、その上からガーゼで患部を保護してくれた。救急箱の中に、ガーゼを固定するためのサージカルテープが入っていなかったらしく、自分のネクタイを解いてそれを青木の脚に巻こうとしていた。「ここが済んだらすぐ医者に行けよ」と言われたが、青木は驚きすぎて、返事をする余裕もなかった。
「ちょっと光くん。11歳で美人局なんて、それも男女取り混ぜてなんて、どっかの男爵さんに聞かれたらエライことになるよ?!」
「さっきから何言ってんだ、おまえ」
 ヤバい。あまりの展開に脳が崩壊しそうになってる。
 これ以上妙なことを口走ると大事なものが壊れてしまいそう、だけどこの顛末は、ああうう。

「言っとくけど、こっちから誘ったりはしてないよ。向こうが仕掛けてきたんだ。ぼくは子供だし、大人の言うことは聞かなきゃいけない。自分の身を守ろうと思えば、こうするより他ないじゃない」
 確かに、大人たちにも問題はある。自業自得だとも思う。しかし、光がしたことは犯罪だ。それもかなり重い罪だ。
「厄介だな」
 ここまで分かっていても、光を少年院に送ることはできない。少年院の受け入れは12歳からと法律で決められているからだ。
「刑務所にぶち込めない分、大人よりも厄介だ。更生は第九の、いや科警の仕事じゃない」
「捜査も科警の仕事じゃないと思いますけど、痛―っあああいっ!!」
 親の仇の首でも締めようかという勢いで薪がネクタイの両端を引く。青木の口から、この日最大の悲鳴が上がった。

 大の男が大粒の涙をこぼすのに、光はドン引いたが、薪は眉一つ動かさず、ゆっくりと立ち上がって腕を組んだ。ソファに座った光に一瞥をくれると、そのきれいな顔に向けて一つ目の推理の矢を放つ。
「最初にナイフを持ち出したのは崇だろう」
「そうだよ。ゲームクリアまであと1歩だったんだ」
 大人たちを手玉に取っての殺人計画をゲームと称する少年の恐ろしさに、青木はぞっと背筋を粟立てる。やはり薪の見立ては正しかった。
「でも失敗しちゃった。まあ、ミドリが余計なことしなくても、結果は同じだったかもしれないね。あの男、てんで使えなくてさ」

 崇に誘われて彼の部屋へ行き、いつものように彼に抱かれた。終わった後も未練がましく光の身体を撫でさする崇に、光は、義母と約束があると嘘を吐き、彼女の部屋を訪れた。
 光の思惑通り、崇は光を追い掛けてきた。ベッドに腰かけ、義母の手で服を脱がされようとしていた光を見て、逆上してナイフを取り出したのだ。もちろん、部屋の鍵はそっと光が開けておいたのだが。
『崇さん。お願い』
 事に際して、光が言ったのはそれだけだ。実に巧妙なセリフだった。
 義母にとっては「お願い、やめて」。崇にとっては「お願い、殺して」。二人とも、光が自分の味方だと信じていたが、光は誰の味方にもなった覚えはなかった。

 自分の首尾を自慢するかのような光の供述に、薪が冷ややかに水を差す。
「心理戦は完璧でも、実戦はそう上手くはいかなかった」
「金持ちのドラ息子って言っても、所詮はお坊ちゃまなんだよね。脅すまではできても、刺すとなったら震えちゃって。口ほどにもない。
 その上、男のくせにベラベラと。『おれと光は愛し合ってる』だの『光がおまえと寝たのはおまえに気を使ったからだ』だのって、後先考えずに喋りやがって。おかげでミドリに全部バレて、ブチ切れたミドリが崇の頭を花瓶でボコン」
 計画が頓挫して自棄になっているのか、光は薪に促されるまま、事件の舞台裏をサバサバと話した。天使のごとき光のイメージは粉微塵に崩れ去り、そこに居たのは紛れもない児玉の忘れ形見。小さな悪魔そのものだった。

「ミドリちゃんは、どうして部屋に?」
「ミドリは……ぼくのことをいつも見てたから」
 ミドリのことを話す時だけ、光の口調は神妙になった。愁いを帯びた彼の瞳はほんのわずかに後悔の色を湛えていたが、直ぐに太々しい態度を取り戻し、蓮っ葉な口調で言い捨てた。
「崇のやつ、ババアのことメス豚とか言ってたけど、ぼくから見たらどっちも豚だから。食欲と性欲しかない、ただの豚」
「だから、きみの計画のために死んでもいいと思った?」
「豚はさ!」
 それまではそっぽを向いて話していた光が、不意にこちらに向き直った。美しい巻き毛がふわりと波打ち、白い額と頬にやわらかく落ちてくる。その面に宿した残酷は、まごうことなき蹂躙者の証。人を思いやることのできない欠落した心の顕れであった。
「豚は人間の役に立つべきなんだよ。家畜なんだから」
 自分以外の人間を家畜のようにしか見れない。相手の立場や気持ちを慮るどころか、彼らなりの感情があることさえ認めない。光の言葉は、彼が児玉良臣の息子であることを明確に主張していた。

 いま、この少年に。
 大事なことを教えなければいけない。ここで学ばなかったら、彼は間違いなく児玉の跡を継ぐ教祖になる。児玉に植え付けられた歪んだ思想を、児玉以上のカリスマ性とその美貌でもって、世界中にばら撒くだろう。その悲劇を食い止められるチャンスは、いま、ここにしかないのだ。

 それは違うよ、と青木が口を開く前に、低い声が響いた。
「ふざけるな」
 その声は氷の冷たさと吹雪の苛烈さを持ち、と同時に、燃え滾るマグマの熱を持っていた。
「豚はおまえだ。人の、好意や信頼、誠意、思いやり。そう言った大切なものと汚い欲望の見分けも付かず、目に付いたものは片っ端から腹に収めなければ気が済まない。意地汚い豚め」
 他人を豚呼ばわりした光に、痛烈なしっぺ返しを浴びせる。光ほどの美貌の持ち主が他人に豚と罵られるなど、生まれて初めての経験だったに違いない。怒りよりも驚きが勝ったらしい、光はポカンと口を開けて薪を見つめた。

「豚はまだ許せる。でもおまえは卑怯者だ。卑怯な人間は豚より質が悪い。
 自分の手は汚さずに、他人ばかり使って邪魔者を排除しようとする。自分の欲を満たすためなら、肉親だろうと仲間だろうと利用するだけ利用してボロ屑みたいに捨てる。そういう人間を世間では鬼とか人でなしとか言うんだ。僕に言わせりゃクソ虫だけどな」
 言葉選びが容赦ない。隣で聞いてる青木の方が泣きそうだ。
 毒舌なら、薪に一日の長がある。第九のエリート相手に毎日毎日スキルを磨いてきたのだ。高圧的な口調と冷たい表情、豊富な雑言ボキャブラリ。罵倒大会があったらグランプリ間違いなしだ。

「知ってるか、クソ虫。豚の周りをブンブン飛び回って、豚の排泄物にたかるアレだ。豚がいなけりゃ生きられない。おまえと一緒だな? 今まで豚に保護してもらって、食わせてもらってたんだもんな」
 そこまで言っちゃいますか。子供相手に大人げないったら、言ったら太腿ねじ切れるまでネクタイ引かれるから言いませんけど。
「さすが児玉の息子だな。やってることが一緒だ。まるで寄生虫のように、他人をさんざん食いものにして。それがストーンヘンジの教義なのか? 大した教祖様だ」
「あんな男と一緒にするな!」
 呆気に取られた様子で薪の悪言を聞いていた光は、児玉の名を聞いて突如立ち上がった。
「児玉は教祖失格だ。あいつは神じゃない、ただの人殺しだ。ぼくはあいつとは違う」
 その言葉に、光の本音が記されていた。光は父親を認めていない。尊敬より軽蔑が勝っている。そして、自分は彼のようにならないと心に決めている。

「ぼくは本物の神になった。おじさんがぼくを神にした。そうだよね」
「えっ。オレ?」
 いきなり洗礼者に指名されて戸惑う青木に、薪も怪訝な顔を向けた。事件の裏側をすべて見通していた薪でさえ意味が分からないことに、光は満足したようだった。ソファに深く座り直し、ふ、と高慢な笑みを浮かべる。

「あの時だよ。おじさんがぼくを助けてくれた、あのとき」
 同意を求めて光は、にっこりと青木に笑いかけた。





テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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