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ヒカリアレ(18)

ヒカリアレ(18)






 ゆらゆらと、身体が揺れていた。

 お母さんかな、と光は思った。夜中、こうして眠りを破られることは珍しくなかった。
 ああ嫌だな、と思いつつも覚醒しようとした。寝たふりを決め込むより、その方が嫌な時間は早く終わる。
 しかし、その夜は勝手が違った。瞼が重く、身体はそれ以上に重かった。とても自分の意志では動かせない。声も出せない。激しい頭痛と吐き気に襲われて、それどころではなかったのだ。

 痛みに呻きながらも、光は異常に気付いた。これはいつもの夜じゃない。
 まず、揺れ方が尋常ではなかった。ガクガクと揺さぶられて、頭が振り子のように動いた。振動で脳みそが絡まりそうだった。
 児玉に背負われて運ばれている。それが分かったのは、彼の義足の足音が聞こえたからだ。途端、今宵起きたつばき園の惨劇を思い出した。

『お父さん。ありがとう』
 声にならなかったが、光は感激と感謝を込めて、児玉を『お父さん』と呼んだ。ケガをした自分を病院に運んでくれるものと思ったのだ。
 お母さんの言ったことは嘘じゃなかった。自分は他の子たちとは違って特別で、だからお父さんはさっきも本気でぼくに毒を飲ませるつもりじゃなかったんだ。
 その考えは、光に幸福感をもたらした。思えば、父に背負われたのもこれが初めてだった。

 やがて草木の匂いが鼻をついた。外に出たのだ。
『児玉良臣。止まりなさい』
 男の声がして、光は自分の思い違いに気づいた。
『今すぐ止まらなければ』
 児玉は誰かに追われているようだった。そして。
『その位置から撃って、はたして誰に当たるかな』
 光を盾にしているのだと知った。

 胸の真ん中が、ずんと重くなった。お腹に石を詰められたオオカミみたいに身体が重くて息苦しくて、目を開ける気力も沸いてこなかった。
 頬や腕を、ピシピシと細い鞭のようなもので打たれた。園の外の森に逃げ込んだのだと分かった。

 ――お父さん。

 お父さん、頭が痛いよ。腕にも顔にも、木の枝が刺さったよ。そんなに乱暴に走ったら、ぼくは死んでしまうよ。
 そんなに、そんなにぼくが邪魔だったの?
 お父さんもお母さんも、ぼくのことが嫌いなの? ぼくが嫌がることばかり、辛いことばかりさせて、ひどいことばかりして。

『止まれ! 児玉!』

 ――ああ、もういいよ。それならぼくはいなくなるよ。今、ここで死ぬよ。

 ゴツリと右のこめかみに、鉄の塊が押し当てられた。見ることが叶わなくても、それが何かは解った。銃口だ。
 耳元で児玉の声が凄まじく響く。威嚇を目的とした卑劣な声。

『銃をおろしな』

 どっちでもいい。
 撃って。ぼくを撃って。
 はやく殺して。

 そして、3発の銃声が轟いた。




*****





「あのとき、ぼくは一度死んだ。そして生まれ変わったんだ」

 光の話を聞いて、青木は言葉を失う。
 少年は気を失っているとばかり、またそれが救いだと思っていた。しかしそれは青木の思い込みだった。彼は、あの場で起きたことすべてを知っていたのだ。自分に割り振られた役割も、父親の死にざまも。
 耳に入ってきた会話は、こめかみに押し当てられた銃口は、どれほど少年の心を傷つけただろう。犯罪被害者の心の傷はとてつもなく深い。大人でさえ耐え難いのに、光はまだ11歳の子供。しかも加害者は実の父親なのだ。
 彼の心が、生きるために現実からの逃避を図るのは、必然であったのかもしれない。

「生き返りは神の条件だって、おじさん知ってた? キリストだって、一回死んで甦ったから神になれたんだよ。生き返りは神の御業、自分たちの仲間入りを認めた証拠なんだよ」
 あの時、人間だった光は死んだ。そして神として生まれ変わった。
 そんな風に、自分の存在を肯定できる理由が無ければ生きられなかった。
 実の親に殺されそうになった子供。その命を肉体を、道具としてしか見てもらえなかった哀れな子供。新しい保護者が現れたと思えば、その人間たちからも欲望の捌け口にされて。
 そんな子供が子供のまま、人間のままで生きて行けるはずもなかったのだ。

 先程、彼に大事なことを教えなければいけないと青木は思った。けれど、彼の事情を知った今は、もう何も言えなかった。
 青木も今は人の親だ。光の身の上を舞に重ね合わせれば、潰れそうに胸が痛む。自然と沸きあがる涙を堪えるのが精一杯だった。
 俯くと、薪の視線を感じた。後でまた叱られると思ったが、どうしても顔が上げられなかった。
 す、と前面に影が差した。ちらりと目だけを上げると、薪の背中が見えた。

「笑わせるな。殺人教唆をする神がどこにいる」
「宗教戦争で何百万人も死んだけど、神は手を汚さない。そういうものじゃない?」
 光の理屈を聞いて、青木は焦る。頭のいい子供にありがちな小賢しい屁理屈だが、薪はこういう子供が大嫌いなのだ。後姿からも気分を害したのが伝わってくる。
 果たして薪は、好戦的に微笑んだ。

「その言い訳が法廷で通るどうか、試してみるといい。おまえはまだ11歳で、少年院収監年齢に満たないからと高を括っているようだが、判例では11歳の男子が12歳とほぼ同等と見做され、収監されている。聞けば、君には高校生並みの学力があるそうじゃないか。12歳どころか18歳と見做されて、刑事罰も適用可能になるかもしれないな?」
 薪の口調から、先刻までは僅かだが含まれていた子供相手の甘さが完全に消えた。戦闘モードに入った証拠だ。
 普通の子供なら、この薪を相手に言い返すことなどできない。委縮して声を失くすのが関の山、ちょうど今の青木のように。だが光は違った。
「まさかと思うけど、さっきのぼくの話だけで立件する気?」
 それだけでも、彼が人並み以上の度胸と才覚の持ち主であることが察せられた。だがそれは同時に、薪のリミッターを外す鍵ともなり得た。相手の能力が高いほど闘争本能に火が点く。男とはそういう生き物だ。

「ぼくは子供だよ。そんなこと、できるわけないじゃない。裁判どころか検察も通らないと思うけど、でもまあ一応聞こうか。
 ぼくが、殺人教唆を行った証拠はどこに?」
「99%の犯罪者は、追い詰められると『証拠は?』と言い出すんだ。まるで判を押したようにな。ガッカリだ。きみのような悪人のサラブレットなら、凡人とは違う反応が返ってくるかと楽しみにしていたのに」
「挑発には乗らないよ。親が犯罪に加担していたからと言って、証拠も無しにぼくを犯罪者扱いするのは、警察官として問題なんじゃない? 第一、ぼくは須田の私生児であって、戸籍上は児玉の子供じゃない。これ以上ぼくを侮辱するなら、西園寺家の弁護士を通して警察に抗議を」
「コウタ少年の転落死事件。君たちの証言には2つの嘘がある」







テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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