帰郷(1)

 2060年の12月といえば、青木くんのお父さんが亡くなった時期ですよね。
 というわけで、今回は遠距離恋愛(??)です。




帰郷(1)






 警視庁内には、体を鍛えるためのジムがある。
 あくまで国営の施設なので、民間のジムのようにインストラクターが就くわけではないが、ルームランナーや筋力を向上させるためのいくつかの器具が揃っており、シャワーも備えられている。

 竹内誠は、よくここに来ている。
 竹内は捜査一課に属するエリート警察官である。キャリア入庁しているから足で稼ぐタイプの捜査官ではないが、それでも鍛錬は欠かさない。現場で手柄を上げるためには頭の鍛錬も必要だが、最後にモノをいうのは体力なのだ。
 それに、筋肉のしっかり付いた体のほうが女の子にもてる。せっかく俳優のようなマスクを親からもらったのだから、体のほうもそれに釣合うように作らなければもったいない。そう思って、前々から良くここを利用していたのだが、最近その目的がすり替わりつつある。

 今日も竹内は、早朝からジムを訪れた。
 ジムにはひとり先客がいて、竹内は心の中で喝采を叫ぶ。

 亜麻色の短髪を上下させ、ルームランナーの上をひたすら走る小柄な人物に、竹内の目は釘付けになる。もう何分くらい前から走っているのか、額や首筋に汗がきらめいている。だいぶ息も上がっている。
 いつもは冷静で涼やかな瞳がいくらか苦しげに細められ、白い頬が上気してうすい紅色に染まっている。つややかなくちびるからは荒い呼吸が洩れて、竹内の心をぞくぞくさせる。

「おはようございます、薪室長。相変わらず熱心ですね」
「おはよう、ございます……」
 竹内がにこやかに声をかけると、先客はあからさまに顔をしかめてぷいと横を向き、低い声で挨拶を返してきた。
 嫌なやつが来た、とはっきり顔に書いてある。このひとのこういう態度にはもう慣れっこだが、個人的な事情で、最近はひどく悲しい思いをしている。

 隣のランナーで竹内が走り出すと、先人はチッと舌打ちして腹筋のマシンに移動してしまった。そんなに露骨に避けなくてもよさそうなものだが、まあ仕方がない。何ヶ月か前までは、お互い親の敵のようにいがみあっていたのだ。

 膝をバーに掛けて逆さまの体勢から起き上がる方式の器具を使い、腹筋を鍛えている彼は、法医第九研究室の室長である。
 名前は薪剛。年は35歳。名前も年もその容姿に合っていない。今していることは、もっと似合わない。

 髪と同じ色の亜麻色の大きな眼。動くと揺れるほど長い睫毛。この上なく美しい額ときりりとした眉。すっと通った鼻筋とくちびるからあごのラインが、とても優美だ。
 今日も美人だな、と竹内は心の中で薪に会えたうれしさを噛み締める。実は何ヶ月か前から、竹内は彼に心を奪われている。

 華奢な手を頭の後ろに組み、大きな目をぎゅっとつむり、腹に力を入れて起き上がる。ほそい腰や短いウェアから伸びた足に筋肉が浮き出て、しなやかな体を震わせる。筋肉といっても竹内の体を覆っているようないかついものではなく、その優美さを損なわない柔らかさを感じさせる肉だ。
 竹内が行ってもかなりキツイ腹筋トレーニングを20回ほど繰り返し、最後の一回は起き上がることができなかったらしく、仰向けに仰け反ってハアハア言っている。あごを出して喘いでいる状態だ。
 逆さまになっているから、きれいな額が見えている。汗が胸から首のほうへ流れている。他の男なら絶対にこんなことは思わないのだが……ずばり、色っぽい。

 バーを手で掴んで上体を起こし、薪は器具から下りてシャワールームのほうへ歩いていく。今日のノルマが終わったのか、それとも自分の顔を見たから逃げ出したのか、竹内としては前者であることを祈りたいが現実は厳しい。
 シャワーから上がるといつも薪は、さっさとジムを出て行ってしまう。「お先に」と一言くらい言ってくれても良さそうなものだが、薪の竹内に対する態度は徹底して冷たい。口をきくのも嫌なほど嫌われてしまっているのだろうか。竹内のほうは態度を改めているつもりだが、それが薪に伝わるにはまだ時間が足りないようだ。

 しかし意外なことに、その日薪はシャワーの後、背筋を鍛えている竹内に話しかけてきた。
「竹内さん。ちょっとお話があります」
 濡れた髪をタオルで拭きながら、上半身は裸のまま下着だけといった格好である。運動のあとで体温が上がっているからこの格好は別に不思議ではないのだが、竹内としては目のやり場に困ってしまう。

 体毛の薄い手足に滑らかな胸。締まったウエストにほそい腰。
 よく見てみると細いながらに筋肉はそれなりについているし、柔道で鍛えた腰の辺りは割りとしっかりしている。が、いかんせん男としては身体が小さすぎる。しかし竹内の目には、それがとてもかわいらしく映る。

 これまで何度も薪のこんな姿を見ていたはずだが、そのときにはこんなに美しいとは思わなかった。男のクセに貧弱な体をして、あれでは女を満足させることなどできないだろうと嘲笑っていたのだ。
 女性は満足しなくても、竹内は充分満足している。もちろん試したことはないが、機会があれば是非とも……いやその……。
 とにかく、こうして顔を見られるだけで、いまは幸せなのだ。

「なんでしょう」
 平静を装って、竹内はいらえを返す。薪は竹内の腕や足に浮き出た筋肉を忌々しそうな眼で見ながら、不穏な口調で言った。
「うちの青木とこのごろ仲がいいようですけど。なにが目的なんです?」
 青木というのは第九の新人で、まだ24歳の捜査官の卵だ。
「目的って、警察官同士、仲良くしちゃいけないんですか?」
「あなたの第九嫌いはわかってます。僕が嫌いなことも。そんなあなたが僕の部下に好意を持つなんて変でしょう」
 それは昔の話だ。薪のことを嫌っていたのも第九を排斥しようとしていたのも、過去の話だ。そう言っても薪は、自分を許してはくれない。信じてはくれない。自分がしてきたことが自分に降りかかってきただけのことだ。言い訳はするまい。

「青木は面白い男です。根性はあるし頭もいい。俺はあいつを気に入ってるんですよ。捜一に引き抜きたいくらいです」
「青木は僕の部下です。絶対に渡しません」
 冷静な仮面をかなぐり捨てて、薪は竹内に食って掛かってきた。
 絶対に渡さないときた。まるでひとりの女をふたりの男が争っているみたいな会話だ。

「まあ、本人もあなたのそばを離れたがらないでしょうね。あいつがあなたに惚れ込んでいるのは聞かされてますよ」
「え!?」
 薪は何故かひどく驚いた。
 みるみる顔が赤くなっていく。こんな薪を見たのは初めてだ。めちゃめちゃ可愛い。
「そ、それはどういう……」
「あなたに憧れて第九に来たって言ってましたよ。傍で仕事をするようになったら、ますます凄い人だって解ったって。捜査官としての能力に惚れ込んでるそうですよ。いいですね。素直に慕ってくれる部下がいて」
「……ええ、まあ……」
 手放しの賞賛が照れくさかったらしく、薪は赤い顔をしたまま横を向いた。

「青木の評判は、署内でもなかなかいいですよ。室長の指導がいいんでしょうね。まだ1年目なのに、大した成長ぶりだそうじゃないですか。そういえば、警部に昇任したんでしたっけ?」
「ええ。10月1日付けで」
「警部の昇格試験も、最近はレベルが上がってますからね。今年の合格率は40%を切ったって聞いてますけど。たいしたものですね」
「うちの青木は真面目ですし、努力を苦に思わない男ですから」
「羨ましいですね。俺もそういう部下が欲しいです」
「あげませんよ。あいつのコーヒーが飲めなくなるのは困ります」
 竹内は思わず噴出した。
 めずらしい。薪が自分の前で冗談を言っている。
 顔は真面目だが、これは冗談に取るべきだろう。目が笑っている。

 薪はくるりと踵を返すと、竹内に背中を向けてロッカーのほうへ歩いていった。
 裸の胸に防弾チョッキを着込み、その上にワイシャツを着てネクタイを締める。ズボンを履いてジャケットを羽織れば、きりりとした第九の室長の出来上がりである。その横顔に先刻の動揺は片鱗すらなく、ひたすら静謐で冷静だ。

 対外的には無表情の仮面をつけていることが多い室長だが、仲間内ではそうでもない。
 このところ頻繁に第九を訪れている竹内は、薪の様々な表情を見ている。友人の青木や捜一の先輩の岡部を訪ねる振りをして、実は薪のことをずっと見ている。薪の顔を見たくて、いてもたってもいられなくなってしまうことがあるのだ。そんなときはむりやり理由を付けてでも第九に走っていってしまう。表情豊かな室長は思いのほか可愛くて、ますます夢中になってしまった。

 特に、青木の淹れたコーヒーを飲んでいるときの薪の満足そうな顔は絶品だ。
 あれは確かに美味い。竹内も一度、薪がいないときに飲ませてもらったが、そこらの喫茶店のコーヒーなんか比べ物にならないくらい美味かった。
 それを飲んでいるときは自然に笑みがこぼれてくる感じで、とてもやさしい雰囲気になる。春の陽だまりというか花のほころぶ様子というか、普段の室長からは想像もできないような笑顔だ。竹内の視線に気づくと、一瞬で冬景色になってしまうのだが。

 もうひとつ、薪の笑顔を引き出すものがある。ときおり第九を訪れる三好雪子の存在だ。
 彼女は大学時代からの薪の友人らしく、薪のことを君付けで呼ぶ。しょっちゅう差し入れを持って研究室を訪れる彼女に薪は好意を抱いているらしく、彼女にだけは優しい。羨ましい限りだ。
 しかし恋人ではない。
 恋愛経験の多い竹内には、その男女がデキているかいないかは見ればわかる。あのふたりはまだそういう関係ではない。男と女の仲はどう転ぶか解らないものだから、あるいはこれからそういう間柄になるのかもしれないが、いまは違う。
 しかし、どちらかと言うと雪子は、青木に興味があるようだ。
 惚れている、とまではいかなくても気にはなっている。彼女の顔を見ていれば解る。

 世の中には男と女しかいないのだから、人が集まれば必ずそこには様々な恋愛模様が描かれる。
 竹内が見る限りでは、薪→雪子→青木へと想いが流れているようだが、実のところはわからない。

 そういえば、青木のやつはだれか好きなひとがいるんだろうか。
 三好雪子ではない。青木は確かに雪子と仲がいいが、あれはそういう感情で見ているわけではない。目にも言葉にも熱がない。
 青木が熱を持って語るのは、室長のことだけだ。あいつは心から薪室長を尊敬している。そこから目を離せないうちは、恋愛などする気にならないのかもしれない。

 やがて薪は、竹内になんの挨拶もなくジムを出て行った。
 モカブラウンのスーツが良く似合うすらりとした後姿を見送りつつ、この次からは青木の話題で薪を懐柔しよう、と竹内は考えていた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Kさまへ

こちらに鍵拍手くださいました、Kさま。

いつも竹内を応援してくださって(笑)、ありがとうございます(^^

はい。
竹内に伝えます。

Kさまのブログに、後ほどお邪魔致しますね(^^
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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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