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ヒカリアレ(21)

ヒカリアレ(21)












 数分後、薪はヘロヘロになって部屋に戻ってきた。岡部に相当搾り上げられたらしい。
「帰るぞ」
「はい。あ、でも、オレ運転できません」
 我慢すればペダルを踏めないことはないが、万が一事故でも起こしたら大変だ。
「僕が運転してやる。キィを貸せ」
 すみません、と青木が車の鍵を差し出すと、薪は眉をしかめた。もう一度「すみません」と謝ると、「第九の車を使えばよかったのに」と叱られた。
 第四管区(第九中部地区)から車を借りる手もあったのだが、秘密捜査に公用車使用の記録を残すわけにはいかない。そう思ってポケットマネーでレンタカーを借りたのだ。エコノミー車だから、第九の3ナンバーに比べたら乗り心地はだいぶ劣る。ここから長野駅までは1時間ほど掛かる。長距離となれば運転の疲れは倍増する。重ね重ね、薪には申し訳ないことをしてしまった。

「あれ?」
 時計を確認して、青木は不思議なことに気付いた。
 青木が電話を切ってから薪がここに来るまで、掛かった時間は2時間弱。東京―長野間の新幹線の所要時間は1時間半。駅からここまで車で1時間。計算が合わない。
 前回、緊急で病院に駆けつけた時にはヘリを飛ばした。科警研所長の職にある薪は、いちいち警視総監を通して警備部に要請を出さずとも、自分の権限でヘリを調達することができる。しかし今回は青木と同じ理由で、ヘリを使うことはできなかったはずだ。

「あのう。薪さんは、ここまではどうやって?」
「プライベートジェットとタクシー」
「チャーター便ですか? 一体いくら掛ったんですか?」
「大したことない。130万くらいだ」
「ひゃ」
 浮世離れした薪の金銭感覚に、青木は声を失う。薪が来なかったら現場はもっと大事になっていたと思う、だけどこれは国民の血税。使い方を考えないと。
「いいですね、東京管区は予算が潤沢で。でも」
「バカ、こんなの経費で落ちるか。自腹だ」
 軽く返されて、青木はクラクラする。青木の給料の3ヶ月分だ。

 薪はいつも高級そうなスーツとオーダーメイドらしいワイシャツを嫌味なく着こなしている。時計、ネクタイ、靴は当たり前のようにブランド品で、普通の人間なら銘柄に負けそうなところを余裕で引き立て役にしている。
 自分のような庶民とは住んでいる世界が違うのかもしれない、と薄々感じてはいたが、もしもあの手紙の返事がOKで家族になってくれたとして、養いきれるんだろうか。いやまあ、共同財産てことでいいのかもしれないけど、それだとこっちが一方的に相手に頼ることになっちゃいそうで、それもまたなんかこう。

「そんなことはどうでもいい。早く支度しろ」
「はい」
「引き留められはしないと思うが、おまえも現場に居合わせた関係者だ。所轄の連中に断ってこい」
 はい、と青木はびっこを引きながら廊下に出た。

 部屋に残ったのは絶世の美少年と、その上を行く美青年。顔はきれいだがこの二人、少々仲が悪い。そして口はもっと悪い。
「どうしたクソガキ。目が赤いぞ。青木に泣かされたか」
「ほっとけよ。クソジジイ」
 罵り言葉の応酬で始まる会話は、彼らの間に和やかな空気が漂うことを許さない。青木がいる間はほっこりと暖かだった部屋は、一瞬で氷河期になった。

「どうして青木さんは、あんたみたいな嫌味なオヤジのこと」
「青木がなにか言ったのか」
 光が青木の名前を出すと、薪は微かに赤くなった。
「赤くなるってことは、青木さんの気持ち知ってるんだ」
「なっ?! や、その、ちがうぞ? 僕と青木はそういうんじゃなくて」
「それ、さっきも聞いた」
 なんで子供の自分がいい年したオヤジ同士の純愛ごっこに付き合わなきゃいけないんだか、てか早く帰れよおまえら。
 デリケートなその部分を突っつき回して意趣返しをしてやろうかと思ったけれど、やめた。光の頬にはまだ、青木にもらった暖かい涙の感触が残っていた。

 謝罪なんて、本当に思いもよらなかった。
 原則として警察は、誰が犯人を射殺したのか分からないように、敢えて同時発砲の戦法を取ると聞いた。射撃者の精神的負担の軽減と、犯人遺族への配慮のためだ。自分の撃った弾丸が命中したと確信しても、それを他人に言ってはいけないし、ましてや遺族に話すなどもってのほかだ。
 青木は、警察の規則より、人間としての節義を貫いた。
 あんな大人がこの世にいるなんて、光は自分の目が信じられなかった。子供の自分に、深く深く頭を下げた。心の底から謝ってくれた。

 ――もしも。
 もしも、父と母が改心して、こんな風に自分に謝ってくれたら。
 きっと許した。だって、お父さんとお母さんだもの。どんな酷いことをされたって、親子だもの。

 憎みきれない、捨てられない。心のどこかで彼らを慕い続ける自分を殺せない。
 それを認めたとき、すうっと肩が軽くなった。気が緩んで涙が出た。
 当の青木は光の心情を全く理解していなかったが、光は説明してやる気もなかった。だってなんだか気恥ずかしくて。

 自分ばかりがそんな思いをするのは割に合わない。ここはひとつ、この嫌味なオヤジにも恥ずかしい思いをさせてやろう。
「青木さんがね。あんたのこと、神さまみたいだって」
「な」
 光の狙い通り、薪は絶句した。右手で隠した口元から、あのバカ、と漏れ聞こえてくる悪言は、赤くなった頬のせいか妙に甘くて。光は自分の攻撃が薪の弱点にクリーンヒットしたことに、いたく満足する。
「あなたのように優れた人間の周りでは、自然と影になってしまう人もできるけど、あなたを見てるとその影たちも、頑張らなきゃって思うんだって。おめでたいよね」
 光がカラカラ笑うと、薪はぐうの音も出ない様子で「まったくだ」と呟いた。

「神の概念は人それぞれだ。僕に言わせれば二人とも間違ってるがな」
「薪さんの神論? 興味あるな」
 光が先を促すと、薪は青木に手渡された車のキィに視線を落とすように、そっと睫毛を伏せた。

「神は影なんか作らない」
 神は、すべてを光で包んでしまう。だからその世界に影は存在を許されない。
「普通の人間にそんなことはできやしない。この世に、神に一番近い人間がいるとしたら。
 僕のような君のような、影しか持たないはずの人間でさえ、こんな気持ちにさせてしまう――」

 自分と光を同一視する言葉に、光は先刻、耳元でこっそりと囁かれた薪の秘密を思い出す。
『僕の父親も人殺しだ』
 告白にはリスクが伴うはずなのに、躊躇いも、言ったことを後悔する様子もなかった。殺人犯を親に持つ薪が警察機構で警視長にまで昇り詰めた、その並外れた才覚と努力にも感動したが、彼の潔さにも深く心を打たれた。
 心からの敗北という人間の成長には欠かせないプロセスを、光が知った瞬間だった。

「あいつにはかなわない」
 自嘲めいた笑みを浮かべ、薪は言った。

 こんな人間関係もあるのだと、またひとつ、光は新しい世界を垣間見る。
 自分が生まれ育った世界にはあり得なかった、彼らのように互いを認め合うこと。
 光の世界では、児玉一人が全員の尊敬を独占していた。それは一方的かつ集中的なもので、周りに返ってくるのは慈悲や愛情ではなく、厳しい規律と支配だった。
 こんな風に、お互いが尊敬の念を抱きあい、友愛を交わしあう。立場は違えども、支配する者とされる者の関係にはならず、同じ方向で同じ目的で、一つの事件を解決に導こうと全力で協力し合うことの美しさ。

 薪の睫毛がふわりと瞬き、琥珀の瞳が光を捕えた。その瞬間、光は天啓を得る。

 神はこの世に一人じゃない。
 むしろ、一人一人が。きっとどの人間の中にも。
 ああ、だからぼくたちはみな神の子供なのだ。

 光はひょいと顎を上げ、上を向いた。そうしないと、また涙が流れてきそうだった。
「そうだねえ。青木さんには参るよねえ」
「こういうの、なんていうか知ってるか」
 薪の声に、今までとは違う抑揚が含まれる。悪戯っ子のような響き。
 薪の口の形に合わせて、光は言った。
「「バカには勝てない」」

 ぷっと光は吹き出し、薪もくすくすと笑った。美しい笑顔だった。まるで花がほころぶようだった。
「あんたが笑うの初めて見た」
 光の指摘に、薪はすぐに真面目な顔に戻った。
「もっと笑えばいいのに。そうしたら色んなことがやりやすくなるかもよ? 青木さんが言ってたよ。おじさん、上の人に睨まれてるんでしょ」
「余計なお世話だ」
 ムッと眉をしかめた薪の顔は、笑顔ではなかったけれど。笑顔と同じくらい魅力的だと光は思った。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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