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ヒカリアレ(22)

ヒカリアレ(22)












 青木たちが西園寺家を発つより早く、主人である病院長が帰ってきた。
 帰宅すると同時に彼は、警察官たちを追い出しにかかった。これは家族間の問題であるとして、警察の介入を強く拒否した。地元の名士である彼の影響力は地方警察に於いては殊更に大きく、ここで粘っても数時間後には一課長からの命令で呼び戻されるであろうこと、加害者は12歳の子供であり刑事告訴はできないこと、それらの要因から至極あっさりと、彼らは屋敷を出て行った。
 薪の予想通りになったわけだが、病院長の采配は迷いが無さ過ぎた。この老人は、この家で密かに行われていた光に対する虐待の事実を知っていたに違いなかった。

 所轄の刑事たちと十把一絡げに追い立てられ、青木は左脚を引きずりながら彼らの後を追った。最後に残った薪が、厄介者を見る目で光を睨んでいた病院長に近付き、その視線を自分の身体で遮るようにして年老いた男の前に立った。

「大人は子供の手本になるものです」
 自分の倍も生きている人生の先輩に、医師という徳の高い仕事に人生を捧げてきた男に、薪は傲慢に言い放った。
「あなたには、彼らほど多くの未来は残されていないかもしれない。だからと言って、見ぬ振り聞かぬ振りを決め込むのは許されない。人は死ぬまで、より善く生きる道を模索しなくてはいけないのです。それを忘れた時、人は道を踏み外す」
 薪らしい人生論だと青木は思った。自分に厳しく、他人にも厳しい。厳しくした分だけ痛みは自分に跳ね返ってきて、けれどそれも覚悟の上。
「それが、我々大人が子供たちに示せる唯一の規範だと、僕は思います」
 薪の語りかけに老人は何も答えず、「帰ってくれ」と短く告げた。薪はそれ以上は言及せず、青木の後について家を出た。

 青木が最後に正門前で振り返ると、不機嫌そうな薪の肩の向こうに、光が窓から軽く手を振るのが見えた。




*****




 運転中の薪を助手席から見るという初めての経験に心踊らせ、青木は何度目かの深呼吸をする。走る密室に薪と二人きり。緊張と動悸と、それより大きな高揚感が青木の胸をときめかせていた。

 駅まで約1時間。その間、なにを話そう。
 例の手紙のことを聞いてみようか? いや、今ここで話すことじゃないか。あんまり深刻な話をしたら、薪さんだって運転に集中できないだろうし。当たり障りのない話題と言えば、舞のこととか、こないだ家に線香を上げに来てくれた時のこととか。
 また来てくださいねって言ってみようか。今度はごはん食べてってください、舞も待ってますって、あ、いや、この言い方って子供をダシにしてるみたいで厭らしいかな……。

 ソワソワしっぱなしの青木に引き換え、薪は落ち着いたものだ。安定感のあるハンドルさばきに柔らかいポンピングブレーキ。スムーズな車線変更。脇見もしないし、青木より運転は上手いかもしれない。
 迷った末、というか当然の成り行きで、青木は車中の話題に今日の事件のことを選んだ。

「どうして早く教えてくれなかったんですか」
「なにをだ」
「コウタ君の皮膚からミドリちゃんの指紋が採取されたことですよ」
 死体検案書に指紋のことはなかった。薪はどこでそれを知ったのか。答えは鑑識だ。薪を廊下で捕まえたあの日、薪は鑑識から出てきたのだ。つまり3人で最初の捜査会議をした時、薪は既にその情報を得ていたことになる。
「それを知ってればオレだって、あんな的外れなこと言わなかったのに、――わっ!」
 薪が強くブレーキを踏む。一時停止の標識を見落としたらしい。らしくないと思えば薪は、冷めきった顔でこちらを見ていた。

「あ、あれ? オレ、また何かヘンなこと言いました?」
「指紋の話は嘘だ」
「あ、なんだ、そうだったん、ええーっ!」
「あれは光を引っ掛けるためのトラップだ。惜しいところで引っ掛からなかったがな」
 おまえが引っ掛かってどうするんだ、と薪は溜息を吐き、滑らかに車をスタートさせた。
「光くんは大したものですねえ」
「感心するな、バカ」
 光にもバカ呼ばわりされたが、これでは仕方ないかもしれない。だんだん自分の頭に自信がなくなってきた。薪といいタジクといい光といい、青木の周りには天才が多すぎる。

 光の名前が出て青木は、彼と大事な話をしたことを思い出す。あのことを、薪に報告しなければ。
「光くんに話を聞きました。あの殺人計画には、彼なりの目的があったんです」
 光が西園寺家の財産を狙ったのは、つばき園を復興する資金を得るためだったこと。その目的は、突如として世間に投げ出された園児たちの保護であったこと。彼のやり方は間違っていたが、その大元は仲間を守るという崇高な精神から発していたことを、自己の見解も交えながら青木は薪に話した。
「やっぱり光くん、いい子だったんですねえ」
「おまえ、まさかそれ……いや、なんでもない」
 不信感いっぱいの薪の声に、はい? と青木は首を向ける。薪は何も言わなかったが、その艶めいたくちびるが緩んでいた。きっと、光の本心を知って嬉しくなったのだ。

「光が、仲間を守ろうとしていたことは分かったよ」
 薪が光を追い詰めたあの証言は、子供たちの話を光が総括したものだ。そんな報告は自分のところには上がってこなかった、自分は何も知らない、他の誰かがやったのだろうと、言い逃れることもできたはずだ。
 コウタの事件も同様だ。あの時点で、光はすでに神の称号を得ていた。自分の手を汚さずとも、仲間の誰かに命令して目的を遂げることは可能だった。
「でも光はそれをしなかった。すべて自分の責任として話を進めた。もしも子供たちの誰かがそれを行ったとしても、罪を被るつもりでいたのかもしれない」

「子供って不思議ですよね。猫を可愛がるその手で、虫の手足を引きむしる。無邪気に笑いながら、ちゃんと大人の顔色を読んでいる。彼らにとって、それは矛盾ではないんです。普通のことなんです」
「だから子供は苦手なんだ」
 薪の苦手は女性と子供。理由は、どちらも理屈が通らないからだ。
 苦手と言いつつ、薪にもそういうところはあると思う。冷静沈着なのは見かけだけ、意外と感情に左右される方だし、怒ったらむちゃくちゃ怖い。八つ当たりはするし物は投げるし、舞が癇癪起こした時とさほど変わらないような。

「でも、舞は薪さんのこと気に入ったみたいですよ」
「そうか」
「そうなんですよ。二言目には『薪ちゃん、次はいつ来るの』って。それから幼稚園のお絵描きの時間に、舞ったら薪さんの似顔絵を描いてきたんですよ。なんでオレじゃないのって訊いたら、その答えがまた」
 言葉は素っ気ないが、薪が舞の好意を嬉しく思っていることは運転の仕方で分かった。ハンドルを操る薪の手が、軽やかさを増したから。気を良くした青木は、舞の近況からできるだけ楽しいものを選んで話し続けた。

 10分ほど経つ頃には、明るい話題のおかげで車中は和やかなムードになっていた。
 これなら手紙の話もできる。だけどやっぱり運転中は、そうだ、どこか店に寄ればいいんだ。雰囲気の良い喫茶店とかレストランで、きちんと向き合って話をすれば。
「薪さん、どこかでお昼ごはん食べて行きませんか。あのレストランなんか」
 青木が指差した方向を見て、薪は車の速度を落とした。左に倒したウィンカーレバーに、青木がぱあっと笑顔になる。

 車が目的の駐車場に停止する。ドアを開けて薪は言った。
「病院だ。降りろ」



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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