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ヒカリアレ(23)

ヒカリアレ(23)











「青木。あおき」

 名前を呼ばれて目を覚ます。すぐには瞼が開かず、グズグズしていたから何度も呼ばれた。「着いたぞ」と言われて、自分が車の助手席にいたことを思い出す。
 帰り道、病院に寄って、傷の手当てをした。薪の応急手当はほぼ完璧で、医師はレントゲンを撮った後は、薪が施した手当てをそっくりそのままやり直しただけだった。
 医者にもらった化膿止めと痛み止めの薬をその場で飲んだ。そのせいで、つい眠ってしまったのだった。

「もう着いたんですか?」
 腕時計を見るとまだ2時前だ。西園寺家から長野駅までは最短ルートでおよそ50キロ。病院を出たのが1時過ぎだったから時速100キロで走った計算になる。さすが薪さん、仕事も運転も速い、て、いくら薪が天才でも日本の道路でそれは無理。
 寝ぼけ眼をこすりながら周りを見れば、そこは第九ではなかった。だだっ広い青空駐車場。前方に横たわるフェンスと滑走路。空港である。

「薪さん、ここは」
「荷物は自宅宛てに送っておいた」
 ほんの1週間だからと第九の仮眠室に寝泊まりしていた。荷物もスーツケースごと仮眠室に置いてあった。だから薪がそれを青木の自宅に送ることは可能だが、本人の許可もなく送っちゃうのってどうなんだろう。
「3時のフライトだ。昼食を摂るくらいの時間はある」
 メール到着の音に促されて携帯電話を見れば、薪の携帯から電子チケットが送られてきていた。
 薪が用意してくれた席は前方の通路側。お昼ごはんの心配までしてもらって、親切はありがたいけど心遣いは嬉しいけど、でもそれってやっぱり。

「薪さん! オレはまだ」
 少しだけ荒げた青木の声は、空を飛ぶ乗り物特有の、ゴーッというエンジン音に掻き消された。途切れた抗議の隙間に、素早く薪の声が入り込む。
「怪我のことは奈良崎管理官に伝えてある。明日は有給を取って週末は養生して、月曜から職務に復帰せよとの命令だ。ちゃんと休むんだぞ。家から一歩も出るなよ」
 話しながら薪は、運転席のドアを開けて車外に出た。フロントを回り、助手席側にやってくる。助手席のドアを開けられ、降車を促された。
「薪さん、あの」
「近所の公園に舞ちゃんを連れて遊びに行くくらいは見逃してやる」
 舞の名前を出されては、下りるしかなかった。薪は、ふ、と微笑み、さっさと車に乗って行ってしまった。青木には何も言わせてくれなかった。別れの挨拶さえ。

「いつもああやって、勝手に帰っちゃうんだもんなあ……」
 信州まつもと空港から福岡までは2時間弱。空港から家までの道程を足しても、夕方の6時には家に帰れる。平日にこれだけ早く帰れれば、舞も喜ぶだろう。
「舞と母さんに、お土産買って帰ろう」
 左脚を庇いながら、青木は空港の入り口に向かって、ゆっくりと歩き出した。



*****





 青木が福岡の自宅に帰り、家族と共に食卓を囲んでいた頃。
 薪の予想通り、早々に聴取から解放されたミドリと、事情聴取すらされなかった光は、遠からず出ていくことになるであろう西園寺家のダイニングで、子供2人の夕食を摂っていた。

「すみません、光さま。こんなもので」
 10人掛けのダイニングテーブルには、焦げた魚とごはんと塩辛い味噌汁。水浸しのレタスに、やや厚めの、というよりはいっそブツ切りに近いキュウリ。家政婦は、夫人と崇の入院の世話で忙しく、子供たちの夕飯まで手が回らなかったらしい。
 小さくなって謝るミドリの10本中8本の指に巻かれた絆創膏を見て、光は言った。
「大丈夫。かなりユニークな味だけど、食べられるよ」
 ミドリがいっそう恥ずかしそうに頬を染める。気を使われたのが分かって、それが嬉しくもあり申し訳なくもある。素直な彼女の反応が可愛いと思った。

「ミドリ。話があるんだ」
 焼き魚の焦げと皮を器用に取り除きながら、光は言葉を選ぶ。だけどいくら探しても、無条件で相手を頷かせる言葉は見つからなかった。
 仕方ない。直球だ。
「神になるのはやめた」
 率直な告白に、ミドリは「えっ」と声を上げた。思わず箸を取り落とす。拾おうとして手が汁椀にぶつかり、味噌汁がテーブルにこぼれた。他の皿に被害が及ばないよう、卓上に広がる液体に慌てて布巾をあてがう、て、それぼくのテーブルナプキンだけど。

 ミドリが狼狽えるのも無理はない。
 光が神になって、つばき園のみんなともう一度王国を創る。今度は鬼のいない、平等で平和な王国を。ミドリは光のその言葉を信じ、一生を捧げようと心に決めていたのだ。その光に、突然「神を降りる」と言われたら。

 自分のテーブルナプキンに味噌汁が染み込んでいくのを横目で見ながら、光は軽い口調で、
「神にもいくつか種類があるみたいでさ。ぼくは児玉のようになるのは絶対に嫌だから、他の神を目指そうと思った。候補は2つ見つけたんだけど、――うっ」
 具に混じっていた味噌の塊を食べてしまった。大量のワカメにコーティングされて、見つけ出せなかったのだ。
 多分、世の中もこれと同じ。噛み砕いてみなきゃ分からないことはたくさんある。一見、毒にも薬にもならないモブ顔のオッサンの中に、秘宝のごとき輝きが隠されていたように。

「1つは、バカにならなきゃいけなくて。ぼくはバカにはなれないからそっちは無理」
 麦茶を口に含み、中の塩分を洗い流しながら、光は片方の手をひらひらと振った。
「もう1つは、いつも難しい顔をしてる。全然楽しそうじゃない。楽しくないことはしたくない」
 その生い立ちから自分と近い場所にいる彼。でも彼のようにはなりたくない。上からも下からも嫌われてるみたいだし、ていうか、青木さん以外にあんな性格悪いおじさんが好きな人、この世にいないよね? そんな嫌われ者になるのはごめんだし、何よりあんな考え方、生き方は嫌だ。息が詰まる。

 光の爆弾宣言を、ミドリは懸命に理解しようとしていた。見かけよりも利発な彼女はそうして、光が述べた『神になりたくない理由』を回避できる方法を探し当てた。
「3つのどれとも違う神になればいいのでは」
 お見事。ミドリの言う通りだ。
 やってやれないことはない。自分にならできると思うし、児玉より上手くやれる自信もある。しかし。
「それも考えたんだけどさ。もっと楽しそうなこと、見つけちゃったんだよね」
「楽しそうなこと?」
 丸メガネの奥でパチパチと瞬く黒い瞳に向かって、光は高らかに宣言した。

「ぼくは、警官になろうと思う」

「……警官、ですか?」
 あからさまに失望した顔しないでよ。
 口元まで出かかったセリフを塩辛い味噌汁と一緒に飲み込み、「うん」と光は頷いた。

「警官なんてどこにでもいます。光さまのような選ばれた方がなるものでは」
「そんなに捨てたもんでもないよ。ぼくたちの命を救ってくれたのも、児玉を殺してくれたのも、警察のおじさんたちじゃない?」
「それはそうですけど。でも危ないですよ。殺人犯を追い掛けたりするんでしょう?」
「そうだよ。カッコいいだろ」
「そうでしょうか」
「ミドリだって、あの童顔の刑事さん見て、ぽーっとなってただろ」
「そ、そんなことありません! わたしには光さまだけです!」
「ぼくが警官になったらさ、あの刑事さんよりもっとカッコよくなるよ。ぼくなら警官の制服も似合うと思うし」
「光さまの制服姿……ああ、それはちょっと見てみたいかも、て、違います、そうじゃなくて!」
 警官という職業に付き物のリスクを説くミドリを、光がユーモアと話術で煙に巻く。食べながら話しながら頬張りながら笑いながら、子供たちの宴は進んでいく。

 やがて全ての皿が空になり、光は箸を置いた。
「光さま。お話はまだ」
 席を離れようとした光を、ミドリが追い掛ける。くるりと向き直り、その細い肩に軽く手を置いて、光は彼女を動けなくした。
「結論は明日に持ち越しだ。それより、ミドリに聞いてほしいことがある。ちょっと言い難いんだけど、言ってもいいかな」
 顔を近付けて、真剣に彼女を見つめた。ミドリが息を止めて、顔を赤らめる。
 極上の笑みを浮かべて光は言った。
「明日の朝食はぼくが作るよ」
 ミドリが、ポカン、と口を開けたまま固まっているうちに、光は部屋を出た。ドアを閉めた瞬間、「もう! 光さまったら!」と叫ぶ彼女の声が聞こえた。

 何と言ってミドリを説得しようか。光は考え考え廊下を歩く。
 ――ミドリ。ぼくはこう思うんだ。
 明日にもぼくたちはこの家を追い出されて、施設に送られるだろう。そこできっと、たくさん辛い目に遭う。他の施設に行ったみんなと同じように。
 でもぼくは負けたくない。染まらず歪まず、ぼくはぼくのまま、天啓のように示されたこの道を真っすぐに進んでいきたい。ぼくがこの道を定めたことを、きみに喜んでもらえる日がきっと来ると信じて。
 その時こそ、ぼくの贖罪は終わる。それまではぼくが君を、みんなを守るよ。過去の亡霊から。
 きみのゆく道に。皆のゆく道に。
 光あれ。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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