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パートナー(2)

 こんにちは。

 こないだ、ご新規さん用に説明入れるの忘れちゃったんですけど、
 薪さんが叔母夫婦に育てられた、というのは法十のオリジナル設定です。
 叔母夫婦の人となりについては、ADカテゴリの「きみはともだち」あたりに書いたような気がするので(うろ覚え)、あと、叔父さんと薪さんの確執についても書いた気がするので(残念過ぎる記憶力ですみません)、
 気になる方は読んでみてください。 






パートナー(2)







 青木を苛めて平常心を取り戻した薪は、それからは周りの車に迷惑を掛けることなく、無事にマンションに帰って来た。車から降り、問題はその後。
 駐車場の平らな床で躓いた。コンクリートの柱に体当たりしそうになった。階段を踏み外して転がり落ちそうになった。
「気を付けてくださいよ、薪さん」
 咄嗟に青木が手を出さなかったら、今ごろ薪のきれいな顔は傷だらけだ。青木の仕業だと疑われたら眼もあてられない。意地悪な叔父さんとやらにDV男のレッテルを貼られでもしたら、話をするどころではなくなるだろう。

 青木をヒヤヒヤさせながら、二人はどうにか自宅に着いた。駐車場から部屋まで行くのに、こんなに苦労したのは初めてだ。
 薪はMRIの画面を見るときのように、自宅のドアを睨みつけた。そのドアの向こうに、敵がいるとでも言うように。
「薪さん」
 名前を呼ぶと同時に、青木はそっと薪の左手を握った。
 部屋の外で触れ合うことを薪は許さない、それは知っていたが、このままではいけないと思った。この向こうにいる人は、敵ではないのだから。
「まるでヤクザの出入りですよ」
 薪は青木の軽口を諌めなかった。極限まで緊張しているのだ。
 自分の左手を覆った青木の大きな手に自分の右手を重ね、左手をくるりと返す。両手で青木の手を挟むように握って、ぎゅ、と力を込めた。

「薪さん。もっとリラックスしましょう。そんなに緊張してたら相手だって」
「誰が緊張してるって?」
 ふ、と笑みさえ浮かべて薪は言った。
「緊張する必要なんかない。親が子供に意見できるのは成人するまでだ。それ以上は親の過干渉。聞く耳なんか持たなくていい」
 ドアノブを回す手に、気後れは感じられなかった。薪は勢いよくドアを開け――、その倍の速度で閉めた。
「なんで閉めちゃうんですか」
「……条件反射で、つい」
 どうやら叔父さんが、玄関口で待ち構えていたらしい。
 こんなに委縮している薪は初めてだ。叔父さんとやらは、よっぽど厳しく薪を躾けたのだろう。
 ここは自分が間に入るしかない。他人が入った方が身内の諍いが丸く収まったという事例もあるし、幸い、青木は人当たりの良さには定評がある。大抵の相手とは上手くやれる自信があった。
 何やら小声で唱え始めた薪を背中に回して、青木はドアを開けた。

 薪の叔父を一目見て、神経質そうな人だと思った。ピタッと撫でつけられた灰色の髪と、広くて肉の薄い額はその証に見えた。役所の職員、あるいは銀行員。とにかくお堅い職業をこなしてきた印象を受けた。
「はじめまして。青木一行と申します。薪さんにはいつもお世話になってます」
 にっこり笑って挨拶をした。しっかりと頭を下げて、友好の意を示した。しかし、返ってきた言葉は短く、冷たかった。
「信じられん」
 覚悟はしていたが、やっぱりきつかった。自分の存在を真っ向から否定された気がした。
 それでも青木は何とか微笑んだ。上手く笑えた自信はなかったが、叔父の表情が更に冷たくなったので、失敗したのだと分かった。
 薪の叔父にとって、これは笑いながら話すことではないのだ。当然かもしれない。大事な甥の将来に関わることなのだから。

「青木、ドアを閉めろ。中に入ろう」
 いつの間に自分を取り戻したのか、薪が落ち着いた声で青木に入室を促した。玄関先で話すことでもないと叔父も考えたのだろう、先にリビングへ入って行った。慌てて後を追う。
 青木がお茶の用意をしてリビングに行くと、L字型に設えたソファの、対角線上に叔父と甥が腰を下ろしていた。テーブルの上に3人分の緑茶を置く。薪の隣に座って、どうぞ、と明るく声を掛けた。
「あ、もしかしてビールの方がよかったですか? 持ってきましょうか?」
「いらん。私は酒は飲まん」
「そうでしたか。失礼しました。じゃ、何かお茶菓子でも」
「甘いものも嫌いだ」
 木で鼻を括るような返答。普通だったら委縮して無言になりそうなところを、普通にしないのが青木一行と言う男だ。
 そのとき青木はクスッと笑った。苦笑でも失笑でもなく、本当に可笑しそうに笑ったのだ。当然、叔父の眉間の皺の深さは二倍になる。気付いて慌てて謝った。
「ごめんなさい。怒った時の薪さんにそっくりだったから」
 正直に言ったら薪の皺も二倍になった。どこが、と無言で噛みつく薪に「ほら」と両手を左右に広げて見せる。青木の指の先には眉間に皺を寄せてムッツリと黙り込む叔父と甥。思わず顔を見合わせて失笑する。青木に一本取られた。

「自己紹介も未だだったな。剛の叔父の、市村史郎だ」
 史郎は湯呑を手に、短く自己紹介をした。一口飲んで、青木の目を真っ直ぐに見た。
「きみはいくつだ。剛より、だいぶ年下のようだが」
「今年で32になります」
 ふうむ、と史郎は唸った。難問に直面したような彼の表情に、青木は不安を覚える。
 頼りなく見えるのだろうか。こんな青二才に大事な甥の将来を預けるわけにはいかないと、そう思われているのだろうか。
 青木はひたすら自分の未熟を心配したが、史郎の言葉はまったく逆であった。
「剛、失望したぞ。こんな若い青年を不毛な道に引っ張り込むなぞ、そんな浅ましい人間におまえを育てた覚えはない」

 何を言われても反駁する気持ちなどなかった。が、予期していた痛烈な言葉は、自分ではなく薪に向けられた。それは意外で、そして青木には聞き流せない言葉であった。
「ちょっと待ってください。それは違います」
「青木、黙ってろ」
「でも」
 薪の命令を青木が素直に聞けなかったのは、叔父の見解が事実とは違っていたからだ。
 薪と歩む人生は、決して不毛な道などではない。薪と言う優れた人間から学ぶものはたくさんある。自分で言うのもなんだが、青木は薪に恋をしてから、ずいぶん成長したと思う。仕事も体術も、懐の大きさも。それもこれも彼に見合う男になりたかったからだ。最後の寛容だけは、薪の我儘に馴らされたおかげだが。
 青木はそれを説明しようとした。だが、薪の言葉の方が僅かに早かった。

「叔父さんの期待に副う人間になれず、申し訳なく思っています」
 薪の言葉は素直な謝罪だったが、聞く人の心には響かなかった。この議論を早く終わらせようという意向が見え見えだったからだ。当然、史郎の気持ちを和らげることはできなかった。
「最初からおまえに期待などしとらん。私の意見を聞かず、警官になどなりおって。思った通り、不誠実な言い訳ばかりが上手い最低の人間に成り下がった」
 叔父は優れたプログラマーだと薪から聞いていたが、なるほど、頭は良いのだろう。だからこそ選ばれる言葉は辛辣で、人の心を鋭く抉る。表面だけの謝罪で話を打ち切ろうとした薪も悪いが、それに腹を立てたとしても、ずいぶん酷い言い方をする。

「相変わらず警察が嫌いなんですね」
 ふ、と薪は冷たく笑った。青木の心臓がぎくりと脈打つ。
 横目で盗み見た薪の瞳は宿敵に相対した時のように冷気を孕み、そのくちびるは反撃ののろしを上げるかのように美しい三日月の形に吊り上げられていた。
 ヤバい。薪が戦闘モードに入ったら誰にも止められない。

「僕には警察を厭う人間の神経が分からない。あなた方一般市民がどれほど警察という組織に守られてきたか、銃も持たずに夜の通りを歩けるのは誰のおかげなのか、この国で何十年も生きてきてご存じないのですか。パソコンの画面ばかり見て現実を見ないあなたらしいと言えばあなたらしいですが、それにしたって。齢60にもなって、まだ幻想に捕らわれているとは。可哀想な人だ」
「幻想に捕らわれているのはおまえの方だ。組織に入れば目を覚ますかと思えば、こんな年まで。おまえの眼は節穴か? それとも組織の暗闇を知った上での怠慢か。だとしたらますます許せん。まともな人間なら良心の呵責に耐えられないはずだ」
「実情を知りもしないで何を勝手なことを。警察はあなたが思うほど、非道な組織ではありません。確かに一般市民に公開できない極秘情報も抱えてはいますが、それも市民の安全を守るための」
「極秘情報? スクラップブックの間違いだろう。それも他人のプライバシーのな」
 薪の左目がピクリと瞬いた。亜麻色の髪が数本、ほんの僅か持ち上がって、前髪に隠された額に青筋が立ったのを青木に教える。この辺で止めないと取り返しがつかないことになりそう、でも無理、怖くて無理。

「第九は警察の中でも最悪だ。そんな腐った部署の室長なぞに収まって。おまえの新聞記事が出るたびに、私がどれほど腹立たしかったことか」
「第九は腐ってなどいません。第九のおかげでどれだけ犯罪全体に占める殺人の割合が減ったか、その新聞記事に記載されていませんでしたか」
「そんなものは信じられん。警察の情報操作でなんとでもなる」
「失敬な。情報操作だなんて、どこにそんな証拠が」
 彼らの会話は、終始そんな調子であった。氷の礫が吹き荒れるごとき二人の応酬の間で、青木は生きた心地がしなかった。とても20年ぶりに再会した親子の会話とは思えない。いくら血がつながっていないとはいえ、これじゃまるで仇同士だ。

「他人のアラばかり探すくせに、自分の都合の悪いことは信じない。あれから30年も経つのに、まったく変わりませんね。あなたの頑固さは尊敬に値します」
 はっ、と薪は鼻にかかった嫌味な笑い方をして、だから青木は冷や汗を流す。薪がこういう笑い方をしたら、それは爆弾投下の合図だ。
「お兄さんが自殺なさったことが原因で、何十年も警察を目の敵にされてるようですけど。迷惑な話だ。逆恨みもいいところです。もしかしたら弟である自分にも、責任の一端はあったかもしれないとは考えないんですか」
 すみません、言い過ぎました、と隣の青木が謝りたくなるくらい、薪の舌鋒は容赦ない。しかしそれは同時に薪をも切り刻む。投下する爆弾の威力が強ければ、その爆発に本人も巻き込まれてしまうのだ。
「おまえの意固地には負けるさ。人殺しになってまで警官で居続けるんだからな」
 初めて薪が黙った。細い膝の上で、白い拳が固くなる。
「鈴木くんは友人じゃなかったのか」
 薪は視線を自分の爪先に落とした。長い睫毛が微かに震える。

「……あなたに、それを言われる筋合いは」
「お、おい、なにをする!」
 叔父の慌てふためいた声に顔を上げ、薪はぽかんと口を開けた。
「すみません。お帰りください」
 猫の子を持ち上げるように、青木が史郎の後ろ首を掴んでいた。長身に物を言わせて史郎の身体をソファから引きはがし、ドアに向かってずんずんと歩いていく。実力行使に及んだ部下に、逆に薪の方が弱腰になった。
「待て、青木。手荒な真似は」
「オレは薪さんのボディガードです。対象を害すると判断した人間は排除します」
「害だと? 私は剛の」
「親なら親らしくしてください。子供が信じて歩く道を、どうして応援してあげられないんですか」
「間違った道を歩こうとしているからだ。間違いに気付かず、歩き続けているからだ」
 引き摺られながらも史郎は、攻撃的な態度を崩さなかった。なかなか度胸が据わっている。さすがは薪の叔父だと、青木は妙なところに感心した。

「君たちの関係にしてもそうだ。君にだって親がいるだろう」
「母は認めてくれてます。薪さんのことも、すごく気に入ってます。オレの実家は福岡ですけど、母は上京してくる度にオレがいなくてもここに顔を出していくし、二言目には薪さんを家に連れて来いって、うるさいくらいです。よっぽど薪さんの顔が見たいんですね」
「信じられんな。もしそれが本当ならイカれてる」
 どちらの味方をしたものか、スリッパのまま三和土に下ろされた叔父に困惑した眼差しを注いでいた薪が、その言葉に表情を険しくする。自分のことを言われた時より遙かに強く、薪は叔父に言い返した。
「青木に謝ってください。青木のお母さんは素晴らしい女性です」
「親ならばこの現状を放置するはずがない。親としての役目を放棄した無責任な女にしか思えん」
「オレの母親です。他人のあなたにダメ出しされる筋合いはありません」
 青木は毅然たる態度で、史郎の苦言を退けた。史郎が息を呑んだ隙に青木はドアを開け、手のひらを上に向けて廊下を指し示した。
「ではお疲れさまでした。おやすみなさい」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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